21 強い想いの心の声が響く。
他力本願だな……。
これって、いいのだろうか。
数斗さんのためにも、好きって想いを強くしたいって。
それで、付き合うのだろうか……。
『『『……黙り込んだままだな』』』
なんとか顔を上げて、頬杖をついて、枝豆を見つめ続ける。
『何考えているんだろうか。気持ち悪くはないって言ったけれど……』
『もう切り上げるか』
『あと一杯飲んで、解散かなぁ~』
考え込んでも、頭が回らない。
私には、答えが出せないかも。
答えを教えてもらおうために、この場で相談したとしても、それは数斗さんをぬか喜びだけさせるかもしれない。
「これ飲み終わったら、帰るぅ?」
へらーっとした顔で、真樹さんは提案した。
「そうだな」
「そうしようか?」
新一さんも、残りの料理に手をつけながら、頷く。
数斗さんも微笑みかける。
時間もそこそこ遅いし、帰るべきか。
コクコク、と頷く私は、口元を押さえて、くわあっと欠伸をした。
『なんだ、眠いのか』
『疲れただろうから、もう眠いんだね』
新一さんと数斗さんがそう思ったように、確かに一件落着からドッと疲れて、残った酔いで眠気もある。
……眠い!
そういうわけで、お疲れ飲み会は終了。
ちょっと足元が覚束ない真樹さんの代わりに、新一さんが一人で一括会計。
あとで真樹さんから、今日のお会計を渡されるだろうからと、しっかりレシートを受け取った。
「古川ぁ。少女漫画も読むのか? どんなモン好きなんだ?」
「どんな恋愛に憧れてんの~? てか、新一。いつまで、七羽ちゃんを苗字呼びなの? お兄ちゃん失格じゃない?」
「誰がお兄ちゃん失格だ、こら」
『恋愛観を聞き出す邪魔すんなよー』
後部座席で、新一さんが声をかけてきたかと思えば、真樹さんも乗ったはいいけれど、逸れる。
ただ、新一さんもほろ酔いなので、ボケっとしている感じだ。
「確かに、新一さんだけ、苗字呼びですね。私も、勝手に新一さんのこと、名前呼びにしちゃってますけど……」
異性に名前呼びをされることは嫌だそうだけれど、最初から私の名前呼びを許したし、嫌だと思ったことすらなかった。
真樹さんを名前呼びから始めたし、数斗さんも名前呼びを要求したし、流れでそうなったのに、拒まなかったから。
「いや、おれはちゃん付け嫌いなんだよ……かといって、呼び捨てなのもどうかと思うじゃん」
『数斗が付き合うより前に、呼び捨てとか、おれが抵抗感があるんだよ……』
男女の距離感により、抵抗があるし、ちゃん付けも嫌がる新一さん。
「そういえば、七羽ちゃん、ニックネームは?」
「私は、なんの捻りもなく、ナナと呼ばれていますよ。母と親しい友だちに。ナナちゃんとか」
数斗さんに答えると。
「ナナちゃあん~。そう呼ばれる方が好き?」と、真樹さんがのほほんと穏やかな声を出した。
「私は、特にはこだわりないですねぇ。好きに呼んでいいですよ」
「七羽ちゃん呼びもいいよね。ナナハ、珍しいから、いい響きだもん」
「俺も、七羽ちゃん呼びも好きだなぁ」
『七羽ちゃん、そう呼ぶのがしっくりくるというか。たまに、ナナちゃんとか、七羽とか、呼びたいな』
七羽ちゃん呼び。真樹さんも数斗さんも、気に入ってくれているようだ。
『いや、数斗。お前が呼び捨てとか、愛称で呼ばないと、おれが呼びにくいんだが……』
そう新一さんが困っている。
「あー、そうだ。ハンドルネームとかペンネームとかないのか? 古川。ツブヤキの名前は、ナナハネだけど、ソレ?」
「はい。そうですけど……ペンネームで呼ぶんですか?」
「嫌なのか?」
「ん~……リアルで呼ばれるのは、初めてなので……まぁ、いいですよ」
「ん。じゃあ、ナナハネって呼ぶ。つか、このキャラ、あの音ゲーのキャラじゃね?」
「新一さんも、あの音ゲーを? ツブヤキはゲーム情報のシェアが多いと思ってましたけど、音ゲーもするんですか?」
「おう。このキャラ、イラストで描くくらい好きなん?」
「ええ、推しですね。このキャラの担当曲も好きです」
「ハードだと、レベルいくつだっけ? 上手いのか?」
「いえいえ、めっちゃ下手です。29レベルですよ、なんとかそれをクリアするくらいで」
