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42 真夜中のうたた寝中の会議。(新一視点)


新一視点。




 親友の数斗のお試し恋人となった七羽ことナナハネの交友関係を見直すためにも、カラオケでオールナイトをすることになった。

 結果的には、悪縁を断ち切ってもらえたが、やっぱりナナハネの我慢する癖は深刻だと思う。

 自分だけ我慢すればいい。大抵のことはそうして、やり過ごす。

 過去のつらい経験から始まって、染みついた悪い癖だろう。


 ナナハネが悪友にしっかり親切に悪すぎる癖を直せって、そう言ったみたいに、ナナハネだって悪い癖を直した方がいい。

 他人に言われて、その通りに直そうとするなら、いいことだ。

 でも、自分一人では難しいことだってある。


 ナナハネは、特に。

 甘えていいと、頼っていいと言っても、遠慮するのは無理もない。

 ナナハネの許容範囲内で、おれ達の方が踏み入って、助言しては背中を押す。


 一先ず、一番身近な交友関係は、整理が出来た。


 次は、激務っぽいのに安月給の仕事だな。本人もブラック気味とは言ってるしな。悪い職場だろ。

 辞めさせて、イラストを描いて生活出来るような、仕事に進められるように道案内してやろう。

 まぁ……先ずは、ナナハネが絵を描いて仕事をするかどうか。


 それに、ナナハネには家計を母親と稼がないといけないっていう役目がある。

 ……難しいな。

 金銭的援助を受け取ってくれれば、こっちは楽なんだが……どう足掻いても、ナナハネが承諾するわけがない。

 流石に、そこまでは踏み入れないよな。



 日付が変わって、数時間後。

 真樹もナナハネも、眠気に負けて、うたた寝。

 ナナハネは数斗の肩に頭を預けて、すぅすぅと寝息を立ててる。


「もう起こした方がいいんじゃないか? 部屋取ってんなら、そっちに行って休ませればいい」


 そんな肩に凭れてうたた寝じゃなくて、ちゃんとしたベッドで寝ればいい。


「ふえ? でも……まだ朝まで、時間があるっしょ」


 うたた寝から目を覚ました真樹が、頭をフラフラさせては、会話に入った。

 数斗が、微苦笑を浮かべる。


「オールナイトはしたことないって言ってたから、案の定だけど……まぁ、一応、数時間ぐらい、ここにいよう? オール完遂した気にさせてあげよ」

「いや、もう寝てる時点でオールは終了じゃん」

「しょーがないっしょ~。泣いたあとは、目がしょぼしょぼして重いし、仕事終わりだしぃ、むにゃ」


 オールナイトは、もう終了だろ。

 口をもごもご動かす真樹も泣きまくったせいで、うたた寝してたってことか。まぁ、いつものコイツなら、スローペースでお酒を飲んでるし、起きていただろうな。


「しょうがないな……異性の前で無防備に寝るのは今回限りだぞ。数斗。今月のナナハネのシフト、知ってんだろ? 教えろよ。月給調べる」

「ええぇ? 結局、調べちゃうの? 七羽ちゃんが真っ赤になって罰ゲームを乗り切った意味が……」

「普通に考えれば、簡単に調べられるってわかるだろ。おれは、明かすか歌うかの選択肢を言っただけだ」

「あくどいな!? おっと」


 真樹は大声でツッコミをした自分の口を慌てて押さえた。ナナハネを見ても、起きそうな気配はない。


「てか、七羽ちゃんの時給はわかってるの?」

「あそこの求人広告をググれば、最低時給額は出る」

「……隠し事が出来ない時代ですなぁ」


 一人掛けのソファーの肘掛けに頬杖をつく真樹は、瞼を重たそうに瞬きする。


 数斗から聞き出したナナハネの今月の勤務時間を合計して、時給を掛け算して見れば……。

 低すぎて、口元が引きつる。

 数斗と真樹に数字が出た画面を見せれば、沈黙。


「いや、でも、ほら、さ……フリーターだからしょうがないっていうかさ…………苦労してるのに、生活のやりくりしつつも、毎月お小遣いあげるって、いいお姉ちゃんすぎないっ? また泣きそう……いや二日連続で泣きそう」


 涙声になる真樹は「おれのにーちゃんは、お年玉しかくれなった」とぼやく。


「数斗はもう養えよ」

「そうしたい」

「いや、フツーにだめっしょ。まだ仮にも、お試し期間の交際中。明日、じゃなくて今日のデート代だってしぶしぶじゃん。このカラオケルーム代だって、気にしてたよ。おれわかるよ。バイトしてたもん。今なら、あのバイト代が少なすぎってわかるもん。でも、バイトだもん。しょうがない給料なんだよ」


