辛麺
クラゲに注意とか、触れないようにしてくださいと言った木の板は立っておらず、あたかも海は安全ですと言う雰囲気が漂っている。
広すぎる海は危険な生き物が大量にいるのに、観光客はその綺麗な景色に見とれ、悪魔の餌食となっていく。
僕たちからすれば金貨八枚は安いかもしれない。でも、金貨八枚を稼ぐのは大変だ。受付嬢でもひと月で金貨二〇枚とかなんじゃなかろうか。なのに、金貨八枚の治療費を取ろうとするなんて……。
僕は何とも言い難い不愉快な感情に苛まれる。
注意書きを辺りに置くだけでも被害者は減らせるはずだ。
海はカエルラ領にしかなく、海洋生物に対する知識が浅い他の領の者達は海の怖さを知らない。だから、カエルラ領の者達は海に全くおらず、他領の観光客ばかりでにぎわっていた。
僕は無償で怪我人を治そうと思い、クラゲに刺された者のもとに向かうと青髪の屈強な男に吹っ飛ばされ、患者を横取りされた。
「白髪のあんちゃん、人の前に立ったら危ないだろー、気を付けな」
「もし、海に入って何か痛みを感じたら、すぐに言うんだぜ、俺たちが運んでやるからよ」
二名の男性はシアン色の短い髪を靡かせ、そのままクラゲに刺された他領の観光客を連れて行く。
海の中にいるクラゲに気を付けてくださいと僕が他の領土の観光客に話していると後方から肩を掴まれ、営業妨害だとか周りの客の迷惑だとか言われ海場から追い出された。
シトラとミルが激怒しそうな所を宥める。やはり、他の領土よりも他領の相手に対する当たりが強かった。
「もう、何あの態度! ぼくの愛するキースさんの善行を営業妨害だなんて!」
「ほんとほんと! クラゲが危険だって教えていただけじゃない! それのどこが迷惑なのよ! クラゲに刺されて子供が死んだらどうする気なのかしら!」
ミルとシトラはぎゃんぎゃん騒ぎ、周りの者が怖がるくらい威圧感を放っていた。両者共に、僕と生活していることで魔力の総量が増え、比例するように力も増している。彼女たちが騒ぐと、獣族達の印象も悪くなってしまうので手を握って落ち着かせる。
「二人共、怒っても仕方ない。無知が悪いというのは彼らの言う通りだ。無知だから、搾取されるし騙される。勉強を怠ったら僕たちが貴族だとしても騙されるんだ。この領土はそう言う場所なんだよ。そう言う性格に怒っても仕方がない。僕たちがイライラするだけ無駄だ」
「で、でも……」
「はぁ……、キースが言うんだから潔く聞き入れるしかないわ。これ以上何か言っても無意味よ」
ミルとシトラは荷物をもって水着姿のまま、有料のシャワー室で体に付いた海水を洗い流しに向かう。僕も付いていくと、両者がシャワー室の前で止まった。
「二人で一緒に使ったほうがお得でしょ。どっちに入る?」
シトラは目を細めた。あまりにも害悪だ。僕に二人を選べだなんて……。ミルの脇に手を入れ、シトラの方に移動させた。
両者は頬を膨らませていたが、がみがみと怒りはせず頷きながらシャワー室に入った。
僕は体から塩と水分を『無限』で飛ばし、シャワー室の中で服を着替えて準備を終える。
隣から、体を拭く布が無いと言って僕に助けを求めてくる。手を握り、水気を『無限』でとばした。それだけで、表面の水気は無くなる。服を着替えて出て来たミルとシトラの肌は絶妙に焼けている。真っ白ではなく少し小麦色。健康的な姿で悪くない。
丁度昼食時だったので、何か美味しい品が食べたかったのだが、僕は白髪、ミルとシトラは獣族と言うカエルラ領にとっては最悪の組み合わせで、どこもまともに扱ってくれそうにない。
ならば、獣族が入り浸っているお店に行けばいいじゃないか。そう考え、メジさん達行きつけの料理屋を紹介してもらう。
「キースの兄貴を俺達行きつけの店に案内するなんて、光栄極まりないっす!」
メジさんは猫耳を大きく動かし、顔にある傷が割けそうなほど笑顔を浮かべながら僕達を案内してくれた。
煌びやかに観光客をもてなす表通りではなく、裏道に入り薄暗い場所に建てられた料理屋に到着した。
外見は獣族が住んでいるトタンや鉄板を組み合わせたような手作り感満載のお店だ。でも、獣族達の交流が盛んで家族連れも頻繁に見かける。ただ暗いだけで闇市のような悪質な場所ではないようだ。
「大将! 命の恩人を連れて来たぜ!」
「なんだぁ、うっせえな!」
暖簾が掛かった入口を通り抜けると、テーブル席は無く、カウンターテーブルしかない開放的な場所だった。
何のお店なのかわからないが、薪コンロに鉄製の大きな鍋が置かれており、毛が入らないように頭に布を巻いた厳つい獣族が顔を覗かせる。
「人間がここにくるなんて、珍しいこともあるもんだ。って、でら別嬪な女を連れてやがる」
「大将、言い寄ったらキースの兄貴に殺されるっすよ。前話したデスシャークやメガロシャークを倒した張本人っすから。じゃあ、俺はまだ仕事があるんで、楽しんでください」
メジさんは僕たちを案内した後、すぐに駆けて行った。お金を払おうと思った矢先だった。
丁度三人分の椅子が空いており、どっしりと座る。周りは麺系の食べ物を啜っている獣族が汗を掻きながらひたすら赤い食べ物を口に入れている。
メニュー表を見ると、辛麵と書かれた品が多い。きつい香辛料のにおいの正体は唐辛子だろう。辛くない麺料理もあるそうなので、ミルやシトラはそちらを選ぶかもしれない。
僕は海鮮辛麺を頼み、ミルは海鮮塩麺、シトラは海鮮酸麺を頼む。
僕たちが注文してから大将は形状が独特な網に茹でる前の麺を入れ、お湯に掛ける。
その間に他の食材の準備と広がっていて底が深い容器に色が濃い赤色のスープ、白い濁りのあるスープ、少し黄色がかったスープをそれぞれの容器に入れ、全く同じ海鮮のだしが香るスープを一定量入れ、ゆで上がった麺を豪快に湯切りしてそっと入れる。
茹でられたタコ、皮が毟られたエビ、肉厚のアワビが置かれた後、麦飯が詰められ甘辛い香りを漂わせるイカ焼きがでかでかと乗せた。油でさっと炒めた葉野菜を山盛りにしてやっと完成したのか、僕たちの前に差し出される。
「こ、こりゃ凄い……。なんて食欲をそそる香りなんだ……」
「匂いから美味しさが感じられます」
「獣族の鼻でも美味しそうな香りがするって、相当よ……」
フォークとスプーン、または箸で食べるようだ。
僕たちは両手を握り合わせて神に祈った。




