表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/66

51 自惚れ男の鼻はへし折っておく。



 噂をすれば影が差す。そのことわざが浮かんだ。

 早朝と言えそうで言えない時間帯に、ベロッと話した私の黒歴史とも言える失敗恋愛談で、彼の話をした。

 でも、県内とはいえ、地元から結構離れたショッピングモールで、会うって何? どんな奇遇? こっわッ。


「一人?」

「あー、ううん」


 首を横に振って、行列に目を向けるけれど、数斗さんの姿が死角に入っちゃって見当たらない。


 【七羽ちゃんは誰が隊長がいい?】


 真樹さんから、うるうるした絵文字をつけたメッセージが送られたので、それを見た。


『何この子』

「裕太、誰?」

「同じ中学の同級生」

「へぇ……」


 連れの女性が、じとりと見下ろしてくるけれど、興味がないようで自己紹介をする気配がない。

 私も早くいなくなってほしいので、軽く作り笑いをするだけで、携帯電話に目を戻す。


 【噂をすれば影って言いますが、怖すぎ】


 ガクガクブルブルと震えた顔文字を添えて、メッセージを送った。


 【ん? なんの話?】

 【誰かと会ったのか?】


 隊長の話より、私の意味深なメッセージを、二人は気にしてくれる。


『え? 何これ……』

「高級ブランドじゃん」

「え? あ、本当だ。買ったの?」


 連れの女性が、脇に置いた紙袋のロゴに気付いた。数斗さんの服を買った店の物だ。


「えっと、私じゃなくて……恋人が買ったの」

「デートなん?」


 意外と言わんばかりに目を見開く綾部。


『いや、どう見ても、デートの格好でしょ』


 連れの女性と、同感だ。

 こんなおめかししているのに、こんなところで一人でいると思うのか、フツー。


「あー、確かに、デートって感じで、お洒落で可愛いじゃん」


 上から下まで、見てきた綾部は、そうサラリと笑顔で言ってきた。

 他の女を褒められて、ムッとした連れの女性を、一切気にしそうにない綾部に、内心ヒヤヒヤする。


 鈍感なの? 連れの機嫌に気付いてよ。私の気まずさも!

 なんか、値踏みされているような視線も、嫌だな。居心地悪い。


 【まさか、今朝話してたイケメン生徒会長だったりして(笑)】


 真樹さん。当てるなんて、すごい!

 私は、泣き顔の絵文字のみを送信。


 【マジで!?】と真樹さんは続けざまに【修羅場ぁああああああ!!?】と叫ぶようなメッセージを送った。


 【ヤベ。おれがフラグ立てた。大丈夫か? 修羅場度、深刻?】


 ピコピコと通知音が鳴るので、ハハッと笑って見せるだけで、携帯電話をいじらせてもらう。


 【数斗さんが戻る前に帰ってほしいんだけど、何故かいなくなってくれないっ! カノジョ連れなのに!】


 そうだ。綾部だって、カノジョがいるじゃん。


「綾部もデートなんだね。ホント、ここで会うなんて奇遇」


 さあ、デートの続きをしたまえ! と込めて言ったんだけど。


「いや、別に。ただ二人で遊びに来ただけ。女友だち」

『は!?』


 綾部が恋人否定するから、カノジョとばかり思っていた連れの女性が、思いっきり顔を歪ませて、横から睨み付けた。


 【ヤダ違った!!】


 泣きの絵文字を送って、もうどうすればいいのかと、プチパニック。


「カレシは?」

「ジュース買ってくれてる」

「へぇー。どんな人?」

「えっと、すごく優しい人」


 な、ぜ、だッ!? 混乱の極み!


 綾部は、私の隣の席に座った。長話をすると言わんばかりに、座っちゃったのである。


 【数斗がいないのか? どこだよ】

 【私が足疲れたのでベンチで休ませてくれて数斗さんがジュースの列でヤダ隣座った】

 【落ち着いて! 数斗さんのとこ! 一先ず数斗さんのとこ逃げよ!】

 【荷物持ったら、すっころぶ自信しかないけど、数斗さん参入の修羅場よりいいですよね!】

 【待って! 怪我絶対ダメ!!!】

 【数斗が気に病むぞ。怪我はすんな。やめろ】


 逃げるという手段は、怪我を負うリスクがあるので、止められた。

 確かに、初デートに、すっころんで怪我なんてしたくないし、数斗さんの心の声が絶対に沈む。


 でも、綾部の連れは、じとぉおおっと不機嫌な視線を注いでいるのに、綾部は見向きもしない。


『中学の頃は根暗な感じだったのに、明るい感じになって、めっちゃお洒落だな。確かおれに二回もコクってきたし、まだ未練あるなら、ワンチャンあるか?』


 ぞわぁあっと、悪寒が走った。


 ワンチャンって……え? 二回もコクっておきながら、はい? なんて???

