朝三時に起床
「アイクさん。私達は料理を絶対に食べに来ますから」
トーチさんはアイクさんに深くお辞儀して『赤光のルベウス』さん達が食べた料理の料金を手渡した。
「ああ、いつでも待っているぞ」
「はい! では、失礼します」
トーチさん達はお店を出ていく。どこか来る前と顔つきが変わった気がする。
皆は新人冒険者ではなく、少し成長した凛々しい顏になっていた。
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「アイクさん、今日は一段と喋りましたね」
「だな……。喋りつかれた。やっぱり俺は喋るのが向いていない。たったこれしきで一日冒険しているくらいの疲労感だ……。だが、伝えておかなければならないと思ってな」
アイクさんは調理室で椅子に座り、深呼吸していた。
「凄いためになりました。ありがとうございます。あ、トーチさん達に聞いたんですけど、アイクさんは学園で講演していたのは本当ですか?」
「な、そんな昔の話をしてたのか。まぁ、若気の至りってやつだ。ルフスギルドに頼まれて仕方なく受けたが、思い出したくもない思い出だな。俺の一番苦手な仕事だった」
アイクさんは自分の黒歴史を聞かれ、恥ずかしそうにしていた。
「そんな気がします。でも、アイクさんなら教官が似合いそうですけどね」
「あぁ、教官か。懐かしいな。昔、騎士団の教官を一から二週間ほど引き受けた時があったんだが、騎士が皆倒れて病院送りになった。あの時はとんでもなく叱られたな。今は少しくらい厳しい鍛錬にも耐えられる者がいるといいんだがな」
アイクさんがどれほどきつい鍛錬をこなしていたのか想像できないが、僕は騎士団の人たちの苦悩に歪む顔は容易に想像できた。
「じゃあ、僕はお風呂にでも入っていきますね」
「ああ、体を休めて明日に備えろ」
「わかりました」
僕はお風呂場に向い、脱衣所で服を脱ぐ。
ゴブリンの血は水で洗い流したので、服はそこまで汚れていない。
この服は一応借り物なので汚すのは申し訳ないと思い、汚れだけはつけないようにしていた。
全裸になった僕は黒卵さんを抱きながらお風呂場に入る。
お風呂に長い間しっかりと浸かって黒卵さんの様子を見た。
「特に変わりなし。まぁ、孵るのにあと五ヶ月くらい時間がかかるんだよね。楽しみなような不安なような。でも、時間は勝手に過ぎていく。長いと思っていた月日も、あっという間に過ぎているからな。本当に何があるか分からない」
僕はここ一カ月を振り返っていた。
「僕の八月は絶対に忘れられない思い出ばかりだった。残り五ヶ月の間。何が起こるか分からないけど、精一杯生きてシトラを助け出す努力だけは惜しまない。僕の命を削ってでもシトラは助け出してみせる」
僕は黒卵さんをぎゅっと抱きしめて温める。
今日はずっと背負いっぱなしだったので僕の温めが足りないと思ったのだ。
お湯に入れたら熱すぎるかもしれないが勇者の炎を受けても大丈夫なんだ。きっとお湯くらいなんともないだろう。
僕はお風呂からあがり、体を洗った。
その後、脱衣所で新しい服を着て寝る準備を整えてすぐに部屋に向う。
午後一〇時三〇分ごろ。
「えっと、今日稼いだ金貨四枚を加算して。今まで溜めた金貨の合計は細かい数字を省くと四四枚溜まった。金貨二〇〇枚まであと一五六枚か」
僕は小袋に入った金貨をベッドの下に入れておく。
「今日で仕事は一四日目。同じ仕事をあと四回繰り返せば金貨二〇〇枚以上貯められる。つまりあと五六日だから取り置き期間の半年は十分守れる。
何なら、もっと頑張ればあと二ヶ月以内にも終わらせられるかもしれない。それこそ、冒険者の仕事を超最速で終わらせてアイクさんの仕事も手伝えれば、一ヶ月くらいで買えるかも」
僕は自分の体調など気にすることなく仕事に明け暮れようと考えていた。
すでに普通の人間なら倒れていてもおかしくない仕事量をこなしているはずなのだが、僕の体は限界を知らないように動き続けられていた。
その事実に疑問すら覚えず、生活していく。
ただ単純に家族を助けたいと思っているだけで、仕事は苦にならない。
僕が毎日働けばもっと早く紳士服を買えると考えた次の日。
僕は朝三時ほどに起きた。
なぜこんな朝早くに起きたのか全くわからないが、眼が冴えてしまったのだ。
「あれ……。まだ、午前三時だよ。仕事時間は午前五時からなのに、あと二時間も寝られるじゃん。もう一回寝るか……」
僕は時計を見てもう一度布団に入った。
だが、眼が冴えて寝られなかった。
「寝られない……。と言うか、眠たくない。仕方ない、起きるか」
僕は午前の時間にやるべき仕事をやっておくことにした。
――せっかく早く起きたんだ。終わらせられる仕事はさっさと終わらせておこう。
僕は調理場に向い、大量の皿を一時間程度で洗い終わる。
その後、食材を下処理し、こちらも一時間程度で終わらせた。
どうも、仕事の効率が凄く上がっている気がする。
初めは全く慣れない作業に戸惑っていたがなれると自然に速度が上がるらしく、苦でもなくなった。
アイクさんが毎日超人見たいな仕事量をこなしていると思っていたが、きっとアイクさんも慣れによってそれほど苦しくもないのだと僕は悟る。
「なるほど……。慣れてしまうとここまで効率よく仕事が出来るんだ」
「ん? なんだ、キースか。って……、もう仕事がほぼ終わっているじゃないか」
朝五時になり、アイクさんは調理場に起きてきた。
「あ、アイクさん。おはようございます。今日はなぜか早い時間に眼が冴えてしまって時間がもったいないと思ったので仕事を先に終わらせてしまいました。今からビラ配りに行ってきますね」
「お、おう。頼む……」
僕はお店の倉庫に向い、ビラの入った木箱を開けて細い紙紐で一回分に分けられている束を持ち、配りに行く。
これも一時間ほどで終わってしまい、午前六時頃。アイクさんのお店に戻ってきて朝食を得る。
「アイクさん……。僕、午前中の仕事を終わらせてしまいました。どうしましょう?」
「そうだな。ここまで早く終わらせられるとは思ってなかった。少し早いかもしれないが調理場に立ってみるか?」
「え? 僕が調理場に立ってもいいんですか……」
「午前中はあまり人が来ないから必要ないんだが、夜が俺一人だと結構きついからな。朝の時間に練習して夜の調理場に入れるようになってくれるとありがたい」
「なるほど。わかりました。じゃあ、早速料理を教えてください!」
「ああ、みっちり教えてやる」
僕は午前七時から正午までアイクさんが暇な時間を見つけては調理場で料理を教えてもらった。




