05 勇気を振り絞った。
七羽視点。
数斗さんに甘えて、寄り添う図となってしまったと気付いたのは、坂田さんに指摘された時だった。
「か弱いフリしちゃって! 騙されないでよ! 数斗!」
「騙されてなんかいないよ。坂田、こんなことしてまで付きまとうのはやめてくれ」
「騙されてるでしょ! そんな弱い女のフリなんてして! 女にはわかるんだから!」
『実際、お前に怯えてんだよ。こんな女のせいで……』
怒りを孕んだ数斗さんの心の声。
いえ、正直、怒っている数斗さんの方に怯え気味です……。
お怒りを、す、少しだけでも、鎮めてもらえないでしょうか……数斗さん……。
「守ってあげたくなるようなか弱い女を演じてるの見え見え! いい加減にしなさいよ! アンタ!」
ギッと睨みつけてくる坂田さんは、あくまで私を攻撃する言葉を放つ。
気性も思い込みも、激しい人である……。
でも、人なんて自分が見えるものだけを信じるものだよね。
『はぁ。これ以上、この女の声を聞かせたくない』
「耳塞ぐね、七羽ちゃん」
「えっ? あ、ハイ」
数斗さんが気を遣ってくれたようで、横を向かせたあと、両手で私の耳を塞いで、自分は坂田さんと向き合った。
しっかり耳を押さえてくれて、くぐもった喧騒しか聞こえないけれども……。
ごめんなさい、数斗さん。
心の声で、会話が聞こえてます……!
直接耳を塞いでも、心の声は聞こえちゃうんだよね……。
だから、イヤホンをして、曲に集中して、人ごみを乗り越えてきた。
「演じてるとか、他人を悪く言うところ、本当に喧しいよ。坂田」
「名前で呼んでって言ったじゃん!」
「それは付き合ってる間は、って話だろ。今はもう関係ない。元から好きじゃなかったし、好きになれなかったから別れるって言ったんだ。七羽ちゃんとは関係ないよ。そうやって他人を攻撃するところ、直しておくべきだ」
「嘘つかないでよ! この女と連絡を取り合い始めた日に、アタシと別れるっていきなり言い出したんじゃない!」
真樹さんが両手を合わせて、何度も頭を下げている。
メッセージアプリを全部見られ、かなり知られてしまったのは、真樹さんには非がないのに、数斗さんに向かって必死に謝っているポーズ。
「この高級ブランドを、一切着てない貧乏くさい子! 数斗には相応しくないし! 釣り合うわけないじゃない!」
グサリと、釣り合うわけない、という言葉が突き刺さる。
ごもっとも。
…………でも……高級ブランド物を着ていないことと、数斗さんとなんの関係があるのだろうか……。
「どうせ、数斗のお金が目当てでしょ!?」
「何かと理由をつけて、物を買ってとせがむ君と一緒にしないでくれる? だいたい、七羽ちゃんは、俺が御曹司だってことも知らないから。今日だって、お礼代わりに映画をおごってくれるって話なんだけど、そのやり取りは見てないんだ?」
「はあ!? 数斗のことをよく知らないの!?」
『お前だって、俺のことを外側しか見てないくせに……。七羽ちゃんとは、今日会うのが二回目なんだから、当然だろ』
呆れた声を出すけれど、坂田さんの方はやっぱり逆ギレな態度で、数斗さんの方は疲れてきたみたいだ。
『だったら教えてやって、本性を晒してやる!』
「!」
またもや、坂田さんが手を振り上げてきたものだから、ビクッと肩を震え上がらせた。
咄嗟に、数斗さんが私の肩を掴んで後ろに引く。
数斗さんの手を、私の耳から離すことが目的だったみたいだ。
「数斗は御曹司よ! どう!? みすぼらしい服を捨てて、高級ブランド物が買ってもらえるわね!」
勝ち誇ったみたいに笑っている坂田さん。
「おいっ……!」
「坂田っ……!」
『なんてことすんだよ! まだ数斗が言ってないことを、勝手に!』
数斗さんが肩を掴んでいる手に、少し力がこもった。
真樹さんは心底、軽蔑した目で睨み付けている。
「……すみません、知ってました……」
オロッと視線を泳がして、私はポツリと白状した。
えっ。
