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28/66

28 記念に贈る場所は耳。

2023/06/22


『心溺愛』投稿、再開。


66話まで書いてあるので、それをゆっくり更新しますね!





 優しい花の香りがする。

 数斗さんの香水の匂い。


「……ヤバい。俺、心臓」

「私も……」

「バクバク」

「爆発しそうです……」


 数斗さんは、笑っているけれど、顔が熱すぎて溶けてしまいそうな私は笑う余裕がなかった。


『こんなにも、心臓がバクバクするなんて……本当に本命童貞だな』


 苦笑気味の心の声。

 本命童貞って……経験が浅いわけじゃないのに、初めて本気で好きになった相手とは、生まれて初めてみたいに上手く出来なくてぎこちなくなるとか言う……?


 …………数斗さん、スマートじゃない?


 なんか、今日は私と会えるまで、不安とかでハラハラドキドキしてたって、心の中で言っていたような気がするけど……。


「あ、ごめん。重いよね」

「え。い、いえ……」


 数斗さんはそんなにのしかかっていないのに、上にいるのはよくないと気付いて、起き上がった。

 同時に、私の肩を掴み、背中に手を滑り込ませて、支えながら私も起き上がらせてくれる。


 ……今の動作。全然ぎこちなさなかったのだけど……。


『俺は恋人。七羽ちゃんのカレシ。七羽ちゃんの恋人』


 心の中が舞い上がっている数斗さんは、私の髪を撫でつける。少し乱れているみたいで、丁寧な手付きだ。


「私もずるいですけど……数斗さんもずるい人ですね……」


 お試し期間では終わらせるつもりのない数斗さんに、私もずるく便乗してしまっているけれど。

 憎まれ口みたいに、言ってしまう。


「うん。そう言ったでしょ? 悪い男に捕まっちゃったね?」


 なんて冗談めいて笑って見せる数斗さんは、優しく頭を撫でてきた。


『これって夢だってオチじゃないよね? 今日幸せすぎない? 今日俺って誕生日だった? 夢じゃないよね? 今日は俺の誕生日? あ、違う。俺と七羽ちゃんの交際スタート日。幸せなのは当然か。……本当に夢じゃないよね?』


 数斗さんの心の声が、夢じゃないかと疑いまくっている。


 だから、数斗さん……()()()()()ですよ。せめて、()()()()()()()()()()と名付けてください。

 心の声なので、心の中だけでツッコミ。


「ずるい人」


 少し膨れた私は、数斗さんの頬を軽く摘まんだ。


『夢じゃない可愛いぃいいい』


 ちゃんと現実だと感じ取った数斗さんの心は、歓喜で荒ぶる。



『俺の恋人。俺の恋人だよ。こんな可愛い恋人。だめだ、もうこの世で一番で幸せな男だ。これから、これ以上に幸せになるんだから、かなりずるい男だな』



 にこりと微笑んだまま、数斗さんはちょっとずれている考えをしていた。


 だめだ、というセリフはこちらが零したい。

 すでに、数斗さんの大喜びにデレている心の声だけで、恥ずかしくて顔を隠したままにしたくなる。


「……その、えっと……送ってもらえますか?」

「あっ。そうだったね。遅刻しちゃうか」

『帰したくない……』


 たちまち、シュンと心の声が沈む数斗さんは、準備を始めた。


「車の中で、取り決めとか考えよう」

「取り決め、ですか?」

「うん。お試し期間中に、決意が固まれば、正式に交際するってことにしたり……お試し期間は、伸ばせても短くしたり終わりにはしないってことだったり、そう約束をしよう」


 数斗さん……めちゃくちゃ、逃がさない感、伝わりますよ。


「あれ? ピアス……初めて会った日以外、これだね? お気に入り?」


 頷いたあと、私の髪を耳にかけると、数斗さんはピアスに注目して耳たぶに触れた。

 思わず、びくりと避ける。


『え?』

「お、お気に入りというか、その、まぁ、そうなんですけど、一番シンプルでいいですからねっ」


 ゴールドの粒のピアスごと、触れられた左耳を押さえて、しどろもどろ気味に答えた。


『なんでまた真っ赤に……。スキンシップは好きなのに、避けた……? え……? まさか……性感帯?』


 ンンッ!!

