冒険者への勧誘
「はいキース君。これ、ホットミルク」
ミリアさんは僕の前にある調理台にホットミルクが入ったコップを置き、椅子に座った。
「あ、ありがとうございます。あの、ミリアさん。改まってどうしたんですか。僕、何か不手際でも起こしてしまったんですかね?」
ミリアさんは首を横に振った。どうやら、僕の問題ではないらしい。
「単刀直入に言うけど、キース君は冒険者に興味はない?」
「え……、い、いきなりですね」
「ごめんなさい。仕事上この時間しか空いてないから、今しか話が出来ないの」
「それは僕も理解していますけど、何で僕にそんなことを聞くんですか?」
「えっとね。本当は内緒にしないといけないんだけどアイクが言っていたの『キースには冒険者の素質がある』って」
「アイクさんがそんなことを……」
「気になってキース君のことをアイクに色々聞いてみたの。そしたら、エルツさんに力で勝ったとか言い出すから、嘘だと思ったんだけど、アイクは嘘をつかないだろうし……。その話はほんと?」
「ま、まぁ……。エルツさんは油断していたので勝てたんだと思います」
「油断していたとしても、剛腕の異名を持つエルツさんに力で勝てるのはすごいよ。それを聞いただけで冒険者の素質があるって思ってしまうわね……」
ミリアさんは受付嬢の顔をしており、仕事の状態からまだ抜けきっていないみたいだ。
「あ、あのさっきの質問ですけど、今の僕は冒険者をやっている場合じゃないんです。堅実にお金を溜めて家族を取り戻さないといけないので……冒険者の自分を考えられません」
「そうよね。キース君が何でアイクさんのお店で働いているかは知っているけど、冒険者の道もあるのよ」
「え?」
「このお店で働くよりも稼げる仕事はある。時間も短い。でも、命の危険はある。ただ、アイクが、キース君は冒険者の素質があるって言うくらいだから、訓練を積めば命の危険も最小限にできると思うの」
ミリアさんはなぜか僕を冒険者にさせたいような雰囲気で、グイグイと近寄ってきて冒険者の良い点を挙げてくる。
「どうしてそこまで僕に冒険者をすすめるんですか?」
「それは……」
ミリアさんは言葉を詰まらせる。
「人手不足だろ」
アイクさんはお風呂からあがってきたのか、マゼンタ色の短い髪を乾いた布で拭きながら調理場に来た。
「人手不足。冒険者のですか?」
「ルフスギルドは万年人手不足なの。特に冒険者の人手不足は深刻で、処理しきれないほどの依頼が毎日のように舞い込んでくるの。でも、依頼を受けてくれる冒険者は限られているから、毎日、依頼の催促魔報が届くのよ」
ミリアさんは額に手を置き、疲れている様子を見せてきた。
「た、大変ですね」
最近は魔物の出現が頻発していて新米冒険者が大怪我を追ったり、負傷したりで高ランクの冒険者に簡単な仕事を回さざるをえなくなったらしい。
そうなると、必然的に難しい依頼と簡単な依頼をこなしているベテラン冒険者の方々が不調になり、仕事がてんてこ舞いに……。
「はぁ、だから言っただろ。教育にもっと力を入れろって」
アイクさんは元冒険者だからか、冒険者ギルドの内情をよく知っている様子だ。
新米冒険者がギルドに入ってきたところで知識や技術をおしえないと使い物にならないという。
その場の乗りで冒険者になるような奴は自分が強いと過信している。すぐに仕事をさせていい職業じゃないだろ、冒険者はと……。
「うぅ……、私だってそう言っているのに全然聞き入れてもらえないんだもん」
アイクさんの言葉を聞いてミリアさんは涙目になってしまい、声を震わせる。
「う……。わ、悪かった。少し強く言い過ぎたな」
「あの、僕、今はそんな危険な目に合うわけにはいかないんです。家族に会う前に死んでしまったら、笑えませんから」
「そうよね。はぁ、どうしよう」
「キース、一週間の内、月、火、水、木、金、土、日の中で好きな曜日をギルドの依頼をこなす日にしてみたらどうだ?」
「え……、でも死ぬ可能性があるって言っていたじゃないですか」
「確かに言った。だが、それは鍛錬や知識を積んでいない者の末路だ。今のキースは基礎的な鍛錬を積んでいる。力もエルツを凌ぐほどだ。加えて死を恐れている。これだけの要素が揃えば、死ぬ確率は相当低い。ランクの低い依頼を受ければ、危険は少ないはずだ。そうだろ、ミリア」
「スライムの討伐とか、魔物の被害にあった柵の修繕、木々の伐採なんかが冒険者になって受けられる最も低いランクの依頼ね。最近は特に魔物の被害が多いから、手をかしてくれるとありがたいんだけど……」
「僕、魔物を倒した覚えがありません。僕なんかが戦って勝てるんですか?」
「別に戦わなくても逃げればいい。依頼以外のことはせずに依頼だけこなしていてばいいんだ」
アイクさんは僕の疑問をすぐに解消してくる。
「魔物の討伐はそれを受けた冒険者達の仕事。キースの足は相当速いからな。ゴブリン程度なら余裕で逃げ切れるはずだ」
「そ、そうですかね……」
「心配なら別の冒険者と共に依頼を受ければいい。この先、キースがこの店で働けなくなる可能性だってある。他の職業も経験しておいて損はない」
――ど、どうしよう。この流れ、僕が冒険者にならないといけない雰囲気が漂ってるよ。
確かに冒険者に少し憧れてたけど、今の僕がどこまで通用するのか分からないし、万が一にでも死んだら、シトラに会えない。
危険を冒すべきじゃないとわかっているのに困っている人たちがいると思うと、心のどこかで助けたいという気持ちが出てきてしまう。
僕はシトラがなんというかを考えた。
「考えてないでさっさと行動してください」とか。
「私のことは気にしなくて結構」とか。
「キースの好きなようにすればいいんじゃない」とか。
――シトラなら僕の考えを尊重してくるはず。僕の気持ちを最優先に考えてくれるんだ。
シトラが僕のことを好きかどうかは知らないけど、自分の好きなところを好きになってほしい。
僕が自分の好きなところはお節介なところだ。何もできないくせに出しゃばる、弱いくせに守ろうとする、そんな勇者みたいな自分を誇りたい。
シトラを助けるために僕にできることなら何でもする。そう誓った。
「わかりました。やってみます……」
「ほんと! ありがとう、キース君! ほんとに助かる。もう、キース君のギルドカード(仮)作っちゃったから、もし断られたらどうしようかと思ってた」
ミリアさんは僕に一枚のカードを差し出してきた。
「お前……。ほんと、そう言う手回しが速いな……」
アイクさんはミリアさんの行動を見て、苦笑を浮かべている。
「私の取り柄だからね」
「はは……、ミリアさんも相当お節介な方なんですね」
「まぁね」
ミリアさんは苦笑いを僕に見せる。




