黒髪
「三〇人乗りの一〇両編制なので単純計算……三〇〇名ほどが乗っていたと思われます……」
「ほぉ~ん、たった三〇〇人か。どうでもいいや。爆風に吹き飛ばされて助かっているやつもチラホラいる。おい! お前ら! 俺が強盗団から助けてやったんだ。感謝しろよ!」
赤色の勇者は上裸のまま剣を振り上げ、何も悪気なく叫んでいた。
その姿を見るに、どうやら僕たちはまだ気づかれていないみたいだ。
「き、キースさん……。髪が……」
「え……? うわ、煤だらけ。真っ黒になっているよ」
僕の白髪は見事なまでに真っ黒になっていた。
髪に手を当てると、手の平が真っ黒に染まる。
「さてと……。こいつらを纏めて始末したあと、続きと行きましょうかね~。ギルドマスター」
「は、はい……」
「早く逃げろ! 奴の攻撃が来る!」
一人の白服が背後にいる他の白服の者たちに向って叫んだ。
「くっ! 皆行こう!」
一人の白服を残して、後ろにいた者たちは一斉に走り始めた。
「だ~から、逃がさねえって言ってんだろ! 『赤色魔法:フレイムアロー』」
「く! 『青色魔法:ウォーターアロー』」
赤色の勇者は逃げる白服たちに向って、無数の燃え盛る矢を放った。
白服は燃え盛る矢に向って、水で作られた無数の矢を放った。
炎の矢と水の矢が衝突する。炎の矢の方が威力は高い。だが、水の矢と相性が悪く、攻撃は逃げる者たちに届いていない。
魔法同士が衝突すると爆発音と共に大量の水蒸気が一帯を包む。
僕の視界は真っ白に染まり、激しい戦いは何も見えない。
激しい爆発によって生み出された強い風が水蒸気を一気に吹き飛ばすと地面にへたり込んでいる白服が姿を現す。
「ほぉ~、まさか防がれるとはな。だが……一回でそのへばりようは、情けねえな」
「はぁはぁはぁはぁ……。く……っそ……」
「ん~。魔法の才能はあるかもしれないが、魔力量が少ないのか。あ~かわいそうに。俺は魔法の才能があり、溢れんばかりの魔力を持っている! この国で最も強い七人のうちの一人に選ばれた優秀な人間なんだよ! この雑魚が!」
「はぁはぁ……。ハハ……。何が選ばれた人間だ、ふざけやがって……」
白服は、ふら付く脚を握り拳で一度殴り、勢いをつけて立ち上がる。
「無理するな。お前も後ろの奴らもまとめてあの世に送ってやるからよ」
「後ろの皆には手を出すな。私だけを殺せ……。それで、見逃してくれ……」
「う~ん、どうしようかなぁ。顔も見えない奴の願いは聞けないなぁ~」
「く……。わかった」
白服は赤色の勇者の発言を撤回するためにフードを外していた。
青みの方が強いシアン(青緑)色の長髪に青色の瞳が露わになる。
髪色と同じ眉に、大きな目。長いまつ毛が瞳を覆い、大人っぽく見える。
顔の輪郭はまだ少し丸く、子供っぽさを残していた。
大人と子供の印象が合わさり、ほど良く調和している。
小さくもスッと通った鼻と小さな唇が二つの印象を纏めており、その顔は誰が見ても口を揃えて言うだろう『とても綺麗な顔だ』と……。
「ほぉ~ん。なるほど、女だったか~」
「これで……」
「脱げ」
「は……」
「後ろの奴らを見逃してほしいんだろ。だったら、脱げよ」
「く……クソが……」
「あ? いつでも逃げるあいつらを炭にしてやってもいいんだぞ」
「く……わかった」
白服の女性は羽織っているローブを脱ぎ捨て、薄い内着と白い下着だけを着た状態になる。
「あぁ~何だ……ガキかよ。顔がやけに大人っぽいから、期待してたのに残念だ」
「要望通りに脱いだんだ……。皆には……」
「は? まだ三着も残っているだろ。話は全裸になってからだ」
「な……何を言っている」
「あ? ガキ臭い内着と下着が残っているだろうが。さっさと脱いで俺に土下座しろよ。そうすれば、後ろの奴らを助けてやってもいいぜ。俺に気が変わればだがな」
「グ……ぐぐ……。わかった……」
白い服を脱ぎ捨てたシアン髪の少女は背後の者たちが逃げられる時間を稼ぐように、残りの三着をゆっくりと脱いでいく。
僕は見てはいけないと思い、視線を避ける。
