51 自惚れ男の鼻はへし折っておく。
噂をすれば影が差す。そのことわざが浮かんだ。
早朝と言えそうで言えない時間帯に、ベロッと話した私の黒歴史とも言える失敗恋愛談で、彼の話をした。
でも、県内とはいえ、地元から結構離れたショッピングモールで、会うって何? どんな奇遇? こっわッ。
「一人?」
「あー、ううん」
首を横に振って、行列に目を向けるけれど、数斗さんの姿が死角に入っちゃって見当たらない。
【七羽ちゃんは誰が隊長がいい?】
真樹さんから、うるうるした絵文字をつけたメッセージが送られたので、それを見た。
『何この子』
「裕太、誰?」
「同じ中学の同級生」
「へぇ……」
連れの女性が、じとりと見下ろしてくるけれど、興味がないようで自己紹介をする気配がない。
私も早くいなくなってほしいので、軽く作り笑いをするだけで、携帯電話に目を戻す。
【噂をすれば影って言いますが、怖すぎ】
ガクガクブルブルと震えた顔文字を添えて、メッセージを送った。
【ん? なんの話?】
【誰かと会ったのか?】
隊長の話より、私の意味深なメッセージを、二人は気にしてくれる。
『え? 何これ……』
「高級ブランドじゃん」
「え? あ、本当だ。買ったの?」
連れの女性が、脇に置いた紙袋のロゴに気付いた。数斗さんの服を買った店の物だ。
「えっと、私じゃなくて……恋人が買ったの」
「デートなん?」
意外と言わんばかりに目を見開く綾部。
『いや、どう見ても、デートの格好でしょ』
連れの女性と、同感だ。
こんなおめかししているのに、こんなところで一人でいると思うのか、フツー。
「あー、確かに、デートって感じで、お洒落で可愛いじゃん」
上から下まで、見てきた綾部は、そうサラリと笑顔で言ってきた。
他の女を褒められて、ムッとした連れの女性を、一切気にしそうにない綾部に、内心ヒヤヒヤする。
鈍感なの? 連れの機嫌に気付いてよ。私の気まずさも!
なんか、値踏みされているような視線も、嫌だな。居心地悪い。
【まさか、今朝話してたイケメン生徒会長だったりして(笑)】
真樹さん。当てるなんて、すごい!
私は、泣き顔の絵文字のみを送信。
【マジで!?】と真樹さんは続けざまに【修羅場ぁああああああ!!?】と叫ぶようなメッセージを送った。
【ヤベ。おれがフラグ立てた。大丈夫か? 修羅場度、深刻?】
ピコピコと通知音が鳴るので、ハハッと笑って見せるだけで、携帯電話をいじらせてもらう。
【数斗さんが戻る前に帰ってほしいんだけど、何故かいなくなってくれないっ! カノジョ連れなのに!】
そうだ。綾部だって、カノジョがいるじゃん。
「綾部もデートなんだね。ホント、ここで会うなんて奇遇」
さあ、デートの続きをしたまえ! と込めて言ったんだけど。
「いや、別に。ただ二人で遊びに来ただけ。女友だち」
『は!?』
綾部が恋人否定するから、カノジョとばかり思っていた連れの女性が、思いっきり顔を歪ませて、横から睨み付けた。
【ヤダ違った!!】
泣きの絵文字を送って、もうどうすればいいのかと、プチパニック。
「カレシは?」
「ジュース買ってくれてる」
「へぇー。どんな人?」
「えっと、すごく優しい人」
な、ぜ、だッ!? 混乱の極み!
綾部は、私の隣の席に座った。長話をすると言わんばかりに、座っちゃったのである。
【数斗がいないのか? どこだよ】
【私が足疲れたのでベンチで休ませてくれて数斗さんがジュースの列でヤダ隣座った】
【落ち着いて! 数斗さんのとこ! 一先ず数斗さんのとこ逃げよ!】
【荷物持ったら、すっころぶ自信しかないけど、数斗さん参入の修羅場よりいいですよね!】
【待って! 怪我絶対ダメ!!!】
【数斗が気に病むぞ。怪我はすんな。やめろ】
逃げるという手段は、怪我を負うリスクがあるので、止められた。
確かに、初デートに、すっころんで怪我なんてしたくないし、数斗さんの心の声が絶対に沈む。
でも、綾部の連れは、じとぉおおっと不機嫌な視線を注いでいるのに、綾部は見向きもしない。
『中学の頃は根暗な感じだったのに、明るい感じになって、めっちゃお洒落だな。確かおれに二回もコクってきたし、まだ未練あるなら、ワンチャンあるか?』
ぞわぁあっと、悪寒が走った。
ワンチャンって……え? 二回もコクっておきながら、はい? なんて???
