家を見に行く
カエルラ冒険者ギルドを出て、水路まで戻る。
すると、橋や道路の方から小石を投げられている獣族の者たちがいた。だが、全員、あくびをしながらおんぼろのボートの上で日向ぼっこしている。
石を投げられているのに、平然としていられるなんて心が強すぎやしないか。腐った卵を投げられていた僕からすると、石を投げられている方が辛い気がする……。でも、だれも気にしている様子が無い。すでに慣れているようだ。
「あ、旦那っ! もう、戻って来たんですか!」
獣族の男性は鼻を引くつかせ、目を覚ますと飛んでくる石を見るまでもなく手に取り握りつぶした。
獣族の多くが目を覚ますと、石を投げていた人々は姿を消し、平穏な水路の流れる音だけが緩やかに聞こえる。にしても、旦那って……。
「僕の名前はキース・ドラグニティです」
「キースの旦那ですね! 俺はメジ、背が低い二人がヨコとヨコワ、俺より大きいのがヒッサ、一番でかいのがクロシビっす。そちらの美女は?」
「この二人はシトラとミルです。えっと、今からここに行きたいんですけど、連れて行ってもらえますか?」
僕は手に持っていたペラペラの資料をメジさんに渡す。彼がサンドイッチ屋をしていた者だ。
メジさんが資料を受け取り、住所を見ると苦笑いを浮かべていた。
「これ、迫害されている獣族達の住所っす。あいつら、キースの旦那をバカにしやがって」
メジさんは額に太い血管を浮かばせ、尻尾や髪を逆立てていた。どうやら、カエルラ冒険者ギルドの者に怒りを覚えているらしい。
昔に何かあったのかな。少し複雑な関係があるのかもしれない。でも、僕はメジさんたちを見て、悪い者達ではないとわかるので、気にしない。
「構いません。そこに連れて行ってください。海の近くに住めるなんて素敵じゃないですか」
「……」
五名の獣族は目を丸くしながら、顔を見合わせる。青っぽい瞳をじんわりと潤わせ、頬が軽く日に焼けて赤くなった姿で口角をぐっと上げる。
ヨコさんとヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんが水路に元気よく飛び込んで、僕たちの乗る場所を確保してくれる。
僕はシトラとミルをボートに乗せ、先頭に僕が座る。
「じゃあ、しっかりと捕まっていてください! しゃ、お前ら、キースの旦那を安全に運ぶぞ!」
メジさんは木製の棒を持ってボートの平衡感覚を保ちながら立ち上がった。
「おうよっ!」
四名の獣族も大声を出し、脚を動かす。身がひっくり返りそうなほどの速度がでて、周りの観光客や水路上の市場など気にする素振りも無く大量の水をぶっかけながら移動する。
少々、横暴すぎる気もするが真夏だ、多少濡れるくらい誰も文句を言わないだろう。
みるみるうちに水路が広がり、広大な海が視界に入って来た。水が流れる急斜面すら何のその。盛大に飛び出して、空中を数秒間浮遊して落下する。大丈夫なのかと思ったらボートごと水路に潜って一瞬で浮上。大量の空気のおかげで体に水が掛かった程度で済んでいるが、迫力満点の水上遊戯だった。
王都でこんな横暴な運転をされたら怒りそうになるが、旅行、何なら海に遊びに来た僕達からしたら丁度いい。
メジさんの遊び心に乗り、皆で楽しんだ。感情が冷めているカエルラ領の人々にとって彼らの熱い感情が苦手なのかもしれない。生憎、僕たちは楽しめてしまうので、逆に元気が貰えて移動時間すら良い思い出に残る。
目の前に水門が現れ、その先は完全に海。どこまでも広がる水平線が視界に飛び込んでくる。
「ふぅ、ここからは徒歩っす。必要なら、俺達が運びますけど」
「いや、大丈夫です。僕たち、体力には自信があるので」
メジさんは整備された水門の通路に飛び乗り、僕たちも彼と同じように通路に飛び移る。
ヨコさんとヨコワさん、ヒッサさんにクロシビさんがおんぼろのボートを軽々と持ち上げながら通路に上り、はだしで歩いていた。
石畳で出来た通路は靴裏が溶けないかと思うほど熱いのに、はだしで大丈夫なのだろうか。
皆、慣れた様子でスタスタと移動し綺麗な砂浜が見える堤防を歩く。多くの観光客が水着姿で楽しそうに遊んでいた。
その姿を横目に見ながら、一切興味が無さそうなメジさんの背中を追う。
「海が綺麗ですね……。波の音が心地いいです……」
「そうっすか? まあ、普通の人から見たらそうかもしれないっすね……。でも、あれは多くの者を食らう悪魔っすよ。あの人間たちは何であんなに楽しそうにしているのか俺には理解が出来ません」
「悪魔……。海が?」
「はい。知ってるだけでも、数十名が波に攫われて食われました。今は大人しいっすけど、ひとたび荒れれば誰にも止められない化け物になります……。俺達は魚を取ることしか能が無いんで、あいつに突っ込んで行かないといけないんっすけどね」
メジさんたちは先ほどの元気はどこに行ってしまったのかと思うほど暗い雰囲気を醸し出していた。
そうだ……、海は怖いんだ。スージア兄さんから貰った歴史の教科書に載っていた光景を思い返す。一瞬にして多くの者を飲み込み、食らう化け物……。
どんな勇者も太刀打ちできずただただ眺めることしかできない存在が海にはいる。
少々暗い雰囲気のまま、僕たちは海岸沿いに作られたおんぼろの集落にやって来た。
建物の材料は主に木材や大きな葉、ところどころに布や紐などで補強された跡が見える。手作り感満載で、雨風を凌ぐためだけの建物だった。そんな建物が少々密集した状態で建てられている。
そんな場所の中にも、真面な家がちらほらと建っており、それがペラペラな資料に書かれていた住所だった。




