50 選んで買ってもらうばかり。
だめだ。数斗さんが欲張っている。私の物を買い漁りたいという変な欲で、散財。
【※急募※数斗さんの物を貢ぐことを止める方法。散財がデートが始まる前からエンジン全開すぎるので、ブレーキをかける方法はなんでしょうか?】
そう新一さんにメッセージを送りつけたけれど、どうなんだろう……。新一さん、すぐに返事くれるかな。
それは杞憂で、間もなく、来た。
【本気で怒れば? 昨日悪友にしたみたいに】
ギョッとしてしまう。
【初デートで怒ります!?】
【そう言うと思った。だったら、自分の物を買わせるんじゃなくて、数斗の物を買わせるように誘導すれば】
【……結局、お金が減りますね?】
【金は使うものだ。使わせてやれ】
【……わかりました。数斗さんの物に、お金を使わせてみます。ありがとうございます】
初デートを台無しにするような本気で怒ることは出来ない。
怒っているわけじゃなく、遠慮したいし抵抗があるのだ。
もう私が月に自分自身に使うためのお金の金額は、デートが始まる前から余裕で超えている。そりゃあ、数斗さんは稼いでいるけれど、だからってそれを私のために浪費するのはどうかと……。
「あの、数斗さん」
ランジェリーショップを出たところで、私は次に入ろうとする店を探す数斗さんの手を軽く引いた。
「ん?」
「数斗さんは、欲しい物ないのですか?」
「欲しい物?」
「はい。何か買い換えたいとか……せっかくショッピングモールに来たんですから、数斗さんだって欲しい物はあるんじゃないですか?」
『今一番欲しいのは、七羽ちゃんだけなんだけどなぁ……正式な恋人になりたい』
それは物ではありませんね。欲しいって言わないでください。
数斗さんは、首を傾げて考えた。
「数斗さんも、衣替えで夏服を買うとか」
「んー、間に合ってるけれど……まぁ、一着や二着買っておこうかな」
「ホントですか! じゃあ、私も一緒に選んでいいですか?」
「もちろんだよ。七羽ちゃんが選んでくれる服を着たい」
『七羽ちゃんが選んでくれるなら、何着でも買う』
嬉しそうなにこにこの笑みになる数斗さんに、とりあえず、自分の服を買わせる方向に持っていけたので、密かに胸を撫で下ろす。
でも、私が選んだからって、何着も買うのはやめていただきたい……例え、あなたの服だとしても。
ふと、横を見れば、ガーリー系のファッションショップのショーウィンドウに、可愛いワンピースが飾られていた。ひらりとフリルを胸元と半袖のあしらって、涼しげな水色のハイウエストのスカートデザインのワンピース。可愛いなぁ。
なんて、思っていれば、数斗さんが方向転換して、その店に向かい出す。
「なんで!?」
「七羽ちゃんが見てたから」
「うっ! でも、数斗さんの服をって!」
「なら、七羽ちゃんの服も買わないと」
「どういう理屈です!?」
散財額が増えただけ!? 悪化した!?
私の好みの物は、多かったけれど、着たいとは別物だとなんとか説得して止めた。
それでも、二着は似合うと押し切られて、試着して見せれば、数斗さんがかなり喜んで褒めてくれたので、ノーとは言えなくなってしまったので、買ってもらうことになってしまう。
だめだ。私の表情。頼むから、好みだって、顔に出さないで……。
気を付けよう。
「あ。俺の服、ここで見ていい?」
「はい、どうぞ」
数斗さんが足を運んだのは、高級ブランドだと私も知っているファッションショップだった。
私は、二択に悩んだ。
ここでは少なく買わせるべきか……。
私に使った分くらいの額に近付けるために、たくさん買わせるべきか……。
使うお金を最小限に留めるか。
いっそ、数斗さん自身のために多額に使わせるべきか。
『すごく難しそうな顔で悩んでいるな』
数斗さんが私の様子を気にしているけれど、私と一緒に服選びをする。
「……数斗さん。このストライプのワイシャツはどうですか?」
「似合う?」
手に取って、数斗さんの身体に合わせて確認。
数斗さんの意見を聞いているのですが。
肩を押して、壁の鏡に立たせて、見てもらった。それでも、数斗さんは私の意見を優先する。
「爽やかでいいと思います、似合うと思いますよ」
夏用だから、通気性もあって、涼しいだろうし、細い水のストライプ柄。
その生地の薄さを確認したついでに、値札を見て、そぉーっと元に戻そうとした。
数斗さんは、阻止。ひょいっと奪い取った。
まだ迷っている。
お金を使わせるべきか、私より金額を上回らせるか。
数斗さんの手は塞がってしまうので、一人の男性店員さんに付き添ってもらい、持ってもらった。
「あ。このベスト、かっこいいですね」
マネキンに着せた半袖のワイシャツと黒のベスト。気品があって、いい。
「こちらの商品となります」と、店員さんはサッとハンガーにかかったベストを差し出してくれた。
「買う」
「まだ合わせてませんが!?」
『七羽ちゃんがかっこいいって言うなら着こなす』
せめて、合わせて確認して!