いや聞きたくないな、知りたくもない。
今、恋人いるっていうのに、未練があるって……。
「あ、カノジョさん。座ります?」
サッと立ち上がって、連れの人に席を譲る。
「……どうも」と、その人は座った。
「いや、だから、カノジョじゃないって。大学の女友だち」
『ただのセフレなのに、出掛けたいってごねるから……』
「そう? お似合いだと思うのに」
オエッと、吐きたくなる。作り笑いが引きつりそう。
はいはいはいはい。モテすぎたイケメンが悪い方の成長を遂げたんですね、わかりましたオエッ。
一刻も早くこの場を離れたいけれど、荷物を持つことを試みたが、大きめな紙袋が三つだから、無理そうだ。フラついて倒れる自信しかない! 絶対に転ぶッ!
「カレシさんは、何している人なんですか?」
じとっと、また高級ブランドのロゴを凝視しながら、連れの人が尋ねてくる。
「え、えっと……ホテルの従業員として、働いてる人です」
「ホテルの?」
『ラブホとか? まぁ……今の古川は、背が低いけど、スタイル良さそうだし、顔も可愛い系だもんな。なんか、援助交際してたりして。なら、おれともヤッてほしがるでしょ』
ゲロゲローッと、吐きそう。作り笑いが限界。
それを思わず、ゲロを吐いているみたいな顔文字を、グループルームに送信してしまった。
【どうしたのー!?】
【おい。数斗呼べ。電話】
【修羅場嫌!!!】
全力で数斗さん参入の修羅場を嫌がる。グループルームに数斗さんが入っていなくて幸いだ。
どうにかして、二人を立ち去らせるか、私がやっぱり数斗さんの方に行くべきか。
「あなたは? どこの大学?」
「あ、私は、フリーターでして。高卒の」
連れの人に正直に答えれば、想定通りのしかめっ面をされた。
高卒のフリーターの恋人が、こんな高級ブランドの物を買ったとは思えないと疑われている。
小物じゃなくて、何着も買っていると予想出来る大きめな袋だ。高額の買い物だって、バレバレだった。
「そっか。まだ大学生なんだね。私のカレは、今年卒業したところなんだ」
「高卒って……ああ、そういえば古川って成績よくなかったよな」
「アハハ……勉強嫌いだったもん」
もう一度、袋の重さを確認。
左右に分ければ、行け、るか……?
【クッ! 私にもっと力があればっ】
【だから重い物持って動くのダメ!!】
泣きたい気分で、気を紛らわせるふだけたメッセージを送れば、ノってはくれなかった真樹さんからマジレス。
クスン。他に私にどうしろと。
「ねぇ、カレシ、どんな人? 紹介してよ」
なんで二回もフッた私を嫌っていた同級生に、紹介しないといけないの。
私を嫌っていたことは、都合よく忘れてる?
「わたしも見てみたいです」
頭の中では、二人の予想は、お金持ちな中年男性だった。
私達の一つ上だって言ったのに、全然信じてない。援助交際疑惑が膨らんでいる。
その要因は、高級ブランドと、私が明らかに少し顔色を悪く、動揺して目を泳がせているからだ。
いやいや、その恋人が来てしまったら、修羅場だからッ!! その動揺!!
【数斗さんに元イケメン生徒会長の話、してませんよね?!】
ハッとして、先ず数斗さんが、あの話を聞き出していないことを確認。
【ごめんなさい!!!】
青い顔の絵文字を連打して並べた真樹さん。
話したのか!!
【もう!! じゃあもう会ったことは言わないでください!!】
【無理。メッセ、今送ったから】
イケメン生徒会長と会ったことだけは伏せれば、なんとか穏便に済ませられる!
