マレインさんの努力
「くっ! 糞がっ! 何が引かないだ、糞男があああああああああああああああああっ!」
その場一体が凍り付く。
草も、建物も、空気や時間すら……。髪に付いていた赤い塗料は凍り付き、彼女が頭を動かすと、真っ青で艶やかな髪に戻る。
白いワンピースは汗を吸っていたのか、氷の粒が光を反射して氷の妖精がその場に舞い降りたかのように見える。その姿を見て僕は思った。別に取り繕う必要が無いのにと。
「ああ、もう、むしゃくしゃするっ! 結局同じ髪の男しか無理なの? そんなに目の色がきつい? 青い髪の女は無理? イーリス王女だって、青い髪だろうが糞がっ! 一緒のシアン色だろうがこのやろおぉおおおっ!」
凍った空間で心の内を叫んでいるキュアノさんは驚くほど素が出ていた。周りは氷の空間から逃げているので誰も聞こえていないだろう。
僕は上空で見ているので、彼女の声も容易く聞こえる。
「はぁ、はぁ、はぁ……。もう、なんで、私がこんな目に合わなきゃいけないの……。お姉ちゃんばっかりずるい……。私も外の世界に行きたいのに……」
キュアノさんもキュアノさんなりの苦労があるようだ。話しを聞きたかったが、もう、時間が迫っているため、また明日に出直そう。
アルブの脚を掴み、空を飛んで別荘に向かった。すると、シトラにボコボコにされているマレインさんが草原の上で空を見上げている。
「ほら、さっさと立つ。まだ動けるでしょ。そんなんじゃ、大切な者一つまもれないわよ」
「はぁ、はぁ、はぁ……。手加減ってもんを……ぐほっ!」
容赦なしのシトラの拳がマレインさんの腹部に打ち込まれる。お昼に食べたと思われる食事はすでにきつすぎる鍛錬によって消化されているためか、吐き出されたのは胃液だけだった。そのまま、気を失って倒れる。初日にしては頑張った方かな……。
「もう、伸びちゃいました……」
ミルは気絶しているマレインさんの頭を足先で小突く。
周りでミルとシトラの姿を見ていた獣族の五名は抱き合いながら震えていた。
ミルとシトラの戦いがあまりにも恐怖だったらしい。マレインさんをボコボコにしていたらそりゃあ、怖いだろう。男性に何もさせず気絶させるほどの一撃を放つ女なんて……。
僕はマレインさんの体に触れ『無傷』で治す。意識も取り戻し、泣きそうな顔で僕を見て来た。残念ながら、ここで終わって良いほど優しい鍛錬じゃない。
「さ、体の痛みは無くなりましたね。午後七時頃まで頑張ってください」
「はわわ…………」
マレインさんは涙をボロボロとこぼしていたが、歯を食いしばって立ち上がり、シトラに向って駆ける。今朝、言っていた発言は曲げないらしい。
マレインさんが努力している間、僕とメジさん達は漁に向かった。昨日と同じように魚を取り始める前に回りにいるデスシャークを駆除した。そのまま、僕たちは漁を始める。
大量の魚を取ってメジさん達は市場に売りに行く。
僕はデスシャークを八匹浮かばせながら家に帰る。その頃にはすでに夜七時になっていた。
マレインさんは大量の料理をお腹の中に落としている最中だった。喉に詰まらせないようによく噛みながらお腹がはち切れんばかりに……。
一匹凍結してもらい、残りの個体は獣族の集落におすそ分けに行く。
夜だったので、すでに真っ暗だ。
このあたりに街灯は無く、丘の上に立つ僕の別荘が光って見える。
獣族は夜目が効くからあまり街灯が要らないのかもしれない。デスシャークから寄生虫を剥がし、無菌でお腹が痛くならないように配慮する。魔石だけは何かに使えそうなので、回収しておいた。
デスシャークの魚肉をお裾分けすると、本当に獣族達が喜んでくれる。もう、お金を貰えなくても感謝の言葉一つで今の僕は十分すぎる報酬だった。カエルラギルドに卸すぐらいなら彼らにあげた方が気持ちがいい。
まあ、夜中をうろついていると、たまに敵だと間違われて攻撃されるのだけれど……。そう言う獣族の攻撃を受け止め、デスシャークの肉をお裾分けした後、丘の上に立っている家にでしばらく厄介になる者だと伝えると、土下座で謝られた。
そこまでされる筋合いはないのだけれど……。過去、子供を誘拐された経験があるとか言われたら、もう、許す許さないの問題ではない。そう言う悪い人間がたまに出没するそうだ。
挨拶周りを終え、家に帰るとお腹が膨らみ過ぎて動けなくなっているマレインさんがソファーで寝転がっていた。
「マレインさん、お疲れ様です」
「うぅ……、これ、死ぬ……」
「八日に一度は休日ですから、死にませんよ」
「あ、あと七日……」
マレインさんはそのまま、気絶するように眠った。痩せこけていた顏が少々戻ったような気がする。やはり、食事を切り詰めていたようだ。まだ若いのに、お金を貯めてブラックワイバーンの素材を買おうとしていたのだろう。
「はぁ~。キースさん、ぼく、疲れちゃいました~」
「もう、一日中夫以外の男の相手をさせるってどういうつもり……」
ミルとシトラは僕のもとにひっとりと寄り添い、冷房が効いている広間で熱を与えてくる。
両者共に、鬱憤が溜まっている様子。そりゃあ、苦手な相手と戦わされたら、うざいと思ってしまうか。
「ごめんね、カエルラギルドに品を落としてもあまり感謝されないことがわかったから、明日からはすぐに仕事を終わらせて、つきそうようにするから」
「あれだけ綺麗に素材を解体したのに、文句を言われたんですか?」
ミルは顔を引きつらせながら、苦笑いを浮かべ怒りをあらわにする。彼女も何度も解体を経験している。
僕の解体が上手いのは知っているし、解体されたデスシャークの素材を見たはずだ。心の底から湧き上がる憤怒が見えるよう……。
「落ち着いて、他領の冒険者さんにも同じような対応だから。僕たちにかぎった話じゃない。でも、思ったんだ。毎回毎回、同じように素材を出したら相手はどう思うのかって」
「……こ、怖いって思うんじゃない?」
「いや、ここの人達は図太いので、バカな冒険者もいるな~。ってなるんじゃないですか?」