と心の声か、本当の声か、よくわからないけれど、とりあえず、複数聞こえた。
「この前会った時に、数斗さんが、ホテルで働いてるってはなしていたので、気になって検索したら、経営会社の社長さんの名前が、竜ヶ崎だって……珍しいから……偶然じゃないな、って」
勝手にすみません……、と込めて、ポカンとしている数斗さんに、頭を軽く下げて見せる。
「ハッ! 見苦しい! 最初から知ってて、擦り寄ったんでしょうが!」
「っ、勝手な思い込みで、これ以上騒がないでくれよっ」
『いい加減にしろっ!』
なんで坂田さんは、そんな悪女だと思って騒ぐんだろうか……。
理解が出来ない。
数斗さんも、頭を抱えたそうな心の声で怒っている。
「あの。すみません。数斗さんが御曹司だからって、なんですか?」
「は?」
「高級ブランド物を買ってもらえるとかなんとか……数斗さんに失礼すぎません? 確かに私は高級ブランド物なんて身につけてませんし、あなたから見ればみすぼらしいとは思いますが……あなたの基準で喚いている方が、見苦しいかと」
「「「!」」」
声を絞り出して、なんとか坂田さんに向かって、言い切った。
『お、おおぉ! 七羽ちゃん、意外と言う! かっけぇ!』と、真樹さんは驚いて感心していたけれど。
『七羽ちゃん、手が震えてる……。頑張って言ったんだ……俺のためにも』
数斗さんにはバレてしまい、震えて携帯電話を握り締めていた両手を、胸の前から下の方へと移動させて隠す。
そんな手の上に、数斗さんが手を添えて、宥めるように擦ってくれた。
涙が、また出そうだ。
「いい子ぶってんじゃないわよ!!」
かあぁっと赤面した坂田さんが詰め寄ろうとしたけれど、数斗さんと真樹さんが、サッと間に入って庇ってくれた。
「真樹。ちょっと離れてて。七羽ちゃんを、一人にしないであげて」
「お、おう。わかった」
数斗さんが真樹さんにそう頼む声が聞こえたと思えば、肩をひと撫でて「すぐ終わらせるから」と優しい微笑みを見せてきて、私と真樹さんを遠ざける。
通行人を気にして、自動販売機のそばに移動。
「……本当にごめんね。こんな修羅場になっちゃって……」
「いえ……あの人が、凄まじいせいでは?」
「ハハッ……確かに。大丈夫? ケイタイ。マジで死んじゃった?」
「はい……だめですね」
「あちゃー……」
『弁償だな、これ』
力なく笑う真樹さんと一緒に、少し離れた立ち位置で、数斗さんと坂田さんを見守った。
『あれ? 手が震えてる……! まさか、さっき、無理した? だから、数斗が一人にしないでって……ああ、可哀想に。おれのせいで、怖い目に……』
真樹さんも携帯電話を握る手が震えてると気付いてしまったので、なんとか、自分でさすって誤魔化す。
本当に……真樹さんが、気に病まなくていいのにな。
離れてはいても、この距離ならば、意識を向ければ、心の声は聞こえてしまっていて……。
「本当に迷惑だ。金輪際、連絡をするのも、会うのもやめてくれ」
「納得いかないってば! どうしてそうやって、か弱い子に騙されちゃうわけ!? 男って、情けない!」
「情けないで結構。あの子を悪く言うのはやめてくれ。本当にキレるよ?」
「か弱くていい子ぶっただけのちんちくりんじゃない! 事実よ!」
「……君さ」
底冷えした声になったと気付いて、震え上がった。
私に向けられた声じゃないのに。こわっ。
真樹さんが心配そうに顔を覗いて「やっぱり怖かった?」と尋ねてくるけれど。
今。数斗さんが、激おこなんですけど。
それが怖いんですけど。
「ウェブデザインのあの会社に、採用されたんだよね?」
「え? それが?」
「親のコネなんか使いたくないけど、そっちがその気なら、君を解雇しろって圧をかけるよ」
「は、はあ!?」
「君がストーカーする犯罪者だって、言えば、君のことなんて簡単に切るだろうね」
「なっ……!」
んんん~!?
数斗さん! 脅しが! すごい!
こわっ! 御曹司の激おこ、こわっ!
大学卒後で、就職したばっかりなのに! それはヤバいだろうね!
