澤田サングラス銀河拳道場にようこそ!俺が師範の澤田サングラスです!
俺の名前は澤田サングラスだ。名字はさわだと読むんだよ。サングラスが名前なんだ。本当にね、これが俺の名前なんだよ。俺のタフガイな元イカれた格闘家の父親が付けてくれたんだ。父親がさ、母親に言わないで勝手に無断で区役所に行ってサングラスという名前で書類に提出しちゃってさ、それから俺は28年間、サングラスなんだ。サングラス、サングラスってガキの頃から友達に呼ばれるたびに周りの人々は振り返ったもんさ。あっはははっ。笑えるよな。サングラスだぜ。
父親がさ、俺にサングラスという名前を付けた理由はトム・クルーズに憧れたからなんだよ。トップガンのトム・クルーズにね。マーヴェリックが掛けていたレイバンのカッコいいサングラスに憧れたみたい。じゃあさぁ、サングラスじゃなくてレイバンという名前にすれば良かったのによう! 澤田レイバンの方がマジでカッコいいよな? オヤジめ、何でレイバンにしなかったのよ。トホホ。ガックリ。めちゃめちゃ悔しい。
俺さ、今さ、左腕だけで敵を倒す技を開発中なんだ。俺も格闘家なんだよ。雷鳴拳、銀河拳、ブラックホール拳の3つの武術の黒帯8段なんだ。この3つは俺独自の武術だよ。オリジナルこそ偉大なり、さ。
最近さ、噂によるとね、北町でさ、新手の道場破りが現れたみたいなんだ。俺は3つマスターした武術のうちの1つ、澤田サングラス銀河拳道場の経営をしていて最高師範であり生徒が50人もいる。おそらく、噂の道場破りは俺の道場にも来るだろうね。
「たのもーう!!」
突然に声が響き渡った。
「たのもーう!!」
俺は道場の入口を見た。
身長190センチの大きな男が白い道着を着て仁王立ちしていた。
「誰だよ?」と俺は冷静に言った。
「道場破りだ!! 看板を頂くよ!! ほへへへへーっ!!」
「ほへへへへって。あんたよう、気色悪いな。気持ち悪い笑い方するなよな!! 名前を名乗れよ!!」
「なかなか素晴らしい道場じゃないか。道場ごともらうぜ!! ほへへへへーっ!!」
「道場はやらん!! 貴様は道場破りだな? 名前を名乗れよ!!」
「真新しい道場だな。うん、気に入った。ほへへへへーっ」
「名前を名乗れよ」
「僕の名前か? そんなに知りたいのか?」
「知りたくないけど道場破りに来たなら知らなきゃ話にならんだろう」
「僕の名前は象勢パンツだ!!」
「ダサっ!! あはははは!! めちゃくちゃダサいな!」
「クソ、僕の名前を付けてくれた母親を侮辱された気分。腹立つ。だから言いたくなかったのに。お前の名前は?」
「俺か、俺は澤田サングラスだ」
「ほへへへへーっ!! ダッセー。サングラスだってよ。バカみたいな名前だな」
「なんだとコノヤロウ?」
「サングラスだってよ。ほへへへへーっ!!」
「パンツよりマシだ!」
「パンツは便利なんじゃい!! パンツをなめんな!」
「本物のパンツは舐めてない。お前の名前のパンツをナメている」
「僕はな、象勢パンツ武術道場を経営している最高段位を持つ優秀な師範なんだぞ! 生徒数は5人だ!!」
「生徒少なっ!! マジかよ。少なすぎるぞ。俺の道場の生徒数は50人だそ」
「す、すごい」
「俺は生徒に慕われいる。お前も澤田サングラス銀河拳道場に入れよ?」
「嫌だよ!! 僕は道場破りなんだぞ!!」
「お、おい。お前よ、よく見たらお前の道着、長袖の白シャツに白いモモヒキじゃん。油性マジックで描いた道着じゃんかよう。お前、貧乏なんだな」
「今の僕は貧しさに負ける一歩手前だけどもよう、声を大にして言おう。『貧乏人は恥にあらず』だ!!」
「だけど、酷いカッコだぜ。マジックで書いた道着なんてよ、着るもんじゃないぜ」
「だから、最近、苦渋の決断だったが象勢パンツ武術道場の月謝を上げたんだ」
「いくらよ?」
「3000円から8000円だ。そしたら……」
「そしたら?」
「値上げするなよって5人の生徒から言われてさ……」
「うんうん」
「ある生徒に『増税ばかりする政治家のせいで国民が苦しむ構図を思い起こさせる厳しい仕打ちだ』って言ってきてさ、『象勢パンツ武術道場も辞める』とも言ってきてさ、困ってさ、それでさ……」
「それで、なんだ?」
「僕に付いたあだ名が増税パンツなんだよ」
「あはははは。増税の方の名字かい。あはははは。シャレが効いていて面白い生徒じゃん。まあ、それはともかく。つまり深刻な経営難になったがゆえに、やむおえずの道場破りというわけなんだな?」
「お〜っ! 分かってくれたのは、澤田サングラスさんが初めてだ。そうなんだよ。それに増税パンツというあだ名を、その生意気な生徒に撤回してもらいたいのもあるし、遥か彼方へと返上してもらいたい思いもある。ヘタすりゃ僕は一生、いや死んでからも、増税パンツって言われるハメになるから」
「そうだな。一度付いたあだ名は消えないからな。もはや、増税パンツでもいいんじゃないのかい? どっちにしたって、象勢から増税になっただけの話なんだからさ」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。僕は象勢パンツだい!! うちのお母ちゃんが父ちゃんに無断で付けた名前だぞ!!」
「わかるよ、分かるけどもさ、もう既に5人の生徒たちから陰で増税パンツって呼ばれているはずだよ」
「グッ……。ちくしょう」
「月謝を戻してみたら?」
「うーん」
「直ぐにでも月謝を戻してみたら良いと思う」
「うーん」
「少ない生徒を何よりも大切にするのが師範の思いやりであり努めだと思うよ」
「うーん」
「僅か5人でもアンタを慕ってくれてるじゃないのよ?」
「うーん」
「月謝を下げた方がいい」
「うーん、でも、僕は貧乏なんだ。経営のやり方もヘタクソでさ」
「貧乏でも、きっと、やり方やアイデアで乗り越えられるはず。努力してみてよ。何事も諦めずにいこうよ。ねっ」
「うーん、どうしようか……」
象勢パンツは項垂れていた。唇を固く結び、腕を組んで目を閉じていた。黙って思案していた。象勢パンツは何も言わずに澤田サングラスに頭を下げると澤田サングラス銀河拳道場から出ていった。
終劇
ありがとうございます。