40 悪縁は断ち切って削除。
【お試しの居場所・後編】
指先を握り合う手の繋ぎ方。
その指先から、温もりが広がっていく。
いつもの優しい声は、また私への想いを心の中に響かせる。
とろりとしてしまいそうな熱を込めた眼差しを注ぎながら。
ドクドクと、焦らせない胸の高鳴りが、落ち着く。
新一さん達が、戻って来た。
思わず、数斗さんに持たれていた手を引っ込める。
「お邪魔だったか?」
「大丈夫だよ」
ニヤリとする新一さんが差し出すオレンジソーダを、数斗さんは笑って受け取ると、プシュッと蓋を開けてくれた。
そして、私に差し出してくれたので、受け取って一口飲んだ。
「ぷはっ! 泣いたら水分補給が必要だよね~。はい、カスタードシュークリーム」
真樹さんも、オレンジソーダを豪快に飲むと、カスタードシュークリームを渡してくれた。
人数分あったようで、駐車場の車の中で一緒に食べることになる。
「落ち着いたか?」と新一さんが尋ねてくれたので、こくり、と大きく頷く。
「すみませんでした」
「また謝った。ペナルティー」
「うっ! 申し訳ないって思ったことを謝っただけなのに」
「そういうの、いいんだって。おれ、七羽ちゃんに謝られるの、なんか、悲しくなってきた……」
「謝罪を感謝に変換しないと、真樹が傷付いて、また号泣するってよ」
「なんでお兄ちゃん二人が罪悪感を湧かせるんです?」
謝罪を感謝。悪びれるよりありがたく思う。なかなか難しい。
感謝もしているけれど、本当に謝るべきだと思っているから。先に謝罪を口にしてしまう。
真樹さんがシクシクとしおらしい声を出しては、わざとらしく胸を押さえる。
それに便乗して真樹さんの頭をポンポンと撫でる新一さん。
「お兄ちゃんだって。キャッ!」と、お茶目に照れる真樹さん。
「お前はあやされてたけどな。子どもみたいに」と、新一さんが意地悪を言うので、ガクリと真樹さんは頭を垂らして拗ねた。
「七羽ちゃん。クリーム、口元についてる」
『直接舐めて取りたいな……』
「あ、はい」
『うわ。自分の指を舐めた……舌、やっぱり小さな……。キスしたいな。いつ、キスの許可もらおうかな。今ならカスタード味のキスに』
「数斗さん。あの、ホテルの部屋って……おいくらでしょうか?」
数斗さんが私の口元を凝視しつつも、想像を膨らませていくので、慌てて遮る。
『『ホテルの部屋!?』』と、新一さんと真樹さんがギョッとした。
「あー。俺に持たせて? デートだから。全部俺のリードで」
『七羽ちゃんなら割り勘だって言い出すだろうけれど、七羽ちゃんのお財布事情を考えると、キツイだろうし。今回は俺に合わせてもらって、デート代は全額が持とう。……というか、今後は全部俺が支払いたいな』
何考えているんです? やめてくださいよ。
今回だけですけれど、今後全額はおやめください。
「デート? デートするの?」
『ホテルで?』
「あ、はい。休んでから、明日午後にデートを、と。それまでの休憩のための部屋を、数斗さんが取ってくれるとのことです」
『ホッ……なんだ、よかった。プラトニックのお試し期間の恋人関係が、初めて会った日に終わるのかと……。七羽ちゃんの処女云々で、モテてるからって、数斗が焦って言いくるめたのかと思った~。それじゃあ、あの悪友と同じだもんね』
真樹さんに答えると、密かに胸を撫で下ろされた。
「もちろん、一人部屋なんだろうな?」
「疑わないでよ、新一。ちゃんと七羽ちゃん一人、休む部屋を取るよ。予約するね」
『一番いい部屋を取りたいけれど、七羽ちゃんが値段を気にしないように普通のにしよう……』
新一さんに軽く笑って返した数斗さんは、また目的地のホテルに電話をかける隣で、私も密かに胸を撫で下ろす。
普通のお値段の部屋でよかった……。
その調子で、明日のデート代の金額もなるべく抑えてほしいです。
「ん? 七羽ちゃんがホテルでお泊りするなら、着替えとか必要じゃない?」
『下着ならコンビニで済むけど…………初デートだよな? 七羽ちゃん、今の服のままでいいわけないよな? でも、もう店閉まってるよなぁ』
真樹さんが、目の前のコンビニを指差した。
そうだった! 着替えないじゃん! ホテルに泊まらず、一回帰りたいな!?