そう思ったのに、新一さんが希望を打ち砕いてきた。
『七羽ちゃんっ』
「七羽ちゃん」
「数斗さん?」
携帯電話を、片手に戻って来た数斗さん。
目を瞬かせてしまう。手ぶらだ。慌てて列から出てきたみたいだ。
新一さん、どんな内容のメッセを送ったの……?
『新一が絡まれてるって、メッセを送ってきたけど……そんな雰囲気じゃなさそう?』
心配している眼差しで、顔を覗き込んで、数斗さんは私の頭を優しく撫でた。
『嘘……こんなイケメンが、カレシ? 嘘でしょ……それでお金持ちなの? どこのボンボンなの? ハイスペックイケメン……素敵』
連れの人が信じられないと驚きつつ、ポーッと数斗さんに見惚れる。
イケメンでお金持ち。綾部の正式なカノジョの座を狙っているのに、顔を見ただけで靡いている。
『はあ? この人が古川のカレシ? 高卒でフリーターの古川が、どうやって大卒のイケメン金持ちと?』
経歴が違うカップルに、疑問しかない綾部も、驚いているし怪しむ。
「古川の恋人さんですか?」
「……はい」
綾部から私の名前が出たことに、ピクリと反応して、スッと数斗さんは目を眇めた。
「こんにちは。おれ、綾部です。中学の同級生だったんですよ。卒業以来会ってなかったんで、びっくり」
『中学?』
「あ、あの、わたし」
「コイツは、おれの大学の女友だちです」
「……」
甘ったるい声を出して、連れの人が数斗さんに自己紹介をしようとしたけれど、綾部が遮る。
私はマズいと察知した。数斗さんが、私の中学の同級生ってところに、大きく反応した。
「へぇ? 中学の。なんだか、イケメンだから、生徒会長とかやっていそうなタイプって感じですね」
「あ、わかります? 中高と生徒会長やってました」
『ん? 古川はなんのジェスチャーやってんだ?』
『何してんの、この子』
数斗さんが生徒会長か否かと探る質問に、けらりと綾部が自信げに答えてしまう。
私は数斗さんの視界の外で、両手でバツを作って止めようとしたけれど、伝わるはずはなく、見事に発覚してしまい顔を両手で押さえて俯いてしまった。
綾部も連れも、変だと思うだけ。
『七羽ちゃんを二回もフッた生徒会長……七羽ちゃんが二回も告白した相手』
心の声が底冷えしているけれど、心なしか、数斗さんから冷気が漂っている気がする。
「それは、すごいですね。ところで……俺の恋人は、足を休ませるために座っていたはずなんですけど?」
口元は弧を描くけれど、目が笑っていない数斗さんが、二人を冷たく見下ろす。
『え、何、怒ってる……?』
『やだ、怖い……』
「あー、いや、古川が、コイツに譲って……」
『裕太! わたしのせいにしないで!!』
数斗さんの圧にたじろくと綾部が、事実だけれど、わざわざ言わなくてもいいことを言ったから、キッと連れの人にまた睨まれた。
席を譲ったのか、と数斗さんが心配な眼差しを私に向けて、視線で問う。
『七羽ちゃんなら、二人組で来てるんだし、譲るだろうな。それに自分をフッた相手の隣にいたくないだろうし』
数斗さんは、なんとなく予想を的中させては、私の頬をひと撫でした。
「君達さえよければ……俺達に席、譲ってくれないかな?」
私に向ける眼差しから一転、またもや冷たい目で見下ろされる二人は、気圧されて縮こまる。敬語もなくなった。
何もベンチを奪い返さなくてもいい。ジュースも買うことを中断したのなら、喫茶店に向かえばいい。
「あのっ、もういいですよ、数斗さ、きゃッ!」
「! 七羽ちゃん!」
数斗さんを止めようと一歩踏み出そうとしたけれど、そこでガクンと足をくじいてしまった。
倒れかけた私を、数斗さんは腕で受け止める。
ホッ。無様に床に倒れるかと思った……。
すると。
フワッ。
浮遊感を味わったかと思えば、私は横抱きをされたことを知る。
数斗さんに、お姫様抱っこされた。
お、お姫、様、抱っこ……!
