水族館の掃除
次の日、灰は止んでいたが西にある大きなガラスの下部が埋まるほど積もっていた。八〇センチメートルほど積もっていると思われる。
灰を広大な海に捨てても問題ないはずなので、崖から落としていく。海水の量に比べれば灰の量なんて大してない。僕の別荘周りは灰を海に落とすだけで綺麗になったが、カエルラ領全体に降り注いでいた灰はカエルラ領の機能を停止させるほどの被害を加えていた。
列車は線路上に積もった灰の影響で走れず、魔道具の不調や素材の運搬がままならない影響で、ほとんどの者が仕事できない状況にある。
解決するためには灰を掃除しなければならないのだが……、
「おいっ! お前! 俺の敷地に灰を入れただろ!」
「はぁっ! 入れてねえよ! 逆に、お前のほうが入れたんだろうがっ!」
敷地内に灰を入れた入れていない問題が勃発し、多くの領民たちが灰を投げたり蹴ったり、魔法で吹っ飛ばしたり……。普通に掃除するよりも大変な状況になってしまう。
「こりゃ、掃除だけで何か月も掛かるかもな……」
口と頭に布を巻き、灰対策をしっかりとしているマレインさんはカエルラ領の領民性の悪さにため息をついていた。
他の領土と比べるのはよくないと思うが、ウィリディス領なら多くの者たちが力を合わせて掃除を完遂できるだろう。
「仕方ないですから、僕たちは僕たちで掃除を進めましょう……」
「このままじゃ、俺たちだけに灰掃除を押し付けてきそうなやつらだが……」
「それでも、掃除しないとカエルラ領の人だけじゃなくてプルウィウス王国の人たちが皆困ります。魚が好きな人たちは辛い想いをするでしょう。僕たちはほかにすることもないですし」
「まあ、そうだな……」
僕とマレインさん、ミルは灰掃除を始めた。だが、すぐに僕の元に青髪魔法使いがつっこんで来る。
「き、キース、どうしよう! 水族館の水槽の中が灰まみれになっちゃって、皆、瀕死なの!」
キュアノは僕のむなぐらをつかみながら盛大に揺さぶってくる。脅されている感覚に陥るが、キュアノの泣きそうな顔を見て、ただ事ではないと察し、ミルとマレインさんも一緒に水族館に飛んだ。
被害が出たのは、外に設置されていた大きな海洋生物の水槽。ドルフィンやオルキヌスの水槽があり、苦しそうに浮いていた。死んでしまった魚のような姿で、危険な状態なのは間違いない。
「キュアノは回復魔法とか、使えないの?」
「私、攻撃魔法は得意だけど、回復魔法は苦手なの……。そもそも、回復させる相手がいなかったし、私は怪我をほぼ追わないから、使わなくて……。ど、どうしよう。オルちゃんが死んじゃったら、私、私……」
キュアノは自分が調教しているオルキヌスをとても大切にしている様子だった。やはり、優しい性格なのは隠しきれないらしい。
僕が助けたオルキヌスは今や、キュアノの相棒として水族館でオルキヌスショーの披露を目指し、努力していると知っている。そんな相棒が死にかけていたら、辛いのは当たり前だ。
とりあえず、水槽の中に入っている灰をすべて取り除くところから始めた。
白い杖をしっかりと持ち、水槽内の灰に杖の先を向ける。範囲を決め、海中の灰を『無重力』で浮かべた。大量の灰をマレインさんが持っている麻袋に入れていく。普通に掃除するより簡単だが、周りに見ている人がいると、少し委縮してしまうので普段はあまり使えない。
今回は周りにいる人が知り合いだけだったので、大量の灰を操作しつつ、体調が悪いオルキヌスのほうの治療を試みる。
「多分、灰まみれの海水を飲んでしまったのが原因だと思います。腸内に灰が詰まってしまったのでしょう。洗浄したほうがいいかもしれませんね」
「わ、わかったわ」
水の操作を任せれば、プルウィウス王国随一のキュアノはオルキヌスの排泄部から水を入れ、腸内の灰を洗浄していく。排泄される水や糞は灰まみれだったため、他の個体も同様にひどい状態だと思われた。
一頭一頭の腸内を綺麗にしていき、綺麗になった海水が入った水槽で優雅に泳ぎまわっていた。その姿を見れて僕とキュアノはご満悦。麻袋に大量の灰を入れる手伝いをしてくれたマレインさんはすでに大量の麻袋をパンパンにしていた。
疲労困憊……と言う訳ではなく、体力がしっかりとついているからか、息一つ切らしていなかった。その状況にマレインさんが一番驚いている。そりゃあ、食事もまともに取っていなかった酒浸りのあのころより、強くなっているのは当たり前だった。
「……ねえ、気になったんだけど、彼誰?」
キュアノはマレインさんの方を見ながら、目を細めていた。その口調からして、マレインさんと会った覚えがない模様。
「青の勇者……。いや、キュアノ・ニウェウス。俺のこと、覚えていないか? 子供のころ、社交界でブラックワイバーンを狩るぐらい凄い奴になるって言った……」
マレインさんはキュアノの前に出てきて、これ見よがしに聞いていた。
「えぇー? 覚えてない……。お姉ちゃんの方に言ったんじゃないの?」
「そうか……、キュアノじゃないのか……」
「え、なになに……、意味が全然分からないんだけど」
「この際だ、話しを聞いてほしい」
マレインさんはキュアノに彼女の姉であるブランカさんのことが今でも好きだと伝えた。その話を聞いた、キュアノは頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべ、マレインさんの背中をバシバシと叩いている。
「すぐに行こう! 今すぐ会いに行こう! さあ、お義兄様!」
キュアノの満面の笑みなんて、いったいいつ見ただろうか。思い出せない。それほど貴重な表情を浮かべたまま、マレインさんの手首を掴み、空を飛ぶ。
そのまま、キュアノは教会に一直線に移動した。
教会に到着するや否や、マレインさんを引っ張り、教会の中に突っ込んでいく。
僕も後を付けていき、ことの行く末を見守る。
「お姉ちゃん! 今度こそ、今度こそいい人、見つけて来たよ!」
キュアノは教壇の前で祈りを捧げているブランカさんに勢いよく話しかけていた。
ローブに身を包み、シアン色の長い髪は腰ほどまで伸び、キュアノと顔が全く同じ女性が振り向いた。髪色がキュアノの方が青に近いため、見分けはつく。