「俺が用意してもいい? 七羽ちゃんはお昼まで寝て、俺が明日の着替えを届けるから」
『白のワンピース好きって言ってたし、着てほしいな。あの店なら、よさそうなのありそう。問題は下着だな……七羽ちゃんの下着を選ぶ……サイズ、聞かないと……』
「では、その、下着は、今買っておきます。ちょっと待っててください」
『うっ……七羽ちゃんのスリーサイズが』
服は、致しかなたいので、数斗さんが買ってきてくれるそのワンピースを着よう。
でも下着まで買われては困る。恥ずかしい。サイズも知ろうとしないでほしい、ちゃっかりめ。
あと、下着にスリーサイズは必要ないでしょ。
下着を買うので、流石に数斗さんもついてこなかった。
一人で車から下りて、コンビニに入る。
下着。お泊り用の化粧品セットを念のためバックに、詰めておいてよかった……。ヘアーオイルもあるしね。うん、他は大丈夫そう。
レジに並ぶと、私が設けたグループルームに。
新しいメッセージが送られたと、通知音が鳴る。
【侮辱についての謝罪は必要としないけれど、言わせてもらいます。七羽ちゃんは気遣い屋の頑張り屋で前向きに生きている、いい子です。そんな七羽ちゃんを大切に想えないのなら、二度と会わないでいただきたい。いや、もう悪縁は断ち切ったので、連絡をしないでください。七羽ちゃんは、俺の大事な恋人です。
P.S.葵ちゃんへ、七羽ちゃんの大好き友だちでいてくれてありがとう。また会えたら、その際は連絡先を交換して七羽ちゃんのお友だちとして仲良くほしいな】
数斗さんのメッセージだ。
先程のカラオケ店内のトラブルについて。物申す。
数斗さん達への侮辱。それについての謝罪を拒否。
そして、私のための言葉が並ぶ。
【最低な侮辱が出た口からの謝罪も汚らわしいですからね。不要。出会ったばかりのおれ達の方が、あの子を大切に出来る自信しかありません。過ごした時間の多さなんて関係ないですね。あのいい子さ、おれ達の方が理解しているみたいです。ナナハネへの間違った認識は酷すぎますね。眼科と精神科に行った方がいいと思います。医者に頼らないと悪い性格を全部直せませんでしょうからね】
新一さんも、続いて送りつけた。
敬語ながらも、辛辣なメッセージである。
ひくり、と口元が引きつってしまう。
【P.S.とんでもなく余計なお世話だって重々承知しているけれど、柚木さんにはもっといい男がいるはず】
めちゃくちゃ余計なお世話だって! 新一さん!
ああぁ~、もう全員分の既読数がついている!
先輩が青い顔して、葵に縋りついている姿が浮かんだ……!
【七羽ちゃんはお兄ちゃんなダチのおれ達が責任持って、全力で甘やかして大切にするんで! この天使のよさがわからない人はどうぞご心配なく!】
真樹さんまでもメッセージを。決意を固めたような拳の絵文字と、お怒り顔と中指を立てた手の絵文字を入れてのメッセージ。
【P.S.葵ちゃんへ! おれも余計なお世話で言っちゃうけど! アホで酷いと思うんで、考え直した方がいいと思うよ! 新しい人と出会いたかったら、七羽ちゃんに伝えてね! おれがいい男友だちを紹介すんで!】
まさかとは予想したけれど、真樹さんまで、追伸で葵に現在の交際を考え直すことをメッセージで伝えてしまった……。
これで連絡来ちゃったら……まぁ、いいんだけど。葵が決めることだから。
【わかりました(笑)考え直しておきますんで。あとアホのことは、ちゃんとシメておきます。ナナをお願いしますね】
葵も大笑いしている絵文字を入れて、親指を立てた絵文字をつけたメッセージで応答。
肩を落としながら、レジで会計をしてもらう。
……私のことを思いやってのメッセージだ。
私は、スクショして保存しておく。
車に戻って乗り込んで、すぐに言う。
「今頃、泣き縋られて、葵も大変ですよ」
「「可哀想に」」
もちろん、その同情は、あんなアホに泣き縋れてしまう葵へのものだ。
「言いたいことも言ったし、このグループルームから退室していいか?」
「あ、はい。どうぞどうぞ。いる必要ないですね」
「ん」
「おれも抜けるねー」
「というか、もう全員見たみたいだし、グループルーム自体を消してもいいんじゃないかな? これ以上はやり取りの必要はないでしょ?」
『悪友が変に釈明しても不快なだけだし、七羽ちゃんの温情をもらおうだなんて許せない。七羽ちゃんも全部ブロックしてくれないかな』
新一さんと真樹さんがグループルームを躊躇なく抜けたあと、数斗さんが消すように提案してきた。
それもそうだ。もうこれ以上のやり取りは、必要ない。あってもしょうがないだろう。
「あのね、七羽ちゃん。おれ、実は……七羽ちゃんの交友関係を見定めようと思って、今日のカラオケ、提案したんだ」
「え?」
私の座席に手をついて身を乗り出した真樹さんが、顔を合わせて打ち明けてきた。
「ごめんね! 想像以上に悪い友だちなら、縁を切らせようとも目論んでました!」
パンッと両手を合わせて、謝罪。
そうだとは思ったけれども……数斗さんの案ではなく、真樹さんが言い出したことだったの?
