08 残念ながら能力は本物。
ど、どうしよう……。
帰りたい。
こんな腹黒女子と一緒にいて、楽しめる気がしないじゃないか。
同じ車で、長時間移動。さらに、二人きりの女同士で一緒にいることが多いかもしれない。
楽しみでしょうがなかった日だ。
遊園地に行って、思いっきり羽目を外したかった。
ノリのいい真樹さんとはしゃいで、可能なら何度だってジェットコースターに乗りたいとも、メッセージでやり取りしたのに。
いい人であって、心地いい三人と一緒なら、心の声が聞こえようとも、安心だったはずなのにな……。
澄んだ水に、毒が一滴落ちて、濁していく感じ。
「わぁ、白いワンピース、かっわー」
「マナさんの花柄ワンピースも、素敵ですね」
『あったりまえじゃーん』
「これ、ブランドの新作なんだけど、一目惚れして買っちゃったの! いいでしょ?」
『そんな安物とは大違いなんだから!』
無害そうに笑って見せるマナさんは、毒づく。
今日の私は、白いレースのミニスカートワンピース。下にはグレーの短パンを履いているので、少し見えている感じ。黒のニーソと履き慣れたブーツを合わせている。上には、黒い革のジャケット。
一番好きな服装。
今日のためにと、張り切って用意した。
早速、貶されて、グサリ。
「メイクがナチュラルだね? かっわい~」
『クソ童顔! ガキじゃん!』
「でっしょー? 七羽ちゃんの天然の可愛さが、目立つよね~! マナちゃんもナチュラルに可愛くていいよね! ふっふっふっ! おれ、今、両手に花だよな?」
「やだっ! 真樹くんったら!」
『ただの童顔チビで、メイクが下手なだけでしょ。何が両手に花よ。片方は、野花でしょうが』
平然に笑い合うのに、マナさんの心の声は刺々しく吐き捨てられる。
もっと心の声がマシなら、我慢出来そうなのに……。
こんなにも外面が完璧すぎる人は、初めてだ。
一番心の中で毒づく友だちでも、薄笑いだとか呆れ顔だとか、表情が少し崩れていき、直接声に出さなくても、顔や雰囲気には滲み出すのに。
真の腹黒女子かな。
完璧すぎる外面を見ながら、一致していないような黒い心の声を聞くと、自分がおかしいと思えてならなくなる。
本当は、心の声なんて……私の幻聴でしかないのではないか。
それなら、どんなにいいだろう……。
少し唇を噛んで、俯いた。
『あっ! 数斗だ!』
マナさんが出した名前に、反応して振り返る。
車を停めてきたであろう数斗さんと新一さんが、こちらにやってくる姿が見えた。
「数斗くーん! 田中くーん!」
『はぁー! かっこいいな! ルックスもよくてお金もあって性格もいい! 全部完璧な数斗くんには、わたしがちょうどいいんだから、こんなガキより、相応しいって見せ付けてやる』
無邪気に手を振って呼ぶマナさんの心の声を聞いて、斜め下に俯いてしまう。
……どうしようかな。
また数斗さんで、修羅場だ。
前回みたいには、ならないとはわかるけれど、心の声が聞こえる私は、ひたすらダメージを受けることになるだろう。
数斗さんですら、マナさんを気のいい女友だちだと認識している。
彼女の本性は、上手く隠されすぎているから……。
「七羽ちゃん?」
「はっ、はいっ?」
「おはよう?」
いつの間にか、数斗さんが目の前に立っていて、俯いていた私を不思議そうな顔で、首を傾げて見下ろしてくる。
「あ、おはようございます。数斗さん、新一さん」
『あはは。数斗との身長差が、年の離れた兄妹みたいじゃーん。歳が一個差とか信じられない。マジで釣り合わないわ』
笑顔で朝の挨拶をするけれど、聞こえてくるマナさんの嘲る心の声に、サッと視線を逸らす。
釣り合わない。
そんなこと……わかってるのにな。
『七羽ちゃん……? なんか、様子が……?』
「大丈夫? なんか元気ない?」
数斗さんが、心配そうに顔を覗き込んだ。
ここで、体調不良だと言えば、帰れるだろうか……。
口を開こうとしても、声が出そうになかった。
私のためにも、予定を立ててくれた遊園地行き。
そんな私が、ここまで来て帰るなんて……本当に心配されちゃうよね……。
「みんな、誘ってくれてありがとう! カレシと破局したばかりだから、傷心を癒せるよー。ホント、嬉しい。ありがと!」
