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49 好きと言って好みを覚え合う。



 連れて行ってもらったのは、初めて訪れるショッピングモールだ。

 車でしか利用出来ないような、そんな場所にある広々としたショッピングモール。あと、バス移動必須か。


 車内で話した通り、先ずは数斗さんの昼食のために、有名なコーヒーショップへ。

 ソーセージを挟んだパンとコーヒーが、数斗さん。私は、カフェラテ。


 【七羽ちゃんが本当に小悪魔に翻弄する術を学習しつつあるんだけど、どうしたらいい?】


 なんて、パンを片手に数斗さんが、新一さんにメッセージを送信。


 さらには。


 【べた褒めで好きを言い募る意趣返しって何??? 可愛い】


 ツブヤキに、書いてしまう数斗さん。

 また惚気と言われますよ……。


 【おれには、自制心を強くしろとしか言えない。真樹にアドバイスもらえ】


 新一さんのメッセージの返信を受け、真樹さんへSOSを送る数斗さん。

 大袈裟な……。


 私は天使なの? 小悪魔なの? どっちなんです? 混乱しますよ。


「どうかした? 七羽ちゃん」


 数斗さんが携帯電話をテーブルに置くと、私の様子を尋ねた。


「あ、いえ……。数斗さんのカフェラテの方が、好みで美味しかったな、と思いまして……」

『ンンッ! 褒め殺されるっ……!』

「……また、淹れてあげるね」

「はい……」


 両手に持ったカップで、カフェラテを飲んだ。


 ……数斗さんの生死は、常に私が握っていることになるんですか???



 真樹さんから返信がないまま、コーヒーショップを出て、手を繋いでモール内の店を渡り歩く。


 以前、何を買うでもなく、友だちとお喋りしながら店を回るのが好きだと言ったからだろう。

 ……ただし、数斗さんは隙あらば、買おうとするに決まっている。もう行動パターンは、わかっているのだ。


 私は欲しいとか、気に入ったとか、そんな反応を出さないように気を付けよう。


『七羽ちゃんの好みの小物……部屋に置きたいな』


 早速か!

 いや、でも、数斗さんが部屋に置くなら? いい? のか……?


 雑貨店を回りながら、数斗さんは商品を手にして見ながら、私の反応を盗み見する。


「そういえば、数斗さんの部屋には、加湿器とかありませんでしたね。気にしないんですか?」

「うん、ないね。気にしない。七羽ちゃんは?」


 加湿器がまとめて陳列された棚の前で、疑問が浮かんだので、尋ねた。


「私は冬場は、喉がやられちゃうんで、ベッドそばに置いてるんですよ」

『買わないと』


 ……私のための部屋でしたっけ? 数斗さんの家。


「寒いの苦手だって言ってたもんね。どんな加湿器?」

「加湿器ってボトルを逆さにして設置するタイプが多いので、コップとかで注いで水を追加するタイプを探し出したんです。水が飛ぶんで濡れちゃうんですよね。このタイプに近いですね」