――僕は何もしてあげられない……。本当に、何もしてあげられないんだ。あんな小さな子が命を張っているのに……。いや自業自得だ。お金を取り上げようとしたあの子たちも悪い。それでも……、あの赤色の勇者は見境なく多くの人を焼いた。もっと悪い。
「き、キースさん。血が……」
「え……。あ、こんなに握り締めてたんだ」
僕は拳を握り締めすぎて爪が掌に刺さっていた。
流れ出た血で掌が真っ赤に染まり、頭を触った時に付いた煤と混ざり合って粘りが増している。
「逃げようプラータちゃん。ここにいたら僕たちまで巻き込まれてしまう」
「で、でも……。藻掻きながら助けを求めている人達がいますよ。私は何とかまだ動けます。助けに行きましょう。きっとあの勇者も無暗に人を殺したり……」
プラータちゃんは自分が殺されかけたのを思い出したのか、言葉を詰まらせる。
「プラータちゃん、無理しなくてもいいんだ。今は自分が助かるために行動しよう」
「い……嫌です」
「嫌って……。そんなわがまま言っても僕たちにはどうしようも出来ないよ」
僕とプラータちゃんが言い合いをしている間に、シアン髪の少女は勇者に向って全裸で土下座していた。
「ん~。ガキをこうやって踏みつけにするのは、中々そそられるな~」
「く……。これで、後ろの皆は……」
「あ! そうだ~。このガキを奴隷にして、ペットにしてやろう。何も言い返せない強制奴隷紋付きにして、あいつらをぶっ殺した男に毎晩気絶するまで抱かれる雌ブタにしてやろう! そうと決めたら後ろの奴らを無残に焼き殺してやらないとな!」
――は……。何を言っているんだ、あの男……。ほんとに僕と同じ人間なのか。
「た……頼む。後ろの皆だけは殺さないでくれ。私は奴隷にでも何でもなるから、皆だけは……」
シアン髪の少女は力の入らない体を無理やり起こして、勇者に近づこうとする。
縋りつく姿は僕がシトラの件について元父親に話を聞いていた時とどこか似ている。必死そのものだった。
「ハハハハハ! いいな~その顔~。俺はその顔が大好きなんだ~! 絶望を体現したその表情、ぞくぞくするぜ! 『赤色魔法:フレイムバースト』」
赤色の勇者は満面の笑みを浮かべた直後、一瞬で無表情になり、興味なさげに手の平を逃げていく白服の者たちに向ける。
「や……め……」
「やめろ!!」
僕はシアン髪の少女の瞳から光が無くなった瞬間に真下を向いて地面に大声で叫んでいた。自分でも何しているのか理解できない。
「あ? 誰だ……。いったい誰が『やめろ』なんて言葉を言いやがった」
赤色の勇者は、ごうごうと燃えたように赤い髪を風に靡かせ、燃え尽きた列車の残骸から赤すぎる瞳で辺りを見渡す。
「早く逃げてください!」
「え……」
「早く逃げてください!」
「で、でも……体が……っ! な、何で……」
「やはり逃げられませんでした。貴方を置いてなど行けません!」
茂みに隠れていたのか、白服の者がシアン髪の少女を抱きかかえて走り出した。
「おいおいおいおいおいおいおい! 何してくれてんだよ! せっかくの余興が台無しじゃねえかっ!」
赤色の勇者が逃げている白服とシアン髪の少女に手の平を向ける。
「おい! 赤色の勇者! こっちを向け!」
――僕はいったい何を言っているんだ。こんなの、絶対に意味ないのに。すぐに殺される。魔法は放てないし、剣の腕もへっぽこだし……。勝ち目は皆無だ。
「あ? って、おいおい……マジかよ。黒髪じゃねえか。何でこんな所にいるんだ。おかしいだろ……」
赤色の勇者は僕の姿を見つけると、度肝抜かれたように瞳をかっぴらいていた。
「く、黒髪?」
――確かに今は煤で黒髪っぽくなっているけど……。フレイからは真っ黒に見えているのか。
「まさかこんな所で伝説の黒髪に出会えるとは。おい黒髪、俺にちょっと付き合えや。赤色と黒色、どっちが強いか、確かめようぜ!」
赤色の勇者は僕の黒髪を本気で信じているらしい。そのおかげで、さっきまでの怒りが黒髪への好奇心に変わっている。
このまま時間を稼げれば……この場にいる人達が逃げられるかもしれない。
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