迂闊に”かっこいい”も言えないな!? ここは高級ブランドだけあって、洗練されたデザインなんだもん!
イケメンのコーデ選びとか、初めてで楽しいんだもん!
弟のを適当にお手軽価格のファッションブランドショップで買うのとは、別次元だもの!
「数斗さんが、いけないことを教えてくる……」
『!? 言い方!』『いかがわしい言い方!』
「こんな楽しいことを覚えたら、戻れない……」
『『いかがわしい!』』
……男って…………はぁ。
「数斗さん、試着してから決めましょう? 私が洗練された高級ブランドショップで、お買い物する楽しさを覚えて、やめられなくなる前に」
「別にいけないことじゃないよね?」『別にいかがわしいことじゃないよね?』
口に出した声と心の声が、絶妙に違うだと……!? なんて器用な人! びっくりした。
いいからいいからと、私は背中を押しやった。
「……一人でどこかに行っちゃだめだよ? そこにいて?」
「もう。子ども扱いですか? 寂しがり屋ですか?」
試着室に入る前に、過剰なほど心配の眼差しを向けられてしまい、苦笑い。
ちゃんと目の前には、腰掛ける椅子があるので、荷物もそばに置いて、私は数斗さんの試着を待つことにした。
「そうだよ? 七羽ちゃんがいないと寂しいから」
『ずっと』
「そばにいてね」
数斗さんは微笑んで、試着室のドアを閉じる。
ずっと。そばにいてね。
かなり強い心の声だった。
心からの強い願いかな……。
数斗さんの目がないこの隙に、私はブーティから足を抜く。
んんー、ちょっと靴の中でズルッと滑らないように力を入れていたから、疲れてきちゃったな……。
数斗さんが出てくるまで、ちょっとだけ休ませるために、踵部分に足を乗せる形でブーティの中に軽く置いた。
出てきたとことで、サッと奥に足を入れてブーティを改めて履き直す。
「どうかな? 俺は気に入ったんだけど」
「わぁ……かっこいいです」
想像以上にぴったりだ。今日の暗いグレーのズボンとはちょっと微妙だけれど、水色のワイシャツと黒のベストを着こなす数斗さんはとてもかっこよかった。
「あ。かっこよくて、素敵で、好きです」
今日は、好きって言うことを、意識するんだ。言い直しておく。
「よかった」と、数斗さんは目を細めて微笑んだ。
「普通の白いシャツにも合わせやすそうですよね」
「そうだね。着回ししたいくらいには、気に入ったよ。このベスト」
「そうですか。よかったです」
まぁ、マネキンが着ていたものが目について、かっこいいと選んだだけなんだけれど。
ほっこり気分で、購入。
うん……数斗さんが支払うんだけど……。金色のカードで、スマートに会計。その金色のカード……上限いくらなんだろう。知りたくないけど。
「あの。私も持ちますよ」
「だめだよ。そういう気配りなところ、本当に好きだよ、七羽ちゃん。でも、これくらいなら大丈夫。キツくなったら頼むから、その時はお願い」
数斗さんが、荷物を全部持っている状態。店を出てから言うも、考える間もなく、断られてしまった。
小さい袋は、大きい袋の中に入れて、持ち手を少なくしているけれど、重さは変わらない。
数斗さんの左手をじっと凝視していれば、腕時計に目が留まる。黒いベルトで、ローマ数字で表記された洒落たデザインの物。
「数斗さんの腕時計は、どこの物でしょうか?」
「ん? ああ、これは、あのブランド。20歳の誕生日プレゼントだよ、母からの」
「そうなんですね」
自分の腕時計を確認する数斗さんは、荷物ごと軽く左手を持ち上げた。
口にされたブランドは、またしても、高級ブランドだなぁ……。
「買い換える気はないんだけれど……」
『七羽ちゃんが言うなら』
「いえ! 私は……数斗さんが、他にアクセサリーをつけているところを見たことないなぁ、と思いまして」
「あー、うん。俺は仕事の際に、取り外しが面倒でね。それに、色々プレゼント貰っても……気取った高級ブランドってだけで、好んで身につけたいとは思わなかったから、箱に入ったままだな……」
苦笑をする数斗さんは、ピアスも、ネックレスもしていない。指輪も、ブレスレットも。
「七羽ちゃんが選んでくれたら、つけたいな」
「えっと……では、今度」
「今度?」
『なんで今度? ……あ、今日は俺が全額持つって言ったから、自分で買う気なんだ。嬉しいけれど、七羽ちゃんが無理してお金を使うのは、心苦しい』
小首を傾げた数斗さんは、気が付く。
そうやって私のお財布事情を気にされると、不甲斐ない。……どうせ、安月給ですよぉ。頑張ってやりくりしてますよぉ……。
今日のデート代の額は、すでに、私の三ヶ月分の月給は超えているはず。……言いすぎ?
