02 グイグイきて恋愛相談。
何故、私にグイグイくるの……?
「あっ……一個上なんですね」
「そうそう。おれ達、みんな22歳だよ。大学卒業したばっか! 七羽ちゃんは、大学生? てか! 新一がまだ自己紹介してないじゃん!」
『おれも、七羽ちゃんと連絡先交換しよー』
三人とも、一個上の歳だ。
携帯電話を取り出しながら、真樹さんは気が付く。
「……おれは、田中新一。嫌じゃないなら、おれ達とも連絡先、交換して」
「お願い!」
ちょっと気だるげながら、新一さんと真樹さんが要求。
「じゃあ、俺から二人の連絡先を送るよ」
数斗さんから、メッセージを介して二人の連絡先を得た。
『……数斗、本当に変だな……? こんな積極的に関わろうとするなんて、今までなかったはず……』
携帯電話をいじりながらも、新一さんはチラリと数斗さんを気にする。
「で、七羽ちゃんは、大学生?」
「あ、いえっ! 高卒でして、フリーターです!」
「そうなんだ。今日は……デート、ではないよね?」
『恋人……いるのかな。仕事に行くような格好には見えないけど』
数斗さんが、真樹さんの質問を再び向けてきたので、大学生ではないと首を振って否定した。
恋人がいるかもしれない、と心の声が暗くなったのがわかる。
「友だちと遊ぶ約束してたんですけど……そのぉ…………」
「「「?」」」
歯切れ悪くなる私を見つめながら、三人は続きを待つ。
助けてもらった手前、ナンパされる羽目になった経緯を話すべきだと、観念する。
「声をかける前に、その友だちが私の悪口を言っていたのを聞いてしまったので……体調不良だと嘘ついて、ドタキャンして、ここに来たんです」
『何それ……こんなに可愛い七羽ちゃんの悪口? 嫉妬か何かかな? 可哀想に……』
数斗さんの声が、怒っていたかと思えば、気遣う声音に変わった。優しい。
『女ってそうだよな。悪口ばっか』と、新一さんは呆れている。
「いや、それは気まずいもんな。ドタキャンも納得! どんな悪口だったの?」
真樹さんが、頬杖をついて、訊いてくれた。
そこで、数斗さんの携帯電話が着信を鳴り響かせる。
『あー。当然、電話するか……しつこいだろうから、着信拒否しよう』
数斗さんは、躊躇いなく、電話に出ないとボタンを押すと、すぐさま着信拒否の設定をした。
「数斗さん、電話じゃなかったんですか? 出なくていいのですか?」
「ああ、気にしないで。大した電話じゃないから」
にこっ、と数斗さんが笑顔で、言い退ける。
いや、別れを急にメッセージで送りつけられたカノジョからの電話は、大したことあるのでは……?
真樹さんの心の声の情報からして、仕方なく交際していたみたいだけど……淡白すぎないかな。
「それより、どんな悪口で傷付いたの?」
気遣う眼差しで、数斗さんは静かな声で問う。
……なんで、この人は、会ったばかりの私に、優しいのだろうか。
「えっと、ここまで話してなんですけど……こんな話なんて、面白くないのではないですか?」
「面白いかどうかじゃないよ。嫌じゃないなら、もう話しなよ」
素っ気ない態度なのに、なんだかんだで、新一さんはいい人だなぁ。
「……友だちが、私が、最近チャラくて、うざい……と」
「「「……チャラい?」」」
怪訝そうに聞き返す三人。
そして、私の服装をまじまじと見てきた。
『どのへんがチャラいの? 普通じゃない?』
『清楚系なお洒落って感じだけど……チャラい?』
『清楚で可愛いけど……』
チャラいとは、判定出来ない三人は、首を捻る。
「あか抜けないので、お洒落を頑張ってきたつもりなんですけど……うざかったみたいですね、はい」
しょんぼり、と肩を落とす。
苦笑いしか出ない。
「頑張ったお洒落なのに? それは全然七羽ちゃんは悪くないから、気にしないで!」
