一筋縄ではいかない
「あの巨体じゃ、領民の避難よりも先にクラーケンの攻撃を止めた方が確実だね」
「そうですね。一度、タコ足を振るうだけで、何人の人間が巻き込まれるのか想像できません。『無重力』で浮かせようにも、水路の奥に入り込んでいるようで、持ち上がったとしても、カエルラ領の中に張り巡らされたタコ足と共に地面が崩れる可能性があります」
「つまり、ものすごく倒しにくい状態で現れたわけか……」
クラーケンの巨大なタコ足の太さが六〇メートル近くあった。足の長さは地面から出ている部分から先端まで三〇〇メートルはあるんじゃなかろうか。
僕が見て来た化け物の中で一番と言ってもいいぐらいデカい。伸縮性があるので、細く伸ばした状態だと考えても陸上の魔物と比較にならない大きさだった。
海にすむ魔物は大きいとわかっていたが、クラーケンが潜んでいるなんて考えてすらいない。いったい、どうしてあんな化け物が領土の中に入って来たんだ……。
カエルラ領の冒険者があんな化け物を見たら、そりゃあ戦意喪失して逃げ出すよな。でも、カエルラ領を守れるのは騎士と冒険者くらいだ。あんな化け物が来るなんて、誰も想定していないと思うけど。
「すぅ、はぁ……。すぅ、はぁ……。よし、行くか。アルブ、一本一本着実に切り落として行こう。あの巨大なクラーケンが水路から出てきたら、街がもっと滅茶苦茶になる」
「はい。この領土を守るためには、あの魔物を倒す以外に方法はありません」
僕はアルブの脚を持ち『無重力』で軽くなって素早く移動する。
「クラーケンは浮かせられないの?」
「あの重量を浮かせるのは主の魔力をもってしても難しいですし、再生能力も持ち合わせていると書かれていました。足を切り落としてもすぐに再生してしまうでしょう」
「なるほど。足一本一本に脳があるって言うだけでも人間を超えている生物だな。あの巨体……、ここで倒さないと、他の街や国が危険にさらされる。再生を阻害しながら倒すしかないけど、どうすればいいんだ。僕が出来るのは切るくらいだし、相手の体力が無くなるまで切り続けるか」
「びっくりするくらい脳筋な戦い方ですね……」
「仕方ないでしょ。あの大きさの魔物相手に無色魔法が真面に作用しないんだから……」
「ですが、八本の脚を同時に対処するのは、主でも骨が折れますよ」
「『無視』で姿を眩ませている間に、足を切り裂く」
僕は『無視』を使って姿を眩ませ、アルブの脚を手放す。『無重力』の効果は消えており落下していく。
すでにクラーケンの巨大な脚が目の前に見えていた。背負っているフルーファの柄を握りしめ、直径六〇メートルの太さの脚は目の前で見ると迫力満点。巨大な吸盤がずらりと並び、蠢いている。遠くから見ていたら細い柱だったが、近くで見たら、ただの壁。
「こりゃ、一撃で切り裂くのは無理だな……」
フルーファを振るおうとしたら、目の前にあった巨大な壁が勢いよく迫って来て体に押し付けられる。あまりの質量に押され、堪えられない。
敏感な肌が僕の存在を感じ取ったのかもしれない。
このままだと、僕の体が水面に叩きつけられる。そうなれば、ぺしゃんこだ。
「『無重力』」
僕は体を軽くして押されていると言う現状でも、動けるようになる。丁度、下方向に重力が掛かっているのでクラーケンの脚の上を走れた。即座に攻撃範囲外に出て体勢を立て直す。
クラーケンが海面に足を叩きつけると、巨大な波が生み出され、建物がことごとく壊されている。一般人は何もできず、波に攫われる。建物はお菓子で作られていたのかと思うほど簡単に崩れていく。
クラーケンの脚はまだ浸水していない地域にも伸び、建物をひねりつぶし、叩き潰していた。
もう、アリの巣の上で暴れまくる子供のよう……。一体、何人が潰されて何人が流された?
あの足一本が動くだけで人間が何人死んでしまった?
僕は魔物の恐ろしさを再確認する。すでに、避難を始めている者たちが多い。でも、逃げると言っても平原の方向。北東方向に走っていくだろう。馬車を使う物ばかり、道が詰まって馬も上手く走れない様子だった。
そうなると走るしかない。列車は無い。背後から迫る巨大な化け物とあふれ出る水。カエルラ領が崩壊していく姿を見ている領民たちのようすが、空から確認できた。
カエルラ領が無くなったら、カエルラ領の人達はどうやって生きていくのだろうか。この領土で依存して生きている彼らに他の領土で生き残れるだけの力があるのだろうか。
「主、来ます!」
アルブはクラーケンのタコ足が僕に迫っていると伝えてくる。『無視』の効果が効いていないのか……。いや、クラーケンはただ藻掻いているだけ。
直径六〇メートルもあるタコ足が藻掻くだけでカエルラ領の中は直径一キロメートル内の建物が崩壊していく。その藻掻いている足が僕に迫っているだけ。
「くっ! 『無反動砲』」
白い杖先を迫りくる毒々しい模様のタコ足に向ける。
タコ足は巨大な風穴が空き、弾き飛んだ。千切れた足が水面に落ち、高い水しぶきをあげる。
『無反動砲』の威力が凄まじい……。だが、クラーケンの千切れた足先がすぐに再生し、元通りになった。『無反動砲』を大量に叩き込めば止められるかもしれない。だが、逃げ遅れている人や生き残っている人もいるはずだ。この化け物をずっと街中にいさせるわけにはいかない。
「クラーケンと海水を分けるのはどうかな」
「可能かもしれませんが、反動で人々が吹っ飛ぶ可能性があります。まだ、生きている人もいますし……」
「じゃあ、人の方を助けてからクラーケンを駆除すればいい」
僕は杖先をクラーケンの周りに向ける。
『無限:対象、海水に沈んでいる人、海水』
『無限』によって海水に沈んでいた人が空に打ち上げられる。人数は無数。もう、数えきれない。杖先を真横に動かし、浮いている人々に狙いを定めて『無重力』を使用した。
何人が生きているかわからないが生きていると信じて平原の方に向って飛ばす。高度を少しずつ下げ、落下死しないよう配慮した。
クラーケンの周りに沈んでいた人たちは全て避難させた。今、クラーケンの体の周りに人はいない。獣族も人族の仲間として数えられるから建物があるだけの状態になっているはず。




