22 初めての恋煩いの待ち時間。(数斗視点)
数斗視点。
指先に、熱が残っている気がする。
眠りから覚めた俺は、柔らかな肌の感触ではなく、冷たい無機物。
掴んで引き寄せれば、替えて日が浅い新しい携帯電話。
タンッと画面を人差し指で叩いて、時間を確認する。
規則正しく生活で、起床時間は決まっていたのに、なかなか寝付けなかったせいで、いつもより一時間も寝過ごしてしまった。
通知はない。
彼女から、連絡はまだ来ていなかった。
……まだ寝ているのかな。
ふぅー、と息を吐いてから、前髪を掻き上げて、一度枕に顔を埋めた。
顔を上げたら、ロックを解除する。
そうすれば、昨日寝落ちるまで見ていた写真が、一番に映った。
遊園地のアトラクションの列に並んでいる最中に、撮った写真。
ツーショット写真が欲しかったけれど、流石にそんなチャンスはなく、撮れるだけ一緒に撮った。
最悪な腹黒女も、不快なことに、彼女にくっ付いている。
けれど、俺とも寄り添う近さにいてくれた。
ふわっと柔らかい笑みを浮かべた彼女。
俺が一目惚れした古川七羽ちゃん。
ふわりとカールさせたセミロングの茶髪に包まれた小顔。
パッチリお目めは、ブラウン色。カラコンじゃないのに、綺麗な瞳だ。
程よい量の上向き睫毛は、ほんのりの赤色とラメを瞼に乗せていて、ぷっくらした唇はオレンジ寄りの赤色を塗っている。
それだけのナチュラルメイク。十分、可愛く着飾っている。
そんな可愛い七羽ちゃんに、夢中なのに。
編集でスタンプを貼り付けて隠したこの腹黒女は、酷く言っていたもの全てが、俺にとっては愛しいものだけ。
連絡、来ないかな……。
寄り添うように、俺の隣に写真に映ってくれる彼女から。
……俺は起きたってことは、メッセージを送って知らせておこう。
既読はつかない。
寝ているだろう。
今日一日、遊び疲れた身体を休ませるために確保した日だ。
昨日は、あんな小柄な身体で動き回っていたし、足の疲労は酷いだろう。
それに、精神的苦痛も受けたのだ。
眠り込んでいるかもしれない。
……大丈夫だろうか。七羽ちゃん。
ぼんやりと画面を見つめていても、連絡は来ない。
ベッドから起き上がって、朝の支度を済ませる。
携帯電話は片時も放さず、時折確認したが、七羽ちゃんからの連絡はなし。
大丈夫だろうか。いや、寝ているんだ。
俺から電話をするのは、疲れて眠っている邪魔になる。
ソファーに深く腰掛けて、携帯電話をひたすら見つめた。
写真をまた眺めて、はぁーっとため息を吐く。
まだ連絡が来ない。
うーん、と呻いて、ソファーの背凭れに額を押し付けた。
不安と期待が、右往左往。
【初恋を拗らせている気分】
なんて、新一に向かって、メッセージを送ってしまった。
【いやそのまんまだろ(笑)本命童貞ってヤツだな】
容赦ない返信。苦笑を零す。
【確かに。正真正銘の初恋だよ(苦笑)どうすればいいか、わからないよ。昨日なんて、フラれると思った。焦った】
そうありのままのメッセージを送った。
【どした? 詳しく。つか、電話しろ。今休憩中だし】
【無理。七羽ちゃんの連絡待ち】
【おいコラ、優先順位。拗らせ初恋男め】
ククッと、喉を震わせて笑ってしまう。
新一は、呆れながら笑っているに違いない。
しょうがないじゃないか。待ってるんだから。
メッセージアプリで、昨夜のフラれそうだった雰囲気を話す。
【褒められているのにフラれそうに感じるって相当じゃん】
【決定打を言われたら、死ねた】
【ねばれよ】
【無理かな。もう七羽ちゃんなら俺のハート壊せる】
【ブロークンハート】
