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48 想いを込めた好きの言い合い合戦。


あまあま。




 明るいグレージュに染めた髪を右寄りにセンター分けした清潔感あると印象を抱く髪型と美人と表現したくなるくらいの品のよさを覚える顔立ちの数斗さんと寄り添ってのツーショット写真。

 こんなにもイケメンな数斗さんと顔さえも寄せてツーショットなんて、怖じ気づくのも無理ないけれど、数斗さんのべた褒めを受ければ、自信もついて撮ってもらうことにした。


 その写真を受け取った携帯電話を見つめて、緩みそうな口元をキュッと閉じる。


 初デートの日に、初めて二人きりで写真に収まる恋人の写真。


「……数斗さん。私も数斗さんの写真を撮ってもいいですか?」

「え? ああ、構わないよ。好きな時に、いくらでも撮って」

『俺の写真が欲しいのなら、いくらでも撮って』

「では、事務所側から撮影の許可をいただけたということで、撮らせていただきます」

「あはっ、事務所って」

『何そのノリ、面白いなぁ』


 数斗さんの運転姿はかっこいいので、笑っている瞬間を逃さず、カシャリ。


「俺は何? モデル? それとも俳優?」

「んー……俳優であり、モデルも引き受ける人」

「そうなんだ」


 おかしそうに笑う横顔もアップでカシャリ。


「七羽ちゃんなら、どっち? モデル? 女優?」

「私の体型でモデルはキツイでしょう……」

『……いい身体にしか思えないけど』

「そうかな? 七羽ちゃんみたいに小柄な人も少なくないし、そういう人達のためにも、可愛い七羽ちゃんが服を着こなせて見本になってあげるっていいんじゃない?」

「あー、そういう考えもありますね。どうせ嘘が下手なので、女優は向いていないでしょうし」

「嘘と演技は違うんじゃないかな?」

「んー。確かに」


 こちらを向いた微笑みの顔もカシャリ。

 撮りまくるね、と数斗さんはクスクスと笑う。


『……七羽ちゃん。どのストッキングを選んだかな……。あの黒い太線のストッキングではないのはわかるけど、残りの三種類から区別がつかない……』


 私の抱き締めるように車の中に置かれていた猫のぬいぐるみを、ギュッと抱き締める。

 数斗さんの視線が、ちらりと私の足元に向けられた。


 ……教えませんよ。

 このストッキングを選びました、とか私がわざわざ教えるわけがないし、数斗さんも尋ねるわけがない。……はず。


 そのストッキングだけど、完璧に着飾れたかと思いきや、ブーティに合わないと発覚した。

 普通の靴下の厚さなら、履き慣れたブーティにピッタリ感があるけど、ストッキングの薄さでは、ブカッと感がある。誤差ではあるから、ちょっと意識すれば、滑るようにくじくことはないだろうし、ブーティが抜けるほどでもないはず。気を付けよ……。


