場を納める
「クラーケンの素材はいくらになるんでしょうか……」
「そうだな。これだけデカいと、肉の値段は牛肉と同じかそれ以上ってところか。問題は中身だな。魔石や、心臓などの部位は超希少な素材だ。多くの者が欲しがるだろう」
「えっと、戦った者たちで、金額を当分にするか、素材ごとに振り分けるか、どっちが良いですかね?」
「止めを刺しただけの俺は何も言えない。もともと、キュアノの一撃で瀕死になったんだ。キュアノが決めればいい。この素材をさっさと解体しないと、何日も掛かりそうだ。生ものだし、鮮度が命だ」
僕たちはクラーケンの素材を解体しまくった。獣族の漁師の皆さんにも手伝ってもらい、超巨大なクラーケンの体をばらばらにしていく。
見た覚えもないほど巨大な魔石が体の中から見つかった。ブラックワイバーン以上に巨大な魔石で、一軒家より大きい。
「こりゃ、国宝級だな……」
クラーケンの素材を買い取ってくれそうな領土を考える。今のカエルラ領が買い取れる余裕がないとわかっていた。
カエルラ冒険者ギルドのギルドマスターらしき人が、土下座しながら素材の提供を求めてくる。いつかのルフス領のようだ。
ルフス領はブラックワイバーンを倒した影響で、経済を復活させた。今の、カエルラ領もこのクラーケンがあれば、多くの浮浪者を救える可能性があった。
獣族にまで頭を下げるのだから、相当追い込まれている。
カエルラ領の領主と思われる男が頭をハゲ散らかした状態でやってくる。
「そのクラーケンはカエルラ領の所有物だ。幼体を育て大きくしたのはこの私なのだから、私の所有物と言って何ら違いない! なんなら、私の所有物を殺したのだ! お前たちの罪を晴らしてほしければ、私にそのクラーケンの素材を渡せ!」
清々しいほどの言いがかりで、多くの獣族、なんならマレインさんが剣を握るほどに領主を睨んでいた。このままだと仲間同士で、殺し合いでも始まりそうな勢いだった。
「キース……、この場を納めなさいよ……」
シトラは僕の方により、ブツブツと呟いていた。
「うぅ……、あまり乗り気じゃないんだけれど」
僕は王家の紋章が彫り込まれている懐中時計を取り出す。カエルラ領の領主の前に出た。
「な、何者だ、きさま。私の前に立つなど、無礼にも程があるだろう! 切るぞ!」
領主は左腰に掛けられた剣の柄を握りしめる。他の者に見られないよう、手の平の中に懐中時計を納め、領主の眼前にあげる。
「えっと……、僕の話は王家の意思と思っていただいて構いません。すぐに立ち去ってください。不愉快です」
僕は出来る限り笑顔で答えた。領主の顔が髪色同然に青くなっていくのが見て取れる。後ずさりしながら鼠、ゴキブリのごとき速さで逃げて行った。
僕はすぐに懐中時計を隠し、振り返る。
「領主は今までの話は全部不問とするとのことなので、気にしないでください。疲れた者から眠り、代わる代わる見張りに努めましょう」
僕たちは夜から朝に変わるまで、見張りを行った。その結果、誰も盗難にあわず、朝を迎えられた。多くの者が日の出と共に現実を叩きつけられる。
崩壊したカエルラ領の全貌がはっきりと映し出されていた。壊れた建物、ひび割れて隆起した地面。グチャグチャ、ドロドロ……。綺麗だった姿は見る影がなく、海だけは静かなまま、爪をひそめていた。
津波が襲っていたら、もっとひどい状態になっていたはずだ。辛うじて残っている建物もある。ただ、地盤が緩んでいる可能性もあり、調査や建物の建設など、カエルラ領の復興に何年かかるか、いくらのお金がかかるのか不明だった。
「はぁ……、もとから根腐りしていたんだ。今からなら、新しいカエルラ領に生まれ変われそうに気がする」
マレインさんは視線を崩壊したカエルラ領に向けていた。未来に目を向けているのは恐らくカエルラ領の者で彼くらいだろう。多くの者が絶望した表情を浮かべている。
「この件を、すぐに王都に報告し、早急に人々の安全を確保してもらう必要があります」
「ああ、そうだな……。列車がこれるような状況でもない。連絡するにも、道具がない。王都まで馬で移動したら、一ヶ月は掛かるぞ」
「僕が飛んで行きます。休みなく飛んで行けば、それなりに早く王都に付けるはずです」
「この状況じゃあ、キースに頼るほかないか……。頼む」
マレインさんに頭を下げられ、僕は了承した。
「シトラ、ミル、僕は王都に行って事態を報告してくる。戻ってくるのに半月ぐらいかかるかもしれない。馬や伝手を使ってウィリディス領の屋敷に非難してもいい。二人の脚なら馬よりも早く走れるはずだ」
「そうね……。なんなら、ウィリディス領に救援を要請してくるわ。プラスさんなら、手を貸してくれるかもしれない」
「ですです! 食料とか、分けてもらえないか話を付けてきます」
シトラとミルは大きく頷き、しばしの別れになりそうだ。
「ブランカさん、キュアノをよろしくお願いします。眼を覚ましたら、出来る限り早く帰ってくると伝えてください」
「わかった。気を付けて」
ブランカさんは頭を下げた。やはり、心が綺麗な方だ。目が透き通っている。
「アルブ、ちょっと辛い移動になるかもしれないけど、力を貸して」
「はい! 主のためなら、何だってしますよ!」
アルブは元気いっぱいに飛び回っていた。
僕たちは誰よりも早く移動できると自負していた。もちろん、多くの者が心を折られているなか、出来るだけ早く動く。
アルブの脚に捕まった僕は彼女に王都まで全力で飛んでもらう。ものすごい風圧が僕の体に当たっていた。すでに『無重力』と『無休』を使っているため、風の対策が出来ない。風くらい我慢して、長い距離を飛んでもらう。
僕はアルブの移動速度を舐めていた。列車と同じくらいの速度だと思っていたのだけれど、線路は地形に左右されるため、列車を安全に走らせるため距離が長くなってしまう傾向にあった。でも、アルブは空を飛んでいる。森や山脈を問答無用で突っ切れた。
列車で八日ほどかかる距離が休憩なしで飛び続け、二日で到着する。列車って遅い?
列車もずっと走り続けているわけではない。駅で止まったり点検したりと色々時間がある。その回数が重なってしまうと時間が伸びてしまうのかも……。アルブは最短距離で止まらなかったため、ものすごく早く移動できたのかもしれない。