「あ、マジで下手なんだな」
「ひどい! 事実だけど!」
新一さんが呼びやすいなら、ゲーム名でも使い回しているペンネーム呼びを許可。
ペンネームだなんて、そう大した創作活動はしてないけど。
どうやら、ツブヤキにアップしていたイラストを見付けたらしく、ゲームの話で盛り上がった。
ケラケラする新一さんの肩に凭れて、真樹さんは「このイラストのこと~? ええ~? 七羽ちゃん、こういうキャラ好きなんだ~?」とへらへらと問う。
『……新一。今日一番、七羽ちゃんと楽しく会話している気がする……。新一も七羽ちゃんも、遠慮なく話すようになっちゃって……』
運転している数斗さんが、気にしている……。
でも言われてみれば、遠慮なくなった新一さんがかなり気を許してくれて、快く楽しそうに笑ってくれた。
「このキャラって、結構奇人な性格の設定じゃなかったか? 変な奴タイプか?」
「変な奴タイプって……否定出来ないことが、悔しいです」
『否定出来ないんだ……』
結局、新一さんの私の望む恋愛を聞き出す作戦は不発なまま、家に到着。
新一さんが、一人暮らしをしているマンションだ。
三階建ての三階。
真樹さんが転ばないようにと数斗さんが肩を貸すから、私も新一さんを気にして前を歩く。
フラッとした足取りなので、私も支えたかったのだけれど「潰れたらどうする!」と、万が一にも巻き添えで倒れたら危ないからと、新一さんに断固拒否されてしまった。
いや、それ……新一さんだって、転んだら危ないじゃないですか……。
新一さんの一人暮らしの部屋。
シックで小綺麗。お洒落なリビングに柔らかそうなソファーが置いてあって、新一さんは上着を脱ぐと、レモン水のペットボトルを片手にそこへダイブした。
真樹さんは、隣の寝室へ運ばれた。そのまま、ベッドに寝かせたのは、慣れ親しんだ流れのようだ。
「あ。最新ゲーム機」
「おう。今度ゲームするか?」
「えぇー。絶対、レベルが違いすぎて嫌です」
「言うな~」
リビングの大きなテレビの下に、最新式のゲーム機があることに気付けば、ソファーで寛ぐ新一さんに誘われた。
ゲーマーレベルな新一さんには、足を引っ張るか、コテンパンにされるかの、どっちかしか思いつかない。
嫌がれば、新一さんは、けらりと笑う。
「じゃあ、鍵かけておくからね。新一」
「おぉー。おやすみなー、数斗、ナナハネ~」
「おやすみぃー!! 送り狼はだめだかんな!! 数斗ぉ!」
「そうだ! 許さないからな! 数斗! ナナハネは無事帰ったら、メッセージ送れよ! おれはまだ起きてるから!」
「まったく……」
寝室からも、声を上げる酔っ払いに、苦笑して肩を竦める数斗さん。
送り狼になるな、と釘をさされるとは、心外とのこと。
「はい。おやすみなさい、新一さん。真樹さんも!」
二人にお別れの挨拶をして、軽い返事を聞いてから、新一さんの部屋をあとにした。
また助手席に乗れば、数斗さんは運転席に乗る。
私から家の住所を聞いて、カーナビに入力。それでゆっくりと車を走らせた。
数斗さんと車内で、二人きり。
なんの話をしよう。なんの話をされるだろうか。
「七羽ちゃんって、鞄を抱き締めるの、癖?」
『電車でも横とか足元には置かないで、膝の上に置くけど……車だと抱き締めてるんだよな。緊張? とは違う?』
数斗さんが指摘するように、私は車に乗っている時は、ついつい鞄を抱き締めている。
「はい……多分。ちょっと運転が荒かったりすると、怖くてつい……」
「え? 運転、怖かった? 高速だから、それなりにスピードは出したけど」
「数斗さんと新一さんは大丈夫ですよ! 友だちの彼氏の先輩は、ちょっと荒めで……。昔、車に乗せてくれた親戚も、ヒヤヒヤしちゃって、その癖ですよ」
焦った数斗さんに、他の人の運転が怖かったと言っておく。
車に乗る時は、シートベルトをしっかり締めて、鞄を抱き締めて耐える。それが癖になったのだ。
「そうなんだ……。気を付けるね」
『……鞄だとゴツゴツしちゃうから、ぬいぐるみとか、抱き締める用に、車に置いておこうかな。夜も抱き枕にしてるから、抱き癖が……。抱き癖、か……。七羽ちゃんの好きなキャラのぬいぐるみか……あ、この前の、肌触りよかったあのぬいぐるみとかどうかな? 七羽ちゃん、猫好きだし、ぴったりじゃん』