 真樹が言う通り。数斗が養えば、社畜化状態の安月給を受け取っているナナハネを楽させてやれるけれど。

 肝心のナナハネが、そんな甘え方をするわけないんだよな。例え、正式に恋人関係になっても、だ。


「もう結婚しろよ」

「する」

「みんな深夜テンション???」


 おれは正常だ。なんなら、数斗も。

 ……結婚しても、ナナハネが専業主婦をやるって想像つかないな。

 転職先の第一有力候補のイラストレーターも、ナナハネの趣味の延長で仕事にしてみろって背中を押すし。続けるかも。


「数斗も明日は、じゃなくて、今日か。今日のデート、敷居高いのやめてあげなよぉ。七羽ちゃんの生活水準からかけ離れたら、また逃げ腰になられちゃうって。この差はヤバい。劣等感、半端ない、絶対」

「そうか? 差があるのはわかり切ってるし、ナナハネだって、感心したリアクションしかしてなかったろ。逆に安心して身を委ねればいいのにな」

「確かにね……俺の方が稼いでるし、そうしたいんだって言っても、いつまでも割り切って許してくれないよね」


 ナナハネが高給稼ぎに目の色変えてくれればいいのに。ほんの僅かでも。

 そうならない子ってわかるから、それで困るとは……。


 数斗は肩に凭れて寝ているナナハネの頭を、反対側の手で、優しい手付きで撫でた。

 だから、数斗は一目惚れして溺愛してるし、おれと真樹も可愛がりたくてしょうがないんだろうけど。


「てか、デートってどんな? 高級レストランとか? 初デートだからって、力みすぎちゃだめだよ?」

「予約しなきゃいけない高級レストランなんて、いきなり連れて行かないよ。七羽ちゃんの好みに合わせて着てほしいワンピを買って渡して、ショッピングモールで買い物しながら、喫茶店でパフェとか食べて、七羽ちゃんのリクエストに応えて夕食済ませたら、家まで送るだけ」

「ヒュ〜、いいじゃん」

「買い物で買い過ぎんなよ?」

「それな〜」


 初デートには、かなり健全でよさそうだ。すんなり出るあたり、元々そのデートプランは考えていたんだろう。


 多分、買い物って点の加減に気を付けないといけないはずだ。

 指摘して、三人で小さく笑い合う。

 まぁ、一応、小声で話してるけどな。


「あ。ワンピ、買うなら、ちゃんと靴が合うか、考えないと。お洒落頑張る七羽ちゃんなら、モヤッて気にそうじゃん? 七羽ちゃん、足は出さないし、タイツかストッキングも必要じゃん? そこんとこは、聞いとかないと……。あと下着。コンビニでどんなの買ったかはわからないけど、確かブラはなしだったはず……。七羽ちゃん、()()()()()()()()()から、ちゃんと支えるブラにしないと」

「ちょっと待って、真樹? なんで知ってるの? ()()()って」


 眠気のせいか、ぼんやり気味な真樹が、異性への気配りの経験を基に、つらつらと話す中、聞き流せない発言が出て、数斗が問い詰める。

 今は動けないけど、多分、肩を掴んで振り回す程度には焦っているはず。

 おれもびっくりだ。大きさはともかく、なんで真樹は知ってんだ。


「へあ? ああ……あの、アホな先輩が、プール行った時に谷間、見たって。あー、大丈夫大丈夫! 七羽ちゃん、恥ずかしがってパーカー着込んだってさ。でも濡れちゃえば、膨らみとか、わかるもんなぁ……」