 いや聞きたくないな、知りたくもない。

 今、恋人いるっていうのに、未練があるって……。


「あ、カノジョさん。座ります?」


 サッと立ち上がって、連れの人に席を譲る。

「……どうも」と、その人は座った。


「いや、だから、カノジョじゃないって。大学の女友だち」

『ただのセフレなのに、出掛けたいってごねるから……』

「そう? お似合いだと思うのに」


 オエッと、吐きたくなる。作り笑いが引きつりそう。

 はいはいはいはい。モテすぎたイケメンが悪い方の成長を遂げたんですね、わかりましたオエッ。


 一刻も早くこの場を離れたいけれど、荷物を持つことを試みたが、大きめな紙袋が三つだから、無理そうだ。フラついて倒れる自信しかない! 絶対に転ぶッ!


「カレシさんは、何している人なんですか?」


 じとっと、また高級ブランドのロゴを凝視しながら、連れの人が尋ねてくる。


「え、えっと……ホテルの従業員として、働いてる人です」

「ホテルの?」

『ラブホとか? まぁ……今の古川は、背が低いけど、スタイル良さそうだし、顔も可愛い系だもんな。なんか、援助交際してたりして。なら、おれともヤッてほしがるでしょ』


 ゲロゲローッと、吐きそう。作り笑いが限界。

 それを思わず、ゲロを吐いているみたいな顔文字を、グループルームに送信してしまった。


 【どうしたのー!?】

 【おい。数斗呼べ。電話】

 【修羅場嫌!!!】


 全力で数斗さん参入の修羅場を嫌がる。グループルームに数斗さんが入っていなくて幸いだ。

 どうにかして、二人を立ち去らせるか、私がやっぱり数斗さんの方に行くべきか。


「あなたは? どこの大学?」

「あ、私は、フリーターでして。高卒の」


 連れの人に正直に答えれば、想定通りのしかめっ面をされた。

 高卒のフリーターの恋人が、こんな高級ブランドの物を買ったとは思えないと疑われている。

 小物じゃなくて、何着も買っていると予想出来る大きめな袋だ。高額の買い物だって、バレバレだった。


「そっか。まだ大学生なんだね。私のカレは、今年卒業したところなんだ」

「高卒って……ああ、そういえば古川って成績よくなかったよな」

「アハハ……勉強嫌いだったもん」


 もう一度、袋の重さを確認。

 左右に分ければ、行け、るか……?


 【クッ! 私にもっと力があればっ】

 【だから重い物持って動くのダメ!!】


 泣きたい気分で、気を紛らわせるふだけたメッセージを送れば、ノってはくれなかった真樹さんからマジレス。

 クスン。他に私にどうしろと。


「ねぇ、カレシ、どんな人? 紹介してよ」


 なんで二回もフッた私を嫌っていた同級生に、紹介しないといけないの。

 私を嫌っていたことは、都合よく忘れてる?


「わたしも見てみたいです」


 頭の中では、二人の予想は、お金持ちな中年男性だった。


 私達の一つ上だって言ったのに、全然信じてない。援助交際疑惑が膨らんでいる。

 その要因は、高級ブランドと、私が明らかに少し顔色を悪く、動揺して目を泳がせているからだ。


 いやいや、その恋人が来てしまったら、修羅場だからッ!! その動揺!!


 【数斗さんに元イケメン生徒会長の話、してませんよね?!】


 ハッとして、先ず数斗さんが、あの話を聞き出していないことを確認。


 【ごめんなさい!!!】


 青い顔の絵文字を連打して並べた真樹さん。

 話したのか!!