「どうせ、やっかみだよ」
「あはは……ありがとうございます。愚痴を聞いて励ましまでもらって……本当にいい人達ですね」
真樹さんも新一さんも、励ましてくれた。
「七羽ちゃんの頑張りを、悪く言われても、負けないで。悪口なんて、結局は新一の言う通り、やっかみから出るんだ」
数斗さんも真剣な眼差しで、優しく微笑んで言ってくれる。
「……はい。最近、他人の悪口には振り回されないようにって、前向きになろうって頑張っているつもりだったんですが……身近な友だちとなると、流石に痛いです」
胸元をさするけれど、伏せた顔を上げた。
「でも! 負けないように頑張ります!」
グッと拳を固めて、笑って見せる。
『ますますいい子だ、七羽ちゃん。いいな、好きだな。今すぐにでも、恋人にしてくれないかな』
「助けてもらった上に、愚痴を聞いて励ましてももらって、めちゃくちゃいい人達ですね! 数斗さん以外、恋人がいないのが不思議です」
数斗さんの心の声に、内心焦りながら、話題を振ってみた。
『……だめだ。いい子すぎて、恋人がいる俺を恋愛対象外に見てるかも。どうして、押し負けて交際の承諾をしちゃったんだろう……』
恋人がいるって知ってて、すり寄るとは思わないのは、嬉しい。
けれども、言い寄るのは、勘弁してほしいので、諦めてくれないだろうか。
「でしょ!? おれもこんなイケメンなのに、なんでモテないのかな……。数斗と新一は、高校と大学でモテモテだったんだよ。ずりぃー」
「そういうところが、モテない原因じゃないの?」
「うるせ! 黙ってもモテるシンちゃんに言われたく痛いッ!? ホントに蹴った!!」
ああ……ついに足を蹴られたらしい真樹さん。ちゃん付け呼びは、蹴るって言われてたのに。
くすりと、笑ってしまう。
『結局、七羽ちゃんは、いるのかな? どんなタイプが好みだろうか……』
頬杖をつく数斗さん。めちゃくちゃ見つめてくる……。
「七羽ちゃんはいるの? カレシ」
「わ、私は、いません、ね」
数斗さんが気になってしまい、緊張したまま、真樹さんに答えた。
「あっ。じゃあ、この中だと、誰が一番タイプ?」
「……やめろよ」
真樹さんは冗談で尋ねたけれど、新一さんが咎める声を出す。
『数斗が狙ってるみたいだって、わかるだろ……これで数斗以外を選んだら、どうすんだよ。選ばれても付き合うとか言うなよ!』
ギロッと、新一さんは睨みで圧をかけている。
真樹さんは伝わったのか、笑みをひきつらせた。
『な、なんだよ、新一。この中だと、ダントツで、数斗を選ぶっしょ。何怒ってんの』
真樹さん。わかってて、そんな質問をしたのか。
数斗さんへのアシストのつもりなのね……。
「そう、ですね……タイプとか、よくわからないですけれど……真樹さんが一番に助けようとしてくれたので、真樹さんでしょうか」
アシストなんてする真樹さんに、ちょっとした意趣返し。
「マジで!? んっ!?」
目を輝かせた真樹さんの方のテーブルの下で、ガッて音が鳴った気がする。
おお? と首を傾げた。
「どうしました?」
「あ、いや、ちょっと足ぶつけただけ〜」
『靴を蹴るなよ! 想定外! でも嬉しい!!』
靴を蹴られたらしい。
「じゃあ……七羽ちゃんは、真樹と付き合いたい?」
『そうだって、言われたらどうしよう……』
数斗さんから、そんな問いがされた。
『えっ。待って。修羅場? おれ、修羅場ってない??? 恋人が出来るなら嬉しいけど、数斗に取られるパターンじゃない??? 嫌なんですけど』
いや、そんな修羅場、私も嫌ですよ、真樹さん。
「そんなつもりで言ったわけじゃないです! 私は付き合うとか、今はいいかなって……」
両手を上げて見せて、ブンブンと首を振る。
