45 初デートの準備は大変。
七羽ちゃん視点。
ピリリッと、鳴り響くアラームで、重たい瞼を上げて、ベッドサイドテーブルの上に置いた携帯電話に手を伸ばす。
アラームを切って、ぽけーっと時刻を確認。六時間寝れば大丈夫かなって、そう思ったので、設定したつもりが、操作ミスで七時間設定にしてしまったようで、しっかりと寝ていた。
ぐっすり寝ちゃったな。
メッセージアプリの通知が複数きている。
のそっと起き上がって、確認した。
数斗さん達は、無事、仮眠をとってから、出勤したらしい。
私にそれを知らせる”いってきます”の言葉と、一人でホテルにいることについての心配で”気を付けろよ”という言葉。
それから”初デート、楽しんで”の言葉だ。
そう。本日は、交際を始めてからの初デートである。
【おはよう。仕事にいってきます。起きたら、ルームサービスを頼んでも大丈夫だから、食事は部屋で済ませてね。仕事が終わったらすぐに連絡する。デートに着てほしい服を買わせてもらうね】
そういえば、白いワンピースを買って着てほしいって言ってたな……心の声だけど。
まぁ、初デートだから、昨日の服のまま、行きたくはないし、渡された服を着よう。
白いワンピースなのは、きっと遊園地の日に着ていたコーデが一番のお気に入りだって言ったからだろう。
革のジャケットのクールさと、白いワンピースのキュートさのかけ合わせコーデが好きだと。
覚えててくれたんだ。
数斗さんに今起きたところだと知らせると同時に、デート用の服を買ってもらえるのは助かるという感謝の言葉も入れて返信。
もう一つ、通知があると思いきや、なんと昨日絶交した祥子のカレシくんからのメッセージだ。
そういえば、オールナイトカラオケに不参加するって知らせた時、”気を付けて”って個人宛てにメッセージをくれたっけ……。
【話聞いたよ。相談の乗ってくれって言われたから。電話で謝らせようと思ったけど、電話したら友だちさん達に責められたって。目の前で見てたから、祥子が自分を棚に上げていると思うし、全面的に祥子が悪いって指摘してやったら、また喧嘩になった。別れるって言っといたし、そのつもり。もう決めた】
破局。いつも些細なことで口喧嘩して、険悪な雰囲気が多かったから、いつかは……。と、あり得たから、やっとか、という感想しか出ない。
祥子は、長年の友だちと恋人を立て続けに失くしたわけか……。
メッセージは、まだ続けざまにあった。
【古川さんには、オレも謝らなくちゃいけない。祥子が古川さんを悪く言ってるの、ずっと聞き流し続けてたから。オレや先輩には、友だちの恋人としっかり線引きして付き合ってんのに、そんなわけないだろって言ったけど、祥子が変に意固地だから、変えられなかった。本当に申し訳ない。今回も、おんなじ。オレがもっと否定すべきだった。ごめん】
あの子の激しい思い込みを直せなかった。そばにいたから、止められなかったことに、反省する。私と同じだ。
【カレシ、出来たんだってね。柚木さんから聞いたよ。いい人そうだって。よかった。おめでとう】
そして、祝福の言葉。
彼にも返事をしよう。昨日、数斗さん達に言われたこと。私は悪くないって、何度も言ってくれたこと。自分も自分を責めたけれど、あの子が意固地だったのが悪いんだって。それは私達のせいではないって。
同じ失敗をしないように、彼女自身が変わるしかない。縁を切った私達は、そう願うだけ。
恋人については、優しくていい人だと書いておく。彼だけじゃなくて、二人の友だちも、本当にいい人達だと、伝えた。
ルームサービスを、注文。
ベッドに横たわって、少し考えてから、新一さんと真樹さんに送信することにした。
【お疲れ様です。胸が空く情報だといいんですけど……元悪友の恋人から謝罪をもらいまして、別れを告げたと報告をもらいました】
【詳しく。もしくは、可能ならスクショ頼む】
すぐさま、新一さんから返答があって、内容の詳細を求められる。早いなぁ。仕事中は、自分の携帯電話を見られるのかな。
これくらいなら大丈夫だと思って、スクショを撮って、送った。
ルームサービスが届く。
時間帯で、朝食メニューとコーヒーだった。
とっても美味しそう! ちょっとお高めのホテルで、ルームサービスで遅い朝食! 優雅!
ルンルン気分な私は、写真を撮った。
新一さんからも、そのタイミングで返信が届く。
【友だちと恋人はまともなのに、なんであんなダメな性格だったんだろうな。情報サンキュ。ざまあって胸が空いた】
【いえいえ。それならよかったです】
私も返事をしてから、昨日話したアイコンイラストの依頼の話をしたかったけれど、まだ新一さんが仕事中だってことを思い出して、またあとでにしようと、それだけを打ち込んで送信。
そして、ハッと思い出す。そういえば、真摯に私を心配して対応してくれた女性従業員から連絡先もらったんだ! ちゃんと連絡しないとね! 莉子さん!
