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31 いくらあっても足りないくらい。(真樹視点)

真樹視点。



 数斗が「そんなサイトがあるんだ? 名前教えて?」とテーブルの上に置かれたタブレットを手に取った。

 なんかやけに薄い本があるなー、と思いきや、カバーで閉じられたタブレットだったのか。


「数斗、タブレットなんか持ってたっけ?」

「あ、買ったばっか。七羽ちゃんの見てたら、俺も欲しくなって」

「七羽ちゃん尽くしだな!? 物欲爆発か!?」


 ケロッと言っては、平然とタブレットで検索する数斗。

 真横で、新一は肩を竦める。


「まさか、珍しくお菓子がいっぱいあるのは……」

「七羽ちゃんの好きなお菓子」

「それ全部食べれないでしょ! 七羽ちゃんは!」

「俺も試しに食べたくて……真樹も食べてくれるでしょ」

「おれは残り物を食べる係りなの!? これ食べたい」


 お菓子も七羽ちゃんのためだった……!


 プンスカしつつも、ポテチを一つ手に取った。

 このサワークリームオニオン味! 美味いな!?


「食べるんかーい」と、新一はいい加減なツッコミを入れては、同じく袋に手を入れて、一枚ポテチを食べた。


「ジュエリーは、何を買ったのさ?」と、バリバリとポテチを口に詰めながら、カウントテーブルの上のそれを指差す。


「ピアス。ネックレス。指輪。それと、小さなジュエリーボックス」

「「ゴフッ!」」


 数斗の簡潔の答えに、おれと新一は飲もうとしたバーボンで噎せた。


「ちょっ! ゲホッ! 指輪!? 早くない!?」

「指輪を欲しがったのかっ? ジュエリーボックスまで!?」

「前に、アメジストの指輪失くしてショック受けたらしくてさ。職場のロッカーの中でも置ける小さなジュエリーボックスで、外したアクセサリーを保管すれば失くさないかなって」

「いや、ちょっと質問の答えがずれてる! ずれてるから!」


 七羽ちゃんに指輪をあげるって、重くない!?

 それってつまりは、数斗が勝手にあげることにしたってことだよね!?


「俺さ……七羽ちゃんの今年の誕生日までに、21回分の誕プレをあげようと思ってるんだ」

「今までの分の誕プレを……?」

「落ち着けよ、本命童貞」


 いや、重いってば! 数斗の愛が! 重い!


 本命童貞ってなんだっけ……? 初めて本気で好きになっちゃった相手に、童貞っぽくぎこちなくなるやつのことだっけ?

 ぎこちないじゃなくて、加減が誤りすぎてるけど……。



「……七羽ちゃん。誕生日ケーキは不味いって断り続けたり、理由をつけて一人で出掛けてたんだって」



 数斗は、ぽつりと七羽ちゃんの情報を零す。


 理由をつけて……? 一人で出掛けた……?

 え、つまり……。



「独りぼっちで、どこで何を思ってたんだろうね……」



 ズキリと、胸が痛む。


 誕生日なのに、独りぼっち?

 友だちに、つらい過去も明かすことなく、抱えたまんま。

 独りで、何を思ってたんだろう。


 自分を責めてた? 自分が生まれた日で?


「なんか……何もかも諦めてしまったみたいに儚く笑ったからさ……怖くて。七羽ちゃんも、コロッと明るく笑っちゃって、多分これ以上は言わない雰囲気だった。……もっと早くに出会いたかったよ。今まで生きてきた分を祝うプレゼント、あげないと俺の気がすまなくてさ」


 数斗がつらそうに笑って見せるから、泣けてきた。

 息が、苦しいな……。


 おれには、そんなつらい過去なんてないから、想像しか出来ないけど。

 傷だらけの天使の痛みや苦しみを想像するだけで、大切にしたいおれ達も、つらいな。

 大切に想っている数斗だって、出来ることはしたいんだ。多分、全部やっても、足りないだろうから。


 愛が重いとか思ってごめん。

 必要だな。愛なんて、いくらあっても、足りないくらいだ。



「全部貢げよ、バカ野郎……」


 目元を押さえて顔を伏せた新一は、涙声。


「え、新一……泣いてる?」

「うっせぇ」


 新一が泣くなんて意外すぎて、尋ねたら、おれも声が震えてた。


 う、ううっ。泣けるよな。うん。無理、つらい。グスン、と鼻を啜る。

 そして、ぐびっとバーボンを飲み干した。


「おれ達にも、ちょっと七羽ちゃんが欲しい物教えてよ……出来るだけ貢ぐ。いや、ちゃんと楽しませようか!? カラオケ! カラオケ行くか! 絶対に休み取る! 来月は休みを全部合わせよう!?」

