表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/66

22 初めての恋煩いの待ち時間。(数斗視点)


数斗視点。





 指先に、熱が残っている気がする。


 眠りから覚めた俺は、柔らかな肌の感触ではなく、冷たい無機物。

 掴んで引き寄せれば、替えて日が浅い新しい携帯電話。

 タンッと画面を人差し指で叩いて、時間を確認する。


 規則正しく生活で、起床時間は決まっていたのに、なかなか寝付けなかったせいで、いつもより一時間も寝過ごしてしまった。


 通知はない。

 彼女から、連絡はまだ来ていなかった。

 ……まだ寝ているのかな。


 ふぅー、と息を吐いてから、前髪を掻き上げて、一度枕に顔を埋めた。


 顔を上げたら、ロックを解除する。

 そうすれば、昨日寝落ちるまで見ていた写真が、一番に映った。


 遊園地のアトラクションの列に並んでいる最中に、撮った写真。

 ツーショット写真が欲しかったけれど、流石にそんなチャンスはなく、撮れるだけ一緒に撮った。


 最悪な腹黒女も、不快なことに、彼女にくっ付いている。

 けれど、俺とも寄り添う近さにいてくれた。


 ふわっと柔らかい笑みを浮かべた彼女。


 俺が一目惚れした古川七羽ちゃん。


 ふわりとカールさせたセミロングの茶髪に包まれた小顔。

 パッチリお目めは、ブラウン色。カラコンじゃないのに、綺麗な瞳だ。

 程よい量の上向き睫毛は、ほんのりの赤色とラメを瞼に乗せていて、ぷっくらした唇はオレンジ寄りの赤色を塗っている。

 それだけのナチュラルメイク。十分、可愛く着飾っている。


 そんな可愛い七羽ちゃんに、夢中なのに。


 編集でスタンプを貼り付けて隠したこの腹黒女は、酷く言っていたもの全てが、俺にとっては愛しいものだけ。



 連絡、来ないかな……。


 寄り添うように、俺の隣に写真に映ってくれる彼女から。



 ……俺は起きたってことは、メッセージを送って知らせておこう。



 既読はつかない。


 寝ているだろう。

 今日一日、遊び疲れた身体を休ませるために確保した日だ。

 昨日は、あんな小柄な身体で動き回っていたし、足の疲労は酷いだろう。

 それに、精神的苦痛も受けたのだ。

 眠り込んでいるかもしれない。

 ……大丈夫だろうか。七羽ちゃん。


 ぼんやりと画面を見つめていても、連絡は来ない。

 ベッドから起き上がって、朝の支度を済ませる。

 携帯電話は片時も放さず、時折確認したが、七羽ちゃんからの連絡はなし。


 大丈夫だろうか。いや、寝ているんだ。

 俺から電話をするのは、疲れて眠っている邪魔になる。


 ソファーに深く腰掛けて、携帯電話をひたすら見つめた。

 写真をまた眺めて、はぁーっとため息を吐く。


 まだ連絡が来ない。

 うーん、と呻いて、ソファーの背凭れに額を押し付けた。


 不安と期待が、右往左往。


 【初恋を拗らせている気分】


 なんて、新一に向かって、メッセージを送ってしまった。


 【いやそのまんまだろ(笑)本命童貞ってヤツだな】


 容赦ない返信。苦笑を零す。


 【確かに。正真正銘の初恋だよ(苦笑)どうすればいいか、わからないよ。昨日なんて、フラれると思った。焦った】


 そうありのままのメッセージを送った。


 【どした? 詳しく。つか、電話しろ。今休憩中だし】

 【無理。七羽ちゃんの連絡待ち】

 【おいコラ、優先順位。拗らせ初恋男め】


 ククッと、喉を震わせて笑ってしまう。

 新一は、呆れながら笑っているに違いない。

 しょうがないじゃないか。待ってるんだから。


 メッセージアプリで、昨夜のフラれそうだった雰囲気を話す。


 【褒められているのにフラれそうに感じるって相当じゃん】

 【決定打を言われたら、死ねた】