自分から声をかけて友だちになってほしいって言うなんて、初めてのことだから、ドキドキだ。
名刺にあった連絡先を入力して、メッセージアプリでも携帯電話から見付け出して、メッセージを送信しておく。
それから、ルームサービスの朝食に手をつける。
パンケーキである。
温かいうちに、半分近くを食べたあと、数斗さんにもお礼をかねてメッセージを送ることにした。
それから、ツブヤキにも、書き込みをしながら、切り取ったパンケーキを口に入れた。
【素敵なカラオケルームでオールナイトしたよ! でも、途中で寝ちゃって、別の部屋のベッドでスヤァー。さらには、遅い朝食。このホテルのパンケーキ、美味しい。優雅すぎる。楽しすぎる素敵な時間をありがとう!】
昨日カラオケルームの中を撮った写真と、そしてこの部屋の窓側に向けて、テーブルの上のパンケーキ込みの写真と、パンケーキのドアップを添えて。
はしゃいだと伝える笑顔とキラキラの絵文字を入れて、喜びを撒き散らす顔文字を後ろにつけた。
【友だち一人と悪縁を切ったけど、そんなトラブルを帳消しにしてくれるオールカラオケでした! ありがとーです!】
続けてのツブヤキ。
ハートの絵文字を入れてしまったのは、マズかったかな?
と、前にほろ酔いと勢いに任せて、新たな三人の友だちを大好きって書いた時に、数斗さんがモヤモヤしていたのを思い出す。
数斗さんも含めたけど、数斗さんからしたら、お兄ちゃんみたいな友だち枠は納得いかないし、心の声だけで知った私も、フォローすることもしなかった。
今は、お試し期間の恋人関係。
少し考えてから、またツブヤキをした。
【午後からは、お付き合いを始めた恋人さんと初デートの予定です】
ドキドキとしている顔文字を添えた短い文面で、報告。
今日は土曜日だから、リア友、高校からの仲良い友だち二人から、すぐにコメントが入る。
【素敵すぎる部屋でびっくり! いいなぁ】と、先ずは妊娠中の友だちが、最初のツブヤキにコメント。
それから、恋人の存在を明かしたツブヤキに【恋人さん! 今度紹介してね! おめでとう! 初デート楽しんでね!】と、祝福。
【羨ましすぎるカラオケルーム! カレシさんと初デート、楽しんでー。おめでとうさん】とカラオケ好きな友だちからも、いいね、をくれたあとに、コメントで祝福。
いつか、一緒に来れるといいなぁ。お高めだから、お互いに貯めておかないとだけど。
そういえば、二人も祥子と一緒に集まって遊びに行く仲だったけど、二人には悪い思い込みを話したのかな。
いや、二人なら、そんな悪女と付き合いを続けるわけないから、流石に祥子も言わなかったのかも。
二人とも、縁を切った友だちについては触れない。誰かわからないから、迂闊に触れないようにしたいのかな。
一応、二人にも、祥子と絶交したことと理由も説明して、報告しておこう。
祥子と会ってる時に、私の話を振ったら気まずくなるだろうし。
そう思っていれば、数斗さんからメッセージが来た。
あれ? 仕事中の携帯電話使用は、禁止のはず……。副支配人の立場にいる数斗さんが、そんな規則違反をするとは思えない。休憩中?
首を捻りながら、確認すれば、今電話していいかという内容。残りのパンケーキをたいらげて、許可のメッセージを送る。
既読がつくと、間もなく着信が来るんだよねぇ。
「もしもし」
〔七羽ちゃん。おはよう、ってもう”こんにちは”か〕
「そうですね、こんにちは、数斗さん」
〔うん。体調はどうかな?〕
「ぐっすり寝ちゃいました。数斗さんの方は?」
〔数時間は仮眠もとったし、全然平気だよ〕
私より睡眠時間が少なくても、普段通りに仕事なんて、男性の体力はすごいなぁ。私がザコなだけ……?
「まだお仕事では?」
〔ううん。終わったんだ〕
「えっ? 早いですね?」
〔外せない接客の仕事だけは、ちゃんとこなしたからね。すぐに切り上げさせてもらって……今、七羽ちゃんの着替えを買いに来てるところなんだけどね〕
最近休み取りすぎているであろう数斗さん……大丈夫だろうか?
〔ランジェリーショップにいるんだ〕
……ん?