 ストッキングから意識を逸らすために、仕事から上がったばかりの数斗さんの食事について尋ねることにした。


「えっと……数斗さん、昼食は?」

「あー、まだだけど……そうだな。今から行くショッピングモールの中にあるコーヒーショップで軽く食べていいかな? カフェラテ、好きだよね?」

『言われて思い出したら、空腹を感じてきた……腹の虫が鳴る前に食べておこう』

「七羽ちゃんはお腹空いてる? 三時くらいには喫茶店でデザートを一緒に食べようと考えてるんだけど」

「私は食べたばかりですので、大丈夫ですよ」

「そっか。……遠慮はだめだよ?」


 ふりふりと胸の前で手を振ると、信号待ちで一時停止した隙に、数斗さんは顔を向けて諭すみたいに言ってくる。

 そして、左手を私に出した。

 まるで決めていたみたいに、自然と手を重ねる。握ってくれた数斗さんは、中指の指輪を確かめるように、親指で輪郭を撫でた。


「今日の初デートは、俺がエスコートするから、身を任せてほしい。俺のおもてなしを、受けて、一緒に楽しもう?」


 微笑むと、また前を向いて、運転を再開する。


「意識するのは、好きって想いを伝えることだね。俺も言うけど、七羽ちゃんは好きだなって思った時に、口にして俺に伝えて?」

「思った、時、ですか?」


 数斗さんは心の中で頻繁に溢してるけど、私はどうなんだろうか……。

 好きって、その言葉をはっきりと思い浮かべることってよくあるだろうか。


 チラッと見ただけで、わからないと悩んでいると見抜いた数斗さんが、例えを出してくれた。


「かっこいいな、好き。とか。惹かれるところを、感じた時に、好きって言ってみるの」


 冗談で笑って言う。

 な、なるほど……。


「それでは……運転姿が、やっぱりかっこいいので、好き、です」

「……ありがとう」

『七羽ちゃんを乗せる時は、絶対助手席に座らせよう。見てもらう』

「前にも言ってくれたね。俺のこと、褒めちぎってくれた」

『あの時は、フラれる雰囲気で死ぬかと思ったけど……延命してくれたんだよね。俺が死にそうな表情してだからって……命拾いした』


 確かに、運転姿がかっこいいと言った時は、その直前まで想いを断ろうとしたし、心の声は誰からも聞いたことのない、酷く苦しい声で、無理矢理に微笑んた顔だった。


 あの時は、すみません。

 口から出そうになった謝罪は、思い留まって、飲み込む。


 もう謝ったことだし、それに今、掘り返すべきじゃないと思った。上機嫌にニコニコしている横顔を見ていれば、台無しになるとわかる。

 だから、私は……あの時の苦しめてしまったお詫びに、喜ばせるべきだと考えた。


「本当に、かっこいいんですよ? わかってます? モデルじゃないのが、不思議です。横から見た運転姿、かっこよすぎですよ。数斗さんが車を運転する時は、絶対に助手席に座りたいです。見たいので」

「うん、絶対に隣に座って。特等席」

『おっと。思わず、強い声を出してしまった……』

「ありがとうございます。外見ばかり褒めてしまいますが……数斗さんの色気もある優しい雰囲気が素敵で好きなんです。運転も静かで落ち着きますし、数斗さんといるのは、本当に居心地がいいですので、好きです」

「ちょ、ちょっと、ストップ。七羽ちゃん」


 喜ばせるとはいえ、リップサービスはしない。ただ本心をしっかり言葉にして伝えて、ちゃんと、だから好き、とつけ加える。


 数斗さんから、ストップがかかり、キョトンとした。


『ど、どうしよう……もう今日は、七羽ちゃんからの好きって想いは許容範囲を超えた』


 え……ええぇ……デートはまだ始まったばかり……いや、始まってます? んん??


「今の、ダメでした?」

「いや、よすぎた……ごめん、照れてるから、一旦ストップで」

『七羽ちゃんから、十分想いが伝わってるのに、べた褒めからの好きって言われるのは……よすぎて困る。いや、七羽ちゃんからの想いなら、全て受け止めないと…………いや、ダメだかもしれない、今日はポンコツになりそうだ。舞い上がりすぎて昇天する』


 ……数斗さんは、私が何を言っても、あの世に行くのですか……?


 左手で口元を隠す数斗さんは、ほんのりと頬を赤らめている。


 …………今、畳みかけるべきでは?


「照れてる数斗さんも好きです。嬉しそうに笑みを溢す数斗さんの顔は、甘くて優しいですよね。ドキッとします。素敵で、好きです」

「え、な、七羽ちゃん? ス、ストップだって」

「ドキッとするといえば、他の女性と比べるのはアレですが、私だけには優しいですよね。特別だって伝わってくるので、ドキドキします」

「な、七羽ちゃん」

「そんな優しい数斗さん、好きです」

「七羽ちゃんっ……!」

『この押し寄せるみたいなべた褒めはなんなのっ? なんでストップだって言ってるのに止めてくれないの!?』


 数斗さんの顔の赤みが増す。


「実は怒ってるのっ? 俺、何かした?」

「心当たりがないのですか?」

『……バストサイズを聞いたこと? セクシーなストッキングを選んだこと? アクセサリーやワンピースも含めて買いすぎたこと? 偶然、背中にファスナーがついたワンピースだけになって、上げさせてもらったこと?』

