隠し事はしない
無理やり『無傷』で外傷と内傷を治しておく。『無休』で疲れを消し、寝不足のような状態ながら立ち上がる。この場で倒れるのは危ないと判断した。
先ほどまで恐怖だと思っていた海が、あまりにも静かで末恐ろしい。怒りと静かな時の差が激しすぎる。
砂浜にゴミが散乱していた。カエルラ領内にあった水が海に流れる時にこの場に溜まってしまったのだろう。反対に、波で打ち上げられた品もあり、見覚えのある品が落ちていた。
「これ……、シトラにあげた箱」
王都で購入した頑丈な箱だ。シトラの誕生日にあげた品で、彼女の大切な品入れになっている。おそらく、僕の家に保管してあったが、津波の影響で破壊された時に飲まれてしまったのだろう。その品が波の影響で砂浜に打ち上げられたと考えられる。
「シトラに返してあげよう」
そう思い、ウェストポーチの中に箱を入れ、しまっておく。
「聖杯を持っているのも、ちょっと怖すぎるな。壊したらどうしよう。って、そんな簡単に壊れる品じゃないか」
聖杯を入れられるような品が無いか探す。だが、どれもこれも泥まみれ。
僕は上着を脱ぎ、聖杯を包んで抱えながら歩く。ものすごく犯罪者臭がするが、壊したりしたら、いくらになるかわからないので、しっかりと持つ。
アルブの脚を掴み、皆が避難していた方向に飛んでもらった。途中で降り、シトラやミル、マレインさん、キュアノの姿を探した。
皆、遠くに逃げたからか、人が中々見当たらない。でも、一つ、大きな目印があった。
凍り付いているクラーケンの姿が、はっきりと見える。広い草原に置かれており、ものすごく迫力があった。近くで見たら、こんな化け物を良く倒せたなと、自分でも信じられない。
「キース!」と聞き覚えのある声が聞こえて来た。僕の体にムギュっと抱き着いてくるのは、シトラだった。未だに水着姿で、大きな胸が形を変えているのが目に入る。
「キース、家、家はどうなった?」
「津波に流された。津波自体は止められたけれど、間に合わなかった」
「そ、そんな……」
シトラは元から白いのに、さらに顔が青白くなり、その場にひざまずいた。耳と尻尾がへたり、大粒の涙をこぼす。
「う、うぅ。キース、ごめんなさい……。私、赤い宝石が付いた指輪とネックレス、箱の中にしまったままだったの……。家の中に置きっぱなしにしてて……」
シトラは大切な品を箱の中に入れて保管していたらしい。残っている品は左手の薬指に嵌っている白金製の指輪だけ。結婚するときに渡した宝石付きの指輪を無くしてしまった点が物凄く悲しいのかもしれない。
「ミルちゃんの品も、その中に入っていて。うぅ、ごめんなさい……」
シトラは大泣きしながら頭を下げてくる。ミルは泣くのを我慢しながら、シトラの腕を持って立ち上がらせていた。
「ぼくは気にしてません、と言ったら嘘になりますけど、キースさんが生きているんですからそれだけで十分じゃないですか」
「うぅ、でも、あの品は特別な品だから……」
両者共に、大切な品を失ってしまったと思っているらしい。僕のウェストポーチの中に箱があるので、そんなに泣かれると困る。
「えっと、二人が生きているだけで、僕は十分だよ。物を失うよりも、二人を失う方が僕は悲しい。ほんと、無事でよかった」
僕はシトラとミルを抱きしめる。物を失った悲しみより、生きている喜びを共有した方がいいと思った。僕の愛はもので失われるほど軟じゃない。
「うぅ……ース……。スキィいっ……」
「キースさん、愛してますぅ……」
両者共に、僕に抱き着き返してくれた。キュアノのことを話すのが怖い。箱の話をするのも怖い。でも、隠し事は夫婦でするべきじゃない。
「えっと、僕はキュアノとキスしました」
「うん、匂いでわかる……。濃厚なキスしたみたいね……」
「相当長い間キスしたんでしょうね」
シトラとミルの声質は先ほどと変わらない。知られている。
「婚約者が一人増える」
「キースが決めたなら、私たちは何も言えないわ……」
「そうです、キースさんが決めたなら、ぼくたちはそれに従うだけです」
シトラとミルは素直に許してくれた。彼女たちを不安にさせないよう、もっと愛をそそがないといけない。加えて、他の者にも愛をそそがないといけない。僕に出来るか不安だが、決めた以上、男としてやるしかない。
「あと、運命の神様はささやかな贈物をくれたよ」
僕はウェストポーチからシトラにあげた箱を取り出す。その品を見た瞬間、両者は固まり、目から大量の涙があふれ出ていた。
箱を開けると、津波に攫われて表面が凸凹なのに中身は綺麗なまま。金貨百枚の価値がしっかりとある箱だった。中身をしっかり守ってくれており、浸水もしておらず傷一つついていない。
シトラは箱を受け取り、大切そうに抱きしめていた。
僕は開いたウェストポーチに聖杯を入れ、しっかりと保管する。
「キュアノはどこにいるの?」
「えっと……、ブランカさんが抱きしめてます」
ミルは視線を草原の一部に向ける。焚火の近くでブランカさんが妹のキュアノを抱きしめながら温めていた。双子なので、暗い時間帯だと分かりにくい。
近くにマレインさんもおり、クラーケンに誰も近づけさせないような雰囲気を纏っていた。
「キースの兄貴っ!」
メジさん達、獣族の皆さんが僕のにおいを嗅ぎつけて集まってくる。皆の住んでいた場所も津波に飲まれてしまい、全て持っていかれた。お金や仕事道具なども全て……。皆、明日着替える服もない状態。おそらく、カエルラ領の人々も同じ状態だ。
「皆さんの住処を守れませんでした……。すみません」
「そんなことどうでもいいっす。命さえあれば、何もいらないですよ」
メジさんの声に回りの獣族達も頷く。ものすごく強い心を持った方達だ。
「皆さん、今日は固まって寝てください。このような状況です、人達が元手を得るために子供を攫う可能性はゼロじゃありません」
「情けないが、可能性はゼロじゃない」
マレインさんも僕の話を強調するように言った。多くの者たちが全財産を失ったような状態。僕たちは問題ないが、カエルラ領に住んでいたもの達は通帳や資金源、仕事場など、全てカエルラ領の中に存在していた。それが、大地震とクラーケンが暴れた影響、浸水と津波などの減少が重なり、被害が計り知れない。




