52 心も休めて一旦の休憩を。
ふぅ、と一つ、小さな息をつく。
「すみません……なんか、二日連続、修羅場みたいなの、引き起こしちゃって……」
遠い目をしてしまう。
昨日、悪友と絶交したところだったのに、翌日も私のせいで修羅場。
「七羽ちゃんのせいじゃないよ? ちょっと……えっと、不運だっただけだよ」
フォローしようとする数斗さんだったけれど、言葉に迷う。
「私が疫病神ではないでしょうか……毎度、修羅場の渦中にいます」
「いやいや、七羽ちゃんのせいじゃないって。二回は俺のせい、昨日は今までの問題が発覚して対処しただけで、今のはただの事故みたいなもの。俺の方が迷惑かけちゃってる」
数斗さんは隣に腰を下ろすと、私の頭を撫でた。
罪悪感を拭うみたいに。
「それにしても、どうして新一から連絡が来たの? なんで俺に電話して知らせてくれなかったの?」
「……修羅場るのが、嫌だったので」
「しゅらばる……」
こてん、と首を傾げて、そう答えておく。
不満げだった数斗さんは、私の造語に苦笑。
「俺が七羽ちゃんの異性の知り合いみんなと、険悪になると思ってるの?」
「……」
冗談で笑う数斗さんだったけれど、私は目を泳がせた。
「え? 思うの?」
『俺、七羽ちゃんに嫉妬深いところ、見せたことあったっけ? ……まぁ、実際そうなんだけど』
心の中で認めている……本人。
「えっと、新一さんと真樹さんに無事だと知らせますね」
「真樹も知ってるの?」
「ちょうど、グループルームでやり取りしてたんですよ」
「二人とグループルーム?」
「真樹さん、多分、数斗さんを招待し忘れてます」
『……【天使守り隊】。隊長は、俺だよね?』
話を変えて、携帯電話を出して、グループルーム内のやり取りを見せる。
数斗さん、即座で隊長志望なんですね……否、確定してる。
【数斗さんが無事追い払ってくれました。ご心配をおかけしてすみません】
涙を流して敬礼しているみたいな顔文字を入れて、メッセージを打ち込む。
【ごめん、数斗を招待したつもりで抜けてたわ!】
数斗さんが招待されて入室すれば、真樹さんはごめんと謝っている顔文字とともにメッセージを送った。
【大丈夫だったか? 一人にすんなよ、数斗め】
【面目ない……】
厳しい新一さんのメッセージに、隣でしょんぼりと肩を落とす数斗さん。
【いやでも、フツーそんなミラクル起きる??? 話をしたその日に、噂をすれば影って……怖いな!?】
真樹さんの言う通り。確かに。こんなミラクル、嫌である。
【てか、大丈夫だった? さっきの吐いてる顔文字。不倫副店長の異動を願ってるツブヤキと同じだったけど、変なことされてない???】
続けざまにそんなメッセージを送って真樹さんが尋ねるから、隣の数斗さんが自分の携帯電話から、私の方に顔をバッと向けた。
『何かされた? 殺しとく?』
いや、数斗さん。とりあえず、殺意の心の声を出すの、やめましょうよ。
「いや、ほら……過去とはいえ、フッた相手に気安く話しかけるとか、気色悪いじゃないですか」
数斗さんに弁明しつつ、同じ言葉をメッセージとして打ち込んで送信しておいた。
【つーか、なんで話しかけたし、そいつ】
【ほら、いるじゃん? モテすぎて図に乗ってるヤツ。ソレだ】
【ひがみじゃなくて、マジで言ってる?】
【ひがみじゃないですけど!?】
新一さんと真樹さんのやり取り。どう答えるべきか。
【んー……多分そんな感じなんでしょうね(苦笑)】
迷った末に、そう打ち込んだ。
【なんか、自分が先に告白されたとか、マウント取ってきた。七羽ちゃんがフラれて泣くくらい想われていたみたいなことを言いたかったみたいだから、七羽ちゃんも否定して、俺もモテ自慢をよそでやれって追い払った。とんだ自惚れ屋だったよ】
数斗さんは、キッパリとメッセージを通して、新一さんと真樹さんに報告した。
『二回告白? 俺はもう数え切れないほど、今日は好きをいっぱい言われてるけれど? 俺の方が正真正銘の告白を受けてるけど? 想いを込めた好きを、もう百回は受け取ったと思うくらいだけど?』
今更ながら、荒ぶる数斗さんの心の中。
心の中で強めの声で、怒涛のようにマウントを言い放っている。
百回は、まだ言ってませんね……絶対。
【は!? 今カレの前で、告白云々言い出したわけ!? サイテーじゃん!! これだから自惚れモテ男は!!】
【悪い、真樹はひがみで怒ってる気しかしないな。日頃の言動、気を付けてくれ】
【ここでおれをディスる!?】
怒ってくれる真樹さんと、どうしてもひがんでいるようにしか思えない新一さんのやり取りを見て、クスッと笑ってしまう。
【ありがとう。七羽ちゃんが笑ったよ】
【うん、よかった! でもおれは素直に喜べないな!?】
今度は数斗さんと一緒に、クスクスと笑った。
【数斗が来る前は、かなりテンパってたみたいだけど、マジで大丈夫だったか? そんな自惚れ男に、惚れた弱みみたいに、言い寄られたりしなかったか?】
【そういえば、一緒にいる女友だちとどう考えてもできてるのにひていしてななはちゃんにからんだ】
新一さんから心配の言葉を向けられたけれど、言葉のチョイスが悪かった。
隣から数斗さんの視線が突き刺さる。
【数斗? 漢字変換出来てない、落ち着いて?】と、真樹さんは数斗さんの動揺を察した。
画面を見ずに打ち込めてすごいですね……視線痛いです、数斗さん。
せっかく、気安く話しかけてきたことが気色悪かった、で片付いたのに……。
数斗さんっ、視線だけで尋問しないでくださいっ! 圧が凄いッ!
