眠れないなら眠らなくていい
「午前七時にお店を出て午前一一時三〇分にギルドに到着するって。キース君の脚の速さはいったいどうなっているの……」
ミリアさんは顎に手を置いて考えていた。
「ルフスギルドから門まで一〇キロメートルはある。門から赤の森まで二〇キロメートル。森に入ってからも群生地の間は二〇キロメートルくらいある。橙色魔法の身体強化を使っているのならまだしも、身体能力だけで一〇〇キロメートル以上走っているって……」
ミリアさんは疑問でいっぱいの表情。
「しかも四時間以内に行き帰りで二〇〇キロメートル。単純に計算して脚の速さが最低でも時速五〇キロメートル。加えて森の中でしょ。凄いわね。いや、足が速いで片づけられないよ」
「いえ、まだまだ早く出来そうなんですけど、魔物が危険なので全力疾走しきれていません。辺りを警戒する必要があるのでこれ以上は早く移動できないかもしれません。慣れればばかりませんけど」
「もう、十分早いんだけど……。まぁ、精進するのは冒険者にとって大切な行いよ。これからも頑張ってね」
「ありがとうございます」
僕は武器をミリアさんに返し、報酬の金貨四枚を貰った。
すぐさまギルドを飛び出てアイクさんのお店に走る。
一一時五五分ごろ、アイクさんのお店に一二時までに到着出来た。荒々しい息を整える。
「ただ今、戻りました」
「おぉ……、本当に一二時までに戻ってきたんだな。まさかとは思ったが、本当に帰って来るとは思ってなかった。それにしても行って帰って来るだけでも相当な運動量だろ。体は大丈夫か?」
アイクさんは僕の体を心配してくれているのか優しい言葉をかけてきた。
「はい。息が少し苦しくなっただけです。少し経てばもとに戻ります」
「そうか。なら、午後からの仕事を頼むぞ」
「了解です」
僕は冒険者の服を脱いで店員の服を着る。
この服を着ると仕事が変わったと目から入ってくる情報からでも分かる。気持ちが切り替わり、引き締まった。
昼食時にお客の対応、ビラ配り、掃除、夕食時にお客の対応、掃除、と昨日と何ら変わらない午後を過ごしていた。
時間は立ち、午後一一時三〇分ごろ。僕はお風呂に入り、調理場に足を踏み入れた。
「あ、キース君。お疲れさま。今日はありがとうね」
ミリアさんはコップ一杯の葡萄酒を飲みながら僕に話しかけてきた。
「いえいえ、僕にできる依頼は誰にでも出来る簡単な仕事ですから。気にしないでください。皆、簡単なのに割に合わないからと言って余っている仕事なんですよね。それなら僕にうってつけです。仕事がろくに貰えない僕にとっては最高の仕事です。これからも毎日続けます。お金が溜まるまでですけど……」
「キース君が思っているほど、薬草採取は簡単な仕事じゃないんだよ。最近は魔物が増えたせいで、怪我する冒険者も増えて薬やポーションの需要も高まっている。それに比例して、使う薬草の数が増えて在庫が減ってきている。気候変動で薬草の育ちが悪い。一種類の薬草を五本集めるのだって本当は大変なのよ。キース君は見つけるのが上手いよね」
「どうなんですかね。何となく探しているので……、上手いかどうかはよくわかりません。でも、一つ思ったのは回復草だけ全然見つかりませんよね。この前凄い長い間探してやっと群生地を見つけたんですよ。あそこの回復草がなくなったら『赤の森』で回復草が見つかるかどうかわかりません」
「薬草の中で一番見つけにくいのが回復草で、一番使うのも回復草なの。だから、全然足りてなんだよね。赤の森だと、もうほとんど取りつくしちゃったみたいで、今後どうしようかギルドでも問題になっているのよ。魔物も回復草を好んで食べるから、見つけるのが本当に困難になっているのよね」
「畑で育てたり出来ないんですか?」
「研究はされてるけど、まだ実用化は難しいみたい。王都の貴族だと回復草を各領から集めて、独占しようとしている者がいるくらい、今、足りない薬草なのよね。キース君が見つけてきてくれるおかげで助かっているんだよ。本当にありがとう」
ミリアさんは僕に深々と頭を下げた。
「そんなに貴重なら、今、大きな災害が起こったら大変ですね」
「そうね。怪我人が大勢出たら、それこそ大惨事になるでしょうね。魔物の数もどんどん増えている。狩っても狩っても増え続ける一方で、いったい何が起こっているのかわからないの。キース君も魔物にくれぐれも注意してね」
「はい、わかりました」
僕はミリアさんにお辞儀して部屋に向う。
「はぁ~。今日も仕事したな。冒険者とお店の手伝いを合わせて金貨八枚。凄い大金だ。あと一九日、やり続ければ僕は紳士服を買える。それを買ってもう一度領主に合いに行こう」
僕はベッドに向い、今日こそ寝ようと試みる。だが……。
「ん~、眠れない……。何で眠れないんだ。あと、何で眠たくならないんだ。僕の体どうなっちゃったんだ」
僕は自分の体がおかしくなってしまったとようやく思い、アイクさんに相談しに行く。
アイクさんの書斎に到着し、扉を三回叩いた。
「開いてるぞ」
「失礼します」
僕は扉を開けて部屋の中に入る。
現在の時刻は午前〇時を過ぎており、外は真っ暗になっていた。
アイクさんは机に座り、カンデラの明りで本を読んでいた。
「何だ。キースか。どうした?」
「アイクさん……。僕、眠れないんです」
「寝られない? いつからだ」
「一昨日の夜、三時間眠った後、眠っていません」
「なに。じゃあ徹夜しているのに眠っていないのか?」
「はい……」
「徹夜したにしては顔色が悪くないな……。眠たそうにも見えない。今、眠たいのか?」
「いえ、それが全く眠たくないんですよ。体調もすこぶる良好です。なので、逆に怖くて」
「ん~、眠れないのなら無理に眠らなくてもいいんじゃないか。眠たくても眠れない状況なら、病気の線もあるが、キースの体調は悪くない。なら、眠たくなるまで潔く待てばいい。眠たくても眠れずに辛い思いをしているのなら、もう一度話せ。医者に見せる。何もする気が起きないのなら、瞑想でもしていろ」
「わかりました」
僕はアイクさんの部屋を出て自分の部屋に戻る。
「眠らなくてもいいか……。何しようかな。生活魔法の練習はするとして他に何かないかな」
僕は時間の潰し方を考える。
「体づくりでもするか。剣の鍛錬をしたいけど、剣を持っていないから練習が出来ない。アイクさんに言われた通り瞑想でもいいな……」
僕はなぜか眠れない状況を楽しんでいた。
「夜の時間が増えるのってなんかうれしいな。普通は寝ているから時間が取れないけど、こんなにも時間が取れるなんて思ってなかった。よし! 眠たくなるまで努力しよう。頭を使えばきっと疲れて眠たくなるよ」
その夜、僕は魔法の練習、体づくり、瞑想を各一時間ずつ行い、午前三時から仕事をはじめた。
結局眠たくならず、働き詰めの日が始まる。




