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「一輪の花」(One Flower):咲×草太×陽葵×Lisa

#慰霊日にショートショートをNo.2『一つぶの飴』(A drop of candy)

作者: しおね ゆこ

2020/8/15(土)終戦の日 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n5562ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/nddd58fa858cd)

【関連作品】

「一輪の花」シリーズ

 「(さき)、お兄ちゃんの手、しっかり握っているんだぞ。」

火の粉が舞う畦道を、兄の手をしっかりと握って歩く。

遠くで炎が咆える度に少し震える私の手を、兄はきつく握り締めてくれた。

 今年の初夏、道端に咲き、吹き抜ける爽やかな風を彩っていた黄や桃の花びらたちは、その息吹を踏み躙られ、無惨にも燃え尽きていた。

 「にいに、おなかすいた。」

兄の背中で寛ぎを知らぬ転寝から覚めた陽葵(ひまり)が、呟いた。

「陽葵、もう少しだからな。あとちょっと歩けば、おいしいごはんを食べられるから。」

5歳の妹は、末っ子のせいか、こんな時でも甘えん坊だ。

つい十数分前に、ビスケットをひとかけ食べたばかりだと言うのに。

「いやだ、おなかすいた。一つだけちょうだい。」

しまいに、妹は泣き出してしまった。

「陽葵、お兄ちゃんに甘えちゃ駄目よ。さっきビスケットを食べたばかりじゃない。お兄ちゃんなんて、もう2日近く、何も食べていないのよ。」

「いや、いいんだ、咲。お兄ちゃんは大丈夫だから。」

兄は妹を叱る私を宥め、道端に腰をおろすと、肩に提げていたバッグの中から缶を取り出した。そして缶を振って、一粒、ドロップスを陽葵に差し出す。

「ほら、お食べ。」

妹は兄の手からドロップスを一粒取ると、嬉しそうに口に放り込んだ。そして、ドロップスを舐めながら上機嫌に鼻歌を歌い出す。

兄がもう一度缶を振ると、ドロップスが一粒、手にこぼれ出た。

「最後の一粒だ。咲も食べるかい?おなかがすいただろう?」

そう言って無理やり疲れを隠すように兄は微笑み、私を見る。

「いらない。私はいいから、兄さんが食べて。」

首を横に振ってドロップスを拒む私を、兄は困ったように見た。

「僕のことは気にしなくていいんだ。僕は2人のことがとても大切だから、もし自分が少し無理をしてでも、2人に出来る限りのことはしてあげたいと思っている。2人が笑顔でいてくれれば、それでいいんだ。」

それでも頑なに首を横に振り続ける私に、兄は少し哀しそうな笑みをたたえて、最後の一粒を再び缶の中に戻した。

「咲はえらいなあ。未来は大丈夫そうだな。」

その兄の言葉に、もうすぐ兄がいなくなってしまうような気がして、ふと身体を恐怖がかすめる。安心を離したくなくて、ぎゅっと兄の腕を握りしめると、

「大丈夫。僕は死なないから。」

と、すべてを見透かしているかのように、兄はやさしく、私の頭を撫でてくれた。


 あの日の言葉は嘘だったのだろうか。

気付けば、あの日から75年の月日が流れていた。

兄が亡くなってから、同じ年月が経っていた。

 1964年のオリンピックの年に生まれた娘は、もう50を超え、高齢の私を心配してか、数年前から同居をはじめた。娘はずっと、独り身だ。

 5歳年上の夫は数年前に病で亡くなり、妹も先日、最近巷で猛威を振るう、かわいい名前のウイルスで人生の時間を止められてしまった。自分が死ぬ日も、そう遠くはないだろう。

 どういうわけか、生きながらえてしまった。

何年の月日が流れても、今日も、最後の一粒は食べられない。

【登場人物】

○咲(さき/Saki)

●草太(そうた/Souta)

○陽葵(ひまり/Himari)

【バックグラウンドイメージ】

今西 祐行 氏作/『一つの花』

【補足】

①時代設定について

1945年設定

○咲:12歳

●草太:17歳

○陽葵:5歳

②タイトルについて

タイトルは当初は「陰日向に咲く」と「木漏れ日に咲く」で迷っていたのですが、劇団ひとりさんの小説に『陰日向に咲く』という小説があったので、重複を避けるために『木漏れ日に咲く』にしました。

③「ドロップス」のモチーフについて

サクマ製菓株式会社「缶入りドロップス」

【原案誕生時期】

2020年4月

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