 ちが、ち、違うっ。


「職場では、やはり異物混入を防ぐためにも、指輪やピアスはだめでしてっ」

『七羽ちゃんの性感帯、耳』

「休みの日だけでも、つけておきたいってなると、これくらいシンプルだと」

『俺の声を褒めたってことは、そういうこと?』

「ちょうどいいんですよねっ。昨日みたいにアトラクションに飛ばされませんしっ」

『声フェチ? 耳に囁いたら、七羽ちゃん、どうなるんだろ』

「安物だと、痒くなるので、お手軽価格のアクセサリー店の可愛いピアスとか、一目惚れしてもつけられないって残念がったりしてっ」

『耳。囁きたいな。俺の声が七羽ちゃんの性感帯を刺激してたと思うと』

「友だちのプレゼントもつけられなくて! って、聞いてます!?」

「え? 聞いてるよ?」


 まくし立てて言ってる間に、こんな密室で二人きりでは危ない思考に行っていた数斗さんは、ケロッとした様子で答えた。


「学生のお小遣いで買ったアクセサリーじゃあ、アレルギーでつけられなかったんだね? それは……18金?」


 ちゃんと聞いていたことにびっくり。

 確認するために、右耳に手を伸ばすから、髪を撫で付けるフリしてガード。


「はい。母から貰いました。あと、誕生石のペリドットのピアスとか、それとネックレスとか。就職祝いには、この腕時計を買ってくれたんですよ」

「……そうなんだ。愛されてるね」

『七羽ちゃんを大切にしてるって伝わる。いいお母さんなんだね』

「……はい」


 昔は余裕がなくてわからなかったけど、今なら愛されてるって、わかる。

 いい母親。数斗さんにそう言われて、唇が緩む。


 ネックレスも18金の十字架のもの。お守りの意味合いが強い。

 腕時計は、ブランド物のピンクゴールドの可愛いもの。


「このペリドットの指輪は?」

「自分で背伸びして買った指輪です」


 ネックレスに通してぶら下げていた指輪を、数斗さんが摘まむ。またもや、近い。


「ペリドットって、太陽の石とも呼ばれてて……前向きになれるパワーストーンなんですって。だから、持っておきたくて……おまじない頼り」


 へらりと、力なく笑って見せる。

 細いリングについた小粒のペリドットの宝石。


「そうなんだ? パワーストーンか……。好きなの? そういうの。昨日も、おまじないの話したね」

「あー、そう考えると、小学生から好きだった影響なのかもしれませんね。誕生石を調べて、パワーストーンとしての効果を見て、ペリドットが好きになったんですよね。ルビーも好きですけど。前向きになれる太陽の石は、手放せません」

「そんな指輪を、どうして指の方につけないの?」

「それが……前に、アメジストの指輪もつけてて、それを見事に落として失くしたので、怖くてネックレスで身に着けることにしたんです」

「アメジスト?」


「ちゃんとサイズを合わせなかったのが悪かったんですよね……結構なお気に入りだったので、ショックが大きくて。こっちの方が高かったので、絶対に失くすもんかってことで、ネックレスに」と苦く笑う。


「アメジストも、パワーストーンとして?」

「はい。その、えっと……真実の愛を見付けるっていう、効果があるとかで……夢中になってパワーストーンのアクセサリーの店で捜していた時期がありました」

『真実の愛……!』

「あれ……? それって、いつのこと? 恋愛は高校の時から、積極的にはしなかったって言ってたよね?」


 首を捻る数斗さんは、高校から恋愛らしい恋愛したことがないと私から聞いていたため、不思議がった。



「……恋愛に消極的でも、お年頃なんで…………運命の出会いぐらい……期待してしまいますよ……」



 恥ずかしいけれど、ムッと唇をやや尖らせて、白状する。


『可愛すぎる、って…………待って! そういえば、俺の誕生石、アメジスト! 運命! 運命だ!!』


 危うく、数斗さんの心の声の強さに、震え上がりそうになった。


 いや、数斗さん……。今はアメジストを身に着けていないのに、パワーストーンが運命の出会いをさせたなんて、思わないでください……こじつけすぎます……。


 そうか。数斗さんは、二月が誕生日だったね。アメジストが誕生石の一つだ。

 そんな数斗さんの誕生石を好んでいたことに、運命を感じているっていう話か。


「俺の誕生石はアメジストなんだ。その期待……叶ったんじゃない?」


 私の手をするりと滑るようにして持って握った数斗さんは、甘く微笑んだ。


 カアァッと顔が火照る。

 直接言うのは、その、ううっ、反則です……!


