灰の掃除
カエルラ冒険者ギルド前にやってくると、多くの人々でごった返していた。
魔道具を使って依頼を送ろうとしても送れないから、直接依頼を伝えに来た者たちばかり。対外、灰の除去や壊れた家屋の修復、水路の調査依頼などなど……。
冒険者ギルド側は多くの人を裁くので手一杯。切れやすい人々なので、ルフス冒険者ギルドと同じくらい叫び声が聞こえる。もしかすると、ルフス冒険者ギルドよりも人柄が悪いのかもしれない。
「おい! どうなってんだよ! なんだこの天気! ふざけるなよ! これじゃあ、仕事どころじゃねえじゃねえか!」
男性は依頼と関係のない愚痴を受付嬢に言い放っている。
一人なら、周りの空気に押されてすぐに黙るだろうが……。
「こんな天気じゃ洗濯物が干せないじゃない! どうしてくれるの!」
「目がいてえし! 喉がイガイガするし! ほんと最悪だよ! お前らがちゃんと仕事してないからだろ! 責任とれや!」
まったくもって筋の通らない発言ばかりしている人たちがなんと多いことか……。
受付嬢たちは頭を何度も下げ、カエルラ冒険者ギルドのギルドマスターも眼鏡が落ちそうなくらい何度も頭を下げている。そういう姿を見ると、大変そうだなと思ってしまう。
「はぁー、ほんと……、何でこんなに面倒くさいことしないといけないのかしら……」
僕の隣にやってきたのは、布を口元に当ていつものローブ姿ではなく汚れてもよさそうな長袖長ズボン姿のキュアノだった。箒と塵取りを持ち、背中を丸めながら歩いてくる。
「キュアノ、掃除する気満々だね」
「掃除しないと、いけない雰囲気でしょ……。キースも手伝いなさいよ」
「もちろん、手伝うよ」
僕たちは防塵ローブをはおり、綺麗な布を鼻と口が隠れるように結ぶ。息しづらいが、灰を吸い込むよりましだ。そのまま、キュアノとミルの三名でカエルラ領の街に繰り出す。
「うわ……、まるで雪が積もっているみたいです……」
ミルは灰の上を踏みしめながら歩いていた。背後を見ると、僕たちが歩いてきた道が足跡になっているのがわかった。すでに八センチメートルほど積もっており、足が埋もれるくらい深い。
「灰は燃やせないゴミだから、袋に入れていかないといけない……。バカな人は水路に落としているから止めさせないと……。はぁ……、こういうのが一番面倒くさいのよね。魔物とかなら、倒せばいいだけだから楽なのに」
キュアノは溜息をつきながら教会の前にやってきた。
ここはブランカさんがいる教会だ。多くの人が教会の周りを掃除している。やはり、カエルラ領の人々にとっても教会は大切な場所らしい。
キュアノは空を飛び、教会の屋根に積もった灰を掃除していく。
「ミル、僕も屋根の上を掃除してくるから、ローブを羽織ったまま、耳と尻尾はなるべく隠して掃除してね」
「わかりました。個性を隠すのは嫌ですけど、灰が降っている中、晒す気も起きないです」
ミルは箒と塵取り、大きな袋を数枚持って教会の掃除を開始した。
僕も『無重力』で浮かびながら掃除を進める。
アルブに食べてもらいたかったが、灰は魔力がゼロらしいので食べられないらしい。無に帰そうとしても、灰自体、無に等しいらしく消せないようだ。
灰を掃除しても得られるお金はゼロに等しい。雪なら水になって地面に吸収されていくのに。灰は溶けず残り続ける。そのため、ものすごく厄介だ。
掃除する時間の無い冒険者たちは灰を無視して依頼を受けたいだろう。ただ、カエルラ冒険者ギルドは、領内の状態を少しでも良くしたいと思っているはずなので、冒険者たちに掃除してもらいたいと考えている。
反発は大きくなる一方で、どちらの意見もわかるため、自己判断になっている。
掃除を始めて半日が過ぎても、灰は降り続いているし、一行に綺麗にならない。カエルラ領の人たちも仕事があるだろうからずっと掃除しているわけにもいかず、多くの者が減っていた。僕とミルは仕事をしなくても生きていけるくらいのたくわえがあるので、問題ない。
掃除は得意なほうなので、懐中時計を開いて正午過ぎまで掃除していた。
「昼だし、腹ごしらえしようか」
「はーいっ! 辛麺を食べに行きましょう!」
「こんな天気だけどやってるかな……」
「辛麺? って何よ」
キュアノは僕とミルの話を聞きつけ、質問してきた。
「獣族の料理人がやっている料理屋の名前だよ。キュアノも来る?」
「獣族の料理人……」
キュアノは一瞬考えていたが、お腹がくうぅ~っと音を鳴らすと顔を少々赤らめ、うなづいていた。
僕たちは腹ごしらえするために裏道にやってきた。
「え……、は、灰が無い……。ど、どうなっているの……」
キュアノは目を見開きながら驚いていた。
僕とミルも同じくらい驚いていたが、獣族の方たちが協力して灰を掃除した結果らしい。獣族の一致団結力は人族よりも強いかもしれない……。
僕たちは辛麺に向かうと、料理屋さんは今日も運営していた。その状況を見て安心した後、体についた灰を落としてから屋台の敷地内に入る。天井が設けられており、灰が料理の中に落ちることはない。
ミル、僕、キュアノの順番で椅子に座り大将に料理名を伝えた。
キュアノは初めて来たそうなので辛くない麺料理にしておいてもらう。彼女は甘党なので、辛い料理が苦手なはずだ。
麺料理が出されると、キュアノはフォークを使って麺をすくいながら食していく。
麺を啜ったあと、眼をかっぴらいて一心不乱に啜り始めた。そのまま、麺をすべて平らげてしまった。スープが残っているので、飲み干そうとしている彼女を止める。
麺を追加で頼むこともできると伝えると、麺、お替りと大将に伝える。
キュアノの前にゆでたての麺が乗ったざるが差し出される。
キュアノは麺をスープに入れ、一心不乱に啜る。
「な、なにこの料理……、美味しすぎるんだけど……。こ、こんな料理があったなんて」
「キュアノも気に入ってくれたみたいでよかった。これで銀貨一枚から二枚もかからないんだよ」
「えぇ……、ど、どうやって元を取ってるのよ……」
「さあ……。僕もわからない。でも、これだけおいしい料理が食べられると思うと、仕事も頑張ろうって気持ちになるよね」
「確かに……」
僕たちは食事を終えた後、再度教会の掃除に向かった。はらりはらりと舞う灰は掃除した教会にまた乗っており、いくら掃除しても無駄なんじゃないかと思うほど人の心を折ろうとしてくる。まだ、九月だというのに日がさえぎられて肌寒く思えてしまった。




