マレインさんのお礼
「キースは両親みたいな親になるのが怖いんでしょ。シトラから聞いた」
「はは、シトラはおしゃべりだなぁ……」
「反面教師って言葉を知ってる? あの人みたいにはならないでおこうと思う気持ちがめばえていれば、悪い道に行かなくて済むの。あと、男尊女卑の世の中だけれどキースはそんなことないし、皆に分け隔てなく接してる。それだけで凄いと思うわ」
キュアノから褒められると、何とも言えない穏やかな気持ちになった。見た目は僕の方が明らかに年上なのに、彼女の方が年齢は三年も上。頼りがいのある女性と言ってもいいかもしれない。
「夫婦って、男が全部決めていたらきっとうまくいかない。女も意見が出せて尊敬しあえるような関係なら、数が多少多くても問題ないと思う」
キュアノは僕の方にどんどん近づいてくる。
「キースは知らないかもしれないけれど、この世の中には可愛い子をかたっぱしから妻にするような貴族とか、まだ成人していない子供に手を出す貴族とか、腐った奴らが蔓延っているのよ」
キュアノは僕の手を握り、上目遣いで教えを説いてくる。
「私、キースとなら、いい関係になれると思う。年下だけれど、尊敬できるし、頼りがいがあるし、ちゃんと考えている。そんな素敵な男に妻が多いのは当然だと思うけれど?」
「なんか、上手いこと乗せられている気がするなぁ……」
「ふふふっ、私、乗るのが上手なの。相手の気持ちにならないと、上手に乗れない。さっきの演技の練習中に気づいた。キース、私に乗られてみない?」
キュアノは珍しく色気のある笑みを浮かべていた。ただ、耳や頬が赤くなっており、自分で言っていて恥ずかしくなっている様子。
「色々、足りない部分が多いですが、よろしくお願いします」
僕はキュアノの手を自ら握り直し、軽く頭を下げる。彼女に上手く乗せられてしまったような気がするけれど、それでもキュアノのような女性がいてくれるとどこか安心できる。
自分の芯をしっかりと持っている人だから、年上の女性として尊敬できるし、カッコいいと思えた。
「はわわ……、や、やった~っ!」
キュアノは僕の首に抱き着いて、跳ね飛んでいる。ドルフィンより低い跳躍だが、元気な姿は誰にも負けない。
「んんっ、あー、この話はさておき、マレインさんがキュアノに早く働いてほしいって言ってた。連れてきてほしいと言われたから、カエルラギルドまで連れて行くね」
「げえぇ、お義兄ちゃん、判定が厳しいんだよなぁ。前の方が楽だったのに」
「でも、キュアノしかできない依頼らしいよ。勇者の仕事もきっちりこなさないと」
「うぅー、わかった。やればいいんでしょ、やればー」
キュアノは、ブツブツ言いながらも異空間からローブを取り出し、羽織った。ポニーテールを解き、魔女帽子を被って見慣れた姿に変わる。
「さてと、オルちゃん、私、仕事してくるから~」
キュアノはオルキヌスに向って手を振るった。オルキヌスは理解したのか、海水に戻り通路を通って別の場所に行った。
「妻が困っていたら、夫は助ける者よね?」
キュアノはあざとく話しかけてくる。こりゃ、尻に敷かれそうな予感がするぞ……。
「妻の頑張りを優しい目で見守るのも、夫の役目だと思うな」
「むぅ……、生意気」
僕はキュアノを連れてカエルラギルドに向かった。
マレインさんは勇者用の依頼をキュアノに渡し、魔物の話を伝えていた。真面な依頼内容で他の冒険者より、勇者に力を借りた方が確実だとマレインさんが判断した。
適当に働かせていた時と違うため、キュアノもやる気が上がっている。
やはり、マレインさんのギルドマスター適正は高い。
キュアノは依頼書を受け取った後、さっさと冒険者ギルドから出て行った。仕事のやる気が出ると、行動が早い。
「さて、さっさと仕事を済ませないとな」
マレインさんは他の職員と共に、冒険者ギルドの仕事に取り掛かる。冒険者としての仕事ではなく、支える側に回っていた。彼はクラーケンとも戦える実力を手に入れている。なのに、実力が発揮できない業務に回ってしまい、少々もったいない気もした。
「マレインさん、冒険者の仕事を簡単に辞めてよかったんですか? せっかく、強くなったのに……」
「別に冒険者に未練はない。クラーケンの素材で金は手に入ったからな。あと、家庭を持つなら安定した職業の方がいいだろう」
マレインさんは頬を掻き、こっぱずかしそうに呟いた。彼はキュアノの姉、ブランカさんと結婚する流れになっている。
今回の騒動で、カエルラ領にいる多くの貴族が調査対象になり、多くの貴族が大量の不正を隠していたのが発覚した。その影響で、キュアノの実家や、マレインさんの実家が貴族の位を剥奪され、その子供も貴族ではなくなった。そのため、誰にも止められることなく結婚できる。
ブランカさんは教会で、罪もなく死んでいった者に祈り続けると誓ったらしい。教会が引き取る孤児を集めるという話は彼女の部下たちが引き受けるそうだ。
孤児だった者がべつの孤児を助けていくという、循環が出来れば教会から追い出されて死ぬ者は少なくなるだろう。孤児たちが、したいことが見つかればその者の判断で組織を抜ければいい。
縛られることなく、助け合いの輪が広がっていくだろう。
「キースはこれからどうするんだ?」
「冬は王都に戻ろうと思っています。王都にある家が何だかんだ落ち着くので」
「そうか。俺はキースに感謝してもしきれないほど、恩がある。何かしてほしいことがあれば言ってくれ。このままじゃ、俺の気が納まらない」
「そ、そう言われても……」
僕は腕を組みながら考え込んだ。ふと、思いついたことが一つ。
「じゃあ、獣族も冒険者になれるようにしてください。マレインさんがギルドマスターならできますよね?」
「その話はすでに進んでいる。獣族の力を借りない手はない。俺はキースに対して何かしたいんだ」
マレインさんはずいずいと僕に睨みをきかせてくる。どうやら、獣族はすでに冒険者として働けるようになったらしい。だからか、ちょくちょく獣族がいる。人と同じ報酬を受け取っているからか、怒っている様子はない。
ただ、マレインさんが僕に何か感謝の気持ちを表したいと言ってくれている。
「じゃ、じゃあ、カエルラ領の経済が安定したら、あの丘に、僕たちの別荘を立ててください。また、海を見に来たいですし」
「なるほど、わかった。豪邸を建てておこう」
「い、いや……、別に豪邸じゃなくても……」
マレインさんはやる気満々で、仕事に戻っていった。ほんと、丸くなったなぁ。
 