『これか。覚えておこう』


 幸い、今すぐに衝動買いはしなかった。でも冬になったら、数斗さんの部屋には、加湿器が置かれるんだろうな……。


 冬か……。

 ……その頃、私達はどうなっているんだろうか。


『冬か。七羽ちゃんは、寒がってくっついてくれるのかな』


 冬になった頃も、一緒にいると信じて疑わない数斗さんは、すりすりと繋いだ手の甲を親指で撫でる。

 その横顔は、愛おしそうに口元を緩ませていた。


「その顔、好きです」

『んっ? どんな顔?』

「俺、今どんな顔してた?」


 数斗さんは、右手で自分の顔に触れる。


「んー、口元を緩ませた表情」


 愛おしそうに、未来の想像に思いを馳せていた、という部分は省いた。


「そっか」

『ニヤけた顔とは思われなくてよかったな』

「俺は七羽ちゃんが好みの物を見付けて、目を輝かせる表情が好きなんだ。それを待ってるところ」


 ニコッと、数斗さんは堂々と言ってきたな……。

 あー、私が堪えていると察した? というより、本当に待っているという宣言か……。


「えーと……」

「アロマは好き? 加湿器に入れたりする?」


 例え、そんな表情になっても買わないでほしい、と言うべきかな。

 悩んでいる間に、隣のアロマコーナーに目が移された。


「あ、部屋にあるのは、入れちゃダメなものでして。でも、アロマ、好きです。ティートリーやユーカリやレモングラスとかの柑橘系を持ってます」

「そうなんだ? どう使うの?」

「妹に臭いって嫌がられるので、炊くのはやめてます。そのアロマが好きなのは、眠気が覚めるからなんです。寒い時に、洗面器に混ぜたお湯で手だけを温めるんです。そうしないと、絵が描けないままカイロを握り締めるしかなくなりますので」


 左手を見せて、ひらひらと振る。


「なるほど。リフレッシュに眠気を飛ばしてくれて温めて、絵を描くようにしてるんだね。いいリラックスにもなるの?」

「ええ。ホッとします。足湯ならぬ手湯です」

『アロマは……また今度、一緒に選ぼうかな』


 数斗さんの買い物リストが、増える増える……。


「そうだ、あっちの香水の店、行かない?」

「あ、はい」


 数斗さんは、目に入っていた香水専門店へ歩き出す。


「絵を描くの、結構こだわりとかあるの?」

『新一にアイコン描くの、ずるいなぁ……俺を優先してほしいけど、七羽ちゃんなら先着の順番を変えないんだろうな』

「こだわり? んー? 別にないと思いますが」


 首を捻る。

 心の中で思った通り、恋人だからと、数斗さんを優先したりしません。先に約束した新一さんと順番を変えませんよ。

 それにアイコンなら、すでに私のイラストを設定しているじゃないですか……。

 私が描いたものなんて、そんないいものじゃないのに。


「そう? 眠気を飛ばして、リフレッシュしてから取りかかるんでしょ?」

「それは……手を温めるついでで」

「七羽ちゃんって、色んなこだわりがいっぱいだと思うよ」

「え? 何かありましたっけ……?」

「寝る時は、抱き枕が習慣だし、車だと何か抱いてないと落ち着かないでしょ?」

『抱き付き癖で、俺の太ももを抱き締めてきたんだよぁ……』


 ……その節は、すみません。


「それは……習慣? こだわりとは違うのでは?」

「んー、大差ないと思うよ。抱き枕ないと寝れないなら、こだわりだ」

「……なら、こだわりですね」


 コックン、と頷く。


「じゃあ、匂いのこだわりは? ずっとミックスベリー系のコロン?」


 香水を見回して、数斗さんは匂いについて、尋ねる。

 何か別の物を買う気ですね、わかります。わかってますから。


「えっと……そうですね。昔、高校の頃かな……友だちと選んでて、気に入ったので、そのまま」

「こだわりというか、ただ他の物を試したことがなくて、そのままにしてるんだね」

『今の職場を変えないように……他は知らないから、そのまま働いているのと同じだな』

「他に気にいる物を探してみようか?」


 にこりと、数斗さんは香水選びを始めた。

 うん。提案したみたいな形だけど、私の答えを聞かずに始めちゃったや。

 まぁ、楽しそうなので、いいですけど。


「数斗さんの香水は? こだわりですか?」

「そうだね。あまりキツくなくて、柔らかい感じがいいと思って、そういうタイプの中から、決めたんだ。あれだよ」


 数斗さんの香水を教えてくれたので、テスターを手に取り確認。


「優しいフローラルな香り。私も数斗さんにピッタリだと思いますし、好きです」

『ンンッ……七羽ちゃん、想像以上に、好きって言ってくれる。幸せすぎるんだけど、今日。深夜から、ずっと……』

「ありがとう。俺も七羽ちゃんの甘い香り、食べちゃいたいくらい好き」

『可愛い七羽ちゃんをたくさん見られたし…………アレは、かなり気持ち良すぎた……』


 ンンッ! 何を言ってるんですっ!? いや、心の中だけども。

 食べちゃいたいって! そのあとに言うのも……ちょっと!!


「いいの、見付かるといいね」


 ……香水は、こだわらないんだけどなぁ。


 ……とりあえず、数斗さんの香水は、覚えたぞ!

