アイクさんの店での仕事
九月七日「晴」午前:四時五五分
「ん~、ふぅ~、まだ外は暗いか。というか、あんまり寝た気がしないなぁ……。朝のビラ配りに行かないと……。」
僕はベッドから出て午前五時〇〇分に調理室に入る。
アイクさんが作った朝食を得たあと、ビラを持って数日前と同じように街中を走り回って配っていった。
午前六時三〇分ごろ、僕はアイクさんのお店に戻ってきた。
「よし、ここまでは前と一緒だ。難なくこなせているぞ」
僕は調理室に入り、朝の皿洗いをこなす。
昨日は定休日だったのに、なぜこんなに皿が溜まっているのかと思うほどの量。半日で終わるのか心配だった。
だが、僕の数少ない取り柄である掃除は皿洗いとどことなく似ているので丁寧にしっかりと洗っていく。
もちろん速度も考え、魔道具のように一定の間隔を保ちながら淡々と行う。
皿洗いは三時間ほどで終了した。
午前九時三〇分ごろ、僕は料理で使う食材の下準備に入る。
僕がおもに行うのは野菜の皮むきだ。
ジャガイモや人参、玉ねぎなどよく使う食材の皮を、皮むき器で無駄な部分が無いよう丁寧に速くむいていく。
むき終わった食材はアイクさんに言われた通りの大きさ、形に切り揃え、水の入った木製の容器に入れていった。
これが中々大変で初日は三時間経っても終わらなかった。
正午を過ぎ、お客さんが多くなってきたころ、食材の加工を少し止めて注文を受けてとどける店員になり、食堂と調理場を二時間走り回った。
午後二時三〇分ようやく人の出入りが少なくなり遅めの昼食を得る。
午後三時から午前中に余っていた下準備を一時間追加でこなし、ようやく終えて午後四時。
本当は既に午後の下準備を始めていなければならない時間なのだが、僕は今から始める。
加えてこの時の量の方が朝よりも多いため四時間以上かかるのは容易に想像できた。
弱音を吐いていても仕方ないので、慣れるよう努力し、午前中の知識を使って何とか二時間で半分が終了した。
皮むきの速さは明らかに早くなっているが今からビラ配りに向わなければならない。
僕は午後六時からビラを配り、午後七時三〇分にお店に戻ってきた。
すでにお店は人でいっぱい。
僕はこんな時間にいつも帰ってきていたのかといまさら気づく。
アイクさんに怒鳴られながら重たい料理を運んで行く。
お客さんに注文を持っていくとなぜか皆は僕のことを知っていた。加えて凄い褒めてくる。
どうやら以前のお試し期間にもお店に来てくれていたらしく僕が死に物狂いで働いているところを見て自分たちも仕事を頑張ろうと思えてくれていたらしい。
そう言ってもらえて僕も凄く嬉しかった。
大きな声で「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝え、料理を再度運んで行く。
午後九時〇〇分頃、お店がやっと落ち着いてきて僕の体力は既に限界を迎えようとしていた。
人と対面で話すとはこれ程も体力を使うのかと思い知らされる。
僕は遅めの夕食を得て残っていた下準備を二時間かけてやり終える。
その後、店内の掃除、お風呂などを行うとあっという間にゼロ時になっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。め、目が回る……。こ、これ……、この前の時とまた違った辛さがあるぞ」
ありがとうって言ってもらえるのは凄く嬉しい。
前はずっと一人だった。一人で一日を頑張るのと、いろんな人と会いながら一日を過ごすのは体力の減り方と心のけずれ方が全然違う。
僕はどっちかと言ったら一人でやる方が得意なのかも……。いや、まだ一日しか経験していないんだから得意不得意なんて分からないじゃないか。
下準備は一人でやる仕事だ。ビラ配りも一人でやる仕事だ。
接客だけ僕の話下手がでてしまった。苦手を克服するいい機会だ。もう少し相手の目を見て話せば印象が良くなるかも……。
僕はその日の反省点を黒卵さんに向けて話していった。
自分でぶつぶつ話すよりも誰かに聞いて貰ったほうが頭に残りやすかったのだ。
加えて黒卵さんが何か嬉しそうにしていたのでちゃんと言葉が通じているんだと実感した。
はたから見たら頭のおかしい人だが花や植物、人形に話を聞いて貰う人がいると思うがそれと全く同じだ。
「えっと……今日働いた時間は朝の五時から夜の一一時三〇分まで間に食事の休憩が三〇分の三回あったから一時間三〇分は抜いて……一五時間」
さすがに働き過ぎか。いや、仕事をちゃんとこなせてないのに時間だけ無駄に掛かっちゃっている。
これじゃあお金が貰えない……。
本当は一〇時くらいで終わるらしいけど、もっと技術をあげないとだめだな。練習あるのみだ。
僕は部屋で黒卵さんに話しかけている最中。 部屋の扉が開いた。
「キース。まだ聞いていなかったが給料は日払いか七日払い、月払いどれがいい? 俺は何でも構わないんだが……」
「えっと……、日払いでお願いします。自分が一日どれだけ働いたか目安にできるので」
「そうか、分かった。じゃあ、今日働いた分の給料だ」
アイクさんは小さな袋を僕に手渡してきた。 僕は袋の中を覗くと金貨三枚が入っている。
「え、えっと……。貰っておいて何なんですけど、僕ちゃんとは働けてなかったですよね。なのに、この金額を貰ってもいいんですか?」
「何だ初日から完璧に働けると思っていたのか?」
「い、いえ……。ただ、こんな大金を貰うならちゃんとした仕事をしないとと思いまして……」
「俺は初日からお前が完璧に働けるとは思っていない。だからルフス領の一等地で最も低い時給から始めている。銀貨二枚で今日の働きなら上出来だ」
アイクさんは腰に手を当てながら微笑んでいた。
「慣れてきたらもっと時給を上げると言っていただろ。実際一五時間は働き過ぎだが、お前の欲しい物を買うためには働かなければ買えない」
僕は金貨二〇〇枚越えの紳士服が必要だった。
「三ヶ月だったか。それだけあれば、二週間で成長したキースならきっと今以上の仕事が出来るようになるはずだ。焦らず自分のことを見つめて仕事に取り組んでくれ。期待しているぞ」
アイクさんは僕の頭に手を一度置いて部屋を出て行った。
「うぐ、何だろう、凄く嬉しい……。ちゃんとした仕事が出来ていないのになぜか褒められた。家では何やってもダメだしされてたのに……。アイクさんは僕の頑張りを認めてくれたんだ」
僕は声を掛けられてお金を渡されただけで泣いてしまっていた。
何とも情けないがそれほど心が高揚したのだ。貰ったお金の金額を日付と共に紙に記しておく。紳士服を買うために必要な金貨の枚数は残り一九七枚だ。
今日使った包丁の手入れをして僕は眠る。
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