『傷心を使って、数斗に慰めてもらうところで、いい感じになってみせる! どれだけ時間をかけて、警戒心の強い数斗にいい友だち枠として認められたと思ってんの? こうして呼ばれたのが、いい結果。待ちに待った絶好のチャンス! あとは、ポッと出の子のガキを蹴落とすだけ、楽勝よ』
明るく振舞うマナさんは、本当に外面をよくして、打算的に近付く腹黒だ。
この前の坂田さんとは、全く違う次元の怖い女性。
「ん。別にいいよ」
『古川を楽しませるためのついでだし』
「みんなで楽しもう」
『……七羽ちゃん。様子が変だな……』
新一さんは愛想よくはしないけれど、そう軽く言葉を返す。
数斗さんも笑みを返すけれど、私を気にしてすぐに顔を戻した。
『なんでそんなガキを気にしてんの? わたしをもっと慰めてよ』
ムッとしているマナさん。
数斗さんが私に構えば構うほど、マナさんの心の声は激しくなっていくのだろうか。
修羅場。
私にしかわからない修羅場になるのか。
本当にどうしよう。
……不参加を言い出すなら、今だ。
今しかない。
「大丈夫? 体調、悪いの?」
ポン、と頭の上に、数斗さんの掌が置かれた。
優しい眼差しで見つめてくる数斗さん。
「……いえ、大丈夫ですよ」
私は無理矢理笑って見せた。
結局、行くことにしてしまう。
こんな腹黒女子に騙されてほしくない。
なんて、思った。
けれども、心の声でしか、彼女の本性はわからないというのに、どうやって阻止すればいいか、わからない。
要領なんて、よくないのに……。
どうすればいいかも、わからないのに……。
『……無理している、ように見えるんだけどな……』
「そっか。車、長いから、酔ったりしたら言ってね」
上手く誤魔化せなかった私を、気にする数斗さんは、新一さんの隣に戻る。
「七羽ちゃん、なんか体調悪いかもしれないから、先運転してくれる?」
「いいけど……助手席に沢田を乗せないでくれよ」
そっとひそめた会話は、心の声で聞き取った。
数斗さんはじゃらっとした車の鍵を、新一さんに手渡す。
助手席にマナさんを乗せないとなれば……必然的に、マナさんは後部座席になる。
数斗さんは私の隣をキープしたいだろうし、体調が悪いとなれば、窓際がいいと考えるのだから……。
数斗さんを間に、私とマナさんが挟む席順になってしまった。
しゅ、修羅場ぁ~!
私←数斗さん←マナさん。
ゴフッと、ストレスで血を吐きそう。嫌な構図だ。
マナさんが腹黒でなければ、喜んで数斗さんを射止める手伝いをしたのに……。
ズキリ、と胸が痛んだ。
…………嫌だな。
マナさんの方がお似合いだっていうのに、傷付くなんて、変だよ。私。
「七羽ちゃんー! どんな曲が好き?」
前屈みになるように数斗さんの向こう側から、マナさんが話しかけてきた。
元々、私と親しくなってほしい友だちとして、参加することになったのだ。
私と話さないわけにはいかない。
気のいい人を演じているなら、なおさらだ。
「私は……推してるアーティストがいるんです。彼です。もうメロメロで」
「あー! わかるー! もしかして、七羽ちゃん、こういう男の人がタイプ?」
「あはは、どうでしょうか? この人の才能が、素直にすごいって思いますね」
冗談まがいに質問するマナさんは、内心では数斗さんの反応を窺う。あざとく上目遣いで見上げる姿勢でも、数斗さんが見ているのは、私だけ。
差し出して見せた携帯電話を持つ手に、数斗さんの手が重なる。
前も見た綺麗な手。長い指。
「そういえば、歩いてる時も、よく音楽聴くって言ってたね。この人の曲、聴くんだ?」
『俺の声、優しいって褒めてくれたから、毎日電話してたけど……いつもなら、この人の曲、聴いてたのかな……』
複雑そうな心の声の数斗さんは、表示した曲の再生ボタンを押した。
『うっざ! 数斗と手を! 意外とあざといな』
「数斗くんって、歌上手かったよねー?」
「そう?」
『あっ、やっとこっち見た! わたしの方が知ってるアピールして牽制だ!』
「七羽ちゃんは、歌うの好き? 今度はカラオケ行く?」
『歌声まで可愛いかも。恥ずかしがるかなぁ』
数斗さんがマナさんを見たのも一瞬で、コロッと私に笑いかけて、次の約束を提案する。
『はぁ〜? なんで数斗は、そんなちんちくりんを気にするわけ!? ハンッ! 珍獣だから?』
「七羽ちゃんともカラオケ! 楽しそうだね!」
