メガロシャーク
冒険者達は武勇伝でも欲しがるように、危険な依頼をこなし、強敵を打倒したとお酒の席で自慢するのが好きな者が多すぎる。
薬草を何本取ったところで尊敬されない。ロックアントを沢山倒しても尊敬されない。強力な魔物一体を倒した方がよほど尊敬される。
そんな世界だ。でも地味な仕事を請け負う冒険者がいないと、仕事が溜まって領土の経済が回らなくなる。
英雄や強者は大量にいればいいと言う訳じゃない。数名いれば十分だ。逆に下請けをするような冒険者の方が沢山ほしいと冒険者ギルドの受付嬢たちは思っているだろう。その方がギルドも儲かるし、領土も安泰。
それでも、冒険者達は英雄になりたがる。その意欲が無いと、やっていけない職業なのかもしれない。
「よし、見える個体は全て解体できたかな……」
僕がデスシャークを全て倒しきったころ、海面が一気に暗くなる。先ほどまで綺麗な青色だったのに、陰になってしまったかのようだ。
「き、キースの兄貴! 下にバカでかいのがっ!」
メジさんはボートから顔を出し、下を覗き込む。
どうやら、まだ他の魔物がいるらしい。すでに攻撃してきているようなので、早く退避しなくては。海面に見えている黒い影は僕たちのボートを容易く囲み、真っ直ぐ縦になって泳いでいると考えると、口の横幅だけで八メートルはある。縦に開けば一〇メートルを優に超えるだろう。
僕はメジさんとヨコさん、ヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんの手を持って、黒い影から外に投げ飛ばす。
その瞬間にボートの真下から、デスシャークに似た巨大な口を持つ海洋性の魔物が現れた。
僕は魔物の口に入っていく海水とボート共に、海面から一八メートルほどの高さまで、持ち上げられた。
バカみたいにデカい魔物が海の中にはうじゃうじゃいるのだろうか。そう考えてしまうほど、海は恐ろしく、何とも神秘的だ。
こんな場所で、仕事しなければならない獣族は大変だな。漁をして美味しい魚を取って来てくれている漁師たちに感謝の気持ちと、少しでも安全に漁ができるようにしなければ。
多分、カエルラ冒険者ギルドの人達は海で魔物の討伐が出来ない。出来て青色の勇者のキュアノさんくらいか。
それなのに、彼女は仕事が嫌い。それ以前に、海が広すぎて、彼女がどれだけ働いても魔物の数は減らないだろう。
でも、大型の個体は大量に現れると考えられないので、数体倒すだけでも数が減らせるはずだ。
「メ、メガロシャークだっ! で、デカすぎだろ!」
メジさんはメガロシャークの攻撃範囲外から叫んでいた。
僕はボートの浮力により、未だにメガロシャークの口の中にいる。このままだと、飲み込まれてしまうだろう。
『無心』で心を失わせてもすでに閉じ始めている口の筋肉を止める方法が無い。一度脱出し、攻撃を回避する必要があった。
ボートの縁を持って勢いをつけてから、浮力と水の反発力でメガロシャークの口から跳ね出る。
メガロシャークが海面に落ちて暴れると行けないので、白い杖の先を向け『無重力』で浮かばせた。
空中に浮いてしまえば、見た目が怖くて大きな魚だ。質が良い皮と大量の魚の肉、魔石が手に入るだろう。
陸上の魔物より大きいが、魔法を使えるほど賢い訳ではないので、マンドラゴラよりも倒しやすい。
僕はボートごと、水面に着地し、空中で暴れ回っているメガロシャークの方を見た。周りに投げ飛ばした五名の獣族達はボートによじ登り、メガロシャークの姿をありありと見つめていた。あまりにも異質な光景で、全員が口を開いている。
アルブがすでに『無重力』を使ってくれているため、僕の方がメガロシャークに『無心』を掛け、身動きを封じた。
デカすぎてボートに乗せられないので、僕の方がメガロシャークの上に乗る必要がある。
「すみません、手で足場を作ってくれませんか」
「りょ、了解です、キースの兄貴っ!」
メジさんと背丈が大きいクロシビさんが手を組み、足場となってくれた。
僕はその手の平に靴を乗せ、勢いよく跳ねる。空中に浮いているメガロシャークの背中に移動した後、頭部から尾びれまでつながる脊髄を断ち切った。加えて、脳にも損傷を与え、完全に半死にさせる。
その後、アルブが内臓と血液を魔力に変換して食した。
デスシャーク一〇匹、メガロシャーク一匹を討伐に成功し、漁場を取り戻した。
五名の獣族が海の中を覗き、魔物らしい存在がいなくなっているのを確認した後、意気揚々と漁を始めた。
自分の手で編んだ網を海の中に放ち、網に引っかかった魚を得る手打ち網漁。
釣り竿に糸を結び付け、糸の先に返しが付いた針にゴカイを刺し、海に投げ入れて魚を取る、釣り漁。
海に潜って岩などについた貝類を手に入れる素潜り漁。
銛を使用し、魚を直接得る銛漁。
タコつぼの中に入ったタコを得るタコつぼ漁。
それぞれが得意とする漁をしながら後方のおんぼろボートを一杯にしていく。
僕は周りの魔物がいないか、注意しながら皆の漁を守った。安心して漁ができる五名の獣族は仕事が捗って仕方がない。もう、ボートがいっぱいになってしまい、売りに行く判断に出た。
「うぅううぅぅ……。こ、こんなに大量に取れるなんて……」
「ボート、もっとでかい品を買っておけばよかったな……」
「もう、ボートなんかじゃなくて、船でも買っちまいたいぜ……」
「これで、いくら儲かるんだろう……」
「こんなに質が良い魚はさっさと売らねえと、もったいないぜ!」
メジさんとヨコさん、ヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんはそれぞれ思うところがあるようで、僕の方をじっと見つめていた。
瞳がうるうると潤い、体が傷だらけの獣族さん達が少しずつ近づいてくる。
僕は危機感を得たが、殺されるわけではないので、生唾を飲みじっとしていた。
「うわぁあ~ん、キースの兄貴っ!」
五名の獣族は大量の海鮮を手に入れられたからか、大泣きしながら僕に飛びついてきた。巨大な猫が五匹同時に飛び込んできたような状況で、僕は筋肉の塊に押しつぶされそうになる。
相当嬉しいのだろう。喜んでもらえて何よりだ。アルブの力で皆が幸せになるのなら、沢山振るおう。
獣族達は海岸に急いで移動し、海鮮が大量に入ったボートを持って、颯爽とかけて行った。お金を稼いで来れるといいが……。
僕は多くの者を怖がらせてしまわないようにデスシャークとメガロシャークの解体に掛かろうと思った。だが、僕は気づいた。
「魚がさばけない……」




