オルキヌスと青色の勇者
キュアノさんはすでにやけになっていた。それだけ追い詰められているのだろう。
「キュアノさん、落ちついてください。死ぬとか言っちゃ駄目です。犯罪ももってのほか。もっと他にやりようがあるはずですから、一緒に考えましょう!」
僕はキュアノさんの肩を持って力強く言う。彼女は捻くれていて人に頼んだり、頭を下げることが極端に苦手だと思われる。本当は助けてほしいのに口に出して言えないのだ。だから、僕の方からお願いする。それでも、嫌というかもしれないが、彼女が押しに弱いと言うことはすでに知っている。
喧嘩している僕たちを止めに来る者はおらず、誰もが知らんぷりしていた。まあ、僕が『無視』の効果を使って周りから意識されないようにされているから、当たり前だ。
「挨拶と感謝の言葉をしっかりと伝えましょう。キュアノさんの仕事を見ていると嫌々感があふれ出ています。そんな気配を受けたら、誰だって気持ちが落ち込んでしまいますから、誠心誠意、気持ちを込めましょう。仕事ができるのはギルドのおかげですし、軽く微笑む程度でもいいですから」
「うるさいうるさい! なんで、あんたに私が指図されなきゃいけないのよ! もう、愛情を知っているあんたに、私の気持ちなんてわかりっこないわ! 親や領土に道具として使われる気持ちがあんたにわかる? わからないでしょうね!」
キュアノさんは身を振りまくり、真っ青な髪を靡かせながら僕を振り払おうとする。小さな体だが力が強く気を抜いたら放してしまいそうだ。
「でも、勇者になったのはキュアノさんの判断のはずです。あなたがカエルラ領を守りたいから勇者になったんですよね。
親や領土の推薦があっても勇者になりたくなければ、拒否できるはずです。自分が勇者になった時のことを思い出してください。親と領土はキュアノさんを利用したかもしれませんが、カエルラ領に住む者達はキュアノさんに感謝の気持ちを抱いていたはずです。
勇者順位戦でも上位に食い込める強さがある。多くの者がキュアノさんを尊敬し、大きく感謝しているのは間違いありません。キュアノさんは素晴らしい勇者なんですよ! 仕事を休まず、毎日こなすだけでもすごいですよ。嫌なことでも引き受けて、何度失敗しても諦めない姿は尊敬出来ます!」
「う、うぅ……。そんな優しいこと言うな……。誰も言わない褒め言葉を言うな……」
キュアノさんは両耳を手で塞ぎ、しゃがみ込む。彼女に必要なのは愚痴を言い合えたり、助けを求められる友達だ。
ずっと一人ぼっちで、どうしたらいいかわからず辛い状況に陥っても一人でどうにかするしかなかった。なら、友達を作ればいい。まずは同性が良いだろう。
イリスちゃんならキュアノさんとも仲良くなれるはずだ。でも、この場にいないから滅多に会えない。別に人間である必要はないか……。
「キュアノさんに会わせたい子がいるんですけど、良いですか?」
「会わせたい子……」
僕はキュアノさんと共にいつもの漁場に飛んだ。海面に降り立つと、黒い背びれが海面に現れ、僕たちの方に向ってくる。
「ちょ、ちょちょ、オルキヌスっ! オルキヌスじゃない! こんなに近づくなんて危なすぎるわ!」
キュアノさんは僕の背後に隠れるようにしてオルキヌスから距離を取った。
「キュィ~。キュイキュイ」
オルキヌスは海面に顔を出し、喜びの舞を踊っていた。
「安心してください。この子達は敵じゃありません。もちろん、安心するのも危険ですけど、このこたちは相手の強さがわかるらしいので、無暗に手出ししてきませんよ」
僕はオルキヌスの頭を優しく撫でてあげる。
「キュアノさん、ドルフィンが好きでドルフィンの調教師になるのが夢だったんですよね。少し違いますけど、オルキヌスと一緒に泳いでみるのはどうですか? この子達の脂肪の厚さならキュアノさんが冷たくても何ら問題ありません」
「な、なによ、なによなによ……、そ、そんな楽しそうなこと、私にさせてくれるの!」
キュアノさんは見た覚えがないほど顔を輝かせ、青い瞳を海以上に煌びやかに彩らせていた。興奮具合からして、本当にうれしいのだろう。
「はい。キュアノさんの友達にこの子達ならなれるんじゃないかと思います。とびきりなかが良くなった子で、水族館の大きな水槽で皆に芸を見せましょう。これは、カエルラ領でしかできないことです」
「た、確かに……」
「夢をかなえられたら少しは希望が持てる気がしませんか。別に結婚だけが逃げ道じゃないです。夢や自分のやりたいことを追いかけるのだって周りから逃げる現実逃避になり得ます。紋々とした気持ちを発散して人付き合いを少しでも改善。親が結婚しろと言ってもまだ焦る時じゃないですよ」
「なんか、良いように丸め込まれちゃっている気がする……。これだから、女たらしは」
「お、女たらし……」
僕はキュアノさんに女たらしと言う何とも酷い悪口を言われるが言い返さず一呼吸を置く。
女性を誘惑して弄んでいるわけではない。なら、僕は女たらしではない……はず。女たらしと言うのはライアンのような男を指すはずだ。
「ま、あんたが女たらしだろうが、変態だろうが、私にとってはどうでもいいんだけど」
キュアノさんは水面に浮かびながらオルキヌスのつるつるとした頭を撫でる。彼が口を開ければキュアノさんなんて簡単に飲み込めるだろう。だが、その気は一切無い。もし、オルキヌスがキュアノさんを食おうとしたら、一瞬で氷漬けにされるとわかるのだろう。
「よ、良し。じゃあ、ちょっと乗ってみる」
キュアノさんはオルキヌスの背びれを持ち、共に潜っていった。一分ほどして水面に出るとボートに乗っているかのように優雅に泳いでいる姿が見て取れる。水中の中なら、僕より確実に早い。ときおり飛び跳ねたり、共に垂直に飛び出たり、尻尾の動きだけで大きな体を支えながら水中に立ったり、ドルフィンの演技を見ているかのような気持ちになった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。や、やばい……、超楽しい……」
キュアノさんの顔は満面の笑み。だが、全身ビショ濡れで、服が体にくっ付いて見えた。薄手の服だったので、勝負下着が透けてしまっており、言うか言わないか迷うものの彼女の体に触れ、服と海水の間に『無限』を作り、乾燥させる。