「ピアス。プレゼントしたいんだけど、何がいい? ペリドット? アメジスト?」

「え? プレゼント、ですか……?」


 何故? 私は首を傾げる。


「恋人だから、贈り物はするでしょ?」

「……え? そう、ですか? え?」


 さも当然と言い退ける数斗さん。

 ちょっともっと言葉を付け加えて、どういう意味かを話してほしい。


「交際スタートの記念に贈らせて」

「え、ええっと……()()()()、ですけど」


 そこ、一応、形だけでもいいので、付け加えて。


「うん、お試しの交際スタートの記念に。正式の時は、また改めてプレゼントする」

『ピアスからがいいよね。指輪は、もう少ししてから……。何がいいかな。ピアスとは違う宝石がいいか』


 ニコニコする数斗さんは、無意識に私の指をすりすりと摘まんでこする。

 そこ……左手の薬指なんですけど……。


「じゃ、じゃあ……私は……」

「贈ったピアスを可能な限り、毎日つけてくれることを俺のプレゼントにして? この場所、俺にちょうだい」


 両手が伸ばされたから、身体を強張らせて、顔をボンッと赤くする。

 耳には触れることなく、髪だけを撫でた。


『まだ触ってないのに……身構えちゃって……。それとも、期待した?』

「そのピアスの代わり。いいかな? シンプルなデザインなら、つけやすいよね。ペリドット、アメジスト、どれがいい? それとも、他の?」


 その両手が肩に置かれる。髪をいじっているけれど、なんだか耳に近付こうとしている気配を感じてしまう。


 数斗さんは、私の反応をじっと見ていた。

 期待しているだなんて判断したら、舌舐めずりしそうだ。


「あ、あぁ、あのっ、帰らないと」

「そうだった。車の中で決めてね」


 やっぱり、数斗さんも人間だな、と思い知る。


 数斗さん。

 友だち以上恋人未満の関係で、今は満足だって思ったのは、つい数時間前だったのに!

 欲張ってますっ……!

 プラトニックな関係じゃないですか!? 性的な触れ合いを求めてますよ!?


 まったく、もう〜!!


 ムギュッと抱き締めたぬいぐるみを放して、名残惜しく置いた。

 そして、数斗さんの車に移動して、その中のぬいぐるみを抱き締め直す。


「……数斗さん。数斗さんが選んでください」

「え? いいの? 七羽ちゃんがいつもつける物のに?」

「どちらでも、つけてもいいです……迷っちゃって」


『そっか……俺が選んだ物をつけてくれるんだ』とハンドルを握りながら、数斗さんは考えてくれた。

 ちゃんとパワーストーンの効果を調べて、選びたいと決める。


「じゃあ、サプライズでいいかな? 俺が決めて買ったもの、受け取ってね。可能な限り、毎日つけて」

「……わかりました。楽しみにしてます」


 今つけているピアスを指でこねていれば、それを見た数斗さんはフッと柔らかく微笑んだ。


『うん。毎日つけてくれる可愛いピアスを選ぼう』


 数斗さんは、上機嫌な雰囲気。


「取り決めを考えようか。何かある? 七羽ちゃん」

「取り決め、ですか……。でも私……お試しとはいえ、恋人は初めてで……」

『七羽ちゃんの初めての恋人っ……!』

「恋人らしいことは決定事項だね。毎日電話はしたいな。それはもうしてるけど。電話を切る前は、ちゃんと好きって言うとかかな?」


 心の中で、やっぱり舞い上がっている数斗さん。


「そういうのでいいのですか? ……初々しい、ですね。なんか」

「そうかな? ちゃんと想いを伝え合うって必要だと思うよ。想いを強くするための一つ。心を込めてね」

「……数斗さんは、そんな経験が?」


 数斗さんの手が伸びてきて、私の髪に触れてきた。

 ちょっと疑問になって小首を傾げただけで、数斗さんは手を小さく震わせる。


『え。俺は……確かに初めてではないけども……手慣れてるとか、軽蔑されてない?』

「いや、ないよ。……毎日、電話なんてしたことないし、毎日好きだって言うこともない」

『それはそれで、軽蔑されそうだけど……。俺が結局相手をちゃんと好きになれず、破局したって、恋愛経験は忘れちゃったかな』

「君だけにするんだよ。……なんて、薄っぺらい言葉かな? 俺がそうしたいだけなんだけど……嫌?」


 今度は、数斗さんが身構えちゃっている?