ただでさえ、友だちの心の声で参ってしまうのに。
恋人だなんて……。自信がない。
何を血迷っているかはわからないけれど。
数斗さんみたいに美人ならなおさら、無理。
彼自身は心の中ですら優しいだろうけれど、問題は周囲。
釣り合わない、と吐き捨ててくる声を聞く羽目になる未来しかない。
「長居しちゃいましたね。私は帰ります」
「え? 大丈夫? あいつら、まだその辺にいるかもよ?」
「んー、そうだね。せめて、改札口まで送るよ」
「そんな……そこまでしていただかなくても」
心配してくれるのは、嬉しいけれど、流石に悪い。
「もう友だちだから、遠慮しないで。いい、友だちの方のね。ついでだから、おごるよ」
「あっ!」
ひょいっと、数斗さんが私の伝票を取り上げてしまった。
私はあれよこれよと背中を押されて、レストランを出る。
どこまで帰るのかと尋ねられている間に、改札口に到着。
「えっと……本当にありがとうございました。私は交友関係が広くはないのですが……友だちの友だちに合コンしたい人がいたら、連絡しますね!」
「いやいや、そんなつもりはないよ! ぜーんぜん気にしなくていいから! ただ遊んだりしようよ! 遊び友!」
「連絡先、交換したし、気が向いたらで遊べばいいじゃん」
ぺこりと一礼して、心を込めての挨拶。
『数斗が口説き落とせば、フツーに会うだろうなぁ~』
『数斗が、今後連れてきそう……』
真樹さんと新一さんの心の声が、数斗さんが口説き落とすという可能性が高いと確信している。
そんな再会は、やめてほしいなぁ……。
「また会おうね。七羽ちゃん」
にこやかに手を振る数斗さん。
私も、手を振り返した。くるっと背を向けて、改札口を通る。
『……心配だな。やっぱり送ろう』
数斗さんの心の声が聞こえた。
えっ? 追いかけてくる? あれぇ?
『後ろ姿も、可愛いな……。小さい』
み、見られてるっ。
『抱き締めたら、腕にすっぽりと入りそう』
ほええっ。おやめくださいっ。
『どうしよう。なんて声をかけようか』
階段を下りて、駅のホームへ来てしまった。まだ声がする。
ど、どうしよう……。
こちらのセリフだ。
偶然を装って、気付いて、お帰りいただこう!
そう意を決して、振り返った瞬間。
どんっ。
顔に衝撃をくらってしまい、後ろによろめいた。
肩を掴まれて、支えられる。
「ごめん、七羽ちゃん。心配でついて来ちゃった。痛くない? 大丈夫?」
『わあ……可愛い……抱き締めたいな』
ふわりと、嬉しそうに微笑む数斗さんの顔が、目の前にあった。
ひょええっ……美人すぎる。
どうして、そんなに嬉しい顔をするんだろうか。
私の何がいいのやら……。
ドキマギしながら、困惑で数斗さんを見上げた。
肩を掴まれたままの姿勢。
どうしようか、これッ!?
ガチガチに固まった私は、ただただ数斗さんを見上げることしか出来ない。
「大丈夫?」
『もしかして、怖がられてる? 気味悪いって思われたかな?』
シュンと眉をハの字に下げた数斗さんの心の声は沈んでいる。
手がそっと離されたので、ちょっと力が抜けた。
「あ、はい。ごめんなさい、ぶつかってしまって」
「謝ることないよ。俺が声をかけそこねたせいだから」
「えっと、そんな心配しなくても、本当に大丈夫ですよ」
右手を振って送ろうとしてくれる数斗さんに断りを入れるけれど、悲しそうな顔をされてしまう。
グサッと良心に突き刺さる……。
美人な顔だと感情が際立つのかな……痛い。
「迷惑とかじゃなくて、本当に」
『あれ? さっきのレストランにいた子じゃね?』
「ひっ……!」
「七羽ちゃん?」
聞き覚えのある声だと思えば、先程のナンパと目が合ってしまった。
さ、い、あ、く、だ!
なんて日なんだ! 今日は、運気最悪日!?