 【ねばれよ】

 【無理かな。もう七羽ちゃんなら俺のハート壊せる】

 【ブロークンハート】

 【ブロークンハート】

 【あの天使に?(笑)】

 【あの天使に(笑)今日疲れてなければ、二人で会ってくれるって言ってくれたんだけど……どうしよ】

 【おれの助言、役に立つ?】

 【立つよ】

 【すまん。休憩時間終わった。がんば】


 仕事に戻ってしまったのか。ガクリと項垂れた。

 真樹も仕事中だから、応答しないだろう。

 煩いだろうと思って、通知を止めていたグループメッセージを見てみれば、大騒ぎだ。

 沢田の本性暴露で、炎上中。火消しをした試みた痕跡があっても、すでにメッセージアプリのアカウントも削除したらしい。逃亡か。


 自業自得だ。

 俺が坂田と別れたから、それを絶好の機会と飛びついては、障害だとみなした七羽ちゃんに、いい人の分厚い仮面を被ってすり寄り、悪意を浴びせた。

 俺も真樹も毒牙にかかるところだったし、七羽ちゃんも散々な酷い悪口を多く書かれてしまって、傷付いたはず。



 目を閉じれば、ポロポロと涙を落とす苦しげな顔が浮かんだ。

 沢田に向かって怒りをぶつけていた時も、つらそうに顔を歪めていた姿。



 傷だらけの天使。

 ……って、誰かが言ってた。あ、真樹か。


 過去のトラウマから、周囲の感情に敏感になるくらい、気を張って生きてきた。

 捻くれるどころか、過去は過去と乗り越えて、前向きに生きようとしている子。


 傷だらけだとしても、その瞳から見える心が綺麗だから、一目惚れしたんだ。


 

 守りたい。彼女が一人で泣いてしまわないように。

 これから、俺に守らせてほしいな……。



 ソファーに横たわって目を閉じたら、嫌に沈黙が気になった。

 いつも、無音が日常だというのに。


 昨日行きの車の中で、七羽ちゃんから聞き出した音楽をダウンロードしていたので、それを流してみる。

 カラオケに行こう、と話したけど、予定はまだ立てていない。

 七羽ちゃんが好きだっていうアーティストのこの曲、練習してみようか。

 歌詞を検索して、口ずさむ。


 そうして、時間が過ぎていく。

 やっぱり、七羽ちゃんは疲れて起きられないのかな。

 会えないのは寂しいけど、疲れているなら休ませてあげないと。


 沈んだ気持ちのまま、七羽ちゃんのツブヤキをなんとなく、下へスクロールしていきながら、見てみた。


 俺達と飲んで”大好きだ”って、ツブヤキをしたのが最後。

 ……結局、この”大好き”に、俺は含まれているのだろうか……。


 俺と電話をしていた仕事帰りが楽しいって、書いた文面は嬉しすぎる……。

 七羽ちゃんの好きなものを聞き出しながら、他愛ない会話の10分くらいの通話をしていた。


 俺も、今日も電話して楽しかった、とか、可愛い、とか。

 そんなツブヤキばっかしたけど、見たかな?

 察したみたいで、恥ずかしがって見ていなさそう。


 俺の好意には引き腰でも、拒絶はしない。嫌われていないどころか、彼女だって俺を好きになってくれているはず。

 押せばいけるけれど、下手な押し方は、彼女が逃げそうだから、二の足を踏む。


 どんな風に手を差し伸べれば、手を取って踏み出してくれるだろうか……。


 好きだから付き合いたい。

 そう思って、俺の胸に飛び込んでもらうには……やっぱり、もっと好きになってもらうべきだよな。


 好きになってもらおうとする、って自発的にすることは初めてだから、次は何をしたらいいだろうか……。



 スキンシップ。嫌がらないんだよな。

 頭撫でても抵抗しないし、むしろ気持ちよさそうに大きな目を細めるし、安堵だってしてくれていると思う。


 手も繋いでくれるし…………。


 ん? もしかして、七羽ちゃん、スキンシップが好きで抵抗がないだけ?

 新一にも、頭撫でられたもんな……?