「あと甘やかす。なんでもかんでも頼らせんぞ。んで? 誕生日、二ヶ月後だったか? 計画立てた?」


 物だけを貢いでも、七羽ちゃんなら遠慮したがるし、お返しもしたがるだろうから。

 遊びまくって楽しませる!! あと新一が言うように、甘やかす!!

 おれ達は、お兄ちゃんポジションの友だち!!


 肝心の今年の誕生日は、どう祝う!?


「てか、今は祝ってもらいたいなら、家族とか、いつも遊んでるっていう友だちとじゃん?」

「いや、俺達が絶対祝うって言ったら、楽しみにしてるって言ったから、予定空けてくれると思う。七羽ちゃんの誕生日前後の一週間分くらい休み取って、祝おう」

「それはやりすぎじゃない?」


 びっくりと、目を見開く。


 数斗、加減を覚えて。

 一週間、お誕生日会って、マジなの……。忘れられない誕生日会になりそうだけども。


「いや、ナナハネの今の仕事状態だと、一週間も休み取れないだろ」

「むしろ、取らなそうじゃない? 人手が不足気味なら、自分が連休取ることで、他の人が負担になるからさ。せめて、三連休で、おれ達、それから七羽ちゃんの友だちも一緒に、パーッと祝うのはどう? あ、その友だちのことも、前もって知っておくべきだよねぇ……」

「ナナハネの交友関係、仕事……探ってから計画すべきか」


 むむぅー、と眉間にシワを寄せて、考え込む。


「カラオケ! 七羽ちゃんの友だちも誘ってもらったらどう!? ほら、友だちの二人がカレシ持ちだって言ってたじゃん! カラオケもよく行ったって! 合コンっぽくならなくて、ワイワイだけするのにいいんじゃない!?」


 名案、と指パッチンした。


「それって、片方は悪口言った子じゃなかった?」

「う、うーん……でも、おれ達の目で確認しておこうよ。あと、昔からの七羽ちゃんの様子とか聞きたくない?」

「聞きたい!」

「食いつき強いな」

「落ち着け、数斗」


 七羽ちゃんを前から知る友だちから、悪いけれど探りを入れようって提案。

 めちゃくちゃ数斗が食いついた。


「ほら、七羽ちゃんの学生時代の様子が気になるじゃん……。高校三年の夏の誕生日は、内心嫌々ながら、祝ってもらったって言ってた。その年までは七羽ちゃんは、立ち直れてなかったはず……。そういえば、居酒屋でおごってくれる先輩? あくまで友だちのカレシって認識で、友だち枠に入ってないって言ってたよ」

「マジか! いや待って!? ラブホで初めての酒を飲み明かさせた先輩!?」

「アイツ! 危機管理大丈夫か!?」

「いやいや、嫌いとかじゃなくて……無関心。ホント、好きな友だちのおまけとしてついて来ちゃう存在、って思ってるんだって」

「「ブフッ!!」」


 実は七羽ちゃんが警戒するヤバい先輩なのかと焦ったけど、数斗からの追加情報を聞いて、新一と一緒に、盛大に噴いた。


「い、いつもおごってもらってる先輩、をっ……? ククッ! おまけ程度って!」

「無関心! 高校からの付き合いなのに! 無関心って! ブハハッ! 存在薄すぎってことか!?」


 肩を震わせて、ゲラゲラと笑う。

 悪意に敏感な七羽ちゃんが、スルーしちゃうくらい存在が薄いのか!?


