36 大切にしてくれる友だちを。(真樹視点)
真樹視点。
真っ直ぐに部屋に戻った。
「すみません。数斗さん、新一さん、帰りましょう」
「え? あ、うん」
「……ん」
数斗が歌っている最中だったけれど、声を上げて、七羽ちゃんは伝える。
すぐに終了ボタンを押して、数斗はマイクを置いた。隣にあった七羽ちゃんのバックを持って立ち上がる。
新一も、おれと七羽ちゃんをじっと見ながらも、おれの荷物も持って立ち上がってくれた。
「え? どした?」
「ごめん、アオ。帰るね、ホントごめん」
戸惑う葵ちゃんに、七羽ちゃんは、申し訳ないと両手を合わせて謝る。
アイツのカノジョでも、信用してるのか……。
「アホな先輩のこと、シメておいて」
そう笑顔で、言い退ける七羽ちゃん。
数斗も新一も、ギョッと目を見開く。
「え? うん、まぁ……わかった」
首を捻りつつも、葵ちゃんは自分の恋人をシメることを承諾。
え、シメるんだ……?
数斗から受け取ったバックから自分の財布を出すと、一万札を「今日のカラオケ代」と葵ちゃんに渡す。
ん!? 一万は出しすぎじゃない!? てか、出すなら、おれが!
「祥子。私言ったよね? 高校の時に遊んでた他校の男子、彼とは付き合ってないって」
「え? いきなり、何?」
直接対決!?
七羽ちゃんが、祥子ちゃんの前に立った!
「先輩から聞いたよ。私のこと、そう思ってたんだね。長い付き合いでいつも一緒にいた友だちに、男子と付き合ってること、嘘ついて隠してるって? どうして私が翔子達に、嘘ついて隠し事する人間だって思ったの?」
次の予約曲が流れようとしたけど、イントロで七羽ちゃんが終了ボタンを押して止めて、また祥子ちゃんを腕を組んで見下ろす。
祥子ちゃんも腕も足も組んだまま、七羽ちゃんを睨むように見上げている。
女同士の険悪ムードに、固唾を飲む。
新一から荷物を受け取って、数斗からも事情を聞きたそうな視線を受けるけど、この場で説明して邪魔出来る雰囲気じゃない。
七羽ちゃんに限ってないとは思うけど、取っ組み合いでも始めたら、仲裁が出来るように、そばにいないと。
「いや、別に……そんなんじゃないし」
そっぽ向いては、自分の髪を掻き上げて、はぐらかす。
「そうやってキレないでよ。せっかく遊んでたのに、雰囲気ぶち壊しちゃってさ。自分で集めておいて、こんな騒ぎ、やめなよ」
は!? 何、七羽ちゃんが悪いみたいに言ってんの!?
次の予約曲が再生されたから、また七羽ちゃんがボタンを押して切った。
「元凶作ったのは、祥子だから。私が異性と珍しく仲良くしてるだけで、全員セフレだと思うんだ? おかげでアホな先輩が思い込んで、会ったばっかの真樹さんに向かって侮辱してくれたんだけど? 下種な勘繰りはしないでって言ったのに、セフレだとか話してさ。ああ、そっか。いい友だちだってことも、嘘だと思ってるんだ? 天真爛漫ぶった猫被り女だから、なんも信用出来ない?」
セフレって言葉が七羽ちゃんの口から出たから、おれはつい、数斗と新一の反応を盗み見る。
二人して、目をひん剥きそうなくらい驚いた顔をしていた。
それから直接侮辱されたって聞いて、おれに目を向ける。
なんとも言えないって表情を作るしか、出来ない。
「そう思うのも無理ないじゃん! いきなり男子連れてさ、ニッコニコしちゃってさ! クラスじゃ、男子とそんな風に話さなかったのに、付き合ってないとか信じられないし! こんなハイスペックのイケメンを三人も連れて来るとか、偶然出会って友だちとして仲良くなったとか! 無理あるでしょ!」
げ! 責任転嫁で逆ギレ気味!?
信じられないから、嘘だと思って当然ってこと!?