「……ごめんなさい」


 心当たり、ありすぎな数斗さん。


「そう……意趣返しか……」


 数斗さんは、少々不貞腐れた。


「数斗さん。全部本心ですよ」

「……それは……わかってるよ」

『七羽ちゃんが、こんな意地悪で嘘をつくわけがないから……』

「全部、私が思っている好きです」

「……うん、ありがとう」

『嬉しい。嬉しいんだけど…………怒涛のように褒めてきたのが、意趣返しなんだよね』


 そうです。めちゃくちゃ伝わりますね。


「意識すると、好きなところ、結構出てくるんですね……こんな感じに頑張ります!」

『頑張りすぎないで!』

「それはとても嬉しいけれども、今日はデート中に思った時に、言ってね。褒め殺しじゃなくていいから」


 拳を固めて気合いを入れたのに、心の声が悲鳴みたいに止めてくる。

 苦笑いで冗談めいて笑って見せる数斗さん。


『現時点でキャパオーバーだ…………だ、大丈夫だろうか。俺だけ幸せにしてもらってしまう。……もう十分では?』


 だから、デートは始まったばかりです……。


「七羽ちゃん、もうちゃんと心を込めた好きを言えてると思うんだけど、七羽ちゃんとしては、まだ足りないの?」


 数斗さんが、好きを何度も言わせるという目標を取り消す方向に持っていこうとしている。


「んー……」と考え込む。

 自分の心の声は、他人の心の声みたいには聞こえないからな……。


 でも、度々、数斗さんが強く響かせる好きって想いとは、絶対に及ばない。


「……いつも電話を切る前の数斗さんからの好きは、想いがこもっていますし……私としては、毎日言えるようにしたいです。ちゃんと返したいので」


 せめて、毎日の電話越しに、心を込めた好きを。


「七羽ちゃん。本当に、七羽ちゃんから、想いは伝わっているんだよ? 七羽ちゃんが足りないって思ってるのは、満足に言えてないって思い込んでいるだけだと思うんだ。だから、今日は、好きって言う時は意識して想いを込めてる自覚をしようか」


 数斗さんがまた手を伸ばしてくれたから、手を重ねて、指先を握り合う。


 あれ。取り消させないんだ……。


『……キャパオーバーでも、全部受け止めよう。七羽ちゃんの頑張りも、想いも、全部。…………でも、加減してもらいたいな』


 数斗さん……。

 数斗さんって、運命の愛だと信じて、全てを注いで尽くそうとするのに、愛を受け取るのは、自信がないのかな。

 それは私の方なのに……。


「俺は……七羽ちゃんが頑張り屋さんなところ、とても好きだよ。それにすぐにお礼が言えるところ。謝るのも、同じくらい多いけど、律儀に何度もお礼を言えるのは、すごいと思う。七羽ちゃんの感情を込めた言葉、好きなんだ。真心がこもってる」

「数斗さん。やり返しですか?」

「違うよ? 俺だって、好きって言うから。今日のデート」


 ニッコニコな数斗さん。


 だ、大丈夫だもん。いつも、心の声で褒められてるもん。好きだって言葉だって、山ほど聞いてるもん。照れの耐性は、つき始めたもん。……もん。


「ところで、デートって……どこからが始まりですか?」

「あ……。そうだな……今日の場合は、もう始まってるってことにしようか」

「そうですか……。こうして、数斗さんに指先を握られるの、結構好きです」

「……俺も、好きなんだ」

『好き言い合い合戦かな、今日のデート』


 初デートは、始まったばかり。

 好きを言い合う対決が、始まった……。



 想いを伝え合う、初デート。

 スタート。



 

10月9日(月)

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