「あ、いえ……薄っぺらいだなんて思いませんよ。でも、まぁ……数斗さんの方が経験はあるのですから、それを活かして教えてくれるんですので。数斗さんなら、元カノと比べることは言わないでしょ?」

「言わないよ!」

『過去の交際経験は、綺麗さっぱり消したい!』


 数斗さんが焦った声を出すけど、なんか交際経験を本気で抹消したがっている。


 いや、だから、その経験をしたことは、悪いわけでは……。

 むしろ、この歳まで経験ない私の方が、珍しいのだから。

 本命童貞って……気にすることない。


 私の髪を弄ぶ数斗さんの手を取り、キュッと指先を握る。


『うわ……何それ……可愛すぎる、仕草。好き。あ、そうか。これ、昨夜別れ際に、俺がこうしたんだっけ……。好き。いや、ホント、好き』


 数斗さんは、指先を握り返す。

 そして指を動かして、指先だけ、間に差し込む。


「数斗さんって……」

「ん?」

「……声、優しすぎて……落ち着くんですよね。ドキドキはしますけど…………寝ちゃいました」


 絡めた指で、ギュッとする。


「……刺激的なドキドキが欲しい?」

『それって……プラトニックな関係を、保てるかな……』

「いえ、そういうわけでは……。心地いいですよね……」


 数斗さんが刺激的なドキドキを考える前に、私はサッと否定しておく。


 ハッとする。しまった。

 数斗さんはまだ口にしていないのに、共感しているみたいに言っちゃった……!


「そうだね……そのままで、いい? あー、間違えた。このまま、もっとよくしていこう?」

『もっと心地よくて離れがたいくらいに。その想いを強くする、絶対』

「さっきの心臓バクバクも、十分刺激的なドキドキだったよね」


 特に気に留めなかった数斗さんは、心地いいドキドキだということを同意する。

 おずっと頷く。指先を絡めて、ギュッとしたまま。


「えっと……数斗さん。新一さんと真樹さんには、お試しの恋人関係になるって言うんですよね?」

「そうだよ? あ、でも……それを話すのは、次に集まる時がいいな。直接報告したい」

「それまで……内緒? いいんですか? 応援してくれたのですよね?」

「バレバレだった? せっかくなら、会って反応を見たいと思わない?」

「…………どんな反応するでしょうか?」


 新一さんと真樹さんは、どう思うだろうか。

 数斗さんを応援していたのに、お試し期間とは……。

 数斗さんの方は、お試しで終わらせないけれども。

 それを直接言わないってことでしょ……? 微妙では? いや、わかってしまう?


「お楽しみだね」と、数斗さんは悪戯を目論んだ。


「……他の人に、お試しの恋人ですって言うんですか?」

「それは……七羽ちゃんが決めていいよ。お試しって言うのは、聞こえが悪いかもしれないからね。そこは友だちって誤魔化したりしてもいいよ」

『まぁ、流石に今日は家族に紹介してもらえないよね……。時間をかけて、友だちから、恋人だって紹介してもらえるようにしないと。というか、七羽ちゃんの友だちに会わせてもらって、見定めないと……』


 うわ……数斗さん。私の友だちを選別すること、本気だった。


「二人に報告したあと、七羽ちゃんがツブヤキで公表しないなら、俺も堪える」


 数斗さんはそう、ふざけたように言うけれど、わりと本気で待つ気だ。

 下書きを準備しそう。

 え、待って。今。計画した……。


「……次は、いつかな? 休み。あと半日出勤。一ヶ月しかないから、会えるだけ会いたい」

『しまった……一ヶ月は短すぎる。週に二回、会えるかどうかも怪しい……。なんとか、延長してもらわないと』

「あー……えっと。家に帰ったらシフトを確認して、送りますね」

「うん。お願い。俺、有給が溜まりに溜まってるから。会いに行かせて」


 ……短時間で消費しすぎてません?