「なんで私がそんな嘘貫かないといけないの? 何を思い込んでるか知らないけど、最低だね。陰で友だちをヤリマン呼ばわり? よくわかったよ。互いにサイテーな友だちだったってわかったね。絶交しようじゃん」
七羽ちゃんは逆に声を上げられても、言い返す。
ヤリマン、だなんて言葉まで七羽ちゃんの口から出たから、驚愕。
い、いや、でも、天使だと思ってる子でも、嫌な言葉は口にしちゃうよね、う、うん。
そして、きっぱりと絶交宣言。
かと思えば、祥子ちゃんの後ろの壁に手をついて、屈んで顔を近付けた。
何かを話してるけど、また曲が流れ始めるから、サッと葵ちゃんが止めてくれる。それでも、七羽ちゃんが何を話しているかは、開けっ放しのドアのそばに立つおれ達には聞き取れない。
祥子ちゃんが歪ませた顔を真っ赤にして、手を振り上げたから、焦ったけど、手が上がることを予想でもしていたのか、七羽ちゃんは身を引いてあっさり避けた。平手打ちは、空振りだ。
心配した数斗が、七羽ちゃんの肩を掴んで、怒り心頭な様子の祥子ちゃんから引き離そうとする。
「思い込みで人を判断して言いふらすの、やめた方がいいよ。思い込み激しすぎ。毒舌を開き直りすぎ。イケメンが友だちってだけで、やっかみを爆発させて、八つ当たりをぶつけるのも、全部直した方がいいよ。欠点だらけで、性格悪すぎ」
それでも七羽ちゃんは、辛辣に言い募った。
おれも七羽ちゃんを掴んで止めようと思ったけど、新一が手を上げて遮る。
絶交宣言したから、最後に言わせてやれってこと?
理解は出来るけど、逆上している子の手がまた上げられて、七羽ちゃんが怪我でもしたら……。
「一つ、嘘ついたこと、白状するよ」
七羽ちゃんは、そう言うと、自分の肩を掴む数斗の手を外すと、ギュッと握って見せた。
「数斗さんは、ただの友だちじゃなくて、私の恋人。私の好きな人だよ。正真正銘の初めての恋人の数斗さん」
そう打ち明ける七羽ちゃんは、葵ちゃんの方だけに、笑顔を見せる。
「初めての恋人だから、からかわれたり冷やかされるの、恥ずかしくて嘘ついたの。ごめんね」
葵ちゃんに申し訳なさそうに苦笑を向けると、すぐに祥子ちゃんに冷たい表情の顔を戻した。
「先週から付き合ったばかりで、清い交際してるの。だから――――私はまだ処女だ、バァアカッ!!」
度肝を抜かれる発言が放たれる。
七羽ちゃんは、べーっ! と舌を出して見せると、驚きのあまり棒立ちしてるおれと新一を軽く押して出るように促し、数斗の手を引いて部屋を出た。
アホな先輩がいつの間にか、廊下にいて「ナ、ナナっ、ごめん」と謝る。
「謝罪はもう結構です。二度とあだ名で呼ばないでください」
見向きもしないで、ただ中指を立てて見せて、冷たい言葉で突き放す。
おれも顔色悪いアホな先輩を一瞥するだけで、先頭を歩く。
……なんで、こうなっちゃったんだろう。
おれが提案しちゃったから? 七羽ちゃんの交友関係を、勝手に見直そうと企んで、集まってもらったせい?