 お母さんも、恋人さんへ買ってあげてたから、私も買うかも。……いつか。


 そんなこんなで、数斗さんと匂いを確かめた。

 流石に、目星をつけたものの、テスターを嗅ぐだけ。

 店内の香水を片っ端なんて鼻がおかしくなってしまう。もう鼻が曲がりそうである。


 ん〜。もう、なかったって、終了させてもらおうかな。

 ……あれ? ……これ、いいな?


 テスターを片手に、商品の小瓶を手に持つ。

 桜の花をイメージしたほんのりと甘い匂いの香水。

 へぇ……ん〜、いい香り。


『見付けたかな』


 いつの間にか繋いでいた手が離れて、手分けしていた数斗さんの声が真後ろから響いた。


「気に入った? どんな匂い?」

「ひゃ」

『あ、近すぎた。固まってる……あれ、これはいい匂いだな』


 数斗さんが背中に貼り付くような距離で覗き込んでは、テスターを持つ私の手を、自分の顔に移動させる。


 顔が。近い。耳。近いッ。


 離れたかったのに、数斗さんのもう片方の腕が私の腰に回されてしまった。

 腕の中に、閉じ込められてる……!


「すごく、いい匂い。遠慮がちな七羽ちゃんみたいに、控えめだし、甘さが可愛い七羽ちゃんに、似合うよ」

「あ、え、と」

『真っ赤。可愛い。好き。ああ、可愛い』

「桜をイメージしてるんだ? ……俺の香水も、花をイメージしてるし、ちょうどいいよね。これから……つけてくれる?」


 腰に巻いた腕に力を込めて、軽く抱き寄せた数斗さんは耳のそばで囁く。


「七羽ちゃん?」

「……ぁっ……」


 囁き声が、髪越しに耳に吹きかかったから、ビクッと小さく震えて強張る。


『……え? 今、甘い、声? 感じた声、零した?』

「か、か、数斗さんっ、は、離れて、放して」

「……どうして?」

『耳まで真っ赤。感じちゃった? やっぱり、耳、性感帯』

「こうされるの、嫌?」


 ギュッと、両腕で抱き締められてしまう。


「この香水、買うんで!」


 逃げるために、レジに行くために買う選択をするしかなかった。


「そっか。でも、今日は全部俺持ちの約束だから、俺が買うんだよ」


 やっと放してくれたかと思えば、香水の箱を顔の横まで持ち上げた数斗さんは、悪戯っぽく目を細めて微笑んだ。


「真っ赤になっちゃう七羽ちゃん、好き」『大好き』


 スッと頬を指先で撫でた手で、私と手を繋ぐと、数斗さんは私を連れてレジへ歩き出した。


 数斗さんは香水の紙袋を持って、上機嫌に店をあとにするけど。



 私の方は……敗北感ッ!



『ちょっと意地悪しすぎたかな。唇を尖らせてる、可愛い。でも、七羽ちゃんのさっきのべた褒めの好きよりは、優しいよね』


 いやいや。別物の意地悪ですよねっ。

 自分の性的魅力を、正しく自覚しています!?



 ツーン、と唇を尖らせながら、興味が引く店を手を引かれながら、探しながら歩いていると、ランジェリーショップが目につく。


 マネキンが着たベビードールが、可愛いかった。

 淡いピンク色の胸元は小さなフリルで強調していて、シルク素材だとわかる光沢と、裾部分の赤い刺繍は咲き誇る薔薇。


 欲を言えば、薔薇より椿のデザインがいいけど、薔薇を差し置いて、他の花のデザインはあまりないんだよね。

 わぁ、後ろの黒のベビードールも素敵。透けてるけど、あれなら許容範囲だなぁ。


『ん? ランジェリーショップを見てる? え? ベビードールを? 見てる?』


 数斗さんの戸惑いの声を聞いても、目が離せなかった。


 まぁ、普通に通りすぎるよね。

 と、すぎたところで前を向いたけれど、数斗さんがUターンしたので、そのままランジェリーショップの前に行ってしまう。


 ちょっ。さっき一人で買ったのに……なんで!? あなたが買ったばかりの下着、車の中に二着ありますが!?


