高等技術
「ちょ、キュアノ、また……、へ……」
ブランカさんはキュアノが連れて来たマレインさんを見た瞬間、目を見開き、固まっていた。
「ブランカ・ニウェウスさん。俺はマレイン・マルチネスと言います。俺のこと……覚えていますか?」
マレインさんは耳を赤らめながらブランカさんに問いかけていた。
「……お、覚えていません」
ブランカさんはマレインさんに背中を見せ、はっきりと答えた。
「俺は子供のころ、ブランカさんに一目ぼれして社交界でブラックワイバーンを狩るくらい強くなって迎えに行くと言ったバカです! 本当に、覚えていませんか!」
「お、覚えていません! ぜ、全然わかりません! 帰ってください!」
ブランカさんは両手で両耳を塞ぎ、頭を振りながら叫んでいた。その場にしゃがみ込み、小さくなってしまう。いったい、どうしてしまったのだろうか。いつものブランカさんなら、もっと礼儀正しく頭を下げて断るはずだ。相手の顔も見ずに、突き放すような断り方をするような方ではない。
「……そ、そうですか」
「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん。覚えていないなら、覚えていないでもいいけどさ、この人、たぶん強いし、貴族だし、お姉ちゃんと結婚してくれるって言うし、最高の物件だよ!」
キュアノはブランカさんにペラペラと喋り続けるが、キュアノさんは見向きもしない。
「ブランカさん、俺の話しを聞いてもらえませんか」
マレインさんはキュアノの肩に手を置き、いったん引かせたあとブランカさんに話しかける。
「……な、なんですか」
マレインさんの問いかけに、ブランカさんは耳だけを傾けた。
「俺、今でもブランカさんのことを愛しています。一目惚れしたあの時から一〇年以上経った今でも、この気持ちは変わりません。俺と結婚を前提で付き合ってください!」
マレインさんは男気溢れる全力の告白を大声で言い放った。ステンドグラスに乗っている灰が崩れ、どさりと地面に落ちると、日の暖かい光が教会に差し込んでくる。
「………………」
マレインさんの告白を聞いたブランカさんの耳が長い髪からちらりと見えた。思った以上に真っ赤に染まっており、怒りからか、恥ずかしさからか、彼女の心境は何かわからないが、シアン色の瞳から大粒の涙すら流すほど嫌だったらしく手の平から『青色魔法:ウォーターボール』を放ちマレインさんを吹っ飛ばした。
教会から追い出され、びちょぬれになっているマレインさんは灰も体にくっ付き、せき込んでいる。
「ブランカさん、俺、諦めませんからっ!」
マレインさんは教会の中で両手を顔に当て、泣き崩れているブランカさんをさらに恐怖のどん底に落とすような発言を放つ。
「ま、マレインさん、ブランカさんが泣いてへたり込んでいるのに、あんな発言を……。きょ、狂気だ……。あんなに怖がらせたら、逆に付き合ってもらえないんじゃないか……」
「ミル、キースってバカなの?」
「キースさんはちょっと抜けてますね……。疎いと言う方が正しいと思います」
「疎いね……、まあ、そんな気がするわ」
キュアノとミルは僕の方を見ながら、横腹を突いてくる。どうやら、僕は小ばかにされているらしい。でも、何をバカにされているのか、理解できない。
逆に、今の会話で何がわかったと言うのだろうか。
教会の外にいたマレインさんは姿を消していた。灰掃除に向かったと思われる。
「お姉ちゃん、バリバリ覚えてるっぽいじゃん……」
キュアノの発言を聞いたブランカさんは、面をあげる。
「……覚えてない方がおかしいでしょ。ブラックワイバーンを倒せるほど強くなって迎えに来るなんて言われたらさ……」
ブランカさんの発言からして、どうやら、先ほどの覚えていないと言う言葉が嘘だとわかった。僕は完全に騙されたが、キュアノとミルはすぐに理解していたらしい。なぜ、わかったのだろうか。
「なんなら、結婚も嫌そうじゃないじゃん」
「……結婚したくないわけじゃないから……。でも、私は幸せになってはいけないの。マレインさん、子供のころと同じくらい透き通った目をしていた。カエルラ領の大人で、あんな目をする大人はほとんどいないわ。あの人と結婚してしまったら、私は幸せになってしまう」
ブランカさんは自分の失態で、フレイを激怒させ、多くの人々を間接的に殺してしまった。あの時のフレイは今では考えられないくらい不安定な状態だったので、不運が重なってしまっただけとしか言いようがない。それでも、ブランカさんは自分を責めている。
当時から二年経った今でも、ずっと苦しんでいるらしい。
「なんで、幸せになっちゃいけないか、理由はいつになったら教えてくれるの?」
「いえない……、でも、私は幸せになってはいけない」
ブランカさんはキュアノに背を向け、神に再度祈りを捧げ始める。
「はぁ……、口と頭が固いんだから……」
キュアノは落胆した様子で、ため息を吐き、教会の外に出る。
僕たちは後を追い、キュアノと一緒に灰掃除を始めた。
☆☆☆☆
その日からマレインさんは灰掃除のたびに一日一回は教会を訪れ、神に祈りを捧げてからブランカさんに求愛。その都度、ウォーターボールで吹っ飛ばされる。
一度ならず二度、三度、四度……。灰掃除が終わらない限り、永遠と続きそうだ……。
マレインさんの本気度は確かなようだった。どれだけふっとばされ、氷漬けにされ、けなされてもめげずに愛を叫んでいる。
「なんか、見ているこっちが恥ずかしいわ……」
教会の中にいた、キュアノは苦笑いを浮かべながら、吹っ飛ばされるマレインさんの姿を見ていた。
「でも、あそこまで熱く愛を伝えられると、獣族だったら落ちちゃいそうです……」
ミルは僕の方を見ながら目力を強めた。じーっと見てきて、何かを訴えているよう……。
「はぁ……、察しが悪いと愛想つかされちゃうわよ」
キュアノは僕に呟いた。察しろと言う言葉が僕は嫌いだ。そんな高等技術、僕に言われてもわかるわけがない。
ミルの顔を見ながら、考える。どう考えても、何を察してほしいのかわからない。
「えっと……、その……、ミル、いつも、仕事を手伝ってくれてありがとう……」
「どういたしまして」
ミルの目力は弱まらない。どうやら、僕の発言はミルの気持ちを察せなかったらしい。
「きょ、今日も灰掃除、頑張ろうね」
「そうですね」
ミルの目力は未だに強いまま……。
 