私の異変に気付いた数斗さんが、視線の先を追って振り返り、顔をしかめた。
同じく、ナンパの人と目が合ったようで、ナンパの人の方は『マズいッ』と回れ右をしては、そそくさと逃げていく。
でも同じ電車を待つみたいで、遠くのホームで足を止める。
「……降りる駅まで送るよ。怖いでしょ?」
向き合い直った数斗さんが、優しく声をかけてくれた。
「はい……お願いします。すみません」
結局、数斗さんについてもらうことになってしまったけれど、致し方ない。ナンパの方が怖いもん。
『結果的に、俺にはチャンスになったけど……七羽ちゃんが怖がってる。何か、気を紛らわせようか。俺に迷惑をかけてると思ってるみたいだし……そうだ』
並んで立っていれば、数斗さんが話題を考えてくれた。
「七羽ちゃんを送る見返りにさ、相談に乗ってくれないかな?」
「相談、ですか?」
『うわあ。目が大きい、ぱっちりしてる、上目遣い、可愛い』
ンンンッ!
ニコニコしながら、見下ろしてくる数斗さんの褒め言葉に、動揺しないように必死に堪えた。
上目遣いになるのは、あなたが長身だからです! 私がチビだからです!
「今、交際してる人について」
……さっき別れるってメッセージを送り付けて、着信拒否した相手のこと?
「あの、私は、そのぉ……お役に立ってる自信がないのですが」
「ただ、聞いてもらえるだけでもいいんだ。愚痴を聞いてもらえないかな?」
「……えっと、じゃあ……はい。私でよければ」
私の愚痴、聞いてもらっちゃったので、断れなかった……。
「大学で一緒になったタメの子でね。仲のいいグループになってから、ずっとアプローチされてて、一ヶ月前くらいに、根負けして付き合うことにしたんだけど……やっぱり、俺には気持ちがないから、別れようと思うんだ」
すでに別れるって、メッセージを送ってしまったものね。
「でも、ずっとアプローチしてきただけあって、すんなり承諾してもらえないと予想がつくんだよね……」
『ホント、半ば強引に交際スタートさせられたから、諦めてくれないだろうなぁ……』
「肉食系女子って感じですか?」
「まぁ、そんな感じだね。七羽ちゃんと真逆だと思うよ。七羽ちゃんは遠慮がちでしょ? あの人は無遠慮」
苦笑しか出ないと言わんばかりに、数斗さんは愚痴を零して、肩を落とす。
電車が来たので、ドアから降りる乗客に先を譲れば、そっと背中を軽く押されて、数斗さんにリードされるように電車に乗った。
そのまま、空いている座席に肩を並べて腰かける。
「そもそも、押し負けて付き合っちゃった俺がいけないんだよね……」
『しぶしぶ頷いちゃったあの時の俺を殴りたい。フリーなら、すぐに七羽ちゃんに交際を申し込むのにな……。多分、不誠実な男は、拒みそうだな』
「俺のこと、不誠実だって思う?」
……この人は、なんだか、時々、自虐的だな。
さっきも、真樹さんがいいなら、付き合うかどうかって、わざわざ傷付くようなことを質問してきたし……。
こんな美人なのに、自信がないのかな? 何かワケあり?
「どうでしょうか。押し負けるくらいのアプローチをされたことがないので、想像しづらいですが……数斗さんって、前からそんな付き合い方だったりします?」
なんか、真樹さんが、例の如く、とか言っていたから、初めてではないのではないか。と予想してみた。
「あれ? バレた? うーん。そんな感じだね。付き合えばそのうち、好きになれると思って一緒にいても……だめになっちゃう感じだった」
『カッコ悪いこと、白状しちゃったな……』
不甲斐なさそうに、数斗さんは自分の首の後ろをさすって苦笑する。
「じゃあ……正直に、好きになれなかった、の一点張りで別れてもらうしかないですかね」
「それで納得してもらえたらいいな……。うん、そうしてみるよ」
『試すだけ試しておこう。七羽ちゃんがくれた助言だもんな……恋愛相談ついでに聞いてみようかな』
上手くいきそうにない助言をしてしまったなぁ、と私も苦笑を零しかけたけど、数斗さんが何を尋ねるのか、気になって横顔を見上げた。
「七羽ちゃんは、どんな恋愛してきたの?」
私の恋愛、か。
興味津々の眼差しだ。