【私もどう考えても連れの女性とデキてると思ってカノジョでしょって言っても、否定してたんですけど、連れの人はめちゃくちゃ怒って睨んでるのに、全然気付かないで私と話を続けてきて……気持ち悪かったですね】
とりあえず、それだけをグループルーム内で白状しておく。
【サイテーじゃん。ソイツのどこがよかったわけ? 顔?】と、呆れ顔な絵文字を付けてまで送ってくる新一さん。
そんなこと言われも……。昔と今は違うでしょうに…………サイテーな男になったのは、私のせいじゃないもん。
【すみません。あの頃は少女漫画フィルターがかかっていたので、無駄にかっこよく見えました。今さっきはひたすら気色悪い、馴れ馴れしい元同級生でした】
【少女漫画フィルターwww当時は強力すぎたんだねwww】
大笑いする真樹さん。
【七羽ちゃんも、当時は恋に恋してたって自覚してるのに……自分は、サッカー部とか生徒会長とか、そんなモテ要素の肩書きのおかげでアイドルみたいにチヤホヤとモテてたことに気付いてないみたいだね。フッておいて、自分の都合がいい時に、相手の好きって気持ちを利用しようとするなんて、本当に卑怯でサイテーな奴だね】
数斗さんが、深くため息をついた。
「……それ」
【わりと私にブーメラン……】
数斗さんをフろうとしかけたし、都合がいい時ばかり、恋人だって紹介していた私にも、突き刺さる言葉。
【ち】
「違うよ? 七羽ちゃんは違うから! 俺のことなんて利用してないし! ちょ、こっち見て? 七羽ちゃん!?」
【え。今、数斗が必死に弁解中?】
【ナナハネを傷付けた? 初デート中に? サイテー】
【新一の容赦のなさよ。ガンバ、数斗】
ずーん、と沈んだまま、顔を伏せて、グループルームにピコンピコンと鳴って更新されるメッセージを見つめた。
「七羽ちゃん、本当だって。こっち見て?」
「……嫌です」
『えッ……』
心の中ですら絶句する数斗さんの方に身体を傾けて、肩に頭を凭れる。
「頭、撫でてください。数斗さんに撫でられるの、好きなので」
「……うん」
『ぐぅう~……胸がキュンってした。俺の方が好きだから。もう好きだから。キュンだから』
数斗さんは反対側の手で、撫でてくれた。
【よし。数斗が弁解を必死にしている間に、新一とおれは隊長の座を争おう】
【いや、フツーに数斗が隊長の座を譲ると思ってんの?】
【……おれが立ち上げたのに!!!!】
泣きわめいているような顔文字を連打した真樹さんは【仕事戻る】と泣き絵文字を置いていく。
【嵐かよ。じゃあ、残りのデート時間は穏便になるといいな】と、新一さんも離脱しようとする。
【なんか、これもフラグっぽいな。まぁ、楽しんでな】と、ちょっと不吉なメッセージを置いて行った……。
「……結局、このグループルーム名、変えてくれないんでしょうか?」
「んー。そのままでいいんじゃない?」
「……恥ずかしい」
クスリ、と数斗さんは笑いながら、ポンポンと頭を撫でてくれる。
「もう休みましたので、喫茶店に行きましょう?」
「そう……ミックスベリージュース、買えなくてごめんね?」
「美味しそうですけれど、別に大丈夫です」
「それなら、またあとで来よう? 時間がまだあるなら、帰りながら飲むのもいいでしょ」
また数斗さんに並ばせるのも申し訳ないし、数斗さんもまた私を一人にはしたくない。そういうことで、後回しにすることにした。
「でも、七羽ちゃんがまた躓くのは怖いな……お姫様抱っこする?」
「……腕組みで掴まってていいですか?」
『腕組み!』
「いいよ」
からかうようにお姫様抱っこを言うから私は、腕にしがみつくこと案を出しておく。
数斗さんはすぐにその案を、心の中で歓喜するような声を上げた。