「う、うんっ。やっぱり、七羽ちゃんのっ、交友関係を見直そっ……!」と、腹がねじれるくらい、笑える。ちょっと確かめたい。


「あと、やっぱ、七羽ちゃんの意思、大事じゃない? イラストの仕事をするかどうかも。どんな仕事も、モチベがいるっしょ。七羽ちゃん、どれくらい描くの好きそう?」

「どれくらいって言われても……。真剣に集中してる様子からすると、かなり好きだと思えるよ。俺、このイラストが一番好きなんだけどさ」


 そう言って、数斗はタブレットのロック画面を見せてきた。

 瞳のイラスト。でも、なんだか夕陽に見える赤やオレンジのグラデーションだ。


「おお! 綺麗! ツブヤキにあった?」

「前のアイコンだって。今まで描いたの見せてって言ったら、恥ずかしがりながらも、フォルダ内の最近のを見せてくれてね。送ってもらった。褒めたら、すっごい嬉しそうに笑みを零したよ。可愛かった」


 数斗が、ニッコニコと惚気る。


 はいはい、七羽ちゃんは可愛い。

 見たかったわ〜、そんな七羽ちゃん。


「おれは水彩画が好きー! えーと、この水の妖精みたいなイラスト、ファンタジーすぎない!? あ、ちゃんと本人の許可をもらって保存しました」


 おれも七羽ちゃんのイラストを保存してるけど、許可はもらってる。

 水の妖精みたいな女の子のイラストは、アナログで、水彩色鉛筆で描いたらしい。横顔を描いて、他は水が弾けたみたいなデザイン。


「どっちもテクニックがあるんじゃないのか? やっぱ、センスも。自信ないだけで、イラストレーター目指せると思うけど」


 左右のイラストを見て、新一がそう言う。

 だよね! だよね! プロになってもいいよな!?


「じゃあ、自信つけさすか! いっぱい褒めよ!」と決めた。


「知らないことは怖いだろうから、情報を集めて教えてあげようか。七羽ちゃん、自分でもビビリだって言ってたから」

「初見のホラー映画は、ビビりまくるらしいからな」

「いや、普通は初見のホラーはビビるよ?」


 新一は、ホラーにも動じないからなぁ……。

 ビビる七羽ちゃんに、追い打ちで驚かせる意地悪しそう。やめてあげて。絶対。


「とりま……先にやることって、副店長がセクハラ上司かどうかと、友だちに会わせてもらえるかの確認?」


 おれが言うと、忘れてたらしく、そうだった! と目を見開く数斗と新一。


「あ、じゃあ、テレビ通話で、今聞いてみる?」

「えっ! いいの?」


 携帯電話で連絡を取ろうとした数斗が、そう提案した。


 七羽ちゃんがテレビ通話? 夜だし、一日風邪で寝てただろうから、すっぴんで嫌がらない?


「今の体調が本当に大丈夫かも、顔見て確認したいな」

「あ、グッドアイディア」

「待って。訊いてみる」


 新一が言う通り、七羽ちゃんの大丈夫が、どれほど信用性があるかも確かめないと!

 でも、やっぱり、すっぴんでテレビ通話は嫌がらない?


 おれは座っていたソファーから立ち上がって、背凭れの方から、数斗の携帯電話を覗いてみた。

 普通の電話じゃダメなのか、って返事が来たけど、顔色を確認したいって送れば。


 【イヤホン準備するので、ちょっと待ってください】


 承諾を示す敬礼の顔文字を返す七羽ちゃん。


「なんでイヤホン?」

「同室の妹ちゃんに気を遣うんじゃないかな?」

「あ、そうなんだ。一緒の部屋なんだ」

「二段ベッドの上で寝てたはずだから、バックや上着からイヤホンを、下りて取りに行ったかも」

「数斗、めっちゃ七羽ちゃんのこと、把握してきたね」

「好きな子だからね。知りたいだろ」


 数斗のゾッコンぶりには、ニマニマしたくなるよなぁ。


 そんな数斗は、携帯電話とペアリングしたタブレットでテレビ通話を始めた。


〔こんばんは、数斗さん、新一さん、真樹さん〕

「こんばんは、七羽ちゃん」「こんばんは! 七羽ちゃん!」

「おーす」


 繋がると、薄暗い中で携帯電話の画面の明かりに照らされた七羽ちゃんが映る。

 横になったままで、抱えているのか、大きなぬいぐるみらしき物で、口元を隠しているみたいだ。


〔ドタキャン、ホントすみません〕

「いいって、七羽ちゃん」

「謝るなよ、調子は?」

「そうだよ、大丈夫?」

〔大丈夫ですよ。一日寝てたら、治りました〕


 微笑む七羽ちゃんは、薄暗くて顔色がはっきりはわからないけど、風邪が治ったのは、嘘ではないらしい。……眠たそうではあるけど。

 囁き声気味なのは、妹ちゃんがいるからかな。


 これくらいの暗さなら、すっぴんでも抵抗ないか。てか、元々七羽ちゃんはナチュラルメイクだから、変わらず可愛いけど。

 ……すっぴんの可愛い女の子を見るとか、ちょっとドキドキする。……ん?


