獣族への偏見
「じゃあ、今日は依頼無しで普通に魔物の駆除活動をすればいいってことですね」
「は、はい。お願いします」
キュアノとギルドマスターの関係はまだぎくしゃくしているように見えるが、前よりは幾分かマシになっていた。キュアノの性格が丸くなった影響だろう。
家のことや自分の将来、嫌いな領土の人々のことを一度忘れ、勇者らしく周りに奉仕している様子は以前の姿よりも立派に見えた。
その姿を見て、周りの冒険者達も怒りを抑え、魔物の討伐に向かう。
僕とミル、キュアノは『青の平原』に飛んで角ウサギをいつもの倍以上倒し、肉はアルブに食べてもらい、素材だけを持ってカエルラギルドまで戻る。
報酬は低いが、仕事したと言う状況が僕たちの心を穏やかにさせる。
海に向かい、デスシャークの討伐を行っている最中、何かチカッと光った。特に魔法や空を飛んでいる別の何かがいるわけではないのに……。
「なんか、今、光らなかった?」
キュアノも光を見たのか、僕に視線を向けてくる。
「僕も見た。いったい、何が光ったんだろう……。誰もいなかったけど……」
「ぼくたちが付けているネックレスやアクセサリーで光りが反射したんじゃないですか?」
ミルは白金のネックレスを撫でて見せてくる。
「そうなのかな……」
何も起こっていないので特に気にする必要もないと思い、僕たちはデスシャークを八頭ほど狩って捌いた後、カエルラギルドに持って行った。
その日からおかしな現象はたて続けに起こり、何者かに絞殺されたような跡がある鯨が海岸に打ち上げられ、腹部がパンパンに膨れていた。すでに亡くなっているため、アルブが消滅させ魔力として食す。
次の日は大量のイワシが海岸を埋め尽くすほど打ち上げられ、異臭を放つほど腐っているため、カエルラ領の中が魚臭くなっていた。
そんなことがあり、漁師の獣族達が人間に嫌がらせしているんじゃないかと言う偏見が広がる。確かに、獣族が取った魚を海岸に撒いた可能性はゼロじゃない。ただ、そんな無駄なことを獣族がすると思えなかった。
「なんで、俺たちが人族に嫌がらせしたみたいな雰囲気になってんだよ! ふざけるな!」
「そうだそうだ! 俺たが魚を無駄にするわけねえだろ!」
「海岸が埋まるほどの魚を捨てる獣族がいるわけねえ!」
「臭いって言うなら、自分達で片付ければいいじゃねえかよ!」
「なんでも俺達のせいにされて気分最悪だぜ!」
獣族のメジさん達が大声をあげながら激怒していた。
僕の別荘の庭で話合いしないでほしい……。だが、彼らの言い分もわかる。実際、獣族が魚を捨てる訳ないと僕も思うから。
ただ、獣族がやっていないと言う証拠もない。誰も、魚を捨てているところを見ていないし、朝見たら浜辺が魚で埋まっていたと言うのだから、夜中に誰かが捨てたと言う可能性と、普通に夜中に魚が打ち上げられたと言う可能性。どちらかだと考えられる。ただ、どちらも証拠がない。そうなると嫌われている獣族が疑われても仕方なかった。
獣族と人族の間に出来ていた大きな溝がさらに大きく開いてしまった。あまりにも大きな溝で埋めるのは難しいだろう。
「うーん、どうしようもないな……」
マレインさんも腕を組みながら、獣族の対応の方法を考えていた。だが、獣族がやっていないと主張したところで人側の方にそんなことどうでもいいんだと考えているような雰囲気がある。だから、獣族がいくら主張しても人族が聞き入れて謝罪することは無いと言う。
だから、ことを荒立てないようにする方がどちらにとっても都合がいい。ただ、悪者扱いされている獣族の方は許しがたいのか怒りが増していた。何でもかんでも獣族が悪いみたいな言われ方をずっとされてきたと言う。冤罪に掛けられた者は数知れず、捕まっている獣族の半分は冤罪だとか。
犯罪があった近くを歩いていただけで、犯人扱いされる始末。そのため、人族の近くを滅多に歩けない痴漢や暴行罪、その他諸々。罪の数は多く、人間が獣族うざいと思っただけで、捕まえられる可能性すらあった。あまりにも身勝手すぎる。
「ほんと、なんでみんなキースさんみたいに優しくなれないんですかね」
「仕方ないわ。カエルラ領の人達が自分より劣っている者が好きって言う性格状、見下されている獣族への当たりが強くなるのは目に見えているもの」
ミルとシトラは互いに獣族だから、カエルラ領の獣族達の気持ちが痛いくらいよくわかるらしい。僕も家にいない者扱いを受けて来たので、嫌われていると言う状況は知っている。
こっちから動いても相手の方が強いから何も出来ない。だから、皆、我慢する。でも、獣族は我慢が苦手な者が多いため、鬱憤が爆発してしまう者が多いのだろう。
爆発して人族に手を出せば、それだけで獣族全体の印象が悪くなる。負の連鎖だ。
「はぁ……、どうすればいいんだ……。このままじゃ、本当に獣族がカエルラ領から追い出されるかもしれない。カエルラ領から出て、俺たちがやっていけるんだろうか……」
メジさんは視線を下げ、自信のない声を出していた。
獣族は他の領土にもいるため、メジさん達が何も仕事がないと言う訳じゃない。ただ、他の領土の獣族も、大概同じ状態だと思うので、歓迎はされないだろう。
でも、だからと言って何もしなければ生きていけない。
「カエルラ領の人に嫌味を言われるのか、はたまた別の領土で軽蔑されるのか。でも、他の領土なら、冒険者になってお金を稼ぐということもできます。カエルラ領だと、漁師くらいしか仕事がないかもしれないですけど、他の領土に行けば仕事はあります」
「で、でも、俺たちが冒険者になんてなれるわけがない……」
メジさんは視線をそらし、ものすごく弱気になっていた。ただ、彼らは今のマレインさんと戦えるだけの実力を持っている。
「冒険者が無理なら、カエルラ領の北側にあるウィリディス領はアルラウネの攻撃によって街が崩壊しました。いまだに復興中なので、仕事が見つかりやすいはずです。体力に自信のある獣族の皆さんなら、お金を稼げる可能性は十分あります」
「で、でも、俺たち、見た目がこんなだから、ほかの領土に行っても怖がられるだろ。仕事なんてめったに出来ませんよ……」