運転を慎重にしながら、数斗さんは私のことをひたすら考える。
なんでそんなに、私を想ってくれるのだろうか。
一目惚れから、加速して、増幅して、強くなった想い。
数斗さんのそれが、私に向けられる。
親友の新一さんと真樹さんも、優先して応援される恋路。
私の何がいいのか。
そう考え込むと、沢田さんの本性を暴こうとした数斗さんの言葉を思い出した。
「七羽ちゃん? 寝るのは我慢してね、もう少しだから」
「あ、はい。大丈夫です」
『ふふっ、眠そうな声だな。可愛い』
黙ってしまった数斗さんが、チラリと気にする。
確かに眠いけど、まだ眠ったりしない。……多分。
数斗さん。
一目惚れだと、心の声を聞いた時、確かに初めて目を合わせた瞬間だった。
そんな私の目を見て、心が綺麗だから、だなんて。さっき言っていた。
自分の心が綺麗だなんて、天使だなんて、神聖化したり美化なんて、する気はないし、小っ恥ずかしい。
本心だったのだろうか?
電話越しでその会話を聞いていただけから、心の声で本音は聞いていない。
「あの、数斗さん」
「ん?」
「私の目が綺麗に見えますか?」
「!」
顔を一瞬向けたけれど、数斗さんは前を向き直る。
『沢田との話のこと? 目は心の窓ってやつ……?』
「うん。綺麗だよ」
『心が綺麗だって。そこまではっきり言っておくべきかな……。沢田を挑発したためだけど、本心だって』
心が綺麗、か。
こんな風に、心の声を盗み聞きしているのに……。
そんな私が、本当に心が綺麗だと言えるだろうか。
「そうなんですね……」
『声が……沈んでる?』
「……」
「……」
『何か、声を』
「あの、そこを曲がってください」
「あ、うん」
言葉に迷う数斗さんに、気を逸らすように、声をかける。
「……私は……」
「ん?」
数斗さんの声は、優しい。
いつだって、私に向けられるのは、優しい声だ。
「私も、数斗さんの目が綺麗だって思います」
「えっ……あ、ありがとう。……照れくさいね」
「ですよね」
心が綺麗だ、って言われているのだから、照れくさい。同感だ。
「一目惚れって、直感的に好きになることを言うんでしょうか?」
「あー、んー。そうかもね」
『そうか……俺は、変な時に、一目惚れだって七羽ちゃんに明かしちゃったのか……。窓見てるから、七羽ちゃんがどんな顔して言っているのか、わからない』
焦りを滲ませる心の声を聞きながら、私は抱き締める鞄をギュッと握った。
「数斗さんの声、本当に優しいですよね」
「ああ、前に言ってくれたね」
「性格も優しい人だと思います」
「ん? あんなやり取りを見ても、そう思ってくれるんだ?」
「私には優しいですから」
冗談めいて、腹黒の正体を暴いたやり取りのことを持ち出しても、私は数斗さんの方を見ることなく、少し淡々と答える。
『褒められているのに……なんで……雰囲気がよくないんだろう。……七羽ちゃん……?』
数斗さんの焦燥が伝わってきた。
「誰もが数斗さんを優しいイケメンだと印象を抱くでしょうね。心を許した相手には深い思いやりを与えてくれる、そんな優しい人だと思います」
「そう、かな……」
「モテるのも、しょうがないですよね。なんだか、数斗さんって完璧って感じですから」
「……うん」
『俺は……フラれるのかな。優しくて、完璧だから……自分に釣り合わない、だなんて。嫌だって言ったのに、そんな言葉で……フラれちゃうのかな』
重たそうな短い相槌。
釣り合わない。
その言葉に、身構えている。
『そんなに優しくないよ。拒絶が出来ない七羽ちゃんに言い寄ってるし。完璧って何。そんな人間じゃないよ』
苦しげな声だった。
こんなにもつらそうな心の声は、今まで誰からも聞いたことない。
「あれが私のアパートです。手前までお願いします」
「あ、うん……」
『嗚呼、もう……着いちゃったのか』
のろのろと車は、私の暮らしているアパートの前に停まった。
「今日もありがとうございました。楽しかったです」
『嫌だな……嫌だ。俺を拒まないで。お願いだ』
「今日もごめんね、嫌なこともあって。次は……えっと」
