最大の好機
「ちょ、ちょっと待ってください。大地震が起こりましたから、もしかしたら三〇分以内に大津波が来るかもしれません。すぐに高い所、又は海から離れた方いいです。クラーケンは止められても、津波は止められません!」
過去、同じように大地震が起こって、カエルラ領に巨大な津波が襲った。あの、黒髪の国王でも止められなかった。
カエルラ領の民を避難させ、巨大な波にのまれる建物を眺めるだけだったそうだ。初代国王でも止められない津波が発生する可能性があるというだけで、逃げる理由になる。
「でも、キースの兄貴、俺たちにはここしか居場所がないんですよ。逃げたって、クラーケンが残っていたらどこにも行けない。もし、津波がこの場を襲って、また水浸しになったらクラーケンの手が付けられなくなっちまう」
「キース、今は最大の窮地だ。だが、最大の好機でもある。ここは腐った領土だが、俺たちが生まれ育った場所でもあるんだ……。それを、あんな化け物に奪われるのはどうしても許せない」
マレインさんは左手で鞘を握りしめ、クラーケンを睨みつけていた。領土が腐っていると言っておきながらやっぱり故郷は好きなんだな。
「今の地震の大きさだと、津波はほぼ百パーセント来るわ。どれくらいの大きさかわからないけれど、普通じゃないのは確かね。どれだけ大きな津波が来ても、浮かべるならもんだいない。でも、浮かべない者からしたら、死ぬわね……」
「キースの別荘がある場所はカエルラ領の中でも高い場所にある。あそこにいる者たちは問題ないはずだ。ただ、平たい土地だからな。平野に逃げた者たちのもとにすぐたどり着いちまうかもしれない……。自然は目の目まで迫って来てどれだけやばいかわかるからな」
マレインさんはブランカさんを僕の別荘に移動させたので、少し心配している様子だった。今、僕たちの選択は二つ。
クラーケンの討伐か、避難するか……。津波が来ても、僕やキュアノが皆を浮かせれば問題ない。ただ、クラーケンが倒せず大量の水がこの場に入った場合、クラーケンが完全に有利な状況になってしまう。マレインさんがいうように、今が好機だ。
「水がない今なら、私があいつに近づいて『絶対零度』で瞬殺できる。あれだけデカくても凍るのはわかっているんだから、魔法は確実に効く。今なら確実に倒せる」
このまま、クラーケンを放っておいたら、確実に国の危機につながる。そうなれば、多くの者が死ぬかもしれない。
「僕がキュアノをクラーケンに認識されないよう胴体に連れて行く。皆さんで、クラーケンの気を引いてください。二人だけでは倒せませんでしたが、皆さんの力があれば勝てます」
僕がやる気になると、周りの者たちも大きく頷く。
メジさんたちは獣族を呼びに行く者とクラーケンの気を引く者に分かれる。
その間、ミルとシトラ、マレインさん、メジさん、ヨコワさん、ヒッサさん、の五名がクラーケンの気を引く。
「ミル、シトラ、体は大丈夫?」
「はい! 問題ありません。冷たい海が無くなった分、体がよく動きます」
ミルは金色のビキニを着ており、体を大きく動かして準備体操していた。大きめのお尻の丸さが自慢なのか、僕に見せつけてくる。すらりとした手足も綺麗だった。幼さの残る顏立ちなのに、大人びて見える。
シトラはスカートが付いた白い水着を身に着けていた。大きな胸は谷間がはっきりとわかるほどの面積。さっきまで、その軽装備で戦っていたのかと思うと心配になってくる。大人びた雰囲気がたまらなく可愛らしい。
両者とも美人で、男性獣族の視線に毒であり、増強剤にもなっていた。
「スゥ、はぁ……、体がまだまだ動く。鍛錬していなかったら、ここまで動けなかった」
マレインさんは両手を握りしめ、自分の実力の上昇を大きく感じていた。
僕は彼に無色の魔力をわたし、『無傷』で小さな傷を回復させる。これで、こっちも戦う前と同じ状態になった。
作戦は皆がクラーケンの気を引いている間に『無視』の効果を僕とキュアノが使い、クラーケンの胴体に移動する。クラーケンの胴体に触れたら、キュアノが完全に凍結させ、倒す。彼女の魔力量だけでは到底足らないので、僕の魔力も渡さなければならない。
「……えっと、別に向かい合って抱き合う必要はないんだけれど」
「うるさいわね、この方が動きやすいでしょ」
「いや、動きにくい……」
「ツベコベ言わずにさっさとしなさい。津波がくるわ」
キュアノは僕の体にムギュっと抱き着いており、動物のようになっていた。
僕の『無重力』は大した移動力がない。でも、アルブに捕まって移動すれば、彼女の飛行能力を得られる。クラーケンのタコ足よりも早く飛べるので、先ほどより早く動けるはずだ。
「アルブ、僕たちをクラーケンの胴体まで運んでくれる?」
「はい、私も皆さんの役にたちたいですから」
アルブは白い体をより一層輝かせて翼を羽ばたかせた。とても心強い。
シトラとミル、マレインさん達はクラーケンに先に突っ込んでいった。少数精鋭で挑むらしい。
「にしても、あの化け物に突っ込んでいけるなんて、大した勇気ね」
キュアノは僕の背中に乗る形で落ち着いていた。どっちも子供っぽいが、こっちの方がまだ動きやすい。
「皆、正義感が強いんでしょうね。シトラとミルは少しでも役に立ちたいという気持ちの方が大きいと思いますけど、マレインさんはきっとブランカさんのために戦い行ったんです」
「誰も、カエルラ領のために戦っていないじゃない」
「別にいいじゃないか。戦う理由なんて。キュアノだって、勇者として、カエルラ領のために戦っているわけじゃないでしょ?」
「まあ、こんな領土のために頑張っても意味ないってわかってるからね」
キュアノは僕の背中にムギュっと抱き着いたまま、黙ってしまった。子供みたいな人だなと思うが、僕よりも年上なのであまり子供っぽいなんて言えない。
「なんで、こんなに安心するの?」
「なんでと言われても、僕は全然安心出来てないからわからないよ」
僕は全貌にいるシトラとミル、マレインさんを見ていた。地面が濡れているが、三名は問題なく走れている。地震や波の影響で建物はほぼ倒壊しており、真面な足場はない。
シトラとミルが手を取り合い、足場を作る。その上にマレインさんが飛び乗った。
「吹っ飛べぇっ!」