【ブロークンハート】
【あの天使に?(笑)】
【あの天使に(笑)今日疲れてなければ、二人で会ってくれるって言ってくれたんだけど……どうしよ】
【おれの助言、役に立つ?】
【立つよ】
【すまん。休憩時間終わった。がんば】
仕事に戻ってしまったのか。ガクリと項垂れた。
真樹も仕事中だから、応答しないだろう。
煩いだろうと思って、通知を止めていたグループメッセージを見てみれば、大騒ぎだ。
沢田の本性暴露で、炎上中。火消しをした試みた痕跡があっても、すでにメッセージアプリのアカウントも削除したらしい。逃亡か。
自業自得だ。
俺が坂田と別れたから、それを絶好の機会と飛びついては、障害だとみなした七羽ちゃんに、いい人の分厚い仮面を被ってすり寄り、悪意を浴びせた。
俺も真樹も毒牙にかかるところだったし、七羽ちゃんも散々な酷い悪口を多く書かれてしまって、傷付いたはず。
目を閉じれば、ポロポロと涙を落とす苦しげな顔が浮かんだ。
沢田に向かって怒りをぶつけていた時も、つらそうに顔を歪めていた姿。
傷だらけの天使。
……って、誰かが言ってた。あ、真樹か。
過去のトラウマから、周囲の感情に敏感になるくらい、気を張って生きてきた。
捻くれるどころか、過去は過去と乗り越えて、前向きに生きようとしている子。
傷だらけだとしても、その瞳から見える心が綺麗だから、一目惚れしたんだ。
守りたい。彼女が一人で泣いてしまわないように。
これから、俺に守らせてほしいな……。
ソファーに横たわって目を閉じたら、嫌に沈黙が気になった。
いつも、無音が日常だというのに。
昨日行きの車の中で、七羽ちゃんから聞き出した音楽をダウンロードしていたので、それを流してみる。
カラオケに行こう、と話したけど、予定はまだ立てていない。
七羽ちゃんが好きだっていうアーティストのこの曲、練習してみようか。
歌詞を検索して、口ずさむ。
そうして、時間が過ぎていく。
やっぱり、七羽ちゃんは疲れて起きられないのかな。
会えないのは寂しいけど、疲れているなら休ませてあげないと。
沈んだ気持ちのまま、七羽ちゃんのツブヤキをなんとなく、下へスクロールしていきながら、見てみた。
俺達と飲んで”大好きだ”って、ツブヤキをしたのが最後。
……結局、この”大好き”に、俺は含まれているのだろうか……。
俺と電話をしていた仕事帰りが楽しいって、書いた文面は嬉しすぎる……。
七羽ちゃんの好きなものを聞き出しながら、他愛ない会話の10分くらいの通話をしていた。
俺も、今日も電話して楽しかった、とか、可愛い、とか。
そんなツブヤキばっかしたけど、見たかな?
察したみたいで、恥ずかしがって見ていなさそう。
俺の好意には引き腰でも、拒絶はしない。嫌われていないどころか、彼女だって俺を好きになってくれているはず。
押せばいけるけれど、下手な押し方は、彼女が逃げそうだから、二の足を踏む。
どんな風に手を差し伸べれば、手を取って踏み出してくれるだろうか……。
好きだから付き合いたい。
そう思って、俺の胸に飛び込んでもらうには……やっぱり、もっと好きになってもらうべきだよな。
好きになってもらおうとする、って自発的にすることは初めてだから、次は何をしたらいいだろうか……。
スキンシップ。嫌がらないんだよな。
頭撫でても抵抗しないし、むしろ気持ちよさそうに大きな目を細めるし、安堵だってしてくれていると思う。
手も繋いでくれるし…………。
ん? もしかして、七羽ちゃん、スキンシップが好きで抵抗がないだけ?
新一にも、頭撫でられたもんな……?