『あ、次の約束……してない……どうしよう』
「いえ、本当に楽しかったですよ。遊園地も、飲み会も」
『だめだ。今行かせたら…………』
「そっか……」
シートベルトをカチャッと外して、顔を上げれば、運転席の数斗さんが、苦しげな表情を我慢したような無理矢理な微笑みを浮かべていることに気付く。
『――――俺、失恋で、死んじゃうな……』
ギュッと締め付けられて痛む胸。
……また、八方美人だ。突き放しきれない。
曖昧な態度なんて、だめなのに。だめだと思うのに。
「……あの、数斗さん」
「何?」
「行きのサービスエリアを出た時に思ったのですが……」
「朝の時? 何を?」
なるべく自分のつらさを隠して、優しく微笑む数斗さん。
「……数斗さんの運転する姿、かっこいいなぁ、と」
「!」
目を見開く数斗さんから、ぷいっと火照る顔を背ける。
「数斗さんは、本当にとっても素敵な人だと……思います」
『”とっても素敵な人”……”相手がとっても素敵なら、頑張って釣り合う努力はしたい”って言っていたけど、それのこと?』
あ。すぐに気付いてくれた。
「えっと……そのぉ……それだけです。じゃあ、また、誘ってくださいね」
『!』
「おやすみなさい!」
ちゃんと次もある。そう思ってくれていい。
私はドアを開けて言い逃げしようとしたのだけれど、右手を掴まれてしまい、車を降り損ねた。
「待って、七羽ちゃん」
『行かないで』
「……もう少しだけ……」
『お願いだ』
「話さない……?」
『あと少しだけでもいいから……一緒にいたい』
ギュッと、握り締められる手。
懇願する眼差しは、縋りつくような心の声と一致していた。
心臓が、バクバクしている。
片腕で、キツいくらい、鞄を抱き締めた。
「……あし、た…………は?」
私はやっとその声を絞り出す。それだけが、限界だった。
熱くなりすぎて、残っていた酔いが、思考を鈍らせている気がする。
それとも、身体の疲労のせいかも。
『明日……会ってくれるってこと? 俺と、二人で?』
「……実は、俺も二連休なんだ」
『少し、期待して、七羽ちゃんと同じ日に、休みを取ったんだ。あ、でも……七羽ちゃん、疲れてるはずだから……休むための休みの日だからな……どうなんだろう』
「その……疲れて、寝過ごして、なければ……連絡、します……」
『……会ってくれるんだ?』
数斗さんの掴んでくる手が、少し滑ると、私の指先を握り締めてきた。
期待をしていると、示すような手付き。
『その恥ずかしそうな赤い顔……可愛い。いい方に、期待、していいんだよね……?』
「わかった……じゃあ、明日。待ってる」
「は、はい……おやすみなさい」
「うん……おやすみ。七羽ちゃん」
すーっと肌の上を滑って、ゆっくりと手が離れた。
コクリと深く頷いて見せて、足早にアパートの階段まで向かう。
『好きッ!!!』
そんな声が響いて、思わず、びくぅううっと震え上がった。
ちょうど階段の壁で死角になっているけれど、数斗さんの車はまだそこにあるのだろう。
心底、驚いた。
今まで心の声は、強弱はあれど、あんな大音量に聞こえたことはなかったから。
いや、大音量に聞こえてしまうくらいに、強い心の声だったのかな。
想いの強さ。
家へと駆け込んだ私は真っ先に手洗いうがいをするために、洗面所に向かった。
ペッと口に含んだ水を吐いたあと顔を上げれば、耳まで真っ赤な顔の自分がいる。
ドキドキ。
高鳴る心音。
パジャマに手早く着替えて、ベッドにダイブした私は、眠気に負ける前に、新一さんに【帰りました、おやすみなさい】のメッセージを送ってから、泥のように沈んで眠った。
好きだなんて、強いくせに、優しい声。
いつまでも、頭の中に響いていた気がした。
ややヤンデレ溺愛さんの優しい声に、
絆される天使ちゃん!
一話の前書きに、21話まで! とか書いちゃったのですが、
正しくは、27話まででした!
とりあえず、27話まで、です!
次から、連続で数斗視点でいきますよ!
絶賛天使を全力溺愛口説き中の数斗の一日!
いいね、ポイント、ブクマ、ランキング、ポチッとありがとうございました!
2023/02/24