人生初の! お姫様だっこを、スマートにされた!
『本当に軽い……ちゃんと食べさせないと』
「大丈夫? 痛めた?」
数斗さんは私の顔を覗いては、それから、足の方を見る。
「だ、大丈夫ですっ。……多分」
近さや抱き上げられたことに、動揺しつつも、自分の足を気にした。
抱き上げられたので、どれくらいダメージを受けたから、わからないので、”多分”をつけるしかなかった。
「――ねぇ。退いてくれる?」
『邪魔、退け、殺すぞ』
笑顔で威圧した数斗さんは、二人に再び席を譲るように脅迫、いや、頼んだ。うん。表向きは、頼んだ形。
慌てて二人は退いたので、連れの人の方の席に、数斗さんは私を降ろす。片膝までついて、くじいた方の右足にそっと触れた。
「痛む?」
「いえ。全然大丈夫そうです」
不安げに見上げてくる数斗さんに、私はくるっと軽く足首を回して確認したが、ダメージは残らなかったと笑みを見せる。
数斗さんは、胸を撫で下ろす。
『すごい優しい……羨ましい……。なんで、低学歴のフリーターで、こんなお金持ちなイケメンをモノに出来たの?』
連れの人の羨む声に、まだ二人がいることに気付く。
「古川の言う通り、すごい優しい人なんですね」
なんて、綾部は、数斗さんに声をかける。
本当に鈍感なの!? 数斗さんにもう嫌われているって気付いて!!
「……何?」
『なんでコイツ、七羽ちゃんに絡んでいるんだ……? フッたくせに、気まずくないのか?』
「いや、さっき、どんな人かって訊いたら、すごい優しい人って」
「……俺は、七羽ちゃんには特別優しいんだ」
数斗さんは横目で一瞥したあと、私の左足は大丈夫かと手を触れて無言で尋ねた。
『なんか怒ってるよ! 早く行こうよ!』
『なんだよっ! ウザいな』
連れの人の方が、数斗さんの刺々しさに気付いていて、綾部の腕を掴んで引くけれど、綾部はそれを振り払う。
何がしたいのやら。どうでもいいけど、むしろ、知りたくないので、早くこの場を去ろう。
数斗さんにそう言おうと思ったのだけど。
「まぁ、古川は泣き虫ですし、庇護欲ありますもんね。世話も焼きたくもなりますよね」
泣き虫? 変なことを言い出したな、と思ったけれど、今に始まったことじゃないな。
数斗さんも怪訝な顔で立ち上がって、綾部を見た。
「泣き虫って?」
「え? いや、よく泣くでしょ? 古川」
『年上らしいし、身長差とか、顔の可愛さとか、庇護欲で優しくしてるってことでしょ。よく泣くから、いい人すぎて優しくしてるとか。しつこいからな、古川は』
心の中で綾部が思っていることは、別にどうでもいいんだけど…………一つだけ、訂正させてほしい。
「私、綾部の前で泣いたことないけど?」
「え? あるって。ほら、あん時」
「どの時?」
「いや、あの時だって」
『言わせる気?』
『……七羽ちゃん、全然覚えがないみたいだけど』
首を捻る私を見て、数斗さんはどういうことかと、綾部に視線を戻す。
「ほらっ! もうカレシの前で言って悪いけど、おれにフラれた時!」
そう我慢出来ず、と言った感じに勢いで口にした綾部は、なんだか優越感を滲ませていた。
私も数斗さんも、目を丸める。
連れの人も、ギョッとした顔で綾部から私に目を戻した。
「いや、泣いてないけど」
パチパチと瞬きするよりも先に、私は間も開けずに、キッパリと否定する。
「は? いやいや、泣いてたって! ほら……ホワイトデーで! お返し渡して無理って断ったら、鼻啜ってた!」
「? ……寒かったからじゃない? 強風がすごかった、よね? 私寒いの弱いし、普通に寒くて出た鼻水かも」
強風の中、お返しとともにフラれた覚えがあるけれど、泣いてなんかいない。返事なんて、わかりきっていたから。ダメもとの当たって砕けろな、バレンタインデーイベントに乗っただけ。
お返しを外でもらった時、三月で、まだ冷たい風だったはず。