 【もう!! じゃあもう会ったことは言わないでください!!】

 【無理。メッセ、今送ったから】


 イケメン生徒会長と会ったことだけは伏せれば、なんとか穏便に済ませられる!

 そう思ったのに、新一さんが希望を打ち砕いてきた。


『七羽ちゃんっ』

「七羽ちゃん」

「数斗さん?」


 携帯電話を、片手に戻って来た数斗さん。

 目を瞬かせてしまう。手ぶらだ。慌てて列から出てきたみたいだ。


 新一さん、どんな内容のメッセを送ったの……?


『新一が絡まれてるって、メッセを送ってきたけど……そんな雰囲気じゃなさそう?』


 心配している眼差しで、顔を覗き込んで、数斗さんは私の頭を優しく撫でた。


『嘘……こんなイケメンが、カレシ? 嘘でしょ……それでお金持ちなの? どこのボンボンなの? ハイスペックイケメン……素敵』


 連れの人が信じられないと驚きつつ、ポーッと数斗さんに見惚れる。

 イケメンでお金持ち。綾部の正式なカノジョの座を狙っているのに、顔を見ただけで靡いている。


『はあ? この人が古川のカレシ? 高卒でフリーターの古川が、どうやって大卒のイケメン金持ちと?』


 経歴が違うカップルに、疑問しかない綾部も、驚いているし怪しむ。


「古川の恋人さんですか?」

「……はい」


 綾部から私の名前が出たことに、ピクリと反応して、スッと数斗さんは目を眇めた。


「こんにちは。おれ、綾部です。中学の同級生だったんですよ。卒業以来会ってなかったんで、びっくり」

『中学?』

「あ、あの、わたし」

「コイツは、おれの大学の女友だちです」

「……」


 甘ったるい声を出して、連れの人が数斗さんに自己紹介をしようとしたけれど、綾部が遮る。


 私はマズいと察知した。数斗さんが、私の中学の同級生ってところに、大きく反応した。


「へぇ? 中学の。なんだか、イケメンだから、生徒会長とかやっていそうなタイプって感じですね」

「あ、わかります? 中高と生徒会長やってました」

『ん? 古川はなんのジェスチャーやってんだ?』

『何してんの、この子』


 数斗さんが生徒会長か否かと探る質問に、けらりと綾部が自信げに答えてしまう。


 私は数斗さんの視界の外で、両手でバツを作って止めようとしたけれど、伝わるはずはなく、見事に発覚してしまい顔を両手で押さえて俯いてしまった。

 綾部も連れも、変だと思うだけ。


『七羽ちゃんを二回もフッた生徒会長……七羽ちゃんが二回も告白した相手』


 心の声が底冷えしているけれど、心なしか、数斗さんから冷気が漂っている気がする。


「それは、すごいですね。ところで……俺の恋人は、足を休ませるために座っていたはずなんですけど?」


 口元は弧を描くけれど、目が笑っていない数斗さんが、二人を冷たく見下ろす。


『え、何、怒ってる……?』

『やだ、怖い……』

「あー、いや、古川が、コイツに譲って……」

『裕太! わたしのせいにしないで!!』


 数斗さんの圧にたじろくと綾部が、事実だけれど、わざわざ言わなくてもいいことを言ったから、キッと連れの人にまた睨まれた。

 席を譲ったのか、と数斗さんが心配な眼差しを私に向けて、視線で問う。


『七羽ちゃんなら、二人組で来てるんだし、譲るだろうな。それに自分をフッた相手の隣にいたくないだろうし』


 数斗さんは、なんとなく予想を的中させては、私の頬をひと撫でした。


「君達さえよければ……俺達に席、譲ってくれないかな?」


 私に向ける眼差しから一転、またもや冷たい目で見下ろされる二人は、気圧されて縮こまる。敬語もなくなった。


 何もベンチを奪い返さなくてもいい。ジュースも買うことを中断したのなら、喫茶店に向かえばいい。


「あのっ、もういいですよ、数斗さ、きゃッ!」

「! 七羽ちゃん!」


 数斗さんを止めようと一歩踏み出そうとしたけれど、そこでガクンと足をくじいてしまった。

 倒れかけた私を、数斗さんは腕で受け止める。

 ホッ。無様に床に倒れるかと思った……。


 すると。


 フワッ。


 浮遊感を味わったかと思えば、私は横抱きをされたことを知る。

 数斗さんに、お姫様抱っこされた。


 お、お姫、様、抱っこ……!

