第八章 透明な犯人 2
理由はさまざまあるだろうが」と、玉楊が考え考え応じる。「蘭涼の申すように、その竹簡は秘事の証となる重要な品なのであろう? どのように用いるつもりであれ、そういったものを私的に秘しておけば――」
「イヤイヤ新内侍さま、ちょっと落ち着いてください。その推論は前提からしてすでに変です」
雪衣が遠慮なく口を挟む。
蘭涼は反射的に咎めた。
「紅梅殿の、あまりに無礼であろう!」
「蘭涼、声が大きい」と、玉楊が苦笑する。「それから雪衣と呼んでやれ。――雪衣、しかし私も問いたい。今の推論の何がおかしいのだ?」
「ですからね、その竹簡が重要だと判断するためには、光祀元年の朔日ごとに五十両が宮の外に運ばれていたという内容そのものに加えて、同じ年に十五代さまの御子が当時の橘庭の督によって宮の外に匿われたという事実と、その御子が今現在蘭渓道院にいらっしゃる事実、さらには、蘭渓道院さまがどうやら当代の主上に含むところがおありで反リュザンベール組織を――有体に言ってしまえば、今まさに西院にいらせられる混血の御子を認めない集団の後援をなさっているらしい疑い。この三点を知っていなければならないはずです。これらをすべて知っていた人間って、蘭涼どの以外に誰が思いつきます?」
「ああ、言われてみれば」と、玉楊は納得した。
「――逆に考えると、それらをすべて知り得る立場の人間が、女嬬に隠匿を命じた――と、考えることはできます……」
雪衣が顎先に手を当てて考え込んだ。
玉楊も沈思している。
月牙は無心な猫みたいにボーッと壁を見ていた。
蘭涼は必死で頭を絞った。
なんとしてもあの主計判官よりも先にありそうな予想を立てなければ。
と、そのとき、
「ねえ月――」
雪衣がやたらに砕けた口調で元・妓官の頭領に訊ねた。「宋金蝉さまって今おいくつだか知っている?」
「橘庭さま? 七十歳くらいじゃないかな――」
つられたのか、これも砕けた口調で答えてしまってから、月牙がハッとしたように目を見開き、ばね細工みたいに頭を低めた。
「ご、御前にてご無礼をば……!」
蘭涼は吃驚した。
例の冤罪事件の折に一緒に潜伏していたことは知っていたが、この二人、思ったよりもずっと親しい付き合いをしているらしい。
玉楊も同じく吃驚顔だったが、すぐに――妙に目をキラキラさせて――満面の笑みを浮かべて首を横に振った。
「いやいや柘榴庭、気にせんでいいぞ。今は内輪の席だ。雪衣とは好きに話すとよい」
「だってさ月、ありがたいお許しだね!」と、雪衣が喜色満面の笑顔を浮かべる。月牙はあんまり有難くなさそうな顔をしていた。
「で、雪衣よ、当代の橘庭の齢がどうしたのだ?」
「いや、光祀元年だったら、あの方はもしかしてすでに宮に上がられていたのではないかと思いまして」
「ああ!」と、月牙が声をあげる。「それは間違いなく上がっていらせられたと思いますよ。われらアガールの氏族長筋の家の者が妓官として入るときは、十五、六でまず柘榴庭入りして、内宮で欠員が出るのを待って橘庭へあがる場合が多いのです」
「柘榴庭に在籍する年数は?」
「平均して八年くらいじゃないかな? 頭領を務めるともう少し長くなる。しかし――」と、月牙は口ごもった。
「――雪衣どの、言いたいことは分かりますけど」と、蘭涼は思わず口を挟んだ。「橘庭どのは秘事の証を私的に隠匿するために女嬬を手駒にするような、そういう御人柄とは到底思えません」
「私もそう思う」と、月牙が言い添える。
雪衣は何となく悲しげな表情を浮かべ、やるせなさそうな口調で呟いた。
「私もそう思いたいんだけれど」