 昨日も肩を抱き寄せたら…………あぁ、首に鼻が当たってゾクッとしたな。あの接触は、ドキッとした。


 つい、七羽ちゃんの鼻先が、かすめた首元をさする。

 俺の香水の匂いを確認して、とは言ったけど、本当に僅かに残っていたであろう香水の、俺の匂いを嗅いでくるとは……。


 七羽ちゃん、意外と積極的な行動をするんだよな。


 出会ったきっかけも、ナンパから逃れるために、咄嗟に真樹と知り合いのフリで乗り切ったり。

 昨日のソフトクリームにかぶり付いたのも、胸を貫かれた……。

 ……汚れないようにと、髪を耳にかける仕草。色っぽかった。


 そんな七羽ちゃんは、フルーツの匂いがするんだよな。マンゴーが好きとは言ってたけど、そんな香水、あるっけ……? 甘い、イチゴのような香りだったかな。

 …………食べちゃいたい。


 通知を知らせるバイブで、意識を携帯電話の画面に戻す。

 なんと。七羽ちゃんからメッセージの通知!


 【おはようございます。早いですね! 昨日はそのまま寝ちゃったので、ちょっとシャワー行ってきます!】


 ごめんなさいの絵文字と敬礼の顔文字を加えたメッセージを見て、飛ぶように起き上がる。


 よかった。起きたんだ。

 会えるかな? どこで会う? 何する?


 一人で、グルグルと考える。

 二人で会う。どこかに連れて行ってあげよう。

 でも、七羽ちゃんの疲労が残っていることを考慮してあげなきゃ。

 そうなると……どこで、何をすればいいんだ?


 疲れない、デート。そのワードで、検索。

 カフェデート? 癒しのために植物園とか水族館? ん〜。


 あっという間に20分が過ぎた頃、七羽ちゃんからシャワーが終わったとメッセージが届いた。

 七羽ちゃんの意見をもらって、今日の予定を立てようとすれば。


 【足がパンパンにむくんでいるので、足マッサージ中です】


 やっぱり疲れたんだな。

 立ち仕事で足が疲れた時に、ネットで買ったお手頃なマッサージ機があるって、電話で聞いたことある。


 んー、スパとかで癒してもらうかな。……いや、それだとあまり一緒にいられないか。温泉で混浴なんて、頷くわけが……。


 あれ? 今、七羽ちゃんって、風呂上がり? 正しくは、シャワー終わりだけど。

 ……すっぴん、では?

 まだ髪が濡れてて、顔がほてったすっぴん姿が、見れるのでは……?


 見てみたい。

 そんな好奇心で、テレビ電話をかけてみた。


 三コールで繋がる。


 キョトンとした顔の七羽ちゃんが映し出された。


 え、可愛い……。


〔あれ!? テレビ通話!? 間違えた!?〕


 気付かずに出てしまった七羽ちゃんは、慌ててカメラレンズを覆ってしまったようで、真っ黒になってしまった。


 でも、ちゃんと、見てしまった……。


 濡れてペタンとした茶髪。くりんとした大きな目とほてった顔。

 画面越しでは、はっきりとはわからないけれど、メイクをしなくても、やはり変わらず、可愛い。

 というか、睫毛、変わってないよね? つけ睫毛、最初からつけてなかった?


 何より衝撃だったのは、七羽ちゃんが際どいキャミソール姿だったからだ。


 肩にタオルをかけていたけど、首元も胸元も晒すキャミソールだった。

 なんなら、胸の膨らみの間まで、見えてしまったのだ。



 ドドドッと、心音が強く高鳴る。

 本命童貞だとか、拗らせた初恋だとか、初めての恋煩いだとか。

 正直、情けない言葉が、ぐるぐると頭の中を回る。


 それでも。

 待ち焦がれた想い人からの連絡と無防備な姿に。

 この上ない、ときめきと喜びを覚えた。






八年前に、『完璧な彼の心を読んだらヤンデレでした。』のタイトルで書き始めて、レストランの出会いのシーン止まりだったものを、

去年続きを書き始めたら、

ヤンデレ予定ヒーローが、なかなか人間味があるキャラになったので、タイトルを変えました。


本命童貞。しかし、ヒロインからすれば、普通にスマートすぎる口説き。


2023/02/25

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