 人生初の! お姫様だっこを、スマートにされた!


『本当に軽い……ちゃんと食べさせないと』

「大丈夫? 痛めた?」


 数斗さんは私の顔を覗いては、それから、足の方を見る。


「だ、大丈夫ですっ。……多分」


 近さや抱き上げられたことに、動揺しつつも、自分の足を気にした。

 抱き上げられたので、どれくらいダメージを受けたから、わからないので、”多分”をつけるしかなかった。



「――ねぇ。退いてくれる?」


『邪魔、退け、殺すぞ』



 笑顔で威圧した数斗さんは、二人に再び席を譲るように脅迫、いや、頼んだ。うん。表向きは、頼んだ形。


 慌てて二人は退いたので、連れの人の方の席に、数斗さんは私を降ろす。片膝までついて、くじいた方の右足にそっと触れた。


「痛む?」

「いえ。全然大丈夫そうです」


 不安げに見上げてくる数斗さんに、私はくるっと軽く足首を回して確認したが、ダメージは残らなかったと笑みを見せる。

 数斗さんは、胸を撫で下ろす。


『すごい優しい……羨ましい……。なんで、低学歴のフリーターで、こんなお金持ちなイケメンをモノに出来たの?』


 連れの人の羨む声に、まだ二人がいることに気付く。


「古川の言う通り、すごい優しい人なんですね」


 なんて、綾部は、数斗さんに声をかける。


 本当に鈍感なの!? 数斗さんにもう嫌われているって気付いて!!


「……何?」

『なんでコイツ、七羽ちゃんに絡んでいるんだ……? フッたくせに、気まずくないのか?』

「いや、さっき、どんな人かって訊いたら、すごい優しい人って」

「……俺は、七羽ちゃん()()特別優しいんだ」


 数斗さんは横目で一瞥したあと、私の左足は大丈夫かと手を触れて無言で尋ねた。


『なんか怒ってるよ! 早く行こうよ!』

『なんだよっ! ウザいな』


 連れの人の方が、数斗さんの刺々しさに気付いていて、綾部の腕を掴んで引くけれど、綾部はそれを振り払う。

 何がしたいのやら。どうでもいいけど、むしろ、知りたくないので、早くこの場を去ろう。

 数斗さんにそう言おうと思ったのだけど。


「まぁ、古川は泣き虫ですし、庇護欲ありますもんね。世話も焼きたくもなりますよね」


 泣き虫? 変なことを言い出したな、と思ったけれど、今に始まったことじゃないな。

 数斗さんも怪訝な顔で立ち上がって、綾部を見た。


「泣き虫って?」

「え? いや、よく泣くでしょ? 古川」

『年上らしいし、身長差とか、顔の可愛さとか、庇護欲で優しくしてるってことでしょ。よく泣くから、いい人すぎて優しくしてるとか。しつこいからな、古川は』


 心の中で綾部が思っていることは、別にどうでもいいんだけど…………一つだけ、訂正させてほしい。


「私、綾部の前で泣いたことないけど?」

「え? あるって。ほら、あん時」

「どの時?」

「いや、あの時だって」

『言わせる気?』

『……七羽ちゃん、全然覚えがないみたいだけど』


 首を捻る私を見て、数斗さんはどういうことかと、綾部に視線を戻す。


「ほらっ! もうカレシの前で言って悪いけど、おれにフラれた時!」


 そう我慢出来ず、と言った感じに勢いで口にした綾部は、なんだか優越感を滲ませていた。

 私も数斗さんも、目を丸める。

 連れの人も、ギョッとした顔で綾部から私に目を戻した。


「いや、泣いてないけど」


 パチパチと瞬きするよりも先に、私は間も開けずに、キッパリと否定する。


「は? いやいや、泣いてたって! ほら……ホワイトデーで! お返し渡して無理って断ったら、鼻啜ってた!」

「? ……寒かったからじゃない? 強風がすごかった、よね? 私寒いの弱いし、普通に寒くて出た鼻水かも」


 強風の中、お返しとともにフラれた覚えがあるけれど、泣いてなんかいない。返事なんて、わかりきっていたから。ダメもとの当たって砕けろな、バレンタインデーイベントに乗っただけ。

