キュアノさんと妻
「はぁ……。今日も駄目だった……。というか、あんなの経験させられたら、普通の人じゃ満足できないっつーの……。あぁ、もうぉ、色々むしゃくしゃするっ~! なんなんだ、あの男、ほんと、ふざけんな!」
小さな手の平で綺麗に整っていた青髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、黒色のサングラスを外した。海より深い青色の瞳がのぞき、多くの者の心を静める。
あまりに深い青色で覗けば海の底に沈みこんでしまいそうな恐怖と近しい感覚を味わえる。
「あの人ってキュアノさんでしょ」
「どう見てもキュアノさんですね」
シトラとミルはキュアノさんを見て呟いた。両者とも一度、カエルラギルドで見ているため、見間違えなかった。
「そうみたいだね。今日も、声を掛けられた男性に振られたみたいだ」
「ああ、前言っていたやつね。あのむしゃくしゃ具合、本当に何度も振られてるみたいね……」
「可愛いのに、なんで振られるんでしょうね? 性格が悪いんでしょうか……」
「どうだろう……。話し会ってみる?」
「今日はキースさんと待ちに待ったデードの日なんですよ。なのに、他人に割いている時間なんてありませんよ。少しでもキースさんと楽しい時間を過ごしたいんですから」
ミルは僕の腕を掴み、キュアノさんと話す気はないようだ。まあ、勇者と言えど他人と言えば他人。
ミルにとっては時間を奪う相手でしかない。だが、シトラは少し話してみたいような雰囲気を醸し出している。
キュアノさんと似た性格のシトラだから何か共鳴する部分でもあるのかな?
「すみません、キュアノさんですよね?」
シトラの銀色の髪は気温が低いキュアノさんの間合いに入り、霜が付いてキラキラと輝いていた。あまりにも珍しい髪なので、キュアノさんは目を丸くしている。後方にいる僕達の姿も視界に入れたのか、大きな瞳を細める。
「そうだけど、何かよう……」
「夫から話を聴きました。キュアノさん、色々と頑張っているようですね」
「はぁ……、余計なお世話よ」
「ところで、そのネックレスは自分で買ったんですか? さっき水族館のお土産屋さんで見つけて、限定一個だったので悔しい思いをしたんですが……」
――あれ? シトラの雰囲気がものすごーく恐ろしくなったような。
「これ? これは……、そこにいる白髪の男に貰った」
シトラはそのことを確かめたかったから、キュアノさんに話を聞いたのだと、僕は理解する。背筋が凍り、いつ砕け散ってもおかしくないほどの恐怖を受けた。
「え、えっと、その、なんて言うのかな、お礼をしただけなんだよ……」
「お礼の品に金貨一〇〇枚のネックレスをあげる男なんていないわよ。お店の人が、身長が高くて色白で、髪と目の色が青色の男の人が買って行ったと言っていた。服装を聴いたら、黒いズボンと白い半そでシャツ、左腰に白い剣、右手と左手の黒いブレスレット、首に白金のようなネックレス。もう、その時点で、察したけど私達に買ったわけじゃないなら、どこにあるのかって考えた。案の定、キュアノさんの首元にかかっていた」
「う、うわー。すごい、シトラ、名探偵みたいだ……」
僕はシトラとミルにこってり事情を聴かれた。
キュアノさんと水族館の下見に付き合ってもらっただけなのに、ものすごく怒られた。なにに怒っているのか理解できないのが僕の悪い所だろう。女性の心を理解するのは本当に難しい。
「私がマレインさんと一緒にデートしてたらどう思う?」
「……マレインさんを切る」
「ぼくがマレインさんと一緒に水族館で遊んで、ネックレスを受け取っていたらどうしますか?」
「……マレインさんを切る」
どうやら、僕はシトラとミルを傷つけてしまったらしい。一人で他の女性と会うと僕と相手の間に関係が生れないかという不安があるそうだ。
キュアノさんとどういう関係になるというのだろうか。まあ、不安になる気持ちは僕も同じだ。反省し、シトラとミルに深く謝る。
キュアノさんは面白くなさそうに僕たちの姿を見ていた。やはり視線が冷たい。
「キュアノさん、私はあのバカの妻です。シトラと言います」
「同じく、キースさんの妻のミルです。色々事情があって、キースさんはキュアノさんについて調べていただけなので、変な気は起こさないでくださいね」
「へ、変な気って何よ。別に、何とも思っていないわ。ほ、ほんとに何とも思ってない」
「…………」
シトラとミルは目を細め、僕の方を見てくる。怒りと哀れみ。どこか呆れも見て取れる。両者は互いに溜息をつき、ひんやりと冷たい椅子に座って凍った果物を強靭な顎で噛み砕きながら食した。
女三名に男一名、僕の居場所など無く、アルブの体を撫でながらじっとしているのみ。
三名の女子が何を話しているかもあまり聞き入れないようにした。怒りの矛先がまたしても僕に向けられる可能性があったから……。
日差しが赤色に変わるころまで話合いは続いた。いったい何の話をしていたのだろうか。
「じゃあ、また」
「ええ、さようなら」
「バイバイです」
キュアノさんとシトラ、ミルは手を振り合い、解散する。皆の表情は穏やかだったので、ぎくしゃくした関係ではなくなっているはずだ。
「えっと……、何の話をしていたの?」
「キュアノさんにどうなりたいのか訊いたの。彼女もよくわかっていなかったのだけれど、この領土にいたくないというのははっきりした」
「でも、どれだけ見繕っても上手くいかないから、やり方を変えるそうです」
シトラとミルは軽く笑いながら、僕の方を見る。彼女たちの考えがまるでわからない。何も教えてくれないので、理解しようがなかった。
今夜泊まる宿を見つけ、僕たちは宿の食堂で魚が主食の優雅な食事を楽しみ、ぬるま湯のお風呂に体を浸す。