「七羽ちゃん? 睫毛、エクステしてる?」


 七羽ちゃんの睫毛、いつもと変わらない気が……。

 キョトンと目を丸める七羽ちゃんが答えるより前に。


「地毛だって」と、数斗が先に答えた。


「地でそんな睫毛濃くて長いの!?」

〔え、えっと……はい。メイクを教えてくれた友だちも、ずるいって嫉妬してましたね。つけまつ毛すれば、重くて瞼が上がりません〕


 困ったように笑うと、こちらを笑わせてくれる。


「めっちゃ美少女じゃん! 学生時代、ホント、モテなかった!?」

「そんな話は置いといて」


 新一に顎を押し上げられて、止められた。


「七羽ちゃん。職場の副店長って、どんな人?」


 数斗が尋ねると、七羽ちゃんが画面の向こうで固まったように見える。

 そろぉー、と目が泳ぐ。


〔なんで、ですか? 急ですね〕


 動揺してる。


「嫌いなのか?」

〔えっ? え、ええ、まぁ……好きではないですけど……何故?〕


 新一の直球に、困惑気味な七羽ちゃん。


「理由は?」

〔り、理由は…………直感で、生理的に受け付けられない人、と思ったからです〕

「「「生理的に受け付けられない?」」」

〔いませんっ? よくわからないけど、なんか嫌だなぁ〜って思っちゃう人! ホント、理由はわからないけど、無理だなって感じの相手!〕


 あー、いるなぁ。とか、ちょっと思い当たるおれ達。


「つまり。悪意を感じるとか、そんな理由はないと?」

〔そうですよ〕


 新一が確認すると、七羽ちゃんは小さく首を縦に振ったが、ぎこちないんだよなぁ……。

 動揺、隠せてないよ、七羽ちゃん。


「ほーう? ならなんで、副店長の異動を願ってるんだ?」

〔!?〕

「生理的に受け付けないってだけで、異動まで願うって……理由あるんだろ? 嘘ついたな? ペナルティー。吐け」

〔ひえっ!〕


 新一の鋭く容赦ない尋問に、七羽ちゃんはぬいぐるみに顔を押し付けて隠れてしまう。


〔な、なんで、異動を願ってるって、知ってるんですか……え? 私言いました? 風邪で意識朦朧として、数斗さんに言いました? いや、言ってない!〕

「うん、言ってないよ」


 ぬいぐるみの向こうから顔を覗かせた七羽ちゃんが、テンパってるから、数斗は優しく笑って見せて、念のために肯定してあげた。


「ツブヤキに書いてあったよ」と、おれの方からネタバラシをしてあげる。おれが見付けちゃったしね。


〔私、ツブヤキました!? 嘘! ……いや、したかも……ううっ〕

「ほら、バレてんだから、吐け。セクハラ上司か? そうなのか?」

〔え!? セクハラは、()()されてません!〕

「「「()()!?」」」

〔うぐっ!〕


 セクハラに反応した七羽ちゃんは、ついうっかり口を滑らせたと、また顔をぬいぐるみに押し付けて、呻いた。


「七羽ちゃん? 何されたの? 昨日送るって言われた時、送り狼になるって身の危険感じたってこと!? 俺それなのに、送ってもらえればって言ってっ……! ごめんっ、ごめんねっ?」


 タブレットをきつく握り締めている数斗が、必死に謝る。


〔いえ! いえいえ! 生理的に受け付けない相手に送ってもらいたくないってだけでしたので、そんな気に病まないでください!〕

「でもセクハラされそうなんだろ?」

〔ううーん……そうじゃ、ないような、あるような……ちょ、待ってください〕


 額に手を当てて、七羽ちゃんは説明をするために言葉を考えている様子。

 それから、イヤホンを一度外して、どこかを気にするように別の方を見た。


「妹ちゃん、いるの?」

〔今日はいません。期末試験のために勉強会で友だちの家に泊まるとかで……本当に勉強会か疑わしいですけど〕

「信じてないの?」

〔遊びたい年頃でしょ? 妹は特に社交的で遊び回る子なんで、勉強そっちのけでワイワイしてそうです。遊びすぎのしょうがない子ですので〕

「おお! 七羽ちゃんのお姉ちゃんの面、垣間見た!」


 そういえば、長女だったな! 七羽ちゃん!