 お返しを外でもらった時、三月で、まだ冷たい風だったはず。


「で、でもさっ! 林間だっけ? キャンプファイヤーのあとだって、二回目の告白してきたじゃん!」

「そうだけど……ごめん、やっぱり泣いてない」

「は、はあ? いやいや。カレシの前だからって、そんな否定しなくても……」

『おれにゾッコンだって、知られたくないのかよ。大袈裟に言ったおれが、恥ずかしい奴みたいじゃん』

『必死に、何言ってるんだ? コイツ……』


 数斗さんを気にしている綾部は、私が嘘をついているように言う。

 数斗さんの方は、綾部を胡乱げな目で見た。


 いや、本当に、綾部は大袈裟に言ってるんだけど……。


「他の子と間違えてるんじゃない? 綾部って学校のアイドルみたいにモテて、たくさん告白されてたじゃん」

「え、うん、まぁ……そうだけど」

『否定は出来ないな』


 優越感に鼻を高くする綾部に、小さくため息を吐く。


「私もファンの一人みたいに、イベントのノリで告白しただけだから、泣いたりしないよ。サッカー部のイケメン生徒会長って肩書きに釣られて、ノリで告白してごめんね? バレンタインなんて、お返しが大変だったでしょ、ごめん」

「えっ……」


 両手を合わせて、私は軽く笑って見せる。


 フッと、数斗さんが小さく噴き出した。

 小さくとも、全員が注目するには、十分な音だ。


「もしかして、イベントに乗じたノリだと気付きもせずに、本気で想われてたと思ってた?」


 数斗さんの小バカにした物言いに、綾部は赤面した。


『ふざけるな』


 数斗さんの心の声は、怒っている。


 ちょっと、びく、としてしまったけれど、数斗さんは見ていなかった。

 私に背を向ける形で、綾部の目の前に、立ったからだ。


「そうだとしても、軽々しく他人の過去の告白を、今交際している相手の前で言うのは、おかしいだろ」


 そう低い声を放つ。



「告白された回数が多いって自慢したいなら、よそでやれよ。自惚れたその顔、二度と俺の恋人に見せるな」



 私に聞こえないように声を潜めて、綾部に冷たく告げる。


 けれども、例の如く、私には心の声が聞こえるので、何を言ったかはこの距離ならわかる。

 怖い声音に、顔が引きつらないように堪えた。


「見る目がなくて、ありがとう。今更惜しくなっても、無駄だから」


 青ざめて固まる綾部の右肩の上に、ポンと手を置く。


「さっさと遊び相手と、どっか行ってくれない?」


 その肩を、軽く握ったのが見えた。


 連れの人が、”そういう遊び相手”だと察したようだ。

 その連れの人も、青ざめた顔で、綾部を置いて、先に足早に離れていく。

 綾部も会釈みたいに頭を微妙に揺らしては、連れを追いかけた。


 パンパンと汚い物に触ってしまったみたいに手を払う数斗さんは、また私の前にしゃがんだ。


「……好きです」


 ぽつり、と零す。


「え? 今のは……どの部分に?」

『今のどこを好きだって思ったんだろうか……? まさか、あんな奴と想いを比べてるとか、そんなことを気にしてると思って、否定を込めての慰めで? 七羽ちゃんの想いを疑ってなんかいないのに……。アイツ、殺す』


 わからないと言った顔をする数斗さん。

 自分への不信感からきた言葉なのかと、不安がる。

 そして怒りの矛先が、綾部に向かう。

 物騒な心の声。怒りが殺意に直結するのは、毎度のことだ。



「……私だけに、特別に優しいところです」



 数斗さんの両手を包むように握って、告げた。


 私のために怒ってくれて、その相手には容赦ない。

 なのに、私には特別優しいところ。


 それを正確に言うのは、ちょっと抵抗があるので、それだけ。



「七羽ちゃんが、大好きだからだよ」



 数斗さんは優しい微笑みを零すと、私の左頬を撫でた。



 ……数斗さんの私以外に物騒な心の声まで、好きかもしれない。……だなんて。

 ちょっと手遅れなほどの場所まで来たかもしれないな。


 火照る頬を押さえて、私はうっすらと自覚してきた。



 


2023/10/12

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