「一つでも選んでくれないかな? ネックレスとか」
数斗さんの視線の先には、私が首から下げるピンクゴールドのハート型ネックレス。
「ネックレス、ですか……」
「うん。七羽ちゃんに選んでくれた服は毎日着るわけじゃないから……アクセサリーなら、毎日身につけられるから、一つでも欲しいな。七羽ちゃんが選んでくれたもの」
視線の先は、私の耳たぶに向かう。ペリドットのハート型ピアス。
『そうだ。初デート記念も買わなくちゃ』
んー??? 数斗さん? めちゃくちゃ買い物しているのに、記念品をわざわざ買う必要あります???
「そうだなぁ。お揃いのブレスレットなんてどう? 初デートの記念品に」
「お揃い、ですか……」
『七羽ちゃんとお揃いの物。欲を言えば、ペアリングが欲しかったけれど……仮にもお試し期間だから、それは我慢だろうな』
「七羽ちゃんも話していたでしょ? お揃いの物を持つと、仲良くなるっておまじない」
お揃いのブレスレットが、数斗さんの譲歩か。
確かに小学校の頃から、仲良くなるおまじないとして、お揃いの物を持つことを、話したことがあった。
「えっと……では、商品を見てみましょうか」
「うん」
にこりと微笑む数斗さんに手を引かれながら、私はジュエリーショップに到着する前に、腹を決めることにする。
お揃いのブレスレット。高額だとしても、気に入った物なら、買ってもらう。
だがしかし、ないならだめである。断固として譲らないように!
そこで、ヴンッとリュックから携帯電話のバイブ音が聞こえたので、繋いだ手を外してもらって、右の方に傾けたリュックのサイドポケットから取り出そうとした時だ。
ブーティの僅かな隙間の中で、ズルッと滑ってしまい、それで躓いた。
「きゃッ」
「! 大丈夫っ?」
前の方に倒れかけたけれど、数斗さんは左腕を回して阻止してくれる。
『やっぱり、ほっそ……! 見た目以上に細い……着痩せ。でも、なんで、今、躓いたんだ?』
「す、すみません」
「……もしかして、足、痛めた?」
『靴擦れ? でも、履き慣れているブーティのはず……』
足を気にしつつ、ちゃんと一人で立つ。油断したな……。
苦い顔で笑う私の足元を心配そうに見つめる数斗さん。
「いえ……そうじゃなくて…………」
首を左右に振って見せたけれど、じっと視線だけで尋問するように、数斗さんは白状を待つ。
「あの、実は、ストッキングだけだと薄いので、ちょっとだけ、ブカッとした感があって……普通の靴下なら、ピッタリですけど、今はほんのちょっぴり合わない感があるせいで……今、中で滑っちゃいました」
「あ、そうだったんだ……ごめんね、知らなくて」
「いえいえ! こういうのは、女性しかわからないんじゃないですか?」
「そうかもしれないけど……。じゃあ、靴下屋で薄手の靴下とかを買っておかないと。このままじゃあ、また七羽ちゃんが躓いて怪我するかもしれないしね」
『……いや、いっそ、新しい靴を買うべきでは? 七羽ちゃんのお気に入りの靴とは言え、そろそろ替え時じゃあ……』
「そうですね。靴下屋はどこでしょうね」
ストッキングを穿かない男性のほとんどはわからない事情だ。謝らなくていい。こっちも言わなかったし。
今度は靴を買おうと考えるから、慌てて靴下だけでいいと言っておく。
「んー、でも、とりあえず、一回休憩しようか。あ、そうだ。いいタイミングだし、喫茶店に行こうか? デザート、食べながら休憩」
『この先の奥にあるってサイトにあったな』
数斗さんは先を指を差したので、頷いてそうすることを頼んだ。
でも少し歩いて、数斗さんは足を止めた。
