キュアノの演技
だからといって、せっかく頑張ったのだからだれかに見てほしいという彼女の気持ちもわかる。
だからこそ、僕は何も言わず、今はキュアノの好きにさせようと思った。きっと、マレインさんも、こうなるとわかっているはずだから、時間に余裕はあるはずだ。
もう、広々とした水族館の中を一時間三〇分以上細かな説明を受けながら回った。
最後、水族館の目玉とも言えるドルフィンの芸を披露する巨大な水槽と観覧席がある場所に足を運んだ。お客さんは一人もいない。まだ、開園していないのだから当たり前か。
「……キース、ありがとうね。その、ここを守ってくれて」
キュアノは珍しく正直に喋っているようだった。冷徹な雰囲気はなく、氷と言うより小川のような雰囲気がある。
「キュアノが守りたいって言ったから。僕も守りたくなったんだ。ここに、キュアノとの思い出もあるからね」
ドルフィンの芸を見て満面の笑みを浮かべていたキュアノの姿がやすやすと思い起こせる。あの時、僕なら彼女を愛せるのに、なんて思っていた。懐かしい。
「私、ずっとこの領土が嫌いだった。皆自分の利益ばかり考えているし、そこまで技術があるわけでもないのに評価を求めるし、自分勝手で、他力本願で、良い所なんて一つもないって、思ってた」
キュアノは着ている服のボタンを外して行く。いったい何をするのか全く理解できなかった。でも、意味もなくボタンを外すわけがないと思い、待つ。
「私、海が好きだったし、仕事も別に嫌いじゃないし、水族館は大好きだった。周りにイライラしてばかりで、自分の気持ちにちゃんと気づいていなかった。こんな場所から早く出て行きたくて、お姉ちゃんに酷いことばかりして、私も周りの自分勝手な奴らと同じだって気づいたの」
キュアノがつなぎを脱ぐと、ドルフィンの演技を披露していた飼育員が着ている水着を身に着けていた。
首元に僕があげたドルフィンのネックレスが着けられている。水着は誰かに見せるというより、機能性重視なので、可愛くない。けれど、彼女の魅力を最大限発揮させている気がする。
「キースに、変わった私を見てほしい」
キュアノはピーっと指笛を吹いた。すると、巨大な水槽の一部が開き、黒と白の巨大な生き物が一頭入る。深く潜り、勢いをつけて水面から飛び出ると、全身を見せてくれた。
大量の水しぶきを上げ、現れたのは、ドルフィンの三倍はあろうかと言うオルキヌス。可愛い見た目に反して、魔物を除けば生態系の頂点に君臨する動物だ。
キュアノは裸足で僕の目の前にかけてくる。なにするのかと思い、身構えていたら僕の前に氷の台が出現しキュアノの身長が伸びる。
唇に熱くて柔らかい感触を受けた後、笑顔のキュアノが見えて不覚にもドキリとしてしまった。
背面飛びで、高く空中を舞い、オルキヌスが待つ水槽の方に向っていく。魔法が得意な彼女だからこそできる演出だった。
キュアノはオルキヌスと心を通わせ、一緒に演技を見せてくれる。水面にうっすらと氷の面が生れる。キュアノの体から発せられる魔力が海水をも凍らせてしまう。でも、寒さに強いオルキヌスは、まったく問題なくキュアノと演技し続けた。
泳いで、舞って、飛んで、キュアノが考えたであろう、オルキヌスを最大限魅力的に見せる演目が終わる。
最後、オルキヌスの背中にキュアノが乗り、一緒に水槽の上に出る。
「はぁ、はぁ、はぁ……。どうだった?」
キュアノは両手を広げ、頭を深く下げた後、僕に訊いてきた。
「とても素晴らしい公演だった」
僕は手を叩き、僕だけしか見ていないのがもったいないくらい胸躍る公演で、営業を再開した後も、続けてほしいと思ってしまう。
僕が褒めると、キュアノは子供っぽい笑みを浮かべ、喜んでいるように見えた。
「私が変われたのはキースのおかげ。本当に感謝してる。ありがとう」
キュアノは頭を再度深々と下げて、感謝してきた。過去の彼女なら、感謝なんて、絶対にしなかった。感心を持たず、突っ放すような性格だったのに、ここまで丸くなって自分の個性を大切に思えるように成長した。三カ月ほどで、ここまで変わるんだと、驚きを隠せない。
「えっと、その、あの時の話なんだけれど、わ、私、勝手に舞い上がっちゃって、考え無しに口にして、色々迷惑かけたと思う。ごめん」
キュアノはしどろもどろな口調で、謝って来た。謝られる筋合いはないのだけれど。
「じゃあ、あの話は無かったことにするの?」
「そ、それは、その……」
キュアノは指先をツンツンと合わせながら視線をそらしている。完全に否定してこないということは、気持ちに嘘はないと考える。
「僕、言ってないかもしれないけれど、妻が二人いて婚約者も一人いて、結婚を約束させられている人が二人いる」
「知ってる。シトラから聞いたから」
キュアノは知っていて僕に結婚の話を持ち掛けて来たらしい。結婚出来るなら誰でもいいと言っていたけれど、妻、許嫁がいる相手と結婚するつもりらしい。
「私、色々言ったけれど、嘘を言ったつもりはない。本気で好き……」
キュアノは僕の目を見ながら気持ちを伝えてくる。僕も男として、しっかりと気持ちに向き合わなければいけない。妻ばかり増やしてどうするのか。どうもこうも、皆に幸せになってもらいたい。一人の相手を幸せにするのも難しいのに多くの人を幸せに出来るだろうか。
「シトラから聞いたけれど、キースは親から真面な扱いを受けてこなかったんでしょ」
「まあ……、そうだね。髪色が白かったから」
「私は親に手厚く育てられた。もう、過保護すぎるくらい。でも、全部自分の家のためだってわかって、両親の駒じゃないって、怒っちゃった……。勇者に成れた時も喜んでいるのは家が有名になって、大きくなるからだって」
キュアノは僕の方に近づきながら、過去の話をしている。
「私はお姉ちゃんが大好き。でも、親はお姉ちゃんが嫌いだった。ことあるごとに言葉で虐めて、なんでそんなことするのか、疑問だったし、今でも腹が立つ。そんな親から、丁重に育てられても、何にも嬉しくない」
キュアノは濡れた体を魔法で乾燥させ、海水に入る前の状態になっていた。
 