でも、かえって、七羽ちゃんを酷い思い込みで嫌な認識をしていたってことがわかって、絶交してくれたのはよかったかもしれないけど……。
でも、もっと穏便に別れさせる方法とか、それがあったはず。
でも、あんな風に、おれに直接言うから……。
でも、胸ぐら掴むなんて、バカだよな。
でも、頭に血も昇る。全然、七羽ちゃんをわかってなかっただけじゃなく、酷く悪く思ってたんだ。
でも、高校時代の七羽ちゃんを、知らなかったおれには、何かを言う資格なんてないのかも……。
なんであんな奴らが、七羽ちゃんのそばにいたんだ。傷付ていた七羽ちゃんのそばで、上辺だけの遊び仲間でいたのかよ。
一緒に遊ぶのが楽しいかったから、高校時代からずっと付き合いが続いて、七羽ちゃんにとってはいい遊び仲間だったはず。
それなのに……こんな形で終わらせちゃうなんて……。
自分だけ悪く思われているって知っても、七羽ちゃんは逃げるって選択肢を取って、知らないフリをしただろう。
あの祥子ちゃんに、最近チャラくなったと悪口を言ったの聞いちゃったから、ドタキャンしてレストランに逃げ込んだ時みたいに。そう、おれ達と出会ったあの日みたいに。
避ければいい。七羽ちゃんなら、きっと連絡を絶つことで、そっと関係を静かに終えたかもしれない。
新一に相談すれば、上手い具合に数斗と一緒に、機転利かせて、なるべく七羽ちゃんが傷付かないように、解決させたかもしれない。
……なのに、七羽ちゃんに全部任せちゃった。
酷く後悔が、押し寄せる。
アホな先輩の胸ぐらを掴んでしまったことを謝るように言われたことに、ショックなんて受けちゃって、アホなのはおれじゃん。
喧嘩していた子どもを宥めて、互いに謝らせた。
年下なのに、七羽ちゃんは一番大人な対応だった。
年の離れた下の兄妹二人のお姉ちゃんの面だったのかな。
そして、怒った七羽ちゃん。
溜まりに溜まったものを吐き出すように、でも声を荒げるとかじゃなくて、突き刺す言葉を放っていた。
チクチクというより、グサグサッて感じ。容赦なく、間違いを否定して、切って捨てるみたいだった。
その溜まりに溜まった怒りの爆発は――――おれ達がきっかけだ。
侮辱されたおれ達に謝った七羽ちゃんは、またおれ達のために怒ってくれた。
遊園地で苦しそうに怒りを露に声を荒げた時とは、違うけれど。
でも、おれ達には申し訳ないと誠意を込めて謝るのは、同じ。
そして、おれ達のため。またおれ達のために。自分より、おれ達。
自分だけなら、我慢しちゃうような子。
不憫だ。なんで、傷だらけなの。
守りたいのに、天使みたいないい子は、自分のことを蔑ろにしちゃって、他人のために声を上げる。
どうやって、守ればいいんだ。
守りたいのに。
また下手踏んで。おれのせい。
おれのせいで、長年の友だちと酷い別れ方をさせちゃった。
「――――あの」
フロントの店員に、帰るって一声かけて、店を出ると、七羽ちゃんが口を開く。
「最後の捨てゼリフは……聞かなかったことにしてくださいっ」
振り返れば、七羽ちゃんは両手で顔を覆っていた。
耳まで真っ赤になっているのが、店の中から漏れる明かりで丸見え。
最後の捨てゼリフ。
……あっ! 処女だって言ったこと!?
「い、いや、あれはそのっ! ね!? 別に! ね!?」
テンパる。この場合、どうフォローすればいいのやら。
度肝を抜かれたけど、イメージ通りで、ホッとしちゃったとか、それを言うのはちょっと違うよなぁーって。
「そんな恥ずかしがるなら、大声で言わなければよかったじゃん」
「新一っ!」
そこ! 気遣い!
「交際経験がないなら、当然だろ。成人しても経験ないことを、恥じることないって」
「新一。いいから、触れるのはやめてあげよう」
数斗も、微苦笑で止めた。
「うう~。真樹さん~」
「えっ? な、何?」
泣きべそかいたみたいな声を出す七羽ちゃんがおれの名前を呼ぶから、ビクッとしながらも返事する。
「お互い、嫌な友だちを紹介しちゃいましたね」
なんて、眉を下げてへらりと笑いかける七羽ちゃん。
「まぁ、これでお互い様ってことで……。チャラってことにしたいですけど、真樹さんの方は償いでケイタイの弁償とか飲み代を出してくれたじゃないですか。真樹さんってどんなことで鬱憤を晴らしてるんですか? 先輩によっぽど酷いこと言われて、ストレス、酷いでしょ? 何をしてストレス発散します? 可能なことなら、お付き合いしますよ!」
シュンと肩を下げて、苦い顔をして見せるけれど、おれのストレス発散をしようと言わんばかりに明るく言ってきた。