昨日も肩を抱き寄せたら…………あぁ、首に鼻が当たってゾクッとしたな。あの接触は、ドキッとした。
つい、七羽ちゃんの鼻先が、かすめた首元をさする。
俺の香水の匂いを確認して、とは言ったけど、本当に僅かに残っていたであろう香水の、俺の匂いを嗅いでくるとは……。
七羽ちゃん、意外と積極的な行動をするんだよな。
出会ったきっかけも、ナンパから逃れるために、咄嗟に真樹と知り合いのフリで乗り切ったり。
昨日のソフトクリームにかぶり付いたのも、胸を貫かれた……。
……汚れないようにと、髪を耳にかける仕草。色っぽかった。
そんな七羽ちゃんは、フルーツの匂いがするんだよな。マンゴーが好きとは言ってたけど、そんな香水、あるっけ……? 甘い、イチゴのような香りだったかな。
…………食べちゃいたい。
通知を知らせるバイブで、意識を携帯電話の画面に戻す。
なんと。七羽ちゃんからメッセージの通知!
【おはようございます。早いですね! 昨日はそのまま寝ちゃったので、ちょっとシャワー行ってきます!】
ごめんなさいの絵文字と敬礼の顔文字を加えたメッセージを見て、飛ぶように起き上がる。
よかった。起きたんだ。
会えるかな? どこで会う? 何する?
一人で、グルグルと考える。
二人で会う。どこかに連れて行ってあげよう。
でも、七羽ちゃんの疲労が残っていることを考慮してあげなきゃ。
そうなると……どこで、何をすればいいんだ?
疲れない、デート。そのワードで、検索。
カフェデート? 癒しのために植物園とか水族館? ん〜。
あっという間に20分が過ぎた頃、七羽ちゃんからシャワーが終わったとメッセージが届いた。
七羽ちゃんの意見をもらって、今日の予定を立てようとすれば。
【足がパンパンにむくんでいるので、足マッサージ中です】
やっぱり疲れたんだな。
立ち仕事で足が疲れた時に、ネットで買ったお手頃なマッサージ機があるって、電話で聞いたことある。
んー、スパとかで癒してもらうかな。……いや、それだとあまり一緒にいられないか。温泉で混浴なんて、頷くわけが……。
あれ? 今、七羽ちゃんって、風呂上がり? 正しくは、シャワー終わりだけど。
……すっぴん、では?
まだ髪が濡れてて、顔がほてったすっぴん姿が、見れるのでは……?
見てみたい。
そんな好奇心で、テレビ電話をかけてみた。
三コールで繋がる。
キョトンとした顔の七羽ちゃんが映し出された。
え、可愛い……。
〔あれ!? テレビ通話!? 間違えた!?〕
気付かずに出てしまった七羽ちゃんは、慌ててカメラレンズを覆ってしまったようで、真っ黒になってしまった。
でも、ちゃんと、見てしまった……。
濡れてペタンとした茶髪。くりんとした大きな目とほてった顔。
画面越しでは、はっきりとはわからないけれど、メイクをしなくても、やはり変わらず、可愛い。
というか、睫毛、変わってないよね? つけ睫毛、最初からつけてなかった?
何より衝撃だったのは、七羽ちゃんが際どいキャミソール姿だったからだ。
肩にタオルをかけていたけど、首元も胸元も晒すキャミソールだった。
なんなら、胸の膨らみの間まで、見えてしまったのだ。
ドドドッと、心音が強く高鳴る。
本命童貞だとか、拗らせた初恋だとか、初めての恋煩いだとか。
正直、情けない言葉が、ぐるぐると頭の中を回る。
それでも。
待ち焦がれた想い人からの連絡と無防備な姿に。
この上ない、ときめきと喜びを覚えた。
八年前に、『完璧な彼の心を読んだらヤンデレでした。』のタイトルで書き始めて、レストランの出会いのシーン止まりだったものを、
去年続きを書き始めたら、
ヤンデレ予定ヒーローが、なかなか人間味があるキャラになったので、タイトルを変えました。
本命童貞。しかし、ヒロインからすれば、普通にスマートすぎる口説き。
2023/02/25