数斗さんの本気のお怒りがやっと伝わったのか、坂田さんは顔を青くする。
「な、なんでそこまで!? 意味わかんない! あんな子の何がいいのよ!?」
「普通にお前なんかより、ずっと、心が綺麗な子だからだよ。汚れきったお前には、到底理解出来ないだろうね」
ハンッと、数斗さんが冷たく鼻で笑い退けた。
君呼びからのお前呼び。
侮辱が耐え切れなかったのか、坂田さんは手を振り上げて。
パシッ。
と、数斗さんの左頬を叩いた。
真樹さんが愕然としている隣で、私は慌てて、真後ろにあった自動販売機から冷たい飲み物を買う。
それを持って、数斗さんの元まで戻ると、いつの間にか、新一さんがそこにいた。
「離してよ! 新一!」
「アンタに名前呼びを許可した覚えないから」
冷たく吐き捨てる新一さんは、坂田さんの手首を握っている。
「数斗さんっ!」
「七羽ちゃん? わ、つめた」
「赤くなってます! 冷やしましょ」
『俺のために……嬉しい』
「ありがとう、大丈夫だよ」
『あ、泣きそうだ……どうしよう、心配してくれてるのが、嬉しいや』
冷えた飲み物を、爪先立ちして頬に当てた。
受け取ってくれた数斗さんは、坂田さんに向けていたものとは、大違いの優しい眼差しを返す。
「放してってば!」
「煩い、犯罪者」
「はあ!?」
「れっきとした暴行罪だから。警察突き出す。交番は、あっちだっけ?」
「ちょ! 何よ! 数斗だって脅迫した!」
「はいはい。詳しくは署で喚けよ」
新一さんがキョロキョロと交番がある方角を探す最中に、坂田さんは逃げようと手を上下に振るけど、無駄みたいだ。
「あ! あと! 器物破損罪! 七羽ちゃんの携帯電話、叩き落としてぶっ壊した!」
「「は?」」
真樹さんも罪状を追加すると、数斗さんと新一さんが低い声を発した。
ひょえっ。こわっ。
真樹さんっ! 言わなくてよかったのに!
「はぁ、もういいよ。新一、放して。俺が坂田の代わりに弁償するから。手切れ金だと思って」
「いや、だめだから。そうやって見逃すと、繰り返すんだよ。本人に弁償させて、今、警察に突き出すべきだ」
「どうせ、お金ないよ、坂田は」
呆れ果てて会話をする数斗さんと新一さんは、蔑んだ目を坂田さんに向ける。
悔しげに赤面した坂田さんは、私を睨み付けてきたので、数斗さんが右腕を伸ばして壁になってくれた。
「あの、私、本当に大丈夫ですよ?」
「よくないよ、七羽ちゃん」
「保証があったはずですから!」
「でもな、古川。ちゃんと弁償代は出させるべきだ」
数斗さんのその腕の袖を摘んで言うと、新一さんは断固として譲らないとばかりに償わせるべきだと言う。
「そ、そのっ。正直言って、あの人に弁償してもらった携帯電話は、持ちたくなくて……」
「「「……」」」
『意外と言うな……この子』
『わりとすごいな、ホント』
いや、だって。
新しい携帯電話を見る度に、この人が弁償したんだよなーってことを思い出しそうだもの……嫌です。
数斗さんが目配せすれば、新一さんはしぶしぶ、坂田さんの手首を放した。
「ア、アンタ、サイテーね!」
「でも、数斗さんを叩いたこと、謝ってください」
「誰のせいでっ!」
「暴力を振るうなんて、人として最低ですよ」
脅迫されようが侮辱されようが、手を上げるのは、最低だ。
「この短時間だけでも、三回は手を上げました。新一さんの言う通り、立派な暴行罪なんで、謝罪して、金輪際、迷惑かけないでください」
手を上げやすい短気な性格なんだろうから、釘をさして、謝罪を要求した。
顔を真っ赤にした坂田さんは、ギロッと睨むだけで「フンッ!」と背を向けて歩き去ってしまう。
「謝ってって……!」
言ったのに!
絶句してしまった。
「いいんだよ、七羽ちゃん。謝るような性格じゃないから」
「数斗、とりあえず、証拠残そ。次やったら、ただじゃおかない」
「いいって」
「よくない」
『ダチが叩かれたのに、いいわけあるかよ』
軽く笑って見せる数斗さんの頬を、写真に残そうとする新一さん。
友だち思いが強い声だと、感じられた。
「そうしましょ、数斗さん」
「……わかった」
『七羽ちゃんも言うなら……』
手を伸ばして、頬を冷やした飲み物を受け取ると、新一さんの顔が険しく歪んだ。
「血、出てる」
「えっ!?」
『あの女……許さない』
慌てて数斗さんの頬を見れば、爪で出来てしまったであろう切り傷が血を滲ませていた。
新一さんが強い怒りを込めた心の声を出す。
飲み物を、ミネラルウォーターにしてよかった。
ハンカチを出して、そのミネラルウォーターで、湿らせてから数斗さんに軽く屈んでもらって、痛みを与えないように軽く拭く。
「絆創膏……ギリギリですね」
「ありがとう……七羽ちゃん」
鞄から取り出した絆創膏でギリギリ手当て出来る傷だったので、ちょっとホッとして貼った。
