灰が降る
メジさんはまた意思の低い言葉をつぶやいていた。もしかすると、獣族の皆さんは逆境に飛び込んでいく勇気がないだけなのかもしれない。昔と同じことをしていれば安全だから、危険なことはしたくないといった精神がこの場に引き留めている原因なのではないだろうか。
冒険者は安定しないし、安心とかけ離れている。ウィリディス領は安全性が高いので、心配しすぎる必要はないと思うけれど、何度言っても意味ないだろうな。
「皆さんが思っているほど、外の世界は怖くないですよ。ぼくとシトラさんもいろんな領土に行ってますけど、獣族に対して無関心だったり優しく接してくれる人のほうが多い印象があります。獣族を猛烈に下に見ているのは王都やカエルラ領、インディクム領くらいなんじゃないですかね」
ミルはメジさんたちのほうを見ながらつぶやいた。
メジさんたちはむむむっと難しそうな表情を浮かべている。
何もしていなくても時間は過ぎるし、鍛錬しながら考えてもらう。まあ、体を動かしながら、考えられるほど人間の頭は賢くないけれど。
メジさんたちが気絶しそうになるほど鍛えた後『無傷』で治し、そのまま漁に向かう。すると、何かしら恐ろしい雰囲気を得た。僕だけではなくメジさんたちも獣族特融の危機感知が危険を察していた。
視線をはるか南西に向けていると船がひっくりかえるほどの衝撃波が身を襲った。僕たちは空中に投げ出され、さらに海中に突っ込む。何が起こったのか全く理解できない。
魚は失神している個体が多かったので再度回収できたが、空から細かい石が雨のように降ってきた。僕たちは海の中にもぐり、石の雨が止むのを待つ。僕は『無呼吸』で何時間でも問題ないが、メジさんたちは五分が限界だろう。
五分経っても石の雨がやまなければ魔力で、防御しながら離脱しよう。
小さな石の雨は五分ほどたつと量が少なくなった。水面から顔を出し、あたりを見渡してからボートをひっくり返して乗り込む。
メジさんたちもボートに乗り込み、東側にある陸地に向かって全力で移動した。
その間、波が妙に高く、一メートルほどの波がカエルラ領の沖から街のほうに向かって流れていた。獣族の集落は波の被害をもろに受け、建物は簡単に破壊され、持てる品だけ持って僕の家がある丘のほうに逃げたらしい。そのおかげで、波にさらわれた者はおらず、命に別状はない。ただ、寝床が浸水してしまい、獣族たちの集落が自然に破壊されてしまった。
カエルラ領者たちの影響ではないと言え、住処を奪われたイライラは募るばかり。
イライラしていたのは獣族だけではなく、カエルラ領の人々も同じはずだ。丘から見た平たいカエルラ領の八分の一は水浸しになり、波の被害を受けていた。海辺は波の影響でぐちゃぐちゃになり、観光で見に来たら最悪の光景だろう。
獣族の皆に今日は丘のほうで眠るように言い、食事も提供した。何度も感謝されるが、困ったときはお互い様なので、何ら問題ない。
夜になると、いつもより明らかに暗かった。加えて灰のような粉がぱらぱらと降ってきている。
嫌な予感しかしない。
「キースさん……、何がどうなっているんですか……」
ミルは僕の腕に抱き着きながら底知れない恐怖におびえている様子だった。耳がへたり、しっぽが股の間に入り、プルプルと震えている。その姿を見るだけで恐怖しているのがまるわかりだった。
「僕にもわからない。でも、普通じゃないのは確かだね……」
「うぅ……、灰が空から降ってくるなんて、どんな天気よ……」
シトラも恐怖しており、ミルと反対側の腕に抱き着いてきていた。両者ともに、底知れない恐怖を感じているらしい。飛んで行って調べようと思えば可能だが、家族を不安にさせるわけにもいかない。そのため、すぐに戻って二人を安心させた。
海のかなたに何度も稲妻が落ち、光とともにかすかに音が聞こえる。
食事をとってすぐにお風呂に入り、ミルとシトラを寝かしつけた後、僕は何が起こっても問題ないように『無休』で起き続けた。
いつもなら、明るくなっている時間帯でも、カーテンを閉めているかのように暗い……。
未だに小さな灰が降っており、獣族たちに吸い込まないよう布を口元に当てるよう指示。
体に付着した灰を『無限』で綺麗にしていく。獣族の耳や尻尾は毛が多いので、すぐに灰まみれになってしまう。肺に灰が入り込んだら危険だ。
息苦しいかもしれないが、口や鼻に布を当てて灰を吸い込まないようにしてもらう。
空から灰が降ってくるなんて考えられる要因は火山の噴火くらいしかない。昨日の夕方ごろに海のほうで火山が噴火したのだろう。山なんて見えないので相当遠くの火山が噴火したらしい。もしかすると、海底火山と言う場所が噴火した可能性も考えられる。
「こんな状況、初めて見た……」
丘から見えるカエルラ領は灰色に染まっていた。建物や通路、水路まで、何もかも灰色に染まっている。こんな状態が、カエルラ領全体に広がっている……。さすがに、この状況を獣族のせいにしようとする人はおらず、多くの者が灰色の表情になっているだろう。
僕は玄関前で『無限』を使い、体についた灰を落とす。家の中に入り、目を覚ましていたミルとシトラに視線を向ける。
両者ともに窓ガラスに張り付いており、灰が降る外を眺めていた。
「キースさん、なんか、大変なことになってるんですけど……」
「灰が降るなんて、天変地異の前触れなんじゃ……」
ミルとシトラは僕のほうを向いて顔を青くさせていた。青と白で綺麗だったカエルラ領は一夜にして失われてしまった。
僕は、まあ、灰が止んでから掃除すれば綺麗な景色が戻ってくるでしょと楽観的に考えていた。
朝食をとってからミルと共にカエルラギルドに向かう。その途中何か違和感を覚えた。いつもあるのに、今回は無い。飛んでいてわかったが、水路を流れていた水が一切なくなり、ゴンドラや小舟が一隻も見当たらない。
一体、何が起こったのだろうか。灰で水路が詰まってしまったのか? 押し寄せてきた波に含まれていた泥や砂によって水路が詰まったか? 両方が原因かもしれない。
 




