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三原色の魔力を持っていない無能な僕に、最後に投げつけられたのがドラゴンの卵だった件。〈家無し、仕事無し、貯金無し。それでも家族を助け出す〉  作者: コヨコヨ
第五章:ウィリディス領の実態

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マレインさんの鍛錬

 マレインさんはずっと考えていた。

 僕たちがお風呂に入っている時、その後、夜の営み中も、朝起きた時も……。半分眠っているんじゃないかと思ったが、迷っている様子だ。

 本当に強くなれるのか。また騙されているんじゃないかとか、俺の気持ちは本当なのかとか、独り言をブツブツ唱えていた。


 僕たちが朝食を得ている時、マレインさんの口が開いた。


「俺を強くしてくれ……」


「判断が速いですね。もう、考えなくていいんですか?」


「ああ、当時、惚れた女のために強くなると決めた……、その気持ちは今も変わっていない。もし、本当に強くなれるのならどんな辛い鍛錬も乗り越える」


「そうですか……。わかりました」


 僕はマレインさんの気持ちをしっかりと受け止める。彼の視線はものすごく真っすぐで透き通っていた。自ら決めたのだから、もう、逃げられない。逃げたら、以前のマレインさんよりも恥ずかしい男になる。朝食の前に、外に出てマレインさんと相対する。


 澄み切った青い空と海が見える崖の上の広場で、向かい合った。


「では、僕が教わったことを伝えます。『魔法は一切使わず、己を鍛えろ』です」


「魔法は一切使わず、己を鍛えろ?」


「はい。どうも、現代の人は魔法に頼ってしまうそうです。なので、魔法は一切使わず、己を鍛えれば他のものより確実に強くなれます」


「な、なんか、脳筋じゃないか?」


「異論は認めます。ですが、やると決めたからにはやり通してもらいますよ」


「あ、ああ。わかっている。えっと、具体的に何をするんだ?」


「そうですねー。じゃあ、ここから海に飛び込んでもらって、仰け反った崖を自力で登って来てください。良いですか、魔法は使ったらだめですよ」


 僕は柵の下を見て丁度いい修行場だと思い、マレインさんに提案した。

 この上から落ちても死なないと、獣族の方達が証明している。ほど良い恐怖と厳しい鍛錬、実現したころにはマレインさんの姿はきっと大きく変わっているはずだ。


「む、無理だろ! そこの崖、切り立っていて六〇度はあるぞ! 宙ぶらりんになれるじゃねえか! 指の力がどれだけいると思っているんだ!」


「異論は認めますが、つべこべ言っている暇はありません。とりあえず、やることを決めましょう」


 僕はマレインさんが言い訳して逃げるのを防ぐために、決定事項を作る。


「朝、超大盛り料理を食べてもらいます。その後、崖を上り続けてください。昼になったらこの家に戻ってきてもらって、大量の昼食を得てもらいます。軽い休憩の後、シトラとミルの二名と組手を行ってもらい、僕がいれば剣術の鍛錬もしましょう。

 夕食前に、水門からギルド前まで水路を泳いでもらって、戻って来てください。その後大量の夕食を得て、死ぬように寝てもらいます」


「無理だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「問題ありません。死にかけたら僕が治します」


 マレインさんの表情はブラックワイバーンを見ていた時よりも暗く、瞳に涙を浮かべていた。

 だが、歯を食いしばり悪態をつかなかっただけ偉い。

 生憎、食材は大量にある。お腹がはち切れんばかりに食べてもらおう。食が細くては体が力を得られない。

 アイクさんに死ぬほど食べさせられたので今の僕がいる。あぁ、ちょっと会いたくなってきちゃったな。


 デスシャークの素材をシトラに大量に調理してもらった。

 小骨が少なく臭みがほとんどない淡泊な魚肉で、体の栄養になりやすいはずだ。

 焼き、蒸し、煮、生、など沢山の食べ方があり、飽きにくいのも良い。

 パンや野菜も買って来ないとな。とりあえず、魚肉で吐き戻しそうなくらい食べてもらったあと、マレインさんの服を下着一丁にして崖から突き落とす。


 マレインさんは顔面から海水に当たったら痛いと直感したのか綺麗な飛び込みで、海に着水。体の動きは悪くない。プラスさんだったらどんくさくて前面から衝突していただろう。


「はぁ、はぁ、はぁ……。ま、まじかよ……。こ、こんなの、出来るようになるのか……」


 マレインさんは崖のでっぱりを掴み、腕の力で崖を上っていく。始めの方は九十度だが、途中から反り始め、どんどん角度が付いていき、最終的にほぼ宙ずり近い状況になる。

 まあ、今のマレインさんは全体の二割も到達していなかった。登っては落ち、登っては落ち、を繰り返している。

 体力がなくなっていく中、海も泳ぐ必要があり、相当辛いだろう。

 蟻地獄に嵌ってしまった存在のようで、朝、死ぬほど食べておいてよかったと思っているような表情を浮かべていた。


 マレインさんの朝錬を見ていたら、坂が急な歩道から満面の笑みを浮かべた獣族の五名がやって来た。


「キースの兄貴! 昨日取った品、全部売れました!」


 サンドイッチを作っていたメジさんは顔に傷があるにも拘わらず、少年かと思うほど澄み切った瞳を輝かせており、膨れ上がった革袋を持って笑っていた。昨日の品が全部売れるなんて、それだけ新鮮な素材だったと言うことか。


「これ、全体から六等分したひとまとまりっす」


 メジさんは手に持っていた革袋を僕に手渡してくる。

 中身は銀貨や銅貨が多めだった。金貨換算したら三枚くらいかな。全体で金貨一八枚ほど売り上げたようだ。獣族が売った魚介にしては高額なんじゃないか。


「えっと、受け取って良いんですか?」


「当たり前じゃないですか! キースの兄貴がいなかったら、俺達、漁も出来ずじまいだったんですよ。本当に感謝してます。えっと、その……、今日もいい天気ですし、手伝ってもらっても良いっすか……。じゃなくて、よ、よろしくお願いします」


 メジさんは後頭部に手を当てたが、姿勢を正しピシッと背筋を伸ばしながら頭を下げる。

 残りの四名も頭を深々と下げた。


 僕はマレインさんが食べる食材を用意しないといけないので、もちろん了承した。

 午前中、彼らは暇だと言うので、マレインさんがおぼれ死なないように見ていてもらうことにする。

 加えて、しなやかな体の使い方を教えてもらうよう頼んだ。

 一瞬、青髪のマレインさんに目を細めていたが、彼が必死に崖登りをしている姿を見て、僕の話しを信じてくれたのか、メジさんたちは大きく頷いてくれた。

 手を貸してくれるとなるや否や、勢いよく走り出し、海に飛び込んでいく。


 空中で八回転以上しながら、水はねがほとんどない完璧な着水を決めるメジさん。

 背面飛びから体をまるめ、玉のように回って足先から着水するヨコさん。

 両手両足を広げ、そのまま海に飛び込み、大きな水柱をあげるヨコワさん。

 空中で格闘技をするように手足を動かしながら飛び込むヒッサさん。

 崖の端に立ち、棒立ちのまま落ちていくクロシビさん。


 五名もいれば、マレインさんが不意に死ぬことはない。加えて、沢山の体の動かし方を学べるはずだ。

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