「じゃあ、なんでイヤホン?」

〔普段、夜に電話なんてしませんし、母も朝早いんで、隣の部屋で寝ちゃってると思います〕

「あ、なーるほど」


 お母さんも、朝早くにお仕事かぁー。気配りさんだよなぁ。


「で? セクハラ上司については?」

〔遠慮なさすぎですよ……新一さん。えっと……うーん。副店長は、私が就職してから、半年後ぐらいに異動してきたんです。その時から、なんとなく、好きになれない人だなぁ〜って思ってたんですけど……一年半以上前に、私の直属の上司にあたる副主任の人も異動してきまして〕

「俺達とタメだっていう女性正社員?」

〔はい。その子と……えっと〕

「付き合ってたとか? 痴情のもつれ? 酷い男!?」

「急かすな、真樹。なんだ?」


 おれが予想を言うと止められたけど、新一の方が急かしてない?


 七羽ちゃんは、言いたくないのか、小さく呻く。



〔……不倫、です〕



 観念したみたいに呟いた声は、しっかり聞こえた。

 おれ達は、沈黙してしまう。


 ……七羽ちゃんに、めっちゃ言いづらいこと、言わせちゃった…………。


「マ、マジで?」と、なんとか気まずい沈黙を、おれが壊す。


〔はい……一年くらい前に……暗い食堂で、副主任が泣いて、副店長が肩を抱いて宥めるところ、見ちゃって……〕

「お、おわあ……事故で、知っちゃったんだ」

〔はい……今年の新年会の帰り、途中まで一緒に歩いた、その副主任の子が、酷い男だって零しまして……。ううーん……〕


 呻く七羽ちゃん。


「まだ言いにくいことがあるの?」と、数斗が優しく問いかける。


〔……副店長は、取っ替え引っ替えで不倫してるそうです〕


 ヒュッ、と喉が鳴った。


 またもや、部屋の中が寒くなる。

 つか、目の前の左右の親友から、冷気が漂ってる気しかしない。


〔副主任の子が、捨てられた腹いせに、悪く言っただけかもしれませんが…………不倫するような人なんて、ただでさえ吐き気がするじゃないですか……〕


 嫌々そうながらも、七羽ちゃんは零す。


 なるほど。だから、ゲロ吐く顔文字だったのか……マジで吐きそうだったんだね。


 七羽ちゃん…………七羽ちゃんにゾッコン男と、過保護お兄ちゃんの異変に気付いて?


〔被害妄想ならいいんですけど……次の不倫相手に、私に目をつけてるのか……やけに話しかけてくるようになってきた気がして……気持ち悪いので、早く異動してほしいんです。ウチの職場、正社員は、異動がよくあるんで〕


 いや、それ……絶対被害妄想じゃないって、絶対。


 七羽ちゃんが! おれ達の妹ちゃん天使に!

 不倫男の汚い魔の手が迫ってる!


「そ、それ、上司に相談は?」

「いや、まだ実害がないんだろ? 無理じゃん。実害がないのは、まだマシだけど……」

「あと、不倫の告発しても、下手を踏むと逆に名誉毀損で訴えられたりするんだ。不貞が明らかになっても、雇う側はそれを理由に解雇も転属も出来ない」


 しかめっ面の新一に続いて、上司の立場にいる数斗も、そう教えてくれて、難しそうな顔で腕を組んで考え込む。


「ナナハネ。職場変える気ないのか?」


 なんて、新一は新一らしく、直球を放つ。


〔えっ……はい。ないです〕


 七羽ちゃんは、キョトンとした顔を、左右に小さく振る。


 おれは、ずっこけそうになった。



 

2023/08/02

(次回も真樹視点)

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