「正直ですね……」
「うん? うん。まぁ、変に隠すつもりはなかったよ。終わった後に、白状はした! ……出来れば、なるべく最小限の騒ぎで、穏便に悪縁を断ち切ってほしかったけれど……おれのせいでごめんよ……マジで」
『結果がよければ全てよし、とは言えないよ……』
「真樹さんが謝ることですか? 私のためを思ってでしょう? あれですよ……遊園地の時と同じです。これ以上の被害がないようにしただけ。遊園地の時と、私と真樹さんの立場が替わった感じですよね。お互い、よくない友だちを紹介しては、縁を切りました。おしまい」
「うーん……そうだねぇ。お互い様ってやつ……」
『……そうか。そうかぁ……。遊園地の時も、七羽ちゃんはこんな葛藤したのかな。友だちが悪く思っていることを知って、でもそれをありのまま言えば傷付くってわかったから、言えなくて、どうしたらいいかって迷って……うぐぐっ…………歌おう!』
「うっし! 歌いに行くか!!」
悪縁を断ち切らせた後に、白状はするつもりだったのか……。
私のためと思って。
勝手に交友関係を見直すなんて、あまりにも踏み入りすぎているとは思うけれど、実際悪かったのだから、結果よければ全てよし状態だ。
泣きまくったけれど、歌って気を晴らしたい。
真樹さんがそう急かすから、私も笑って頷く。
数斗さんも、車を走らせてくれた。
グループルームは、削除。
40分ほどかかった目的地のホテルに到着。
数斗さんが働いているというホテルのホームページで写真を見たことあるけれど、ビジネスマンから旅行客まで、幅広く利用しそうな高級感あるホテルだ。
これで小規模な方だと言うんだから、すごいよね……。
「あれ? 私……カラオケルームの値段を聞いてません」
「あ、ヤベ、さっき言い忘れてた。おれ達が、七羽ちゃんの交友関係を勝手に見直してやろうって目論んだお詫びに、おれ達が割り勘することになったよ」
「みんなで、私にお金を使わせない気ですか???」
「いや、さっき葵ちゃんにお金払ってたでしょ」
金銭的に甘やかすのは違うと思うんです。
そう訴えようとしたけれど、私の手を引く数斗さんが微苦笑で軽く笑う。
フロントで予約客だと伝えると、対応が始まった。
先ずは関係を尋ねられたので、私と数斗さんが恋人で、真樹さんと新一さんは友だちだと答える。
利用目的は、歌い明かすため、と伝えた。
それから、私は女性従業員と個別で話すことになる。ちょっと離れて、バイヤーの陰に隠れる形。
女性従業員に問診をされつつ、ブザーを手首に取り付けられて持たされた。
これを引っこ抜けば、ブザーが鳴り響くと同時に、フロントに緊急連絡が入る仕組みだという。絶対に、手放さないでほしいと注意された。
取り付けている間も、彼女は私の手が震えていないことをさりげなく確認する。正常かどうか、触れて確認したのだ。
徹底していることに感心してしまう。本当に考えられているなぁ、と。ちょっと面白い。
真剣に犯罪の匂いがないか、気を張っている女性従業員に「本当は私の女友だち二人を紹介して、カラオケ店で歌い明かすつもりだったんですけど、一人の女友だちが私を酷く悪く思っていたことが発覚したので、絶交してきたんです。カレシとお兄ちゃんみたいに可愛がってくれる友だち二人と、朝まで熱唱して鬱憤晴らしをしてやります」と事情を明かしながら、愚痴を零す。
女性従業員は、苦笑をして「当店で楽しんでいただけると幸いです」と本心で言ってくれた。
それから、不定期に部屋を尋ねるから、問題はないという秘密の合図をその都度示してほしいと教えられる。