 ぽけっとしている真樹は、数斗の焦りをあまり理解していないようで、手を振っては軽く言い退ける。


 ……予測するに、セフレだとか穢らわしい関係だと思い込んで、ナナハネの体型の話を真樹に振ったのだろう。

 あの野郎……マジ殴りてぇ。

 数斗も右手の拳を握り締めて、震わせている。


 そのせいか、ナナハネが小さく呻いて、グリッと数斗の肩に頭を擦り付けているように見えた。


「寝苦しそうじゃん。膝枕してやれよ」と、今は会議中だから、まだ寝かせておくために言ってやれば。


 数斗は目を見開いては、すぐに慎重にナナハネの頭を自分の膝の上に移動する。


 めちゃくちゃ膝枕してやることに、喜んでるじゃないか。笑わないように堪えた。


 でも愛おしそうにナナハネの頭を軽く撫でつける数斗の眼差しを見れば、微笑ましいから口元が緩む。


 しかし、すぐに数斗の顔は強張る。

 ナナハネの腕が、数斗の太ももに絡んだからだ。

 びく、と震えた数斗は、なんとか動かそうとしたが、逆にムギュッと抱き締められたのが見えた。


「うっ。ちょ、七羽ちゃん? 七羽ちゃんー?」


 理性の危機を感じた数斗が、起こそうと肩を叩いたのだが、それが悲劇を招く。


「んー、んんっ」

「ンンッ!?」


 びくんっと、さっきより震えた数斗の内股の奥に滑り込むナナハネの手。さらには、そのそばでグリッと頭を擦り付けるように動かすナナハネ。


「ぐっ! へ、ヘルプッ!」

「おいおいっ」

「ふあ!? んー!?」


 顔を真っ赤にした数斗が助けを求めたから、慌ててナナハネの手を掴んでそれ以上奥に行かないように止めて、そして引き剥がす。


 またうたた寝していた真樹も、飛び起きては、ナナハネの頭を持ってやって、数斗が脱出する手助けをした。


 抜け出した数斗は、サッと代わりにクッションを置く。その上に、眉間にグッとシワを寄せたナナハネを下ろせば、クッションを抱き締めながら、深めに息をついて寝続けた。


「とんだ小悪魔だな……これで天然だから、タチ悪い」

「いつも抱き枕して寝てたからだと思う……はぁ~」

「……大丈夫か?」

「う、うん……うん……」


 抱き枕を習慣にしていたせいの無意識の行動か。


 かなり刺激されたであろう数斗は、大丈夫という問いに、全然鵜呑みに出来ない暗い返事をしては、ソファーにぐったりと蹲っている。

 ナナハネの胸が大きいって話のあとだし……身体が反応しても仕方ない。


「幸い、まだ寝てるし、行ってこいよ。バスルーム」


 こんなに騒いだのに、起きないナナハネだが、不幸中の幸いだ。今のうちに、済ませてしまえばいい。


「いや、それは……ちょっと」

「デートもあるし、その前に朝になったら仕事っしょ? 出しちゃった方がいいって。楽になってこい」

「…………七羽ちゃんを頼んだ」

「ん」「オッケー」


 しぶりを見せたけれど、脱いだジャケットをナナハネにかけてやると、数斗は刺激された欲を出しに、バスルームへ向かった。


「……オカズはなんでしょう」

「その話、マジでする気か?」

「いや、マジで天使をオカズにするのかなーって、純粋な疑問」

「どこが純粋だ。流石に、そこまで神聖化するわけないだろ。好きなんだし、あそこまで反応したんだし。考えるな」


 真樹のバカげた話題は、そこで強制終了。


「……片親家庭で苦労する人って、いっぱいいるってわかっちゃいるけどさぁ……たくさん傷付いても、母親と一緒に家計支えて、弟達も可愛がって…………もっと楽に生きてほしいなぁ」


 またぽけーっとしている真樹が、ナナハネを眺めながら、本心を吐露する。


「幸せにしてやりたいよなぁ……お兄ちゃんみたいに可愛がるのも、限界あるけど、出来ることをやり尽くしてあげたい……」

「……おんなじ気持ちだ」


 深く傷付けられたなら、荒んでいてもおかしくはないのに、立ち直って前向きに生きている。ひん曲がることなく、周りの感情に気を張って、空気を壊さずに天真爛漫に笑う。


 いい子すぎて損している。


 いいじゃん。もっとワガママになっても。

 いいじゃん。もっと楽して生きても。

 いいじゃん。我慢しまくった分以上に甘えてもさ。


「どうすりゃいいの……?」

「……甘えるの、しやすいようにしてやればいんじゃないの? 少しずつ、さ」

「ん……そうか……少しずつ…………てか、七羽ちゃんの誕プレ候補決まったん?」

「ああ、さっき、好きなゲームのキャラのモチーフのブランドのグッズにすることにした。欲しいの、把握した」

「流石。迅速すぎ。おれはどーしよーかなー……」


 頬杖をつく真樹。

 おれはバックからタブレットを取り出して、前にも調べたイラストを販売出来るサイトを開く。


「七羽ちゃん……もっといい、仕事を…………」

「そうだな。生活費を稼ぎつつ、絵が描けるようなヤツ」

「………………」

「……真樹?」


 やけに声が小さいとは思ったけど、真樹は寝落ちたらしい。

 反応がないな。話の途中で寝るかよ……。


 おれは、寝落ち二人の子守りかよ。

 ……もっと負担が少ない先に転職をさせたいけど、そればっかりは、ナナハネ本人に選ばせるべきだよな。リストアップだけでも、しとくか。


 ナナハネの近所の求人広告をググる。


 そこで、ナナハネがもぞっと動いて、起き上がった。

 真っ先に、数斗の名前が出るんだな。

 そんな好きな奴が、大変苦しんでんだから、ちょっと思い知らせて教えてやる。

 ナナハネはすぐに真っ赤な顔を両手で覆った。耳まで真っ赤だ。数斗の代わりに、意趣返ししすぎたか。


 そんなナナハネから、会話を求めてきたから、仕事についての話題をすることにした。



 

(2023/10/03)

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