そして、笑顔で頷くと先に立ち上がって、荷物から先に持って、私に右手を差し出した。
『……さっき、抱き上げた時、スカートの下からちょっと見えたのって……ガーターベルトの模様だよね? 七羽ちゃん、ガーターベルト模様のストッキングを穿いてくれた? 七羽ちゃん自ら、ガーターベルト?』
立ち上がろうとすると数斗さんがスカートを凝視していたので、内心ヒヤヒヤ。
み、見えてしまったのか……。
『ベビードールも意外だったけれど……クール系というか、最早セクシー系をたまに好んでいるみたいだし、本物のガーターベルトも好きなのでは???』
めちゃくちゃ推測されている。内心冷や汗ダラダラ。深く考えないでほしい。
誤魔化すように、数斗さんの右腕に絡めて、腕を組んで、歩くように促す。
『七羽ちゃんと腕組み!』
よかった。意識がこっちに戻って、腕組みに舞い上がってくれている。
『……胸が当たらない』
両腕で数斗さんの腕にしがみ付いている私は、反対側の手を挟んで胸を押し付けないような形にした。
『……肉まん……』
なんて、数斗さんは急に食べ物のことを浮かべる。
季節じゃないのに、急に食べたくなったのだろうか……? 何故に今?
「さっきサイトで調べたら、喫茶店と同じ奥の方の二階にあるって、靴下屋。食べ終えたあとに、行こうね」
「はい。ありがとうございます」
「ジュエリーショップの方が、さっきの曲がり角の先だって。つらくなったら、ちゃんと言ってね?」
列に並んでいる間に、調べてくれたらしい。
コクコクと頷いて見せる。
喫茶店はちょうど一つのテーブル席が空いたので、入れた。なかなか人気の喫茶店らしい。
おやつの時間なので、お目当てはデザートのみ。
パフェが目玉商品なので、実物の大きな写真が貼られているメニューページがすぐに出てきた。
すぐに、チョコレートマンゴーパフェが目に留まる。
「私、これがいいです」
人差し指を押し当てて、数斗さんに選んだことを告げた。
向かいに座る数斗さんは、笑い出しそうな顔をしていたから、キョトンとしてしまう。
「七羽ちゃん……そういうところだよ。っ、ふふっ」
結局、口元を片手で押さえて、笑う数斗さん。
『目が気に入ったって、瞬時に輝かせるんだよね。そこが、わかりやすい』
私が好みの物を見付けた時の反応。
数斗さんが好きだと言って、それで私が気に入った物だと判定して、買うことを促した。
こういうところだったのか……。
確かに、今のは、即決しすぎた。他の商品に目もくれず、状態……。
わかりやすいのも無理がない。
恥ずかしい、と顔を火照らせる。
「一応、他のデザートも見てみて?」
『俺はそれでいいや。七羽ちゃんにも食べさせたあげよう』
頬杖をついた数斗さんは柔らかく笑いかけて、メニューを見るように促した。
大人の余裕さを感じ取る。一歳差なのに、大人の男性で、年上カレシ感がすごい。
「……数斗さん、好きです」
「ん?」
『この好きって、どこの部分かな?』
数斗さんが不思議がる。
「大人の余裕とか、大人の男性とか、年上のカレシ感が……かっこよくて好きです」
メニューを立ててちょっとだけ隠れるように言えば、面食らったみたいな表情になる数斗さん。
ちょっと照れたみたいに頬を赤らめて、口元をなんとも言えないように動かす。
「――――俺は、可愛すぎる七羽ちゃんが、全部好き」
『大好きだよ。愛してる』
ふわりと微笑んで、数斗さんは優しい眼差しで見つめ合いながら、想いを伝えてくれた。
相も変わらず、優しい声で。でも強く響く想いで。
これほどの強さには、到底及ばないな。
私は、まだ。
まだまだ、時間がかかりそう。
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(2023/10/13)




