クラーケンを倒したら
クラーケンが暴れている間、水位は着実に上がっていた。もう、冒険者ギルドまで沈んでしまうのではないかと思うほど……。でも、まだ、そこまでの水位に達していない。水位が上がっても海の高さが急激に上がるわけではないので、これ以上水位が上がることは無いと考える。
「『無反動砲』を連射してクラーケンの体力を削る。厄介な手足が再生できないくらい弱らせる。アルブは逃げ遅れた人がいたら回収して助けてあげて」
「了解です」
アルブは翼を羽ばたかせ、人々の反応を探っていた。
クラーケンのいる場所はほとんど水没しているので真面な足場がない。建物の屋根がポツポツと見えるくらいだ。
水面に立てる者か、浮ける者しか戦えない。カエルラ領の者たちは青色魔法が使えるはずだ。水路で物を売っている者たちを知っているし水面に立って移動している者もいると知っている。戦おうと思えば、戦える力があるのに、他人任せでだれ一人残っていない。いや、一人だけ……。
「キース、こりゃ、どうなっているんだ!」
シアン髪の男性が一人の女性を抱きかかえながら屋根の上に乗って話しかけてくる。
「クラーケンがカエルラ領の中に現れて暴れています」
「な……。あの糞デカイタコ足、クラーケンか……。化け物じゃねえか!」
「ええ、化け物です。おそらく、ブラックワイバーン相当の力を持っていますよ」
「……ふっ、そうか。神様は俺に二度も好機を与えてくださるんだな」
「ちょ……、マレインさん、あんな化け物と戦ってはいけません。あんな神話の化け物に人間が勝てるわけないじゃないですか!」
マレインさんが抱いていたのは教会から出ていなかったブランカさんだった。
「ブランカ、俺がカエルラ領をぶっ壊そうとしているクラーケンを倒したら結婚してくれ」
「う、うぅぅ……」
マレインさんはブランカさんに向って何度目のプロポーズだろうか。
さすがにブランカさんも心動かされているようで、顔を真っ赤にしながらマレインさんの首に腕を回している。そのままブランカさんの方を向いているマレインさんの口にブランカさんの唇がくっ付く。
「絶対に死なないでください……。死んだら結婚なんて出来ませんから……」
「ああ、死なないさ。死んでたまるか」
マレインさんはブランカさんを僕の別荘がある高い丘に移動させた。水面を走れているので何かしらの魔法を使っていると思われる。
クラーケンのデカイ足は八本。一本だけでも厄介なのに、八本も相手しないといけないのはさすがに堪える。でも、無理にでも相手しないと、カエルラ領がクサントス領よりも大きな被害を受けてしまう。
「『無反動砲』」
僕は巨大なタコ足に穴が開くほどの威力を誇る遠距離攻撃を繰り出して行く。だが、八発ほど打った頃、視界がぐらりと歪み、体を空中で維持するのが難しくなった。
「な、なにが起こっているんだ……」
「主、クラーケンの足を吹っ飛ばすほどの威力を『無反動砲』で出すと体の魔力が八発で空になるようです」
アルブは僕に向って魔力の話をして来た。魔力が多い僕でも、クラーケンの足を破壊するほどの威力を放つと、すぐに魔力が枯渇するらしい。
「『無限』で魔力を増やしてから使うのが有効です。ただ、そうなると『無重力』の効果が無くなりますから、足場が必要になります。私の上に乗ってもらうのはまだ難しいので、どこか足場を作ってクラーケンの攻撃を牽制してください。それか、フルーファで魔力を削り取っていくのも一つの手だと思います」
「なるほど。そういう手もあるんだ……。勉強になるよ」
僕は接近戦だとクラーケンの大きさに薙ぎ払われる可能性があったので、遠距離からじわじわと体力を削っていこうと思う。
足場はかろうじて残っている。何かあれば、距離を取って攻撃すればいい。なんせ、相手は超巨大な化け物だ。どこからでもよく見える。
僕は水面に浮かぶように現れている屋根に下りた。『無重力』を解き『無限:対象、魔力』に切り替えた。すると、体の魔力が元に戻ったような感覚になる。大量の魔力が体の中で溜まっている感覚。
その状態で『無反動砲』をクラーケンの足目掛けて放った。八発以上放っても、魔力が一切減らない。改めて、自分が人間の範疇を明らかに超えてしまっていると察する。
たとえ化け物と言われようとも、同じく化け物のクラーケンを倒せるのなら構わない。多くの者が犠牲になるより何倍もマシだ。
何かを爆発させている可能ような爆音が鳴り響いている。クラーケンの足は『無反動砲』で大量の穴が開きまくっていた。ただ、何発打ち抜いても、すぐに再生される。
加えて巨大なタコ足が僕のもとに迫る。息つく暇もなく『無反動砲』を発射しても、八本のタコ足を全て打ち抜くのは難しかった。なんなら、水面に這わされながら移動させられると、水の屈折の影響で攻撃が当たりにくい。
巨大なタコ足が薙ぎ払われると、六〇メートルを超える水の壁が迫る。
『無反動砲』を『無重力』に切り替え、勢いよく跳ねる。アルブの体を支えにして止まる。
「もう、回復している。こりゃ、足を攻撃するより、心臓を止めた方が早いかもしれない」
「ですが、クラーケンの心臓は水の底です。街の一部を破壊してもいいなら、大量の魔力を使って『無重力』で空中に浮き上げられるんですけど……」
「許可を取るにしても、カエルラ領の領主がどこにいるかわからない。領土が壊滅しそうな状況なのに、遠くに行くと思えないけれど」
僕が空中で考え事していると、カエルラ冒険者ギルドの方から青い髪を靡かせて飛んでいる魔法使いがやって来た。
「ちょ、なにがどうなっているの! なんで、あんな巨大なクラーケンが街中に出てくるのよ!」
青色の勇者であるキュアノがクラーケンの巨大さにたじろいでいた。そりゃそうだ。ブラックワイバーンですら八〇メートルほどしかなかった。八〇メートルでもバカみたいに大きかったのに、クラーケンの姿を見たら、大きさが人間と虫程度に感じてくる。
海の魔物がここまで巨大になるなんて、思ってもみなかった。
 