「ベビードール、好きなの?」

「へあ? え、えっと……その、透け透けで、なければ……」

「……持ってるの?」


 ピンクのベビードールを指差しながら、尋問気味に数斗さんが尋ねる。


 ベビードールにも、色々ある。生地がすっけすけで全く身体を隠していないという、悩殺デザインもあるけど、可愛いものだってあるんだ。

 正直、キャミソールと違いがわからなかったり。


「は、はい……」

「……家で、着てるの?」

「あ、はい。たまに……パジャマや、スエットやパーカーを合わせてですけど!」


 着ていると返事をしたら、数斗さんが想像を始めたので、阻止!


「母や妹はともかく、大きくなった弟がいますし」

『あ、なるほど……。あれ? 前に見たシャワー上がりのキャミソール……実は、ベビードールだった?』

「そうか……。ん?」

「……」


 数斗さんは笑顔で、ピンクのベビードールを指差し直した。


 ”ん?” じゃなくて……。

 私は、首を横に振る。


「着たくないの? ずっと見てたから、好みなんでしょ?」

「好みだとは認めますが、間に合ってます」

「いやでも、ほら……これから、本格に夏がくるから、衣替え」

「ころもがえ…………いや、季節、あんまり関係ないですけど」

「……衣替え感覚で。色々持ってもいいじゃないか」


 オウム返ししてしまったけれど、ハッと我に返ってツッコミを入れる。

 冬用にちょっとモコッたデザインとかあるかもだけど、下着に分類されるなら、関係ない。


「こちら、夏にぴったりなひんやりした感触ですよ」

『! ナイスアシスト』


 !?

 数斗さんのイケメンさに吸い寄せられた店員さんが、会話を聞いて、サラッと数斗さんを援護して買わせようとする。


「このデザインなら、カノジョさんにとても似合うかと」

『カノジョ! そう、俺のカノジョに、このベビードールは似合う!』


 ちょっとたじろぐ。

 手を繋いで寄り添っていたおかげか、ちゃんとカップルに見えたらしい。

 内心で、テンションが上がっている数斗さん。


「店員さんもオススメしてくれるし……ね?」


 ”ね?” じゃないですよ、数斗さん。


 なんであなたが、おねだり風味に促すんです? 普通買ってもらう側がするんですよ? わかってます?


「こっちの黒も、好みなのかな? じっと見てたよね」


 バレバレだと!? いや、確かに凝視していた自覚があるっ!


『わかりやすい。付き合いたてのカップル……ランジェリーショップで、こんな初々しい反応は初めて』

『わかりやすい、可愛い。好き。買う』


 ニコニコな店員さんと数斗さん。

 目元を片手で隠すことが、精一杯の抵抗だった。


「あ。……店内回ってじっくりと考えて、他の物も買う?」

『セクシーな黒や、赤、紫……七羽ちゃんの好みの下着を知るチャンス』

「この二つだけで、お願いします」


 色々悩殺的な下着を着た私を想像し始めた数斗さんに、私の好んで選ぶ下着の色やデザインを把握されないためにも、ベビードールだけで済ましてもらうしかなかった。


 か細い声で、私は購入を頼んだ。


 一瞬だけ残念がったけれど、数斗さんは上機嫌で店員さんに購入を伝えた。


『この黒のベビードール、少し透けてるな……。なら、あの白いベビードールもいけるのでは? ……買っておこう』


 数斗さんが黒のベビードールの裾を摘んで透け具合を確認しつつも、別のベビードールを思い浮かべた。

 どんなベビードールだ、と覗くことに集中してみれば、裾が透けすぎる白のベビードールだ。お腹が全く隠れないデザイン。


 いやっ! いけませんが! 透け透けは、だめだって言ったのに!


 そこで、数斗さんの元に、真樹さんからメッセージが来た。


 【天使なの、小悪魔なの、どっちが好きなの?♪】


 ……あの歌のフレーズに合わせたらしく、数斗さんの頭の中で、同じ曲が流れる。


 【どっちも好き】


 数斗さんの返事は、素早い。


 心の声まで、同じ言葉を、強く響かせていた。



 

2023/10/10

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