変わった
「キースさんはぼくたちを信じてくれていますか?」
ミルはベッドの端に座り、ぼそっと呟いた。哀愁漂うその背中は危険な戦いを共に乗りこねて来た者の背中だった。だが、何を信じる必要があるのだろう。
シトラに投げかけた自分の誠意も一体何を信じてほしかったのだろうか……。ミルに言われて、自分も答えが出せなかった。ミルを信じるも何も、ずっと一緒にいる普遍的な存在として認識していたが……そうじゃなくなっている。当たり前だ。生きている以上、感情の変化はつきもの。
もしかすると、僕は二人に愛想をつかされてしまったのかもしれない。真夏日だというのに、全身に怖気が走る。一人になるのが怖いのか、大切な人がいなくなってしまうのが辛いのか、僕は自分の感情すら真面に理解できていない。
「ぼくはキースさんが好きです。大好きです。とても大切な存在で、一生一緒にいたい。でも、今のキースさんと一緒にいるのはなぜかむなしいです」
ミルはベランダに出て夏風に吹かれ、金髪を靡かせながら呟く。
裸なのに他の人も目を凝らせばギリギリ見えてしまいそうな高さのベランダで、何を考えているのだろうか。
僕はシーツを持ってミルのもとに近寄り、身を隠させる。
「ぼくはキースさんとなら、森の中で裸で生活できます。お金や武器、何もかも捨てて苦しい自給自足だって構いません。今は運よく力があって、お金や武器、質が良い生活が出来ています。もし、キースさんに地位やお金、力、武器、の一切が無かったらぼくとシトラさんとどういう関係になっていましたか?」
ミルは僕に難しい質問をして来た。
つまり、僕が家を出た時の状態と同じ時、シトラとミルにどういうふうに接するのかと問われているようだ。
二年前の僕は力や地位、お金もなくただひたすらシトラを探すために必死だった。あの感情が愛だとするならば、僕はすでに愛を感じられないのかもしれない。
強大な魔物を倒せるほど強く、家を何の躊躇もなく買えるだけの大金を手にし、地位もある。
いつの間にか、他人を見下すようになっていたのだろうか。なに様のつもりで、助けてあげるとか、僕が強くしてあげますとか言えたのか。あまりにも恥ずかしい。
本当の僕はちっぽけで、情けなくて、いつもシトラに助けてもらっていた弱虫だというのに、強さとお金、地位と言う衣を纏ったら自分がすごい人なんじゃないかって勝手に誤認していた。アイクさんのもとで辛い日々を過ごしたことすら忘れかけていた。
やはり、今の僕は昔の僕と全然違う存在なんだ。良い変化もあれば、悪い変化もある。
「何もしていなければ僕はミルを助けられなかった。シトラも未だに助けられていなった」
「ぼくも思いました。昔のぼくは弱かったですけど、今のぼくならブラックワイバーンにも戦いを挑めそうです。ぼくたちは大きく成長しました。その結果、ものの考え方や相手に対する気持ちが違うんじゃないですかね」
「というと?」
「はじめ、ぼくはキースさんに助けてもらって、少しでも恩返しがしたかった。いつの間にか大好きになっていて、結婚して沢山愛してもらいました。始めは嬉しいの連続です。でも、どんどんそれが当たり前になっていた」
ミルは視線を落としながらつぶやいている。
「そうなると、嬉しい気持ちよりも不安の方が大きくなっていくんです。キースさんに愛想つかされていないかとか、役に立てているのかとか、嬉しいのかな、悲しいのかな、楽しんでいるのかなとか……。顔色を窺ってしまっている自分がいる。つまり、ぼくはキースさんを信用しきれていないって言うことです」
「結婚って難しいね……」
「そうですね……。どれだけ一緒にいても、結局ぼくたちは別の感性を持った生き物なんです。わかり合えるわけがない。ぼくもシトラさんが何で、一人で帰ってしまったのかいまいち理解できません」
僕とミルは仕度を終え家まで帰る。景色は青いのに、心は曇天。
自分で答えを見つけなければならないだろう。僕は自分の本質を理解するために仕事すると決めた。いくらお金を持っていようが、どれだけ受付嬢の態度が悪かろうが関係ない。
なにが、沢山のデスシャークを持って行ってやるだ、なにが僕のことを認めさせてやるだ、そんなことどうでもいいじゃないか。
仕事はするだけで誰かが助かる。僕は自分のためではなく、誰かのために頑張れる人間なんだ。仕事以上に誰かの役に立てることなんて無い。
シトラだって、遊び歩いている僕に惚れたんじゃないはずだ。昔を思い返せば、明らかじゃないか。変わった僕を信じてほしいなんて言っても無理に決まっている。
自分の伸びた鼻は自分でへし折って捨て、頬を勢いよく叩き昔のように気合いを入れる。
「ミル、また僕と仕事してくれる?」
「もう、なんで疑問形なんですか……。それ、ぼくを信用してないってことですよね?」
「はは……、確かに。じゃあ、言い直す。ミル、一緒に仕事しよう」
「もちろんですっ!」
僕たちは勢いよく走ってカエルラ領の街を移動した。別荘にすぐさま移動する。建物に入ったら、眼元が少々腫れているシトラの姿を見つけた。僕の嫌な代わりようを実感させてしまって泣かせてしまったのかもしれない。彼女が惚れ直してくれるような男に成長しなければ……。
「シトラ、ただいま」
「ええ、お帰り。一応、朝食は作っておいた……」
シトラはテーブルの方に視線を向ける。すでに、マレインさんが魚料理をガツガツ食している。
「シトラ、僕とミルにも、マレインさんと同じくらいの量の料理をお願い」
「え……」
「人を助けて沢山働くためには沢山食べないといけないから……」
「……キース。わかった」
シトラは今日、ようやく微笑みを見せてくれた。僕とミルはマレインさんが食べていた山盛りの魚料理を無理やりでもお腹に落とす。沢山食べた後、服装を冒険者服に着替えた。
薄手の黒いズボンと白のカッターシャツ、薄手の黒い上着を羽織り、左腕にアイクさんから貰ったダガーナイフ、腰にウェストポーチをまきつけ、長らくお留守番させていたフルーファを背負う。
その瞬間、膝が折れるくらいの魔力量を食われた。どうやら、相当怒っているらしい。『遊び過ぎだ』と……。
「はは……、ほんと、そうだね。羽目を外しすぎてしまった」
もとから左腰に掛けていたアダマスを掛け直し、右腰に杖ホルダーを下げる。黒いブーツを履いて出発の準備が完了した。
「あぁー、ぼく、もう一ヶ月以上仕事していなかったんですね……。自堕落な猫になってしまっていたら、気持ちも落ち込んじゃいますよね」
ミルはへそ出し、下尻出しの超軽装備。金色の尻尾がうねり、太ももや括れを強調した彼女が好きな冒険者服。久しぶりに見た気がする。




