二枚目の悪魔
「キースの年齢で金貨二〇〇枚の紳士服を買う理由がわからないんだが?」
アイクさんは鋭利な瞳を僕に向けてくる。
「領主に合うためです。門番の人に最高級の紳士服を着てこいと言われました」
「そうか。あっちもキースを試しているのかもな。あと、お前のその眼はやってやろうって眼だな」
「はい。紳士服はさっき取り置きしてもらいました。三ヶ月の間に稼いでやろうと思っています」
「三ヶ月で金貨二〇〇枚は相当辛いぞ。一攫千金が狙える冒険者と違って、俺の店は時給制だ。どれだけ働けるかが勝負になる」
アイクさんは頭の中で計算しているのか、少し考え込んだ。
「ざっと計算して一日一三時間仕事すると三ヶ月休みなしで働けば金貨二三四枚だ。普通の人間じゃ途中で倒れるかもしれないが、お前なら出来るかもな」
「やります。何なら、実力をつけて時給を上げて三ヶ月以内に紳士服を買ってやります!」
「凄い気合いだな。いいだろう。好きなだけ働かせてやる。こう見えて俺は忙しい身なんでな。いろいろな仕事をさせてやる。楽しみにしてろ。仕事は楽しんでなんぼだ」
「は、はい! 頑張ります!」
「それじゃあ、今日は昨日教えられなかった仕事の内容でも話しておくか。昨日までの内容は覚えているか?」
「えっと、ビラ配りと皿洗い、素材の皮むきや加工を午前中に行う、と言ったところまで聞きました」
「それじゃあ、午後からの仕事内容を教える。しっかり覚えておけよ」
「はい」
「昼時は冒険者よりも一般市民がよく来店する。料理の量はそこまで多くないからな俺一人で作るのは容易だ」
「じゃあ、僕は何をすれば……」
「キースは俺が作った料理を運んでもらう。いわゆる店員だ。客から料理名を聞いて、俺に伝える。俺が料理を盛りつけてお前に渡すから、すぐ注文者に持っていく。それだけの仕事だ」
「なるほど……」
「昼時が過ぎれば暇になるが、ただ突っ立っているのは時間がもったいないからな。午後のビラ配りと夜の仕込みだ。
その後、夜には冒険者達がやってくる。酒や大盛り料理が飛び交う時間だ。その時はキースも調理場に入って俺の補助と店員をしてもらう。相当きついと思うが、やる気はあるか?」
アイクさんは少しにやけた顔で言ってきた。
「もちろんです。家族の為なら何だってやり遂げて見せます」
「意志は固いみたいだな。嫌いじゃない」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、明日からよろしくな。キース」
「はい、よろしくお願いします!」
僕は深々と頭を下げた。アイクさんの書斎を出て部屋に向う。
その途中、頭を抱えている一人の男性が姿を現した。
「うぅ……頭痛い……」
「リークさん。大丈夫ですか。僕、水でも持ってきましょうか?」
「あ、キース君。お願いできるかな……」
「わかりました。水を持ってきますね」
僕は調理場に向い、瓶に入った飲み水をコップにそそいでリークさんのもとに持っていく。
「リークさん、水です」
「あぁ、ありがとう……」
リークさんはコップを受け取ると、一気に飲み干した。
「いやぁ、二日酔いが酷くてこの時間まで寝てたよ……」
「リークさん、何でも出来そうなのに抜けてるところがあるんですね」
「僕は穴だらけだよ。仕事以外じゃダメ人間なんだよね……」
「そうなんですか。でも、仕事が得意っていいことですね。仕事を楽しめそうで」
「まぁね、でも職業柄きつい場面もよくあるから、一概には楽しいと言えないな。もちろん楽しい時はあるよ」
「たとえば、どんな時ですか?」
「悪党の情報を冒険者ギルドに流したりとか、騎士団に伝えたりすると、凄い高揚感があるよ。自分が悪党を捕まえたんだ。みたいな」
「なるほど、凄い気持ちよさそうですね」
「そりゃあもうたまらないよね。でも、逆もしかり。僕は正義の味方でも無ければ悪の組織でもない。平等に情報を売って儲けている情報屋。つまり中立の存在って立場かな」
「そう言えば、リークさんって二枚目の悪魔って言われていましたけど、どういう意味ですか?」
「あぁ、それはトランプにもじられているんだよ」
「トランプ。あのいろんな柄の描かれたカードですか?」
「そう。トランプの遊びで悪魔のカードを最後まで持っていたら負けの遊びがあるでしょ」
「ありますね」
「あの遊びで、そろったトランプは捨てられる。でも、悪魔のトランプだけは一枚だけしかないから捨てられない。だけど、もう一枚悪魔のトランプがあったらどうなる?」
「勝ち負けがなくなります」
「そう、勝ち負けがなくなる。つまり、僕を持っていれば負けないってこと。僕はそう言った存在だと思われているんだよ」
「す、すごい……」
「あと、顔がカッコいいから二枚目ともいわれるよね。でも僕は悪魔より、死神の方が好きなんだ」
「確か、前も言ってましたよね。何でなんですか?」
「ほら、悪魔って悪い感じがするだろ。どっちかと言うと悪い方の味方に着きそうじゃないか」
「確かに、そうですね」
「でも、死神は良い方にも悪い方にも付く。いわゆる中立な存在なんだよ」
「言われてみたらそうですね……。リークさんは中立が好きなんですか?」
「好きと言うか、そう言う性格なんだよ。勝つのも負けるのも嫌。だから中立の立場にいるんだ」
「へぇ……。リークさんにも考えがあるんですね」
「まぁ、中立なのは仕事だけなんだけどね。普段は正義の味方と言うか、僕が思う良い者の味方になる」
「つまり、根は良い人だと言いたいんですね」
「そう言うこと。キース君は悪い者を見逃さなそうだよね。純白の髪だし」
「悪者は許しませんけど、それを捕まえられるだけの力がないので、見逃したくなくても泣く泣く見逃します」
「昨日、エルツさんを吹き飛ばしておいて力がない……。それは自分のことを弱く見すぎなんじゃないかな」
「でも、昨日は何であんなに力が出たのかわからないんですよ」
「キース君の身体能力が上がっているんじゃないかな。アイクさんの所業を耐えきったんでしょ。それなら体が鍛えられていて当然だよ」
「そうなんですかね……」
「あ、そうだ! キース君、僕と手合わせしようよ」
「え……手合わせですか?」
「そう。アイクさんと昨日話したんだけど、キース君は戦闘経験が全然ないんだよね?」
「はい。もちろんありません」
「ならちょうどいい機会だし、僕が少しだけ戦い方を教えてあげる」
「え、いいんですか!」
「アイクさんの家賃替わりに交渉したら了承を貰えたから。よし、そうと決まれば裏庭に集合!」
リークさんは寝間着のまま、コップを掲げ、裏庭に向った。
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