プロポーズしたい相手
「笑うがいいさ……。俺だって笑い飛ばして忘れたい。だが、忘れられないんだ」
「ブラックワイバーンの革を見せたところで、マレインさんがブラックワイバーンを狩れるほど強くなったと言えませんよ」
「わかっている。だが……、もう、ブラックワイバーンは倒された。一生で一度会えるかどうかと言う存在を逃したんだ……。これほど大きな痛手はない。もう、会えないのなら、革を買える金を溜めて再度プロポーズするしか」
「プロポーズ……」
僕たちは同じ言葉を呟いた。マレインさんの口からプロポーズなんていう言葉が出てくるとは思わず、吹き出しそうになる。
笑ってはいけない。だが、ものすごく真剣な顔のマレインさんの姿が妙にツボに入りそう。子供のころの約束を未だに律儀に守り、プロポーズまでしようといているなんて、今の人相からは読み取ることなど不可能だった。
「あ、相手は、相手は誰ですか。ブラックワイバーンの革を欲しがるような相手なんて、やめておいた方が良いと思いますけどねっ!」
ミルはお腹を抱えながら、笑い過ぎて息苦しそうに聞いていた。
「相手は……、双子なんだ……。実は、どちらが約束の相手だったかわからない」
「えぇー、相手の名前を覚えていないなんてひどいですね」
「一目惚れだったんだから仕方ないだろ。貴族だったころの社交界で一回しかあっていない……。どちらの名前はわからないが、家名はニウェウス。伯爵家だ。双子の名はキュアノとブランカだ」
「ニウェウス……。キュアノ、ブランカ……。あ……、思い出した」
僕は白いローブを着た者達の姿を脳裏に浮かべ、八日間ほど一緒に仕事したブランカさんの苗字がニウェウスだった。
以前、王都で行われた勇者順位戦でキュアノさんの家名が呼ばれた時、疑問に思っていたが二人は双子だったのか。
確かに顔がよく似ていた。でも、キュアノさんとブランカさんでは髪色が絶妙に違った。キュアノさんの方が青色に近く、ブランカさんの方がシアン色に近い。
「髪の色で判断できなかったんですか? キュアノさんは青色の勇者なんですよ。当時から真っ青だったと考えるのが普通です」
「あとから、双子だと知ったんだ……。ローブのフードを被っていたし、髪がよく見えなかった。当時の約束をした方が俺の初恋の相手で間違いない……。だから、ブラックワイバーンの革を持ってキュアノに求愛する。そうすれば、反応でどちらと約束したのかわかるだろ」
「な、なんか、凄い純愛ですね……。あんな暴言ばかり吐いていたのに……」
「と、当時の俺は忘れてくれ。あの時は調子に乗っていたバカだったんだ……」
「キュアノさんは結婚していないんですか?」
「結婚していない。男の噂一つ聞かない。あの冷徹さだからな……。俺の知っている者はもっと優しかった気がするんだが……。子供のころから正確が変わるなんてよくある話だろ」
ブランカさんは白髪の僕に対しても優しかった。
誇りが高い領土にいたのに、相手を思いやれる心を持っていた。
キュアノさんは優しいかもしれないが、雰囲気からして凍っている。周りに冷めている感じだった。
マレインさんは未だに初恋の相手を思っているらしい。いったい、何年前の話しなのかわからないが、そのような綺麗な心を持っているのに、自分の強さと冒険者ギルドの刷り込みによって大分すさんでいた。
今はもとの心を取り戻したのか。ぜひとも幸せになってもらいたい。ただ、ブランカさんの判断で多くの人が死ぬ羽目になった。
彼女は自分の人生を掛けて、多くの人を救っているはずだ。もう、二年も前の話だけれど、今もどこかで人助けしているはず。
その彼女がマレインさんの思い人だったとしても、結婚を受け入れるとは思えない。もし、キュアノさんが相手だとしたら、キュアノさんは幸せ者だ。自分をこれほど愛してくれている相手がいたのだから。
「なかなか面白い話じゃないですか。まあ、ぼくが持っているブラックワイバーンの素材を売ってあげても良いですよ」
「本当か! 恩に着る!」
「でも、ブラックワイバーンを倒せるほどの男になるって言ったんですよね。だったら、それくらい強くなってもらわなきゃ困りますね」
「な……。お、俺に、戦いの才能はない……。今、ブラックワイバーンが現れたとしても、俺が勝てると思えない……」
マレインさんは視線を下げ、握り拳を作りながら心底悔しそうな顔を浮かべていた。その姿を見て、彼はまだまだ強くなれると容易にわかる。今は自分の心に負けているだけで、内勝てれば、さらに実力が伸ばせるはずだ。限界を決めつけて成長が止まっているのなら、引き伸ばさないのはもったいない。
「マレインさん。ブラックワイバーンとはいかなくとも、キュアノさんに一太刀入れられるくらいに強くなれば、少なからず強くなったと証明できるはずです。修行しましょう」
「しゅ、修行?」
「僕とミルを強くしてくれた師匠の教えをマレインさんにも教えます。ものすごく辛いですけど、確実に強くなれます。あなたの愛が本物なら、乗り越えられるはずです。自分の限界を何度も乗り越え、さらなる高みに行けます」
「さらなる高み……」
「僕、人を鍛えるのが上手いみたいなんです。実績で言うと王都の少年が藍色の勇者に目を付けられるくらい強くなりました。緑色の勇者のプラスさんはアルラウネを足止めし、とどめの一撃を放てるくらい強くなったんです。どちらも、僕の師匠の教え通りに鍛錬した結果です。ただし、楽じゃないですよ」
「…………考えさせてくれ」
「はい。いくらでも考えてください。でも、いつ、僕たちが次の旅に出るかわからないので早めに決めてくださいね」
「キースさんの扱きに堪えたら、割安でブラックワイバーンの素材を渡しても良いですよ」
「な……」
ミルの発言にマレインさんは食らいついた。
やはり、ブラックワイバーンの素材は高価すぎて、滅多に手に入らない。あまりにも人気がある素材で年に一度出現するかどうかと言う貴重な魔物の素材だから仕方がない。
出会うのは難しいし、買うのも難しい。でもここにブラックワイバーンの素材を持っている者達がいるのだ。鍛錬を受ければ確実な品が手に入る。