……泣きたくなった。
なんで、こんないい子なの。
なんで、それなのに。
大切にされてないの。
ガクリと頭を垂らすと、ほぼ同時にその場にしゃがみ込む。
「もぉ〜……七羽ちゃん〜、君さ〜」
絞り出す声は、すっかり涙声で震えていた。
フードを被って隠すみたいに両腕で抱える。
「もっと自分を大事にしてよぉ」
「え、してますが」
「してない。全然、足んない。あと百倍、必要」
堪え切れずに、涙が落ちた。夜の暗さでバレないといいな。情けない。
なんで、他人のためなの。
過去のせいで、自分の存在が悪いだなんて思って、誕生日すら嫌いになって、独りぼっちで過ごしてた。
立ち直ったとは言うけど、事あるごとに自分にも非があるなんて思っちゃう悪い癖がついてて。
周りのために、我慢しちゃって。
周りの誰かのために、我慢やめて、感情を爆発させちゃって。
どうしてなんだよ。
たくさん苦しんで、たくさん傷付いてきたんだから。
もう過保護なくらい守られて、甘やかされて、いっぱい楽しく笑っていいくらいじゃん。
なのに、本人が自分を優先しないなら。
だめじゃん。
長所で欠点。どうすりゃいいのさ。
どうすれば、いいんだ。
「ま、真樹さん。自分は大事ですよ、ちゃんと大事にしてますって。だから、さっきだって、私が集めたって言うのに、真樹さん達の前でぶちまけさせてもらっちゃいました。私の問題に、巻き込んですみません……」
「いや、だから、さ。もうっ……七羽ちゃんが謝ることじゃないって。悪くないのに、謝らないでよっ」
ポロポロと涙が落ちる。グスン、と鼻が啜った音が大きかった。
七羽ちゃんは悪くないんだから、謝る必要ないのに。謝るべきじゃないし、謝ってほしくない。
――だ、大丈夫、ですか?
あの腹黒の裏アカを見せてもらったあと、七羽ちゃんはおれに声をかけた瞬間を、何故か思い出した。
しゃくり上げてしまうことを、必死に堪える。
一番の被害者だっていうのに、他人を心配。
新一が、”いい子は損する”って言葉も、浮かぶ。
裏アカでおれが利用されるってわかったから、朝からの我慢をやめて怒りを爆発させたけど、おれが傷付くことを恐れて隠してくれようとしたんだって、数斗から聞いたことも。
「大事にしてない、してないって。足りないってば。大切にされるべきなのにっ……」
はぁ。バカじゃん。泣くじゃくって。うわ言みたいに繰り返し。
「おれ達の方を、大切にしてんじゃんっ……」
「――――それが、だめなんですか?」
すぐに返された言葉に、余計苦しくなった。
しかも、ポンポンッと頭の上に手が置かれる。目の前の七羽ちゃんが屈んで頭を撫でてくれているんだ。
グッと胸が詰まるように痛くなって、ボロボロと余計に涙が落ちた。
「私のために、怒ってくださってありがとうございます」
怒った。怒ったけど。怒ったけども。
当然じゃん。七羽ちゃんが大切なんだから。
「私を信じもせず悪く言う悪友は切り離しましたんで、私を妹みたいに大切に守ってくれる友だちを大切にしますよ」
ギュウッと、自分の頭をきつく抱き締めた。
やっぱり、天使じゃん。
心が綺麗すぎる。でも傷だらけ。
それなのに、傷だらけでも、誰かに手を差し伸べる。
天真爛漫に、純真無垢に、癒してくれる天使。
「グスンッ…………お、おれっ……」
「はい?」
「……七羽ちゃんの、ストレス、発散法で……憂さ晴らし、したい」
みっともなく、声を震わせて、伝えた。
妹みたいにって。お兄ちゃんポジションでって。
そんな友だちなんだって、言っておいて。
おれが泣きじゃくって、七羽ちゃんが気遣って宥めるなんて、情けないよな。
「んー。今週は歌いたいって気持ち満々だったのに、全然足りないので……歌いたいです。場所変えて、歌い直しません?」
「……ぅんっ……グスッ……うんっ! そうしよっ!」
今日はみっともなく泣きまくって、ストレス発散に熱唱して歌いまくって。
次からは、ちゃんとする。
いくらあっても足りない。
妹みたいな友だちとして、可愛がって、愛でて、愛でて、愛でたい。
ちゃんと、お兄ちゃんみたいに、ノリよく楽しませてあげて、一緒に楽しんで、それから頼ってもらって、甘えてもらって、それからそれから。
全然足りないや。でも出来ることは、全てやってあげて。
大切にしてあげたいよ。
傷だらけの天使を、幸せにしたい。
――――そんな天使が、おれに幸せをくれるから、余計泣けるってなったのは、あとの話。
次回、数斗視点。
2023/09/23




