水族館
「はぁ、はぁ、はぁ……。これでいいんでしょ……。これで、満足っ!」
「キュアノさん、愛されたいなら、だれかを愛さなければ愛は帰って来ません。無償の愛を与えてくれるのは親くらいですが、それが無理なら誰かに愛を与えられるほど心を豊かにする必要があります」
「愛せる人がいたら、愛してる……。そんな人がいないから、困っているんでしょ……」
「そうですか。キュアノさんは結婚するために愛されるために自分を着飾って別の存在になろうとしている。でも、空回りしてうまくいかない。カエルラ領の男性が苦手で、他領の男性なら誰でもいい。子供やおじさんでも愛を与えてくれるのなら」
「ええ……、そうよ……。愛をくれるなら私だって愛せるわ……」
キュアノさんは俯きながら呟いた。彼女の発言からして嘘っぽいなと直感する。彼女はこの領土と親から早く離れたいだけなのだろう。結婚と言う手段が家と離れられる可能性が一番高い。
まあ、家の者が青色の勇者のキュアノさんをみすみす逃がすとも思えない。彼女の実力は勇者達の中でも上位。まだ、若いのに加え魔力暴走が起こるほどの伸びしろもある。
家が煩わしいとキュアノさん、ブランカさん共に思っているのなら、彼女たちの両親をどうにかすれば不安は消え、問題も無くなる。ただ、そう簡単な話ではない。
どうやって二人の臨む未来を得るか。ブランカさんが結婚したいと言っても親がキュアノさんに結婚してほしいというのは話しがまがりとおらない。だから、僕は逆の発想を考えた。
もし、キュアノさんよりも強い青髪の者がいたらどうだろうか。ブランカさんがその者に興味を持ってくれれば……って、そんな都合がいい相手はいないか。ブランカさんもいきなり現れた男の人と結婚してほしいと言われても嫌だろう。
「キュアノさんって、どんな生き物が好きですか?」
「ドルフィン……」
「なるほど。じゃあ、水族館に行きましょうか。ドルフィンも飼育されているはずです。妻たちとのデートの前に予習しておかないといけないので、そのついでに」
「うぅ……、バカにしてるの……。ついでに女を誘うとか、最低じゃない……」
「勘違いしないでください。キュアノさんはドルフィンを見に行くだけです。僕は水族館の下見に行く。僕、面倒見は良い方なので困っている方がいると放っておけない性質何ですよ」
僕とキュアノさんは空を飛び、水族館と呼ばれる海洋生物が沢山飼育されている施設に向かった。入場料を払い、施設の中に入ると冷房が効いており、とても涼しい。初っ端から巨大なガラス製の水槽が見える。ざっと八メートルほどあり、分厚いガラスの奥に多種多様な魚たちが躍るように泳ぎ回っていた。
「す、すごい……。こんな大量の魚が泳いでいる……」
「なに当たり前のこと言ってるの。バカみたい」
「大量の魚が泳いでいる光景なんて、滅多に見られないんですから、驚くのが普通だと思いますけどね」
キュアノさんは水族館に何度も来た覚えがあるようで、僕を案内してくれた。小さな魚から大きな魚、何なら海洋性の魔物まで飼育しており、狂暴すぎて別の水槽に移してからじゃないと掃除ができないようだ。命を懸けてまで魔物を飼育している方達は凄いな……。
「キュアノさん、このフワフワした生き物はクラゲですか?」
僕は水槽の中にいる傘のようなキノコのような生き物を指さした。
「ええ、クラゲよ。海に沢山いるけど、触手に沢山の毒針があって、刺されると凄く痛いから近づいたら駄目よ。沢山の種類がいるけど、海に浮かんでいたり、触手が長いクラゲはものすごく危険な毒を持っているから気を付けなさい。動きは遅いし、襲ってこないから触れなければ大丈夫よ」
「わ、わかりました」
水族館の中を歩き回った後、野外のステージに足を運んだ。扇状の観客席と尾の要部分に大型の水槽が用意されている。
大浴場何倍分の水槽だろうか。もう、泉と言ってもいいかもしれない。その中からいきなり飛び出してきたのがドルフィンだ。
スラッとした身体つきが、魚や魔物と全く異なった姿で、泳ぐために特化されたような見かけ。デスシャークは尾びれを横に動かすが、ドルフィンは縦に動かし、泳ぐ速度も段違い。あれで人間と同じように肺で呼吸する動物だというのだから、驚きだ。
「きゃ~っ! 可愛い~! ヒレ、振ってる~!」
キュアノさんは観覧席で、子供と同じようにはしゃぎながら、ドルフィンの芸を見ていた。彼女は何も着飾っておらず、素の状態。
大人っぽさゼロ、子供感満載、だがその満面の笑みは氷を一瞬で溶かしそうなほど熱く眩しい。やはり、彼女は他の何ものにもなる必要はない。キュアノさんはキュアノさんのままで十分魅力的な女性だ。
「キュアノさん、楽しんでますね」
「た、楽しいんだから仕方ないでしょ。私、ドルフィンの調教師になってみたいなんて思うくらい好きなの。でも……、身長が低すぎるのと私の周りを冷やすほどの青色の魔力のせいで無理なのよね」
「良い夢ですね。きっと叶いますよ」
「バカじゃないの。無理よ。絶対に叶わないわ」
「絶対なんて言葉は未来を狭めるだけなので、言わない方がいいですよ。キュアノさんなら、絶対に叶えられます。だって、どれだけ男の人に振られてもめげずに努力していたじゃないですか。キュアノさんの反骨精神は誇っても良い長所ですよ」
「う、うぅ……、な、なんで、あんたは、そんなに褒めるのが上手いのよ……。女の扱いに手なれ過ぎ……。何人の女を落としてきたわけ……、次は私を標的にしてるんじゃないでしょうね。あんたなんかにこれっぽっちも興味ないから!」
キュアノさんは小さな指先で一ミリメートルほどの空間を作り言い放つ。別に、女性を落としてきた気はないが……、妻二人、婚約者二人と言う状況を伝えたら怒りそうだったので、口をつぐむ。
努力の方向性は違えど、沢山努力している人に悪い者はいない。
キュアノさんの努力が実ってほしいというのは事実であり、頑張る彼女の姿が愛おしい。なぜ誰も、彼女の内面を見ないのだろう。表面は冷たくとも、内側に秘める思いは十分熱いのに……。




