地味な冒険者
メジさんは海の沿岸で、使う道具を選んでいた。だが、漁を行うどころの状況じゃないと、すぐにわかる。
「メジ、漁場でデスシャークが何匹も、うようよと泳いでいやがる。今日、漁に出るのは厳しいかもしれん」
「さすがにデスシャークがいる海の中を泳ぐのは厳しいな」
「誰か怪我している奴はいないだろうな? 血を流していたら最後、何もかも食い殺されるぞ」
「あいつらが出ているってことはそれなりに魚がいるってことなんだがな……」
ヨコさんとヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんが漁場を確認しに行った結果、海洋性の魔物が大量にいるという。
彼らは冒険者ではなく、漁師なので戦いは極力避けているようだ。まあ、倒しても獣族だから討伐料が貰えるかわからないし、無駄に危険を冒したくないのだろう。
でも、今朝、青色の勇者であるキュアノさんが巨大な人食いサメの魔物、デスシャークを八匹狩って大金を稼いでいた。
海洋生物の魔物を狩るのが普通の冒険者では難しいからか、報酬が大きい。僕が倒して、その漁場でシビさんたちが漁をすれば互いにお金を儲けられる。なら、戦わない手はない。
生憎、触れなくても相手にアルブの力を行使できるようになったのだ。使わないのはもったいない。
「メジさん、僕、こう見えても冒険者なんです。デスシャークがはびこる漁場に連れて行ってください」
「え……、キースの旦那、冒険者だったんですか……。でも、白髪って真面な魔法も使えないんじゃ……」
「まあ、属性魔法は使えませんけど、勝てる見込みはあるので、漁場の近くまで連れて行ってください。危険な仕事なので、皆さんに金貨二枚ずつ支払います。成功すれば一人金貨八枚支払いましょう」
「ひ、一人、金貨八枚……」
「き、金貨八枚あったら、肉が食えるぞっ!」
「子供達に好きなもんを食わせられる……」
「金貨八枚あれば、質が良い風俗に行けるっ!」
ヨコさんとヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんは目を金色に輝かせ、メジさんの方に全員が視線を向けた。やはり、獣族と言えどお金は欲しいようだ。
「わ、わかりました。案内します」
僕は金貨二枚を五名に渡した。前払いしただけなのに、五名の獣族は飛び跳ねていた。お金を無くさないように革袋に入れ、巾着のようにズボンを縛っているベルトに結び付ける。
出発の準備を終えた獣族と、おんぼろのボートに乗って漁場に向かった。
今日の波は比較的穏やかだそうだ。にしても、あまりにも広い。広すぎて地に足を付けられない恐怖が身を侵食していく。
今、普通に立てる場所は木製のおんぼろボートのみ。少し力強く踏みつければ、簡単に割れてしまうだろう。ただ立ち上がるだけでも慎重になる。
メジさん達は木製のオールで海を掻き、ボートを進めていた。後方にもう一隻のボートがあり、魚を積んでいくようらしい。
大量に魚が取れれば、お腹を満たせるし、お金も手に入る。生活が多少なりとも豊かになる。そうすれば、気性が荒い獣族も多少は穏やかになるはずだ。
僕たちが西に下りている日に向って進んでいると、水面に黒い背びれが不気味なくらい出てゆっくりと泳ぎ回っていた。
透明度が高い海面を見ると、体長八メートルを超える海洋性の魔物が泳ぎ回っている。すでに漁場の中に入ってしまったらしい。海洋性の魔物にとっては海のどこでも漁場なわけだから、時間が経って移動してしまったのかな。
「お、おい……、や、やばいぞ、俺達、誘い込まれてないか……」
僕たちが乗っているボートの周りに巨大な背びれを持つデスシャークと思われる魔物が旋回を始める。
一匹、二匹どころではなく、一〇匹ほどの群れだった。この群れが、海岸の方に移動していたら、いったい何名の被害者が出ていただろうか。
この個体を駆除すれば、革や歯、肉、魔石が手に入る。それだけで十分すぎるほどの儲けが出るだろう。五名にも分けてあげないとな。
「さて……、仕事をするとしよう」
僕は右腰に着けてある杖ホルスターから白い杖を取り出し、居場所がわかりやすすぎるデスシャークの背びれに杖先を向ける。見つけられない位置からの攻撃は防ぐのが難しいが、海面に自らの位置を教えてくれる背びれが出ているため、用意に標的を定められた。
「『無重力』」
杖先に向けたデスシャークは僕の言葉と共に、海面から上昇。真っ黒な皮と人の子供なら余裕で丸のみ出来るほどの巨大な口、何本あるのかわからない大量の鋭い歯、普段食べている魚が可愛いとすら思えるほど狂暴な見た目で、空中に浮きながら暴れ回っていた。
周りに水しぶきをまき散らしている。
僕も氷属性魔法が使えればよかったのだが、生憎使えない。首を切って息の根を止めるのが、一番効率がいいだろう。だが、血が海に入るとデスシャークたちが獰猛になってしまうため、〆ることにした。
後方にあるボートにデスシャークを乗せて『無重力』を解除。『無心』で大人しくさせた後、鰓から脳にアダマスの刃を突き刺し、背骨も切っておく。
「アルブ、デスシャークの血と内臓だけを食べてくれる」
「血と内臓ですかー。まあ、飲み物みたいなものなので、良いですけど」
アルブはデスシャークの血と内臓を魔力として飲み込み、体から消滅させた。
大量のデスシャークはアルブに水面に浮かばせておいてもらう。この工程をあと、数回繰り返せば駆除は終わりだ。
特に難しい作業は無く、デスシャークたちが僕たちをいつ襲うか考えている間に、仲間の数が一匹、二匹と減っている状況に気づくだろう。たとえ、気づいてもすでに遅いのだけど。
「釣って、下ろして、剣で止めを刺して……。って、デスシャークがタダの魚みたいに……」
「き、キースの兄貴って、実はすごい人なんじゃ……」
「す、すごいを越えてるだろ。あのデスシャークだぞ。海であったら、死ぬ確率の方が高いって言う異名からついた魔物の名前が……」
「は、はは……。俺達、なにを見せられているんだろうか……」
ヨコさんとヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんは目を丸くしながら、口をぽかーんと空けて、僕の仕事現場を見ていた。
冒険者と言えど、全てが血なまぐさい戦闘ばかりじゃない。
僕は薬草採取を主にやって来た生粋の地味な冒険者。




