ゴブリンとの戦闘
酒焼けしたような声で叫んでいる小鬼のような存在が見えた。
「く……。何で皆がいない時に……」
僕の視線の先には大きな木にもたれ掛かり、三体の……おそらく、ゴブリンと言う魔物に狙われている女性冒険者がいた。
冒険者は体から血を流しており、足が動かないようだ。
剣を持ち上げる力すら残っていないのか、足下に剣が転がっている。
――ど、どうする。僕はゴブリン達の丁度後ろ側にいる。
頭か首を大きく損傷させれば倒せるって手引きにも書いてあった。
早く動かないとあの人が殺されてしまう。アイクさんは逃げろって言っていたけど……、逃げたくない。
僕の手は寒い場所に出たときのように小刻みに震えていた。ゴブリンを見るのも初めてで、倒そうとするのも初めてだ。
そんな僕がゴブリンに怖気づくのも無理はない。ただ、そんな時、ある一人の男の顔が浮かんだ。
――赤色の勇者に比べれば……ゴブリン何て怖くない。
僕を殺しかけた赤色の勇者の顔が僕の脳裏に焼き付いている。
あの顔は僕が生きてきた中で最も怖い存在だった。
あの男を思い浮かべると大抵の物事は怖くなくなる。なんせ最も怖い思いを既にしているからだ。
僕はいつの間にか鞘から剣を抜いていた。
――中途半端が一番危ない。やるなら思いっきり、何が何でもやり切る! 助けを求めている人を見殺しに何てできない。
僕は剣を構えて茂みから飛び出した。
声は出さず、超低姿勢で走り、ゴブリン達の背後に立つ。
一体のゴブリンが僕の存在に気づいたみたいだがもう遅い。
すでに剣身がゴブリンの首にとどいている。
ゴブリンの首に剣身がめり込んだ。筋張って硬い肉を切っているみたいだった。
だが、途中で硬い骨に当たり、身が凍り付く。
ゴブリンは人に似た魔物だ。
体の構造も人に似ている。
ゴブリンの身長は一二〇センチメートルほど、子供の体形に近い。
僕が想像したのは子供の首を跳ねている瞬間だった。
そんな嫌な想像すると、魔物と初めての戦闘は心臓が抉られるほど心苦しいものがある。
だが、僕は生きなければいけない。
目の前の死にかけている人を助ける。その為に倒す以外の方法はない。
――迷わず振り切れ!
「おらっ!」
一体のゴブリンの首が銀色の剣に切られ頭が飛んだ。
剣の重さは熟知しておいた。
たとえ思いっきり振り切っても、すぐに別方向へ切り返せる。
すぐさま僕は真横にいるゴブリンの首を狙った。
だが、ゴブリンも森の狩人。
簡単には倒させてくれなかった。
僕が狙ったゴブリンは仲間が殺されても心を乱されず、回避に徹していた。
体幹が人の比ではないゴブリンはどのような体位になっても倒れない。
だが、僕も命を張っている。みすみす逃がすわけにはいかない。少しでも傷を与えようと踏み込み、首に数センチメートルの切込みを入れた。
剣をぎりぎり回避したゴブリンは手で首を押さえているが、黒い血が止まらずその場に膝を付く。
――あれだけ出血したら失血死するはずだ。
僕は茂みから移動してゴブリンをちりじりにしたあと女性冒険者を背後に着けて守る。
瀕死のゴブリンに見切りをつけてもう一体のゴブリンに狙いを定める。
「残るは一体……」
「あ、あなたは……」
「大丈夫ですか?」
僕はすぐさま、ウェストポーチから緑色のガラス瓶を取り出し、女性に後ろ手で渡す。アイクさんが作った品なので、効果は保証されている。
「これを飲んで回復してください。ゴブリンは見たところあと一体しかいないので、僕が倒します」
僕は既に辺りを見回して仲間のゴブリン達がいないか確認していた。
手引きにも、数体のゴブリンには注意しましょうと書かれている。
周りに仲間がいる可能性があるのだとか。
三体のゴブリンを見つけてから辺りを見回し、ゴブリンが他にいないと確信してから飛び出したのだ。
「で、でも……これ。回復のポーション。今、お金ないので返せません……」
「それは貰い物なので使ってください。別に誰が飲もうと、くれた人は文句を言いませんから」
僕は背後にいる女性に声を掛けながら目の前にいるゴブリンに集中している。
ゴブリンは手に錆びたナイフを持っており、全身が深い緑色だった。
本来はもう少し明るい緑色なのだが、きっと森に溶け込みやすいよう、泥を塗ったり、他の植物の油を体に着けてたりしていると思われる。
森での戦いならゴブリンの方が一枚も二枚も上手だ。
――僕が勝つためにはどうすればいい……。ゴブリンがこの状況を不利と見て逃げてくれるのが僕としては一番ありがたいけど、逃がして仲間を呼ばれても困る。
仕留めた方が後々襲われずに済むはずだ。だったら倒す方法を考えろ。
僕は目まぐるしく思考を回す。
――僕がゴブリンに勝っている部分としては武器の攻撃範囲くらい。
あのナイフに毒でも仕込まれていたらかすり傷だけでも致命傷になる。攻撃をよく見てかわしてからのカウンターが僕の勝機。
リークさんとの戦闘鍛錬を思い出すんだ。
ゴブリンは逃げずに叫びながら僕に攻撃を仕掛けてきた。
縦横無尽に動き、どこを狙っているのか分からない。
――攻撃の対象は僕のはず。なら、攻撃される瞬間まで引き付けて全神経をその一瞬に注ぎ込めば……。
ゴブリンは低姿勢で僕の脚を狙ってきた。僕の機動力を削ぎに来たのかもしれない。
――牽制動作かもしれない。攻撃を繰り出してくるほんの一瞬に反応しろ。
リークさんがやっていたように、最小限の動きで相手に攻撃を与えるんだ。リークさんは拳だったけど、剣でも応用できるはずだ。
「くっ!」
やはり、ゴブリンは僕の脚を攻撃すると見せかけていた。
脚を攻撃しても僕に致命傷の一撃を与えられない。
仲間を失った今、これほど近づいて機動力を奪っている暇がないと判断したようだ。
ゴブリンは僕の首目掛けてナイフの軌道を変えてきた。僕の首にナイフをとどかせるため、地面を強く蹴り跳躍する。
ゴブリンの体は宙に浮き、即座に方向を転換できないはずだ。
「今だ!」
僕はゴブリンの右腕を切り落としたあと、たて続けに真下から剣を振り上げてゴブリンの胴体を真っ二つに切り裂いた。
重たい物体が力なく地面に落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。た、倒せた。僕でも、倒せたぞ」
僕は目の前にいるゴブリンを倒し、満足感と達成感に満ち溢れていた。
全身の血が煮えたぎるような熱さを得て脳が興奮している。
剣身にゴブリンの黒い血が付着しており、雫となって地面に落ちていた。
「あの、怪我は治りましたか?」
僕は後ろを振り向き、女性に手を差し伸べる。
「危ない! 後ろ!」
女性は大きな声で僕に忠告し、指をさす。
「え……? なっ! どうして!」
僕は視線だけを後ろに向けた。
すると、真後ろにはナイフをもって飛び掛かってくるゴブリンがいた。
既にゴブリンは僕の背後一メートルの範囲にいる。
そのゴブリンは僕が失血死したと思っていたゴブリンだった。
膝を地面に付いて倒れたのは演技だったらしい。
ゴブリンはそこまで機転が利くのかと思うのと同時に死の気配を感じる。
 