『絶対、わたしの方が歌上手いんだから!』
人懐っこいような笑みで、明るく話しかけてくるマナさん。
ストレスで吐きそうだ。ゴフッ。
そんな感じで、次はカラオケに行こうという話を進めて、真樹さんが口ずさみ始めた曲を一緒に歌っている間に、サービスエリアに到着。
トイレ休憩。刹那、迷ったけれど、お手洗いは必要。嫌な気持ちを引きずりながら、マナさんとトイレに向かう。
「メイク直し〜。あ、そのリップ知ってる〜! 前に流行ったよね」
『うわ、古っ! ダサ! メイク直しって言っても、リップを塗り直すだけでしょー。女として、終わってるじゃん』
グサグサと刺さるマナさんの黒い声。
まだ遊園地に着いていないのに、すでに満身創痍だ……生きて帰れるかな? 私……。
引きつらないように頑張る顔、明日には筋肉痛かも。
明日……休みを入れててよかったなぁ。
「ねー、ねー。七羽ちゃん。数斗くん、すっごく優しいよね?」
トイレを出れば、わざわざくっ付いてくるマナさんは、三人で固まって待ってくれている数斗さん達に、仲良しアピールをしたいらしい。
「はい、そうですね」
「七羽ちゃんのお兄ちゃんみたいだね!」
『せいぜい兄妹枠よ! 妹ポジションで妥協しなさいよ!』
表では弾けるテンションながら、裏で毒を吐き捨てるマナさん。
表裏が激しすぎて、強烈で……気持ち悪くなる。
「数斗さんの方には、お兄ちゃん枠は嫌だと言われちゃいました」
『……はっ?』
あっ……。
つい、言葉が出てしまった。
反撃にはいい言葉だったけれども。
マナさんはあくまで、心の中だけで好き勝手に毒付いてるだけ。
私がそれをやめてくれだとか、言うなんて、意味不明。
だから、黒かろうとも、心の声に反応して、反撃しちゃうなんて……なかなか、悪いことだと思う。
聞こえてしまうからって、他人の心の声を、とやかく言うなんて、最低だよね……。
勝手に聞いてしまっているのは、私なのに……。
曖昧に笑って誤魔化して、歩みを早める。
『は……? 何、今の。一丁前に牽制してきた? それとも、本当に数斗がお兄ちゃん枠に入りたくないって言ったわけ? ……なんなのよ、ムカつく』
…………このサービスエリアで、抜けちゃダメかな……。
「七羽ちゃん、助手席に移ってもらってい?」
「え? はい……」
再出発しようとすれば、数斗さんがそう言ってきた。
真樹さんと席を交換?
と、首を傾げれば、数斗さんが運転席に座った。
ちょっと、ホッとして、肩の力を抜く。
『沢田ちゃんと何かあったのかな……。真樹は普通に挨拶してたって言うし……。やっぱり体調が悪いだけかな。楽しみにしてたから……無理してないといいけど』
「高速、空いてるから、あと20分もしないうちに着くよ」
「そうなんですね。楽しみです」
『あれ? さっきより、自然な可愛い笑顔だ』
数斗さんに、自然と笑って見せられたようだ。
なるべく、マナさんの声を聞かないようにしよう。
数斗さんの優しい声だけに、集中すればいい。
隣を見れば、美人と表現したい綺麗な横顔。
淡い水色の襟付きシャツ。袖から覗く男らしくも細い腕で、ハンドルを握る手。本当に、かっこいい人だ。
観察していたことに気付いた数斗さんは、不思議そうに小首を傾げて、チラリと見てきた。
おずっ、と顔を背けて、携帯電話の時計を確認するフリをする。
『ん? 恥ずかしそうな顔? もしかして、運転する姿がかっこいいとか思ってくれたかな。なんて。だったら、嬉しいけど』
チラッと盗み見た数斗さんは、前を向いて運転しながらも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
残念ながら、私の心を読む能力は、本物だと思い知る。
でも、こんな確信なら、とても胸が温かくなった。
かっこいいですよ。
と言おうとして、下唇を噛む。
そんなことを言えば、マナさんがまた毒付くだろうから、堪えた。
本当に数斗さん達は、いい人達だ。
そんな彼らの楽しい雰囲気を邪魔しないように、私だけ、我慢すればいい。
悪口なんて、聞き流せ。
黒い声。それは、雑音だ。
数斗さんの優しい声に、意識を傾けていよう。
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2023/02/12