「で、でもさっ! 林間だっけ? キャンプファイヤーのあとだって、二回目の告白してきたじゃん!」
「そうだけど……ごめん、やっぱり泣いてない」
「は、はあ? いやいや。カレシの前だからって、そんな否定しなくても……」
『おれにゾッコンだって、知られたくないのかよ。大袈裟に言ったおれが、恥ずかしい奴みたいじゃん』
『必死に、何言ってるんだ? コイツ……』
数斗さんを気にしている綾部は、私が嘘をついているように言う。
数斗さんの方は、綾部を胡乱げな目で見た。
いや、本当に、綾部は大袈裟に言ってるんだけど……。
「他の子と間違えてるんじゃない? 綾部って学校のアイドルみたいにモテて、たくさん告白されてたじゃん」
「え、うん、まぁ……そうだけど」
『否定は出来ないな』
優越感に鼻を高くする綾部に、小さくため息を吐く。
「私もファンの一人みたいに、イベントのノリで告白しただけだから、泣いたりしないよ。サッカー部のイケメン生徒会長って肩書きに釣られて、ノリで告白してごめんね? バレンタインなんて、お返しが大変だったでしょ、ごめん」
「えっ……」
両手を合わせて、私は軽く笑って見せる。
フッと、数斗さんが小さく噴き出した。
小さくとも、全員が注目するには、十分な音だ。
「もしかして、イベントに乗じたノリだと気付きもせずに、本気で想われてたと思ってた?」
数斗さんの小バカにした物言いに、綾部は赤面した。
『ふざけるな』
数斗さんの心の声は、怒っている。
ちょっと、びく、としてしまったけれど、数斗さんは見ていなかった。
私に背を向ける形で、綾部の目の前に、立ったからだ。
「そうだとしても、軽々しく他人の過去の告白を、今交際している相手の前で言うのは、おかしいだろ」
そう低い声を放つ。
「告白された回数が多いって自慢したいなら、よそでやれよ。自惚れたその顔、二度と俺の恋人に見せるな」
私に聞こえないように声を潜めて、綾部に冷たく告げる。
けれども、例の如く、私には心の声が聞こえるので、何を言ったかはこの距離ならわかる。
怖い声音に、顔が引きつらないように堪えた。
「見る目がなくて、ありがとう。今更惜しくなっても、無駄だから」
青ざめて固まる綾部の右肩の上に、ポンと手を置く。
「さっさと遊び相手と、どっか行ってくれない?」
その肩を、軽く握ったのが見えた。
連れの人が、”そういう遊び相手”だと察したようだ。
その連れの人も、青ざめた顔で、綾部を置いて、先に足早に離れていく。
綾部も会釈みたいに頭を微妙に揺らしては、連れを追いかけた。
パンパンと汚い物に触ってしまったみたいに手を払う数斗さんは、また私の前にしゃがんだ。
「……好きです」
ぽつり、と零す。
「え? 今のは……どの部分に?」
『今のどこを好きだって思ったんだろうか……? まさか、あんな奴と想いを比べてるとか、そんなことを気にしてると思って、否定を込めての慰めで? 七羽ちゃんの想いを疑ってなんかいないのに……。アイツ、殺す』
わからないと言った顔をする数斗さん。
自分への不信感からきた言葉なのかと、不安がる。
そして怒りの矛先が、綾部に向かう。
物騒な心の声。怒りが殺意に直結するのは、毎度のことだ。
「……私だけに、特別に優しいところです」
数斗さんの両手を包むように握って、告げた。
私のために怒ってくれて、その相手には容赦ない。
なのに、私には特別優しいところ。
それを正確に言うのは、ちょっと抵抗があるので、それだけ。
「七羽ちゃんが、大好きだからだよ」
数斗さんは優しい微笑みを零すと、私の左頬を撫でた。
……数斗さんの私以外に物騒な心の声まで、好きかもしれない。……だなんて。
ちょっと手遅れなほどの場所まで来たかもしれないな。
火照る頬を押さえて、私はうっすらと自覚してきた。
2023/10/12