『七羽ちゃんの女子力……たかっ。って感心してる場合じゃなかった!』
「ほんっとごめん!! 昨日、坂田達と飲んでて、その隙にやられたっ!」
真樹さんが両手を合わせて、深く頭を下げる。
「携帯電話を離すとか、あり得ないだろ」
「いや、マナちゃんに話しかけられてる隙に、テーブルに置いたの、勝手に取られたんだと思う……ホント、ごめん。数斗も怪我しちゃったし、七羽ちゃんも怖かったでしょ? ごめん……」
新一さんの苦言に言い訳はしたけれど、力なく項垂れて、真樹さんは謝り続けた。
計画的犯行だったのかな……。
「俺はいいよ。ちゃんと諦めさせなかったのが悪いし……俺より、七羽ちゃんだよね。巻き込まれて怖かっただろうし、携帯電話まで壊されちゃって」
『俺のせいだよ……』
申し訳ないと数斗さんが眉をハの字に下げて、痛々しそうに見つめてくる。
そんな数斗さんの方が、頬に絆創膏をつける羽目になったというのに。痛々しいのは、数斗さんの方だ。
「怖かったのに、頑張って立ち向かってくれたでしょ? 頑張ってくれて、ありがとう」
手を伸ばすと、私の頭を軽く撫でてくれた。
じわり、と優しさが沁みて、涙が込み上がる。
「だ、大丈夫です……」
『『『全然大丈夫に見えない涙目』』』
三人の心の声が重なってしまうくらい、明らかに涙目になってしまったらしい。恥ずかしいな。
『坂田は、暴力女ってことで、噂広めてやろ。アイツのSNSに書き込めば、簡単だな』
『あの会社に圧かけよう。暴力を振るうストーカーって話すだけでも、孤立するだろうしね』
しっかり復讐を考えている新一さんと数斗さんの心の声で、またもや涙は引っ込んだ。
『どしよ……。映画終わってランチのあとに、数斗と二人きりにする予定だったのに……この場合は、どうする?』
真樹さんの困惑した声に驚く。
数斗さんに頼まれでもしたのか、二人きりになるように計画していたらしい。
「どうしようか? 今日はもう疲れちゃっただろうし、日を改める?」
「まだ上映時間までありますし、このまま帰るより、アクション映画を観てすっきりしたいのですが……数斗さんはどうですか? 痛みます?」
真樹さんの提案に、本音を零す。
せっかくの休日を台無しのままにされたくはなかった。でも、怪我した数斗さんはどうだろうか。
三人が解散したいなら、それでいい。
私一人でも観て、楽しんで、そのまま帰るだけだ。
お一人映画鑑賞なんて、へっちゃら。
「ちょっとヒリッとしてる気がするだけだから、支障はないよ。せっかくの休日だし、さっきのは忘れて、楽しもうか」
数斗さんは、そう明るく笑った。
「じゃあ、ケイタイショップから行く? 古川の携帯電話、どうにかしないと」
「時間かかると思います」
「とりあえず、行って確かめよ。万が一、はぐれたら大変じゃん」
新一さんがそう急かすので、調べてもらって、近場にあったケイタイショップで、見てもらうことになったのだけれど。
ついこの間、保証期間が切れていたことが発覚。
ガクリと、頭を伏せてしまった。
この出費は痛い……。とほほ……。
「えっと、じゃあ、またあとで来ますので」
「どうかしたの?」
ひょえ! と震え上がる。
店内を見回っていたはずの数斗さん達が、いつの間にか真後ろに来ていた。
「え? 保証期間切れてたの? おれの目の前で壊されちゃったし、おれが弁償するよ」
『おれのせいで、壊される羽目になったんだから、償いに!』
「いや、元はと言えば、俺が元凶だから、俺が弁償する」
『俺のせいであんな騒ぎになったんだし、俺が弁償する』
弁償をすると言い張る真樹さんと数斗さん。
「この際ですから、新機種に変更をしませんか?」
にっこにこな店員さんが、提案。
『商売魂すごいな……』
新一さんと一緒に、店員さんに感心してしまった。
「そうしようか? 新機種って、あれでしょ? せっかくだから、ね」
『新機種を買ってあげよう。俺もあとで、同じものに機種変しようかな……』
「あっ! おれが弁償するって!」
『新機種変は、ちょっと痛いけど! 償い!!』
「あ、あの、普通にそのままでいいのですが……」
お揃いを狙う数斗さんと、無理をしようとする真樹さん。
私は新機種に変更する気はないと、伝えるのだけれど。
「もう割り勘でいいでしょ。償いは」
新一さんのその妥協案が、採用されてしまった。
七羽は、ちょっと健気で守りたいタイプなヒロイン。
数斗は、過激気味な過保護ヤンデレなタイプ。
溺愛も、ヤンデレ気味。
表に出てなくても、怖いなこの人! と七羽に思われているとは知らない数斗。
でも、優しいのはわかるし、友だち二人も、いい人達だと理解。
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2023/02/09