〔えーと、真樹からの助言で、下着も必要だろうって。それで、恥を忍んで、職場の女性陣が集まっているのを狙って、近場のオススメのランジェリーショップを教えてもらったんだ……。大丈夫、かな?〕
「え、えっと……お、お気遣い、ありがたいです……」
そこまで気遣われては、嫌だとは言えない。恥を忍んで職場の異性に尋ねたあとだし、しかも現在進行形で居る……。
昨日と同じ下着をつけていると思われるのも、居た堪れないし……もう新しい下着を買ってもらうしかない。
コンビニでは、パンツしか売ってなかったし……ブラとセットのものを、私も恥を忍んで買ってもらおう。
〔それでね……サイズを、教えてもらっていい?〕
……ですよねー。サイズ、必要ですよねぇー。
しまった。数斗さんがバスルームで何していたか、このタイミングで思い出してしまった。やめてやめて。考えるなぁ~!
〔……七羽ちゃん?〕と、電話口から沈んだ声が私を呼ぶ。
ちょっと待ってください。恥ずかしくて、わなわな震える唇から、声が出ないんですっ。
「そ、の……C」
〔……C〕
「の、75で、す」
〔……〕
なんとか言えた。異性にブラのサイズを言えたっ……。
恋人で、さらには、今日の早朝前にバスルームの中でナニしていたか知っている相手にっ……いや、だから、考えるなぁ~! あれは私の自業自得であって! あと数斗さんだって一人の男性だから、仕方ないの!
でも数斗さん! 電話の向こうで、息を呑む音が聞こえたので、やめてくださいっ! まだお昼ですよっ!
〔わかった、ありがとう。じゃあ、その……セットを買うね。あと、服の方は、ワンピースを買おうと思うんだけど、そっちの方のサイズも教えて? あ、ストッキングも。ほら、七羽ちゃんは足を出さない格好だから、それも必要かなって〕
数斗さんは動揺を隠すみたいに、続けて質問してきた。
「えっと、ストッキングもあると助かります。その、Мサイズです。服の方は……物によるんですよね、Sだったり、Mだったり。試着しないと、わからなくて……」
〔そっか……じゃあ、店員さんに質問してみるよ。念のため、Mサイズにすると思う。合わなかったら、デート中にピッタリの買い直そう〕
「あ、はい。そうした方がいいですね……ん?」
私も動揺を押し隠すみたいに質問に答えたあと、首を傾げる。
買い直す……? 今日のデート代が、かさむ? すでに着た服を返品するわけにはいかないものね……? 今日のデート代は、全額数斗さん持ちなんだけど?
〔もうシャワーは浴びたのかな?〕
「あっ! まだでした! す、すぐに浴びておきます!」
〔急がなくていいよ。終わったら、教えて。部屋まで、届けに行くから〕
「そ、それなら、えっと40分! 40分ほどで! また連絡しますっ」
〔うん、わかった。その頃には、そっちのホテルに着いていると思うから。またあとでね〕
電話が切れる。シャワー浴びないと。携帯電話を置いて、バックからお泊りセットのポーチを取り出してバスルームに向かうところで、気が付く。
……あれ? 私がデート代について言う前に、逸らされたのでは……?
元々、初デート代は全額数斗さんが持つと言う約束の言質はとられている……。
ガクリ、と頭を垂らしてから、シャワーを浴びた。
テキパキと汚れを洗い流して、バスローブを着て、脱衣所でスキンケアをして、ヘアーオイルを塗りたくってドライヤーをブォオンっとかけているところで、時間はどれくらい経ったか。確認すべきだと、ハッとする。
慌てて、テーブルの上に置いた携帯電話で、時間を確認。39分だ。ギリギリセーフ。
なんかツブヤキやメッセージの通知があるけれど、先ずは数斗さんのメッセージを確認。
1分前に、もう数斗さんがフロントに着いていると知らせが。
ギリギリアウトだったっ。
終わったことを素早く文字を打ち込んで送信。
今、部屋に向かうって、返事が来る。
……んん? 利用者以外が入ってもいいのですか?
尋ねれば、元々部屋は二人利用として取っていたから、問題ないとのこと。
ちょっと待ってー。この部屋、私だけじゃない! 二人分の値段が取られる!
【こうやって部屋を尋ねるために必要だったんだ。大丈夫、買った物を渡すだけで、俺は部屋の前で待つよ】
すぐ来るんだろうなーって、オイルでスイートオレンジが香る髪から水分を取るために、ポンポンと肩にかけたタオルで拭う。
……しまったー! また私はすっぴんじゃないかッ!
この前は、テレビ電話越しだったけども! この場合、直接じゃんッ……!
うぐぐっ! バタバタしているし、色々知られるし……こんな初デートで大変なの???
……いや、私の状況が特殊なだけだよね……。
(2023/10/06)