 直前で有給取れるのは羨ましい……。

 私は、シフトが出来上がる前でも、週二の休みを有給扱いされちゃったりして……やっぱり、ブラック。これ言ったら、数斗さんが真剣に転職を勧めてくるかもしれないから黙っておこう。


「一時間もかけてですか?」

「恋人と会うためなら。でも、短縮はしたいね。その分、一緒にいたいから」

『やっぱり引っ越そうか。あーでも、七羽ちゃんと想いを伝え合った特別な部屋になったと考えると、惜しい……』


 ロマンチストだな……。

 でも、今の殺風景な部屋に、ちょっとは愛着を持ったらしい。


「じゃあ、やっぱり私が電車で行く方が」

『いや、そういう意味じゃなかったんだけど……一人で電車に乗ってほしくないな』

「んー。いや、デートに行くなら、車がいいんじゃないかな? まぁ、ケースバイケースで。七羽ちゃんが疲れていたら、俺が会いに行きたいしね」


 にこっと笑って見せる数斗さんは、何かと理由をつけて、私が一人で電車に乗らないようにしたいと考えていた。

 過保護では……? またナンパされると心配している……。その可能性は、かなり低いですよ。


 そのあとも、取り決めを考え合って、これからも思い付いたら、決めることになった。

 とりあえず、来週の休みは新一さんが休みだとわかっているので、カラオケに行こうと話になる。真樹さんが怪しいとか……。

 それだと、新一さんだけにお試し恋人を報告することになるな……真樹さんが休みだといいけど。


 なんか、数斗さんの頭の中で、私の21回分の誕生日プレゼントリストを作っていたから、その思考を邪魔するために話を振った。

 なんで親よりも誕生日プレゼントを渡そうとしているんですか。早まらないでください。

 ちゃんと阻止しないと。数斗さんが貢いでくる!


 そうして、私の目的に到着。

 平日なので、駐車場が空いていた。そこに一度、数斗さんは車を停めてくれる。


「ありがとうございました」

「うん。七羽ちゃん。抱き締めてもいいかな?」

「えーっと……はい」


 送ってもらったお礼を言うと、数斗さんはシートベルトを外して先に降りた。

 外で、ハグ……? あ、ハイ。ちゃんと向き合って立ってのハグですね。


 助手席から降りた私の前まで、わざわざ来てくれた数斗さんが両腕を広げるから、私もぎこちなく腕を広げる。

 一歩、踏み出した数斗さんは、両腕に私を閉じ込めた。


『ミックスベリーの香り……七羽ちゃんの匂い。食べちゃいたい』


 ギュッと締め付けては、僅かに残ったコロンの香りを嗅ぐ数斗さん。

 私は控えめに数斗さんの背中に手を置いておく。

 私だって、数斗さんの優しい花の香りに包まれてしまっている。ドキドキだ。


「ねぇ、恋人にしてくれてありがとう。大好き」

『嬉しい、好き、好きだ』

「あ、い、いえ……私の方こそ……恋人になってくださって、ありがとうございます。お、お試し、ですが……」

「ふふ。うん」

()()()


 数斗さんは、お試しの恋人なのは今だけだなんて、心の中でほくそ笑む。

 ホント。ずるい男の罠に入っちゃったな……。

 その腕の中でホッとしている私ってなんなんだろう。ずるい女?


『あ。そうだ』


 数斗さんが何かを思い付く。それが何かわかった時には遅かった。



   ちゅっ。



 左耳の方。髪をかけたそれに、唇を重ねてきた。


「ひゃあ!?」


 びくんっと飛び上がる私を見て、満足げに笑う数斗さん。


「ごめん、つい。いきなりすぎて、驚かせちゃったね?」

『真っ赤だ。可愛いっ……』

「っ~!」

『耳が性感帯……可愛い』


 全然反省の気持ちがこもっていない言葉。

 めちゃくちゃ楽しんでるっ!


「もう! わざとでしょ! 耳にキスは禁止です!!」


 思わず叫ぶと、数斗さんは苦笑で「本当に、ごめん」と謝った。

 心の中では、耳キス禁止令に、心底残念がっていたけど。


 ずるい男だっ……!



 



「お試し交際」という罠で捕まえて逃す気が全くないズルい男と、

心の声が聞こえているからわかっている傷だらけの天使と呼ばれちゃうヒロインの甘々なお話。


66話まで、ゆったりと不定期更新します。

よろしくお願いいたします!

2023/06/22

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