大丈夫と答えながら、深く三回頷く。それが合図。
「よく考えられていますねぇ。これで、このメンバーで快く楽しめます。ありがとうございます」
『あらやだ……可愛い。心の込めたお礼を、もう言ってくれるなんて……お兄ちゃんみたいに可愛がってくるって、わかるわ~』
……なんか、納得された。
ただただ、お礼を笑顔で言っただけなのに。
「お姉さん。私、友だち一人失くしたばかりなので、よかったら私のお友だちになってくれませんか?」
「わたしでいいのですか……? 嬉しいです。まだ勤務中なので、私的なことは出来ません。なので、朝になっても気が変わらず、覚えてくださっていたら、連絡先を交換してください」
『やだ、こんな可愛いナンパある? 社交辞令だと思うけど、朝まで覚えてほしいぃ』
部屋まで案内してくれた女性従業員に、ニコニコと言ってみれば、社交辞令じゃない返事をもらえた。
『七羽ちゃんがナンパしてる!!』『何この人タラシ。天然なんだからタチ悪いよな』
『……俺がいるのに、ナンパ……。他人を虜にする天然タラシ』
……これ、客観的に見てもナンパなの???
天然タラシって本気で思ってます?
数斗さん、妬かないで。相手女性。しかもお友だち。落ち込まないで。
案内されたカラオケルームは、当然ベッドが置かれていた。
壁際に半円形に近い大きなベッドが、下に赤いシーツと上に白いシーツが敷かれていて、お洒落に飾り付けれているみたいだ。
そのベッドにダイブしたいけれど、きっとそれをしたら、新一さんに危機感を持て、と雷を落とされるのだろう。
反対側には、見た目だけでも座り心地のよさそうなボリューミーなブラウンのソファーがくの字で置かれていて、間には脚の短い広いテーブル。
奥には、大きなモニターが壁にあって、大きなスピーカーが左右に設置されている。カラオケ設備、完璧だ。
しかも、なんかステージみたいな段差まであるわ~。そこに立って歌えって言われたら、嫌だな……はずい。
壁は明るいベージュで、一面だけマーブルみたいなデザイン。床は、白い絨毯。白い天井には、小さなシャンデリア。
ちなみに、バスルームとトイレもあり。興味本位で覗いてみたけれど、ジャグジーバス。
…………だめだ、高級感ありすぎて、怖くなってきたわ。
「数斗さん。さっきのタブレットを見てもいいですか?」
「ん? ああ、いいけど。何を見る…………やっぱり、だめ」
躊躇なくソファーに座る新一さんの横で、数斗さんが自分のバックからタブレットを取り出したけれど、何を見るか察して笑顔で断ってしまってしまう。
「わかるよ。七羽ちゃん。最初だけだ。怖いのは、最初だけ。この高級感を堪能してしまえば、怖じ気づかなくなる!」
「ええぇ……」
「楽しもう! 歌うぞー! トップバッターおれ!!」
真樹さんが、ポンポンと肩を叩く。悟りを開いたみたいな顔。
そして、テンション高い様子で、デンモクを手に曲を選び始めた。
「気に入らなかった?」
「めちゃくちゃワクワクしてます」
「ふふ、よかった。楽しもう。あ、ドリンク、来た」
数斗さんに両肩に手を置かれて、ソファーに座らされる。
運ばれたドリンクやお酒を見て、それから始まった曲を歌い始める真樹さんを見て。
ま、いいっか。
カシャリと、部屋を記念に撮っておく。
そう高級感のあるホテルのカラオケルームで、思う存分、寛いで楽しむことにした。
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(2023/10/01)