働かざる者食うべからず
やけに進めてくるので、僕はハーブティーの香りを嗅ぐ。爽やかでとても美味しそう。シトラとミルは顔を背けている。何か嫌なにおいでもするのかと思ったが、口に含むとびっくりするくらい辛い。
唐辛子を煮詰めて出てきた汁を飲んでいるような辛みが出てくる。
「どうですか、辛いですよね。においがいいのに味は最悪なんですよ」
「キースさん、この人やばい人です。お客さんを実験台にしてきましたよ!」
「まあ、私も辛いとわかっていたんだけれど、本当にからそうね」
僕は『無傷』で口の中の痛みを取り払った。
「な、なんですか、このハーブティー」
「いやぁ、虫に食べられないように改良して行ったら、激辛ハーブができまして。オルソプテラの大群もこの品は食べなかったんですけど、売れるわけもなく」
「で、でしょうね……」
誰がこんな激辛ハーブティーを飲むというのだろうか。でも、辛い品は食べないとパックスさんは言った。やはり、オルソプテラに関して研究しているようだ。
「フラーウス領の状況を少しでも良くしようとしている人がいて安心しました」
「ははは……、そんなたいそれたことじゃありません。私のこれは、一種の抵抗です。研究者として、あのオルソプテラどもに、食われない作物を作ってやりたいって思いが、ここにとどまらせているんですよ。まあ、肝心の稲は全滅なんですが」
先ほど外に持ち出した稲は、オルソプテラに食われないよう改良した品らしいが。惨敗に終わったという。稲も辛くなったらどうするのだろうか。
「えっと、僕たちの自己紹介がまだでしたね。僕はキースと言います。あと、妻のミルとシトラです」
「まだ、若いのに、もう二人の美人な奥さんが……。実に羨ましい」
パックスさんは本当に羨ましそうな表情で呟いた。
「キースさん、この人はいい人です」
「そうね。すっごく良い人だと思うわ」
ミルとシトラの手の平返しが酷い。
「キースさんはこんな状況のフラーウス領にわざわざ何しに来たんですか?」
「観光が目的だったんですけど、それどころじゃなかったので、僕たちもフラーウス領の復興に何か力になれないかと思いまして」
「えぇ、なんか、聖人みたいなかたですね」
「信じてもらえるかわかりませんが、この状況を打開できるかもしれない情報が一つだけあります」
「えっ! い、一体何なんですか! 教えてください!」
「おそらく、あのオルソプテラたちは一体から増えた個体です。本体を倒さない限り、増え続けるかもしれません」
「本体……? えっと、一つ言っておくとオルソプテラの数の推定は一二兆五千億匹を超えています。その中から一匹しかいない本体を倒すって一二兆五千億個の玉の中から一個の当たり玉を引く確率と同じですよ? 不可能じゃないですかっ!」
「でも、当たりは入っているなら、一発目で引ける可能性もありますよ。それに、一個ずつ引くのではなく、何百個も一気に引けば、当たる可能性も上がります。引く人間が増えれば、もっと当たるかもしれません。この状況を打破するために、出来ることをやりましょうよ」
「……はぁ、その一匹の本体がいるって言うのは本当なんですか?」
「確証はないですけど、似たような状況を見た覚えがあります。仲間を共食いして、狂暴になっていく。一匹の本物を倒せば、敵の力は薄まっていくはずです。魔力が循環しているので、それを与えないことが重要になってきます」
「魔力の循環……」
「オルソプテラを大量に倒したら、放っておくのではなく燃やしてしまったほうがいいでしょう。それか、僕の相棒が食べてくれるので餌として持って来てもらっても構いません。とにかく、共食いを阻止して、魔力の循環を断ち切ってやらないと数が一向に減りません」
「ま、待ってください。ちょっと整理します……」
パックスさんは散らかっていた周りを片付けだし、見つけ出した羊皮紙に僕が話した内容を書き込んでいく。ものすごい集中力で、目がギラギラと輝いていた。
「奴らを駆逐できる可能性があるなら、少しでも早く開始した方がいい。話している間にも刻一刻と増え続けていく」
「魔力が多い者に反応する傾向があるので、僕が囮になります。一日一千億匹の駆除を目指しましょう」
「……なんか、数が膨大過ぎてよくわからないです」
「一日一千億匹倒しても一二兆いるなら一二〇日かかるわよ……。さ、三カ月もここにいるつもり?」
「僕はこの状況が少しでも良くなるまでいるつもりだよ」
「えぇ……、料理とか真面な品が食べられると思えないんですけど」
ミルは食事が大好きなので、食事が心配で仕方がない様子。
「今のフラーウス領の食事事情って、どうなっているんですか?」
「主に八日に一度、八日分の食事が支給されます。それで食い凌ぐ感じですね。また、お金を持っている者はぼったっくりのような値段で売られている商品を買いますね。この状況ですから、飲食店は軒並み閉店し、宿もほとんど営業していません。多くの者が他の領土に出稼ぎに行っている状況です」
「なるほど、領土の中で生活できないから他の領土に出ているわけですか。フラーウス領の人口が減るばかりですね」
「どうにかしなければルークス王国の人々が飢えてしまう。備蓄はすでになくなりつつあります。今年に麦が作れなければ国は飢饉に陥るでしょう」
「一大事ですね。どんなことよりも優先されるべきなのに、多くの研究者たちは何しているんでしょうか」
「逃げましたね。もう無理だってあきらめちゃったんでしょう」
パックスさんは項垂れながらも、まだあきらめているように見えなかった。僕たちも諦めるつもりはない。どうにかして、オルソプテラの大群を駆除しなければ。
「研究員の部屋が空いているので、使いますか? 宿を探すより楽だと思いますけど」
「キングベッドですか?」
ミルとシトラはそこは特に大事な部分でもないと思うのだけれど、強く聞く。
「いえ、セミダブルですけど」
「キースさんと眠れないじゃないですか。却下で」
ミルとシトラがかってに決めつけてしまった。フラーウス領の宿を探してみるが、閉店ばかり。
もう、開いている店を探す方が難しかった。そのため、研究所の中で広い部屋を借り、セミダブルのベッドを合わせてクイーンサイズにした。
そうすれば、三人で眠れる。ミルとシトラも了承し、僕たちは研究所で寝泊まりすることになった。
眠る場所は確保できたが、次は食事について考える必要があった。三食しっかりと食べるのはものすごく難しそうだと思ったけれど、一カ所だけ食事がとれるんじゃないかと思う場所があった。
僕たちはフラーウスギルドにもう一度足を運ぶ。ギルドは基本、食事が付いている。そのため、ここに来れば料理が食べられると考えた。
食堂はある。受付にも人が立っている。どうやら、食事が提供されているようだ。値段も据え置き。これは凄い。個人経営ではなく、国が経営しているから同じ値段で販売できているのかも。
ただ、注意書きがある。
「働かざる者食うべからず」
どうやらフラーウスギルドで依頼を受け、仕事しないと食堂が使えるようにならない模様。なら、仕事するしかないな。
「シトラも冒険者として働いてもらわないといけないみたいだ。動きやすい服装を持ってる?」
「いいえ、持ってないわ。食事のためなら働くしかないし、服を買わないといけないわね。でも、あのオルソプテラの大群の中で、どうやって動けばいいのかしら……」
「シトラとミルはアルブと一緒に待機していればいい。僕が仕事をこなせばいいんだから」
「それじゃあ、私たちが働いていないのと同じじゃない」
シトラは案外頑固者なので、働かないと気が済まない様子。そういうところがまたいいんだけれど。