「七羽ちゃん。我慢をしないで。痛い?」
私の顔が強張っていることに気付いていた数斗さんは、覗き込んで尋ねる。
「……痛いというより、疲れちゃって……。滑らないように、足に力を入れていて……」
また白状するしかなかった私は、肩を落とす。
「で、でも、大丈夫です。喫茶店で休めば」
「我慢しちゃダメだって言ったでしょ?」
ツンと、数斗さんに、人差し指で額を小突かれた。叱られた……。
「あ。あそこ、フルーツミックスジュースだって。ミックスベリージュースもある。買ってくるから、七羽ちゃんはあそこのベンチで休んで。飲みながら、休もう」
数斗さんは少し先のジュース屋さんを見付けると、私を気にしながら、ベンチまでリードしてくれる。
ちょっと混んでいて、行列が出来ているフルーツミックスジュース専門店。
まぁ、今日は土曜日だもんね。ショッピングモール内に、行き交う人は多い。
数斗さんの声に集中して、なんとかすれ違う人々の心の声は聞き流してきた。
ざわざわ。色んな人の心の声が行き交う。
雑音雑音。この能力に、ノイズキャンセリング機能があればいいのになぁ……なんて。
「待っててね」と数斗さんは、荷物を脇に置くと、私の頭をひと撫でしたら、列に並び始めた。
私はそれを見送り、バックから携帯電話を取り出して、さっきのバイブ音の通知を確認。
メッセージアプリから、グループルームの招待だ。
なんだ? と首を傾げたけれど、招待者は真樹さんだった。
ギョッとする。
グループルーム名が【天使守り隊】という、完全にふざけたもの。
すぐに招待に応じて、ルームには入室。
【隊長は誰だ?】と、先に入った新一さんの第一声のメッセージ。
【私を招待したのはミスですか!? なんですか、このグループ名!】
【いや、天使守り隊として、情報共有の場が必要だと思ってね!】
【本人入れます!?】
テンション高めの絵文字を並べる真樹さん。
【なんだ、ナナハネ。守りたい対象の天使、自分だと思ってるのか?】
【他にいましたっけ!? 天使って呼ばれている人! 周りでは、私以外に知りませんが!?】
【で? 隊長は誰だ?】
【おれじゃないの?】
【務まるのかよ? 泣いたくせに】
【掘り返す!? 意地悪お兄ちゃんより、おれの方が相応しくない!?】
しれっと私との会話をなかったことにされた……!
新一さんが隊長なの……? 参謀隊長? 真樹さんも、隊長って柄じゃなさそう……。
適任は、数斗さんでは? ん? 招待されていないみたいだけど……真樹さん、招待を忘れてる?
『あれ……? あれって、まさか……。アイツだよな。名前、なんだっけ? あ、そうだ。古川だ。名前の漢字、忘れたけど。確か、ナナハ』
近付く心の声が、何故か私の名前を呼んだから、そっちに顔を向けた。
一組の男女がいたけれど、声は男性のものだし、こちらを見ながら歩いてくるから、彼の心の声だ。
知り合い……? 見覚えがあるような……誰だっけ?
「古川。古川だよな?」
ひらりと掌を見せて振って、笑顔で声をかけた彼を、首を捻って見上げたあと、誰かわかって、内心で戦慄いた。
「あ、綾部……?」
「そうそう。久しぶりー。中卒以来?」
あっ、綾部裕太ッ!?
中学の時に、少女漫画みたいな恋に憧れて、イベントのノリに任せて、二度も告白した相手。
イケメン生徒会長だった、綾部裕太。
二回私をフッた彼は、普通に仲のよかった旧友みたいに、笑いかけてきた。
何故、ここに彼がいるんだ?
しかも、なんで二回もフッた相手に話しかけるの? 気まずくないの? 私は気まずい!!
私は、大混乱した。
2日連続の修羅場!
2023/10/11